西へ
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ガラガラと音を立てて馬車が走る。ジンとレナはモスコーを発ち、王国西部の大都市・リースへと向かっていた。
王国西部には教会の総本山があり、かつてはそこが最大の町だった。しかし、ジンの【原爆】によって町が灰燼に帰し、規模は縮小。再興したワルテル公爵の失脚が止めとなり、中心地はリースへと移っていた。
「王国の外洋航路の中心地らしいな」
「ええ。西部最大の商業都市よ」
レナ曰く、順風が続けば船便で東部の品物(作物)が届くという。そのため、昔から西部の都市として経済規模はトップだった。
その道中、レナはジンに声をかける。
「それにしても、他に方法はないわけ?」
それは旅が始まってから何度も口にしていたことだった。
「楽しいだろう?」
ジンは馬車を操りながら答える。レナは何言ってるの、と言わんばかりに睨む。しかし、説得力はない。旅が始まったばかりのときは鎧を着て帯剣していたレナだが、今はモスコーでジンが買い与えた服を着てお洒落をしている。さすがに剣は帯びているが、護身以上の意味はなかった。そんな格好でいれば、ジンの『楽しいだろう?』という言葉もあながち的外れではない。
もっとも、道中が日本国内を旅行するように安心安全というわけではない。道すがら、盗賊に出会うこともあった。たとえば道に丸太が置かれていた場合。ジンが止むを得ず馬車を停めると、左右の茂みからわらわらと盗賊が現れた。
「旦那。命が惜しけりゃ、有り金全部出しな」
武器を構えて脅しをかける盗賊のボスらしき男。筋骨隆々で、見た目は強そうだ。もっとも、ジンからすれば雑魚にすぎないのだが。
「なに、盗賊?」
ジンと盗賊が対峙するなか、レナがひょっこりと顔を出す。途端に盗賊たちが色めき立つ。
「女連れかよ! ラッキー!」
「しかも超美人!」
「貴族の令嬢か?」
盗賊たちはジンの着ている服が上等なものだったことから、裕福な人間だと思ってターゲットに選んだ。彼らからすれば、レナの登場は鴨がネギを背負ってやってきたようなものだった。
「見ろよ。女のくせに剣を持ってるぜ」
「嬢ちゃん。そんなもの捨てな」
「は?」
レナは目に見えてイラつく。彼女は騎士として必死に剣を磨いてきた。貴族の令嬢が剣なんてとバカにされたこともあったが、めげることなく精進し、ついには王女の護衛に上り詰めたのだ。それをバカにされて、黙っていられない。レナは剣を抜いた。
「……痛い目を見ないとわからないようだな」
盗賊も剣を抜く。それが合図となった。
「お前らやっちーー」
盗賊のボスが部下を嗾けようとするが、彼は最後まで言葉を発することができなかった。ジンが腰に下げていた剣を抜き様に首を斬ったからだ。
レナも負けてはいない。すれ違う瞬間に剣を一閃。盗賊を一撃で仕止めた。お洒落服を汚したくないので、騎士の剣である向かい合った状態で斬る、という基本からあえて外れた邪道の剣。それは、ジンたちとの暮らしで身につけたものだ。
「ひっ!」
盗賊たちは怯む。もとより彼らに命尽きるまで戦う、などという高尚な精神などない。あるのは有利であれば骨の髄までしゃぶり尽くす貪欲さと、不利であれば何としてでも生き残るという生への執着。だから、躊躇なく逃亡を始めた。
「逃がさない!」
己の剣を、つまり努力をバカにした相手は許さない。レナの追撃は激しかった。目についた盗賊はぶった斬り、返り血ひとつ浴びていない。その腕が窺える。
見敵必殺! という戦い方をするレナに対して、ジンはスマートな戦いを演じた。去る者は追わない。そして、何人かを生け捕りにした。理由はアジトを吐かせるためと、なぜ盗賊になったのかを訊くためだ。
「逃げられたーーあら? 生き残りがいたのね」
「「「ひいっ!」」」
「まあまあ。落ち着け」
殺気に萎縮する盗賊たちを擁護するジン。レナは不満顔であり、すぐに殺せと盗賊たちを睨む。そんな彼女に立ち向かうジンは、盗賊たちにとっては勇者のようであった。正体は魔王だが。
ジンは逸るレナをなだめつつ、盗賊たちへの訊問を開始した。彼を「味方」だと勘違いしている盗賊たちは、聞いてもいないことまでベラベラ喋った。
盗賊たち曰く、彼らは先の戦争で敗走した農民兵だという。命からがら戦場から逃げ、故郷に帰ろうとしたのだが、金がなかった。故郷に帰る金がないどころか、生活費さえもないのだ。戦況の悪化に伴う重税で備蓄もなく、町にいることもできなかった。仕方なく町の外に出たが、このままでは野垂れ死んでしまう。そこで盗賊家業に手を出したのだ。
「そうだったのか……」
ジンは自分のせいでもあるので、申し訳なく感じてしまう。また、聞かなければならないこともできた。
「お前たちと似たような人間はいるのか?」
「はい。同じような連中と縄張り争いをしたことも何度か」
「王様は何をしていたんだか」
レナはジョルジュの不手際を指摘する。だが、それはお門違いだ。
「いや。ここは旧教会領。手が回っていなくても仕方がない」
気持ちはわからないでもないが、世俗にどっぷり漬かって腐敗した教会にまともな統治機構があったはずがない。その後、ドタバタを経て教会領は消滅したが、ジョルジュは全土の状況をを詳かにするまでには至っていなかった。また、完全な掌握にはもっと時間がかかる。
そして残念だが、ジンは彼らを救うことができない。クソ女神を捜索しなければならないため、盗賊を救済している時間的な余裕はなかった。
「お前たちにアジトはあるのか?」
「へ、へい。あの山に」
盗賊は山のひとつを指さす。ジンは質問を重ねた。
問、何人くらいいる?
答、十人程度(生き残りは含まず)
問、状態は?
答、怪我や病気で動けなくなっている
「わかった。なら、とりあえずアジトへ行こう」
「「「……」」」
盗賊たちは警戒感を見せる。さすがにすんなりと案内はしてくれないようだ。彼らを安心させるため、ジンは何もしないと約束した。
「……案内しやす」
盗賊たちも一応、安心してくれたらしい。渋々といった様子だが、アジトへ案内してくれた。
「どうするのよ?」
道中、レナが盗賊たちの処遇について質問してくる。隠すことでもないので、ジンは彼らに職を与えて故郷に帰すのだ、と答えた。どうやって? というレナの追及を躱し、ジンは盗賊たちのアジトへ足を踏み入れた。
「馬や馬車はあるか?」
「商人から奪ったやつがある」
「よし。ならそれに動けない奴らを乗せろ」
ありったけの食糧を載せて出発だ、とジン。目指すは変わらずリース。そこの船で盗賊たち最寄りの町まで帰すのだ。費用については一筆認め、ジョルジュに負担させる。また、手紙のなかでは同じような理由で盗賊になっている者はいないかを調べるように書いていた。
予定よりも遅れてリースに着くと、ジンは領主の屋敷へ直行した。そこで身分証を見せ、面会を求める。近衛の二人組ーー貴族であれば王の密命を受けた人間だと気づく。だから二人はほとんど待たされなかった。そこで話を通しておく。幸い、領主は話がわかる人物だった。重傷者の治療も含め、快く引き受けてくれる。
「ではよろしく頼む」
「はっ! お任せください!」
特別に手配された船が出港するのを見送りにきたジン。盗賊たちは近衛という身分に驚きつつ、船を手配してくれた彼に熱く感謝した。離岸して沖に向かう船ーーその甲板から見えなくなるまで手を振っている。ジンも振り返していた。
「物好きね」
「ただの自己満足だ」
レナが揶揄するように言うと、ジンは自嘲するように応えた。
リースでもモスコーと同じ要領で調査を進めていた。しかし、成果は挙がらない。そろそろ次の町へ行こうか、とジンが考え始めていたとき、ジョルジュから使者が送られてきた。
「ステファヌスが主導した反乱が発生! 各地で同時多発的に反乱が起きています!」
おかげで王国軍はキャパオーバーを起こしているという。ジンに援助を請う使者。事態は風雲急を告げる。




