その1006 『手遅レ』
「タタラーナ様? どうしてここにいらっしゃるんですか?」
目を丸くするブライトを前に
「あら? 私には敬語なのですわね」
とタタラーナが小首を傾げる。
「あー、確かに? 何かタタラーナ様相手だと派閥からか警戒心が……」
「あらあら、器量の狭いことですこと。別にタメ口で構いませんわよ。あなた、話しにくそうですもの。まぁ、私は私の好きな話し方を貫き通しますが」
「あっ、うん。それでこそ、タタラーナ」
いつものタタラーナ節をみて、ブライトは敬語をとりやめることにする。
「あたしが敬語苦手なのも、ばればれだったんだ?」
「私を誰だと思っていますの? そんなものは見れば一目瞭然でしょう」
自信満々に答えるタタラーナを見て、なぜか安心感があった。先ほどまでのエルドナとの違いにほっとしたのかもしれない。
「それより、どうしてここに?」
あまりにも当たり前のことを聞くと、むしろ驚いた顔をされる。
「勿論。あなたの阿呆面を拝みに来たのですわ」
「あっ、うん。それは、帰ってどうぞ」
タタラーナは当然取り合わない。
「あなたにどうこう言われる筋合いはありませんわ。私が来たいから来ているだけですもの」
いつも通りの強気な発言だが、折角会えたのは事実だ。話をする機会ではある。
「そういえば、こないだタタラーナの実家に寄ったよ」
「そう。私の偉大さを、耳にしてきたのですわね」
「えーと、ちょっと故郷でも風変わりなんだなってのは薄々」
心外そうな視線を向けられたので、機嫌を悪くすることはないかと思い、話をずらす。
「そうそう、バタフライピーをまたご馳走になったよ」
他にもバオルサクなどいろいろもらったと話せば、タタラーナの機嫌は明らかに直った。どうも、タタラーナにとって故郷は大事らしい。
「良いところだね、滞在時間は短めだったけれど、また機会があれば行きたくなったよ」
「当然ですわね。とはいえ、行く機会のない人間にそれ以上の話は無駄ですわね。……それよりも、今の話でしょう?」
「確かにね。何を聞きたくてきたのかな」
当然、目的があるはずだ。警戒心を込めて確認をとると、タタラーナはさくっと答えた。
「あなたが残しておきたい情報を教えなさい、今すぐに」
「ええと、それは何のため?」
「そんなもの知識を後世に残すために決まっていますわ」
きょとんとすると、呆れたような視線を送られた。
「あなた、一応は天才と呼ばれていた『魔術師』なわけですが、自覚はゼロですのね」
「いや、というより、後世に残すっていうのが驚きで」
タタラーナにその発想があるとは思っていなかったのだ。
「何をおっしゃいますの? 知識がその場限りで終わることこそ損失でしょう。あなたは頭だけは唯一優れているのですから、後世に伝えてこそ役に立てると思うものでしょう」
褒められているのかひどい言われようなのかよくわからないが、正論ではある気がした。それに、何かが残るのであればブライトとしても意義はある。
「ええと、そうなんだけど。まさかタタラーナからその話が出るとは」
「私を見くびっていませんこと? これでも王立図書館に入り浸っているわけではありませんわ」
「それだよ、それ!」
当たり前のように言われて、ブライトは止めた。
「王立図書館の絵画の解き方、なんでヒントをくれたの」
あれを知っていたからブライトは王立図書館に眠る未来を綴った本に辿り着いたのだ。
「別に意味のないことはしませんわ。それが必要なことであったからです」
断言されて、事前に王妃あたりに話をするように言われていた線が濃厚かと考える。もしくは、もう一つ可能性があった。
「この際だから聞くんだけどさ」
「あら、なんですの?」
「タタラーナは、占星術を使った未来視ができる『魔術師』で合ってる?」
半ば確信しての質問のつもりだった。そこをタタラーナが
「随分ズレた発想ですわね」
と斬り捨てる。
「あなたともあろうものが、占星術が使える王家に近い『魔術師』を知らないと?」
さぞ当たり前のように言われて、逆に戸惑った。
「えっ、もしかして常識なの?」
タタラーナに軽蔑の視線を投げられる。そこまでされるとは中々心外だ。
「ありえませんわね。まぁ、どうせ奈落の海の前に立つ者です。教えてあげますわ」
感謝しろとばかりにタタラーナは続けた。
「占星術が使えるのは、フランドリック家ですわ。とはいえ、今のご当主のジェシカ様はまだ魔術を何も習得されていない未熟者とお聞きしていますけれども」
王家の右腕がアイリオール家ならば、もう一つの腕はフランドリック家だ。ようやくその意味に納得がいった。ただの貢献者ではないのだ。彼らは未来視ができるからこそ、重宝された。
「納得したよ。それは確かに言われてみればだね」
そして恐らくタタラーナが言うように、もう占星術を使える『魔術師』はシェイレスタにはいないのだ。だからこそ、王立図書館にあった書物は大切に保管されていたと言えよう。
「記憶が全てあるわけではないでしょうに、随分悠長なことですわね」
呆れたような顔を見せたタタラーナは、
「さて」
と言いながら、書簡をブライトの前に広げた。
「これが私が把握している限りのあなたの魔術です。この解説書を処刑日までに全て埋めなさい。当然魔術に限らず、残したいものは全て書き記すことです」
ここまで本格的とは思わなかった。
「これは、死を待つ暇もなさそうな」
だが、暇を持て余していたブライトには良い機会だ。何よりも、気が紛らわせられる。
「そうですわね。処刑の当日の朝、受け取りに来ますわ。そのときにもしできていたら」
「できていたら?」
「私の魔術を最後に見せて差し上げましょうか」
なんと、ごぼうび付きらしい。
タタラーナの笑みに気づかず、ブライトは呑気に感心したのであった。




