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カルタータ  作者: 希矢
間章 『カタコトノ人生』
1009/1010

その1009 『対世界』

 処刑台を前に佇む。風がブライトのぼさぼさになった髪を攫っていく。それが、唯一死を悼むもののように感じて、愛おしくなった。


「最期、かぁ」


 まさか、処刑台の前で絞縄に首をかけるべく膝を地面に着いた今になっても、実感が湧かないとは微塵も思うまい。死を待つ叫び声は掛けられ続けているというのに、我ながらなんて図太いのだろうと感心してしまう。

 きっと、ブライト自身、彼らの言葉が納得できてしまうからというのもあるのだろう。ブライトの所業はエドワードの宣言どおりだ。ブライトは母を助けたかったがために余りに多くを犠牲にしてきた。聴衆たちをはじめとする多くをきり捨ててきたのだ。当然の報いである。

 それに。

「最期に言い残すことも聞かれないから、かなぁ」

 エドワードが二人きりのときに確認したのは、こうなることを知っていたからだろう。

「お母様、お幸せに」

 そう残したい言葉だけを勝手に告げて、ブライトは絞縄を手に持つ。

「セラ。約束守れなくてごめんね。すぐそっちに行くけれど、ごめん」

 首に絞縄を通す。あとは下りるだけだ。ブライトの死を待ち望む観客の声が遠のく。恐らく、その瞬間を見たいのだろう。


「ワイズ。不甲斐ない姉でごめんね」


 立ち上がって、そこまでを呟いて、自ら一歩踏み出そうとした足を止めた。違うと思ったからだ。これでは泣き寝入りだ。聴衆たちの言いなりになって死ぬだけの自分は、なんともみっともない。

 最期なのだ。そう改めて気を引き締める。最期にやり残したことは、本当に何もないのかと。


 ――――一つだけ、あたしらしいことがあるかな?


 思いついたブライトは告げることにした。大勢の聴衆たちに聞こえるよう、その目に焼き付くようにしっかりと精一杯の笑みを浮かべる。


「皆、ありがとう!」


 冷え渡る処刑台の上、最大限の感謝を持って叫ぶ。


「あたしね、幸せ者だなって思ってる。だって、こんなにも多くの人がわざわざ来てくれたってことだよね? それだけいっぱい影響を与えられるのは、魔女の特権だと思うんだ。だから、せめて君たちにとって忘れられない日にするために、最期に告げさせて」

 アイリオールの魔女の名に恥じないよう、堂々とした姿で、首を吊らない程度に礼をしてみせた。


「この素晴らしい出会いに感謝を!」


 自己満足だ。それでも、黙りこくる聴衆の前に、やってやったという達成感があった。だからこそ、迷いは消えた。静かな気持ちで、先を見つめる。そうして、アイリオールの魔女としての人生をただ、終わらせるために、最後の一歩を踏み出す。首の締まる感触を、今この瞬間に、感じ――――





「ちょっと、待ちなさい!」






 聞き覚えのある叫び声が、何故か上から聞こえた。ビュンと風を切る音ともに、やってこないはずだった地面にぶつかる。

「いったーい!」

 全く受け身を取るつもりなどなかったから、衝撃が足にきた。

「それぐらい我慢しなさい! ワイズが呆れるわよ!」

 声に叱咤され、ブライトはただただ目を丸くする。何故、今そこで怒られるのかまるで理解できなかった。

 意識の空白のあとで、振り返ったブライトは息を呑む。処刑台に佇む少女の姿が目に入ったからだ。夕焼けのような髪が風に靡いて、曇天の空から差した真っ直ぐな光に当たって輝いていた。


「イユ? ……な、なんで?」


 今ここで、一番いるはずのない人間だった。第一に、彼女は『異能者』だ。普通の人間がたくさんいるこの場にいるはずがない。第二に助ける理由がない。ブライトはイユに散々なことをしたのだ。むしろ、憎しみのあまり石を投げつけられるならよく理解できた。


「馬鹿みたいな顔してないで、ほら急いで立つの!」

 ブライトのもとに飛び降りたイユの、先ほどまでいた場所に下り立つ者らがいる。ばさりとその翼をたたむ動作に、周りが真っ青になったのが伝わった。

 そのなかで、彼らだけがやりとりをしている。

「馬鹿はお前だ、イユ! お前、飛べない癖してそんな高所から飛び降りてどうする!」

「レパードの言う通りです! 無茶しないで下さい」

「何よ。私がリュイスにしがみついてたら、リュイスが魔法を使えなかったでしょうが」

 レパードを振り返ったイユが、文句を言っている。そのやりとりが、あまりにも現実離れしてみえる。悔しいことに、何故か無性に懐かしくて仕方がなかった。

 これはもう夢なのかもしれないとさえ感じた。死を目前の夢といえば、走馬灯だ。ただ、走馬灯にしては呑気な会話だと思い返して、いやいやと首を横に振る。


「おかしいでしょ! なんでこんなところにいるの!」


 完全に混乱したブライトに、イユは振り返ってにやりと笑うのだ。その笑みが、タタラーナにそっくりで、寒気がした。

 しかもその笑みで、宣言されるのだ。


「あんたを助けに来たに決まっているでしょう?」


 

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