表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
ボードレール王国動乱編
92/95

レナは誰の手に?

 



 ーーーーーー


「ほら」


 思考の海に沈んでいたレナの意識は、ジンのそんな声によって現実へと呼び戻された。


「何これ?」


「服だ。お前のな」


「要らないんだけど……」


 お洒落に興味などないレナは、嫌そうに服が入った紙袋を受け取る。一瞬、フローラに渡そうかとも考えたが、すぐに止めた。自分が虚しくなるだけだからだ。駆逐艦のような紙装甲のレナの服は、戦艦のような分厚い装甲を持つフローラに合わないのである。主に胸部の問題で。


「もったいない。お洒落すれば可愛いのに」


「かわっ!?」


 それはジンの本心だった。素材はいいのだ。磨けば光る。その研磨剤のひとつが服だ。だが、レナはお世辞を言うな! と怒った。


(そんなことないけどな……)


 とは思いながら、


「すまない」


 と謝る。レナはわかればいいのよ、と言いつつ渡された袋はしっかりと抱いていた。着るかどあかは別として、とりあえず受け取るらしい。ジンとしては、タンスの肥やしにならないことを祈るだけである。


 二人はそれからも偽装夫婦を演じ、あちこちの店に入っては商品を物色しつつ情報を集めていった。些細な情報でも調査を実施する。だが、残念ながらクソ女神を発見することはできなかった。


「どうするのよ?」


 夜。宿でレナが訊ねた。移動するなら馬車の手配など用意をしなければならない。そのため方針を早く決めてほしいのだ。これにジンは、


「いや。まだ留まる」


 まだ調べていない場所があると言う。レナはそんなところあった? と首をかしげる。そんな彼女に、ジンは外を指さした。


「街なら探したでしょ?」


「違う。街の外だ」


「ああ……え?」


 レナはマジかこいつ、という目をする。ジンはただ頷く。マジだよ、と。


 かくしてやってきたのがモスコーの外に広がる森。ここでクソ女神を探すというのだ。


「本当にいけるの?」


「やるしかない」


 ジンは有無を言わさない、断固とした口調で答える。だが、レナは納得していなかった。なぜなら、ジンはサポートに回るだけで、主役はレナだからだ。


「どうしてよ!?」


 納得いかない、とレナ。しかし、ジンは仕方ないと言う。


「俺が戦えばバレるだろう?」


 最高神曰く、ジンは魔法を行使するとき、無意識のうちに神力を放出しているのだという。


『それを察知されるかもしれないから、主様は旅先では極力、魔法を使ってはいけないのじゃ』


 そうルシファーに注意された。だからジンはほぼ役立たずである。その説明を聞いたレナは、


「ということは王都に転移したときも……」


「バレてただろうな」


「このッ!」


 レナは殴りかかった。王都を探し回ったあれは何だったのかと。


「もしかしたら気づいてないかもしれないだろ」


「そこまで間抜けなわけないでしょ!」


 その通りである。


「ま、まあ捜索開始だ」


 ジンは会話を打ち切った。そして森のなかを歩き始めたのだが、当然、難航した。森林は歩くのだけでひと苦労。しかも、見通しが悪いためあっちこっちを歩き回らなければならない。とても効率が悪かった。


 神力はジンのみならず、眷属となっているアンネリーゼたちも放出する。ゆえに役立つのはレナだけだ。しかし、そのレナは魔法使えない人間である。権力を使った人海戦術もとれないことから、非効率的でもこれが最適解なのだ。


 鬱蒼とした森を歩くこと三日。ようやくモスコー南部の探索が終了した。もちろん空振りである。


(でも、あと少し……)


 レナは奮起する。モスコーは南に森林が広がっているものの、他の方向は荒野だ。だから探索範囲も狭くなる。もう森を歩かなくてもいいーーそう考えるだけで気持ちが軽くなった。


 しかし、世のなか甘くない。捜索に出ようと宿で朝食を食べていると、宿に兵士が駆け込んできたのだ。


「ま、魔物のスタンビートが発生した! 戦える者は協力してくれ!」


 宿泊者に向けてそう言い放つ。


「どれだけいるんだ?」


「一万だ」


「「「っ!?」」」


 場がどよめく。さすがに多い。やる気になっていた冒険者も尻込みした。誰だって命は惜しい。万の魔物を相手にして生き残る自信はなかった。若い冒険者はまだやる気のようだが、熟練の冒険者に止められている。結果、手を挙げる者はひとりとしていなかった。


「いないのか!?」


 苛立ったらしい兵士が大声を発する。しかし、冒険者たちは沈黙を貫いた。そんなとき、手を挙げた者がいた。ジンーーに手を挙げさせられたレナである。


「え……?」


 何してるの? とジンを見るレナ。イマイチ状況を理解できていないようだ。


「止めとけ。今なら間に合う」


 近くにいた冒険者らしい男が忠告する。しかし、ジンはありごとうと言いつつも頷かなかった。


「おおっ! やってくれるか!」


 兵士は嬉しそうだ。


「ああ。俺たちは近衛だからな」


 ジンは身分証を見せる。二人は万が一のために、ジョルジュから近衛の身分証をもらっていた。王命により隠密行動をしている、と言い訳が通用するために。


「「「おおっ!」」」


 近衛になれるのは、王国でもひと握りの人間だけ。近衛ということは、それだけ優秀な人間であるという証拠だ。それはよく知られたことなので、兵士や宿泊者たちは、近衛の参戦にどよめく。


 場の雰囲気が明るくなった(興奮した)のを見て、ジンは立ち上がり、畳みかける。


「冒険者たちよ、見ろ! この女性騎士を!」


 呼びかけられ、無意識的に注意をレナに向ける冒険者たち。今の彼女は魔法によって容姿を変えているため、かつての王女の護衛と同一人物であると気づくことはない。


「美しいだろう。こんな可憐な騎士が戦うというのだ。なのに、怖気づいているお前たちは恥ずかしくないのか!?」


 ジンは注目を集め、冒険者たちを煽った。その効果は覿面で、


「なに?」


「そこまで言うならやってやろうじゃねえか! なあ、野郎ども!?」


「「「おうッ!」」」


「っ! 感謝する!」


 兵士はジンに尊敬の目を向ける。厭戦気運を一掃し、冒険者たちをやる気にさせたのだ。その手腕は見事である。


「やる気がない奴らにはこう言ってやれ。『活躍すれば美人の騎士様がご褒美をくれる』ってな」


「わかりました!」


 人集めの秘策を伝えると、兵士は喜び勇んで吹聴した。その結果、街の外には冒険者ほぼ全員が集結している。いや、それだけではない。独身男性が、女騎士レナ目当てに集っていた。


 だが、ここで誤算が生じる。やる気になった冒険者たちの動機ま。ジンは『女がやるのに男が後ろで怯えてていいのか?』と煽ったつもりだった。しかし、冒険者たちは『活躍すればレナと付き合える』という解釈が成り立っていたのだ。


「どうしてこうなった……?」


 たしかに「ご褒美」の解釈はどうにでもなるのだが、それにしても「付き合える」はないだろう。一過性のものと考えるのが普通だ。ジンにはこの街の男たちの思考がよくわからなかった。


「どうするのよ!?」


 身の危険を感じているのはレナである。知らぬ間に戦いの商品にされていたのだ。たまったものではない。


「もう、やるしかないだろう」


 こうなれば出来レースだ。ジンが一番活躍し、女騎士からのご褒美をもらう。それしか円満に解決できる方法はなかった。


「もしそうならなかったらどうするの!?」


 レナは誤解を解くように言ったが、ジンは無理だと首を振る。戦いを前にそんなことを言えば士気が下がってしまうからだ。


「こうなったら、俺も戦う」


 ジンは決断した。彼が戦えば魔法を使うことになる。クソ女神に気づかれて逃げられるかもしれないが、そんなことよりも街の住人の命の方が大切である。


(ジョルジュに倒れられたら困るしな)


 魔族を嫌う人間がいなくなったわけではない。もし親魔族派であるジョルジュがクーデターなどで倒れることがあれば、ジンの仕事が増えることになる。加えて、フローラが悲しむ。そんなことにはしたくなかった。


「もう知らない!」


 レナはどうにでもなれ、と思考を放棄した。そしてタイミングよく、


「魔物が来たぞ!」


 と敵の来襲が伝えられた。


「戦闘態勢をとれ!」


 領主の命令で、正規兵や冒険者などの民兵が盾や槍を構える。魔法使いは杖を握りしめた。そんななかで、ジンたちは独立した行動を許されている。近衛とはいえ騎士(魔法使い)であるため、軍に編入されかけた。しかし、ジョルジュの身分証には如何なる領主の指揮も受けない、と書かれていたため、このように行動を許されている。


「じゃあ、やるか」


 ジンは魔法を発動する。【イージス】は防御のみに使い、攻撃は手動だ。魔王の十八番である、現代兵器を模した魔法は封印した。正体がバレるから。そこで選んだのが、


「【水弾】」


 だった。【選王戦】でマリオンが使った魔法である。魔法のカテゴリー的には、初級のもの。近衛の魔法使いということで、どんな高等魔法が見られるのか!? と期待していた者たちは落胆する。


 しかし、それは早合点だった。重要なのは難易度ではない。威力だ。そして、魔法のエキスパートであるジンが使えば、ただの初級魔法だって中級、上級魔法に匹敵する威力を叩き出す。


 ーーダン!


 ーーダン!


 ーーダン!


【水弾】がひとつ着弾する度に地面が魔物ごと抉られる。その衝撃は地揺れとなり、兵士たちに伝わった。


「「「……」」」


 その圧倒的な威力に言葉を失う兵士たち。特に魔法使いたちの驚きは凄まじかった。初級魔法だと落胆していた空気は吹き飛び、畏敬の念が浮かぶ。


 こうしてジンは遠距離から一方的に魔物を叩いた。人間が相手ならば怯むところだが、魔物は構わず突っ込んでくる。殲滅できる魔法は使っていないため、戦闘を行く魔物との距離はかなり近づいていた。


「行け。援護する」


「ええ!」


 ジンが指示するのとほぼ同じタイミングでレナが突撃した。数が減った魔物を得物の両手剣で叩き斬る。


 ジンやアンネリーゼ、麗奈など、魔族や人間の最大戦力が揃った魔王城では「フローラの肉壁」程度に認識されているレナだが、人間だけで見ればトップクラスの戦闘力があった。むしろ、ジンたちが異常なのである。


 レナが捌ききれなかった魔物はジンが魔法で処理する。だが、全力ではないため、やはりすべてを倒すことはできない。兵士たちがやるのは、漏れた数体の魔物を倒すことだけだった。


「楽でいいけどよ……」


 釈然としない様子の冒険者。そんな彼に声をかけたのは、同じパーティーの女性冒険者(幼なじみ)だった。


「もっと強くなればいいじゃない」


 あそこに立てるように、とは言わない。というより、言いたくはなかった。なぜなら、彼女は男が好きだから。行ってほしくない。けれど、活躍してほしい。そんな葛藤から出た言葉だった。


「ああ……」


 冒険者はそうとも知らず、ただ届かぬ高みを見ていた……。


 ーーーーーー


 結局、魔物は八割がたをジンとレナで倒してしまった。


「見事であった! 陛下には必ずお伝えしよう」


「よ、よろしくお願いします」


 興奮気味の領主に、ジンは苦笑いしつつ頭を下げる。とりあえずジョルジュに話して上手いこと収めてもらおう、とジン。今回はやりすぎた。これだけの大活躍をすれば、叙勲は間違いない。色々と工作をしておく必要がある。


「やりすぎ。バカじゃないの?」


 戻ってくるなり、レナはそう言った。ジンは顔をしかめつつ、


「仕方ないだろ」


 と言葉少なに反論する。やりすぎだったことは事実なので、口は重かった。


「しかし、大活躍だったな」


 ということで、露骨に話を逸らす。


「あんたほどじゃないわよ」


 レナもそれに乗る。彼女が言う通り、活躍のランキングではジンがぶっちぎりで一位だ。なにせ、二人で倒した魔物のうち、ジンが九割を倒したのだから。とはいえ、レナの数字も十分、胸を張れるものだ。


「そんなことはない。強くなった」


 だから、ジンは褒める。信賞必罰が大事。レナの活躍は間違いなく称賛されるものだ。


「あ、ありがと……」


 レナは顔を赤くした。釣られてジンも恥ずかしくなり、


「お、おう……」


 と応じた。そんな二人の許に、冒険者が近寄ってくる。


「あのっ! 女騎士様。オレたちのなかで誰が一番活躍していましたか!?」


「「「……」」」


 先頭の青年が言うと、冒険者たちが俺でしょ! と期待の眼差しを向ける。


「うっ……」


 レナはその視線にたじろぐものの、


「彼よ」


 とジンを選ぶ。まあ当然である。冒険者たちもですよね〜、という反応だ。


「絶対に強くなりますから、次は負けません!」


 そう言い残して去っていく。なかなか気のいい人間のようだ。ジンはそんな彼らに頑張れよ、とエールを送った。


「……それで、いつまでそうしているんだ?」


「っ!」


 レナが自分に密着しているので、いつまでそうしているのかと訊ねる。彼女は慌てて身体を離す。その顔はやはり赤くなっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ