事件は呆気なく
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ステファヌスが蜂起。
その一報がジョルジュの許に届いてから数時間。王城は大混乱に陥っていた。理由は、すぐさま東西南北、全国津々浦々から反乱発生との情報が飛び込んできたからだ。
「何が起こっているのだ?」
とにもかくにも情報が足りない。ジョルジュはクソ女神捜索のために全国に派遣していた密偵を使い、情報を集めさせる。そのおかげで、状況把握はスムーズに行えた。
結果は玉石混交。
「数千およぶ大規模なものもあれば、数人程度の暴動のようなものもあるのか……」
軍を動かすにせよ、慎重に動かなければならない。ジョルジュは将軍たちに綿密な行動計画を作らせた。動かせる軍は反乱軍に比べると少ない。だから無駄なく動かす必要があった。
こうして作成された行動計画に則り軍が動かされる。計画では反乱軍への対応を「宣撫」と「殲滅」に分けていた。ステファヌスなどの明らかな首謀者がいるところは殲滅。特にいない場所については宣撫が行われる。反乱軍とはいえ国民。さすがに皆殺しにしろ! とは言えなかった。
王都に詰めていた魔王軍は、殲滅の対象とされたステファヌス率いる本軍に向かった。その直後、急報を受けたジンが転移魔法で王都に帰還する。
「状況は?」
第一声がこれである。彼の危機感が窺えた。
「北西部のスロホルムを中心に反乱が発生しています」
ジョルジュは簡潔に説明した。「スロホルム」という地名に、レナが反応する。
「スロホルム?」
「ああ。そなたの実家がある場所だ」
「そんな……」
実家が反乱を起こしたのかと顔を青ざめさせる。しかし、ジョルジュはレナの実家は無関係だと安心させる。ただ、屋敷に押し込められて監禁されているらしい。
「それで、どう対応している?」
ジンの質問に対して、ジョルジュの答えはなんとも歯切れが悪い。あ〜、え〜、と都合の悪いことを隠そうとしているかのようだ。韜晦は許さない、と視線に力を込める。すると、ジョルジュはこの反乱はおかしいのだと前置きして話し始める。
「実は……」
そう言って、ジョルジュは経過の報告をする。ひと言でいうなら、これは世にも奇妙な反乱だった。
「動かない?」
「はい。討伐軍と対峙する敵主力はまったく動かないのです」
挑発してもまったく反応しない。指導者がいる他の反乱軍も同様で、睨み合いが続いている。そして、暴動レベルの反乱にいたっては、簡単に説得に応じたという。この状況は、
「わけがわからない……」
そのひと言に尽きる。何がしたいのか、その狙いがまったくわからなかった。わからないなりに頭を捻っていると、突如として空間が揺らいだ。
「いた」
現れたのはディオーネ。魔王城に居候している最高神の孫娘である。
「どうした?」
「連れてきた」
誰を? と訊こうとした瞬間、ジンの前にドサリという音を立ててずだ袋が落とされた。何が入っているのか気になって開けてびっくり。そこにはさっきまで探し回っていたクソ女神が入っていた。
「最高神がやったのか?」
その質問に、ディオーネは首を振る。そして、ディーがやったと言った。正確には、ルシファーやアンネリーゼたちと共同で、だが。
どういうことか事情を訊ねると、クソ女神が魔王城を強襲してきたので返り討ちにしたのだと答えた。むふん、とディオーネが胸を張るので、とりあえずいい子いい子と頭を撫でる。ディオーネはご満悦だ。
「『魔王はいないのか!?』って言ってた。ジンを倒すために来たみたい」
「それはそれは……」
バカの所業である。ターゲットがいるかどうかくらいは調べるものだ。
「ーーはっ!」
「あ、目が覚めた」
ガバッと跳ね起きたクソ女神。そしてあ〜っ! とバカでかい声を上げた。耳がキーンと鳴り、その場にいた人間は思わず耳を塞ぐ。
「ここにいたのね! 魔王、勝負しなさい」
「嫌だ」
勝負にならない。相当手酷くやられたらしく、クソ女神はボロボロだった。体力も神の力もかなり消耗していて、勝負するまでもない。バカに付き合ってられるか、とジンはクソ女神をその場に倒す。が、
「ふふふっ」
クソ女神は笑う。
「何がおかしい?」
「アンタたちのバカさ加減よ」
ジンは反射的に殴っていた。しかし、手応えがない。不思議に思っていると、その答えはクソ女神から与えられた。
「神は不死。なぜなら、肉体は仮初のものだからよ!」
つまり、神の本体は精神であり、肉体を押さえつけたところで何の意味もないということだ。ゆえに、
「とうっ!」
気合いのかけ声とともに、クソ女神の身体から何かが出ていった。俗に魂と呼ばれるこれこそ、神の本来の姿である。
『おっさんなんて要らないわ!』
そう言って、ジンについてきていたレナにとりつくクソ女神。
「ちょ、これ何? 何なの!?」
抵抗するが、魂に実体などないため無駄だった。やがてクソ女神の魂は見えなくなる。
「取り憑かれた」
ディオーネはジンに褒めてもらおうとして、クソ女神の魂を封じることをすっかり忘れてしまっていた。アンネリーゼたちと一緒に戦っているときは、ルシファーが取り憑かれないように防御していた。そのおかげで攻撃に専念できた反面、基本をうっかり忘れてしまうという結果をもたらしてしまう。
「でも、問題ない」
もう一回ボコればいいだけ、と気を取り直すディオーネ。ファイティングポーズをとり、いつでもかかってこい! とばかりにやる気を漲らせる。
「食らいなさい!」
クソ女神は魔法を使う。彼女は典型的な後衛タイプであり、遠距離で魔法を使って戦うスタイルが基本だ。
しかし、魔法は発動しない。当然だ。なぜなら、レナは魔法使いではないのだから。クソ女神は神の力が消耗しているため、魔力で代用するつもりだった。だが、レナは魔力を持たない騎士。魔力を使った魔法が発動するわけがなかった。
「どーん」
一方、ディオーネは最高神の孫娘だけあって万能選手。その上、センスも抜群だ。平坦な声音とともに放たれたボディーブローは、レナの鎧を凹ませ、身体を天井まで打ち上げる。
「は?」
ジョルジュは目が点になった。何も知らない彼からすれば、幼女が騎士をパンチで吹き飛ばしたということなのだから。その反応も無理はない。
レナの身体は天井にめり込んだ。周囲が蜘蛛の巣状にひび割れていることから、その威力が窺えた。しばらくはそのままだったが、やがて重力に引かれて落ちてくる。気絶しているのか、ピクリとも動かない。
先ほどクソ女神が言ったように、神の本体は精神である。だから肉体を失っても何の問題もないが、このように気絶させられると行動不能になるのだ。その間にディオーネはクソ女神の魂を縛る。あとは引き出して、元の身体に戻せば任務完了だ。
「意外と呆気なかったな」
それが偽らざる感想だった。大騒ぎした割には、くだらない結末だ。
その後、元の身体に戻されたクソ女神に訊問が行われた。今までどこで何をしていたのか? と。そこで、ステファヌスの反乱と関係があったことが明らかとなる。クソ女神が使嗾したのだ。
「まったくこいつは……」
ろくなことをしない、とジン。ディオーネも頷き、
「じーじに言って厳罰に処してもらう」
「具体的には?」
「神格を剥奪して、肉食獣に追いかけ回される草食動物にする」
常に身体のどこかを食い千切られるけど生き残るーーそんな運命を持って数億年を生きてもらうという。ジンは、想像して恐ろしくなった。だが、そうすればクソ女神の性根も叩き直されるかもしれない。
「うん。いい経験だ」
だが、まずやるべきことがある。反乱を起こしているステファヌスを倒すことだ。クソ女神がジンを倒すことが前提になっているのだろう。それが伝わり、王国軍が混乱するのを待っているに違いなかった。そこでジンはクソ女神を磔にして、反乱軍に見せた。
「なっ!?」
これに驚いたのがステファヌスであった。超常の力を持ったクソ女神が、こうもあっさりと捕まるとは思いもしなかったからだ。彼は自身の迂闊さを呪う。
(もっと慎重になるべきだった!)
激しく後悔したが、もはや後の祭りだ。
「潰せ!」
ジンが直接指揮をとり、反乱軍を容赦なく攻め立てた。ステファヌスは生け捕りにされ、他の主要なメンバーは討たれる。ステファヌスにしろ、反逆罪で早々と死刑に処された。広場での公開処刑である。
「お父様! お母様!」
「おお、レナ!」
レナの両親は、先だってジンが救出した。親娘は再会を喜ぶ。ひと段落したところで、ジンはどうも魔王です、と挨拶をした。魔族の親玉の登場にレナの両親は驚きつつ、
「娘をよろしくお願いします」
と言われた。まるで娘を嫁に出す父親のような言葉だ。
「お父様!」
レナが違う、と抗議する。が、その顔が赤いのは羞恥か、それとも他の理由か。本人はそれを明かすことはなかった。




