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カルタータ  作者: 希矢
第六章 『捕まえた日常』
100/990

その100 『本選び』

 ギルドを出て右に折れると、多くの店や屋台が橋の上に並んでいた。大きな車輪の乗り物にお菓子を山盛りに詰めて売っている女もいれば、両手にたくさんの風船を拵えて子供に配っている男もいる。

 橋いっぱいに広がる人の波を縫って、イユは感嘆のあまりに声を張り上げる。

「このどこかに書店があるわけね……!」

「いえ、ここから外れた場所にあります」

 リュイスの冷静な否定が入る。

 その様子を、後方でミンドールが笑ってみている。

「そうなの? ねぇ、それならあれは何」

 折角なので、イユは大きな車輪の乗り物について聞いてみた。イユが指をさした乗り物からは赤と白の紐が巻き付けられたステッキが刺さっている。その隣に置いてあるぬいぐるみはもこもこで、子供がそれを欲しいと親にねだっていた。

「あれは、キッチンカーですね。本も売っているかもしれませんが、この付近は基本的に食べ物を売る車が多いです」

 確かに今見ているキッチンカーも、主として食べ物を売っているようだ。その証拠に、ぬいぐるみのすぐ下の段から黄色や赤色の丸々としたお菓子が覗いていた。リュイスに聞いたところ、飴やガムが並んでいるとのことだ。その隣にはポップコーンと呼ばれるお菓子が積み上げられ、さらにその横ではいろいろな形のクッキーが売られている。食べ物もこうして並べられていると、一つの作品のようだった。

「書店は、あそこですね」

 人の波から少し離れた場所を指されて、イユは目を細める。橋から外れた道を行った先、街の賑やかさに比べると、少しひっそりとした建物があった。恐らくあそこであろう。それにしても……。

「書店は、図書館に比べると随分小さいのね」

「いえ、ダンタリオンが特別なだけです」

 後方でミンドールが噴き出した。何かと彼はイユとリュイスのやり取りを見るのが好きなようだ。口は挟まないのだが、楽しそうにしている。


 噂の書店までたどり着けば、そこは確かに図書館と似た雰囲気をまとっていた。しかし、ダンタリオンとは異なり、大きな扉を前に兵士が控えていることはない。むしろ扉は開きっぱなしで、扉の外側にも机が置かれてそこに本が並べられている。

 ずらりと並んでいる本たちを見て呆然とした。読めない文字がびっしりと書かれた背表紙が、イユを拒絶しているように感じられたのだ。

 そのとき、リュイスに肩を叩かれた。

「それらはまだイユには早いです。僕が勧めたいのはこのあたり……」

 リュイスの指の先をたどれば、可愛らしいイラストの載った本が並んでいる一画があった。本の分厚さも図書館にあったものとは比べ物にならないほど薄い。これならぶつかってきても痛くはないなと、ダンタリオン経験者ならではのことを考え、その一画へと近寄った。

 てきとうに一冊を取れば、中もどこか可愛らしい絵で溢れている。文字が少しだけ書いてあるが、なるほど、これぐらいなら絵だけでも内容を推測できそうだ。

「どの本がいいかな」

 隣にいたミンドールも適当に本を手に取ってめくっている。

「そうですね。これとかはどうですか」

 リュイスがみせた本の表紙には、真っ白な生き物が描かれていた。

「あぁ、『名もない犬の物語』ね。僕はおすすめしないなぁ。ちょっと切なすぎるよ」

 ミンドールも、別の本をイユに見せた。

「これはどうかな。『ロシアンの大冒険』。ファンタジー色は強いけれど、レベルも高くないし読みやすいはずだよ」

 逆にリュイスは首を横に振る。

「それは、続くじゃないですか。それにいくら読みやすくても分厚いですし。それでしたら、まだ『魔法の学校』が……」

 リュイスの発言に、今度はミンドールが首を横に振る。

「それは僕も嫌いじゃないけれど、内容が独特すぎて分かりにくいんじゃないかな。それなら、こっちの方が……」

 二人がイユのために本選びに夢中なのが、少しおかしくて嬉しかった。真剣に考えてくれていることに、こそばゆさを感じながら、イユ自身も目に留まった本の背表紙を引っ張ってみる。一冊、二冊と取り出してはしまい……を繰り返し、三冊目でその指が止まった。

 予感があった。本を抜き取ると、まず表紙を確認する。そこには大きな窯が描かれている。窯からは怪しげな煙がでていた。

「その絵本が気になったのかい?」

 めざといミンドールに声をかけられた。

「『蛙にされた王子と魔法』ですか」

 リュイスに告げられた題目に、イユの心が揺れた。

「私、この話を知っているわ」

 言葉に出した途端、涙腺が緩みそうになり思わず気を引き締めた。懐かしい。その気持ちを、まさかここで抱くなんて思わなかった。

 同時に覚えていたことが意外だった。異能者施設の牢の中は冷たかったから、心も記憶も溶けて消えてしまったものとばかり思っていたのだ。

「この物語……、昔、よく読み聞かせてもらったの」

 話の一字一句までは覚えていないが、確か悪い魔女に蛙にされてしまう王子の話だ。タイトルから連想される通りのそのままの内容だったと思う。

「そう、読み聞かせてくれる人がいたんだね」

 言われて言葉に詰まった。先ほど自分の口から出た内容に、震えが走る。一体、誰に読み聞かされたのか、その記憶がぼやけている。

「分からないわ。なんで、私、今そう思ったのかしら……」

 釈然としない。ただ、もやもやとした予感だけがこの本を手放すなと告げている。

「それなら、この本にしましょうか」

 リュイスに言われて、こくんと頷く。じわじわと、不安が喜びに変わっていくのを感じた。

「いいのかい? 確かあの本……」

 言いかけたミンドールをリュイスが目で制す。

「決まりですね」


 リュイスに本を買ってもらい、再び自分の手に収まるころには、イユは喜びでいっぱいになっていた。

 懐かしの本が、今イユの手にある。その実感を得られることがこうも嬉しいこととは思わなかった。

「ありがとう」

 自然と出た笑顔に、リュイスたちも嬉しそうに返した。


 ――――絶対に、文字を覚えてこの絵本を読んでやる。


 だから、そう決心した。


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