その1011 『再会(終)』
タラサを外から見たときも凄かったが、船内に入ると、余計に圧巻された。イユたちが当たり前のように廊下を歩いているのを見て、大人しく続く。今はワイズに会うのが優先で、船の様子に驚いている暇はないと判断した。
「それにしても、酷い演説だったわね。よりにもよって、『ありがとう』ですって? あんなところでお礼だなんて、皮肉にも程があるでしょう」
イユの言葉に、ブライトは肩を竦める。
「やっぱり聞いていたんだ」
「まだ、ワイズたちの無事を祈っていた頃のほうが可愛かったと思うわ。開き直って、変なことをし始めるの、相変わらずね」
さらりと暴露されて、恥ずかしくなる。ワイズの無事を祈るのは、あまり伝えてほしくない自分の胸にだけに留めたかった言葉なのだ。それをイユは敢えて分かったうえで刺してきているようである。恨まれていることは変わらないのだと感じると同時に、ため息をついた。
「イユは、何か口が悪くなってない?」
誰に影響されたのだろうと、訝しむ。
「私は変わらないわよ、ねぇ?」
さらりと返された。同意を求められたリュイスが、心なしか気まずそうではある。
「それより、急いだほうが良いわ」
イユには話を切り替えられたが、ブライトはすぐに何を指しているか気づいた。
「ワイズのこと?」
足早に歩きながらも、イユは続ける。
「えぇ、処刑が予定通り二日早まったとはいえ、容態は良くないわ。正直起きているのがやっとよ」
処刑される身ながら詳しい情報を聞いていなかったので、そもそもの処刑の予定が前倒しになったとは知らなかった。しかも、それが予定通りとは一見矛盾している発言だ。
だが、それよりも後半の発言とイユの深刻な様子に、不安を掻き立てられる。
「何? そんなに不味いの?」
確かに血を吐いたというのだ。安心はしていない。
けれど、イユの様子は、ブライトが考える以上に深刻なようなのである。それこそ、一分遅れたものなら、ワイズと会うことは一生叶わないと思わされる程の表情だ。
「それはもう。後悔したくないなら、とにかく早く向かうべきね。こんな風に話している時間も勿体ないわ」
顔が青ざめるのを感じた。
「ここよ」
というイユの言葉に返事はしなかった。
医務室に駆け込んだブライトは、数名の人間がいる気配を感じつつも、
「ワイズ! 無事?」
と声を張る。
医務室はしんとしていて、誰からも返事はない。突然入ってきたブライトに驚いている者も多いのだろう。そもそもワイズ当人は返事ができる状態ではないのだろうとも気づき、視線を動かす。手前のベッドをみても、ヴァーナーらしき人物が眠っているぐらいで、それらしき人はいない。
走り出して、ベッドを順に見ていく。いない。ワイズはいない。奥に部屋があると気づき、そこに駆け寄って……、
「うるさいですよ、医務室では静かにするものです」
という、か細い声に止められた。
「あ、ごめん。あたし……」
そう謝罪を口にしながらも、気付いた。目の前のベッドに、確かに念願の弟がいる。ブライトの記憶の中よりもずっと大人びていて、同時に酷く弱々しい。顔色が悪いのは分かっていたが、恐ろしいほどの土気色だ。
しかし、その目ははっきりとした意思を持っている。それは決して死に向かう人間の持つ表情ではない。生気に満ちた少年特有の顔だ。
同時に思わされた。赤い目がブライトよりもずっと、父に似ていると。髪色や艶の感じが、以前よりもずっと、ミリアに似ていると。
言葉が出ないブライトに代わって、ベッドから身体だけを起こしたワイズが口を開く。
「確か、お茶会以来でしたね。あのときは目を合わせようともしませんでしたが」
そう切り出されれば、ブライトも返しやすくなった。
「そう、だったね。ちらちらと見かけることはあったけれど、そういえば自己紹介すらまだだったや」
そう言いながら、そうなのだと納得する。ブライトはまだ、実の弟に挨拶すらしていなかったのだと気付いたのだ。
思ったよりは元気そうだった弟に安心し、ちらとイユを見やる。
イユは視線を背けていて、リュイスはどこか申し訳なさそうだ。
その様子から、イユの、たちの悪い冗談だと受け止めた。
一安心したからこそ、ブライトは調子を取り戻す。精一杯の明るい声で、いつもの自分らしさ満開に、ワイズに告げた。
「あたしはブライト。ブライト・アイリオール。あなたのお姉さんだよ。よろしくね。そして、ありがとう!」
言いたいことは山程ある。聞きたいことは、その更に何倍もある。けれど、今はこれで良いと感じた。まずはこの心優しい弟に、少しでも姉らしく振る舞いたいのだと、心から思った。
「本当に今更ですね」
ワイズもまた自己紹介で返す。
「ワイズ・アイリオールです。不出来な姉を持った弟ですよ」
――――それが、この姉弟の初めてのまともな会話だった。




