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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
ボードレール王国動乱編
91/95

モスコー

 



 ーーーーーー


 王都を発ったジンとレナ。目指すは北の大都市・モスコーである。以前、全国パレードした際にも寄ったので、転移魔法でも行くことはできた。だが、旅の目的はクソ女神の捜索である。くまなく探すため、馬車で向かうことにした。


 木を隠すなら森のなか、と都市に潜んでいる可能性はあるが、誰も行かないような秘境にいる可能性もある。どちらにいるかわからないなら、どちらも探せばいいのだ。正しいが、暴論である。


「旅はいいな」


 ジンはとても晴れやかである。対して、レナは旅立って間もないというのに、既に死んだ目をしていた。


「そもそも、あなたが行く意味はあるの?」


「もちろんだ。クソ女神は強い。もし発見できても、情報が伝わらない可能性がある」


 それは、死人に口なしの精神で諜報員が殺されることを危惧していた。だが、レナにはなぜそれでジンが出向くことになるのかわからない。なぜなら、諜報員は使い捨てが前提だからだ。酷い考えだが、この世界からすればむしろジンの方がおかしい。


 レナは王女の護衛騎士となれるほどの名家の生まれだ。しかも、家柄だけで選ばれたわけではない。実力も確かである。実家が軍関係に強かったため、騎士としての勉強を施されていた。そのため軍事にも明るい。そこでレナが学んだことは、情報は命。諜報員はいくらでもいるのだから、いかなる犠牲を払っても情報を得るのだ、と。だから、諜報員の命が危ないからといわれて、だからどうしたの? という反応になるのは当然なのだ。


 しかし、ジンにいわせるとその考え方は間違っている。諜報員にだって人権云々というのもそうだが、一番は熟練の諜報員は一朝一夕には育たないからだ。


「ふ〜ん」


 ジンがそう答えても、レナは気のない返事をするだけ。なぜなら、理解できないからだ。二人はあまりにも価値観が違いすぎた。


 昔からそう教えられたから。


 それが人間の価値観を作るのだ。たとえば挙手。日本で挙手をするときは「パー」の指をくっつけて、腕を真っ直ぐ挙げる。ところが、ドイツでそれをやるのはタブーだ。なぜなら、それはナチスドイツの挙手敬礼(ローマ式敬礼)を連想させるからだという。ドイツ人は昔からそう教えられたから、腕を真っ直ぐ挙げた挙手を忌み嫌うのだ。


 かくも習慣とは怖いものなのである。


 実は、このやりとりはこれまで何度も行われてきた。なのになぜ訊くのかといえば、レナが沈黙を嫌うからだ。今日のご飯は? なども常套句である。


 ちなみに、道中の食事はすべてジンが作っている。レナは味見係だ。彼女に料理を任せると大変なことになる。というか、なった。レナに料理をさせるな、はボードレール王国軍でもよく知られている。理由は推して知るべし。


 野営をし、聞き込みをしながら二人は進む。だが、手がかりを得られないままにモスコーへと到着した。


「空振りじゃない」


 レナは徒労だった、と怒っている。ジンは意に介さず、そういうこともあるさ、と前向きだった。


 今回の旅はお忍び。正体がわからないように姿を変えている。身分も貴族の新婚旅行ということになっていた。周りには護衛の騎士がいるが、すべてジンが召喚したスケルトンである。


「なんで……」


 偽装とはいえ夫婦になっていることが不満らしいレナ。だが、アンネリーゼによって強引に偽装夫婦にされた。


「そうでもしないと、夜伽ができないじゃない」


「メイドになるとか……」


「できますか?」


「……」


 レナはサッと目を逸らす。できるはずがない。騎士としての教育はもちろんだが、名家の令嬢としての教育も施されていた。しかし、だからといってメイドらしい振る舞いなどできるはずがなかった。


「じゃあ奴隷で!」


「できますか?」


「反抗的な奴隷なら!」


「ジン様はそんな下衆ではありません!」


 自分にもできる配役として奴隷を提案したのだが、アンネリーゼに大目玉を食らった。曰く、ジンは慈悲深く優しい。だから、たとえ偽装であってもそのような誤解を受けるようなことをさせるわけにはいかないのだ、と。


「……」


 どうしろ? とレナ。結局、対案を提示できずに偽装夫婦となった。しかも、恋愛結婚で結ばれたラブラブ夫婦という設定だ。だから街中は腕を組むか手を繋いで歩くように指令が出ているのだが、


(そんなことできるか!)


 と憤慨していた。レナは触ったら殺す、とばかりにジンを睨んだ。もっとも彼も予想していたため、話が違う、みたいなことにはならなかった。


「部屋はーー」


「シングルふたへーーむぐっ!?」


「ツインを用意してくれ」


 いらんことを喋ろうとしていたため、ジンが口を塞ぐ。夫婦でシングル二部屋をとれば、嘘がバレバレである。さすがにそのあたりは弁えていた。


「は、はあ……」


 宿の受付は困惑しながらもツインルームを用意した。


「変態」


「いわれのない誹謗中傷は止めてくれ」


 レナは言いたいだけ文句を言うと、さっさと寝てしまう。ジンは未だに反抗を続けることに苦笑しながら、やはり横になった。


 ーーーーーー


 翌日。捜索を始める。まずは先行して捜索にあたっている諜報員たちから進捗状況を訊ねた。結果は進展なし。


「ここにはいないのね」


 さあ次、と言うレナを止める。


「待て待て。まだ探していない場所があるぞ」


 そう言ってレナを連れ出した先はモスコーの大通りだった。なぜこんな目立つ場所を探すのかというと、諜報員は裏の世界の住人だからだ。もちろん、表と裏は表裏一体。情報も流れてくる。だが、それは人伝のものでしかない。裏の世界では裏の世界なりのやり方があるように、表の世界では表の世界なりのやり方がある。ごちゃごちゃ言っているが、簡単にいえば目で見て探すのだ。


 ジンたちは表向き、貴族の夫婦である。よってレナはワンピースにつば広帽子をかぶってご令嬢っぽさを出す。散々抵抗したが、女性の諜報員によって着替えさせられた。今は腕を組み、大通りを我が物顔で歩く。


「……ううっ。こんなのワタシじゃない」


 レナは誰にも聞こえない声で呟く。大声で叫んでもいいのに、こうして声を潜める。そんなレナをジンは好ましく思っていた。


 ひらひらしたワンピース姿に恥ずかしがっているレナだが、さすがは貴族令嬢。とても似合っていた。普段は騎士らしく凛々しい姿を見ているため、ギャップ萌えを感じた。


 大通りを腕を組んで歩く若い男女は当然、注目を浴びた。


「お貴族様。新婚ですか?」


「ああ。そうだ。どうだ俺の妻は? 美しいだろう」


「はい。とても」


 ジンの言葉にレナは顔を赤くした。だが、ジンはそれに気づいていないふりをして、周りに妻は可愛い、世界一可愛い、などと吹聴する。その度に、彼女の顔の赤みは増していった。


「お貴族様。奥様にお似合いの宝飾はこちらですよ!」


「新作の服もありますよ!」


 愛妻家カモだと思われたのか、周りの商人から次々と声がかけられる。


「俺は芸術が得意だ。妻を引き立てる服飾には金は惜しまないさ」


 ジンはサッと髪をかき上げる。キザな仕草だが、イケメンゆえに似合っていた。アンネリーゼたちが居たなら、黄色い声を上げていたことだろう。町娘たちも、あのお貴族様カッコいいんだけど!? と騒いでいた。


 芸術家を気取るジンは、あーでもない、こーでもないと注文をつける。レナは武芸を極めてきたため、この手の話題はさっぱりだった。ただ、商人たちがお世辞ではなく頷いていることから、ジンがまともなことを言っている(知ったかではない)ことはわかる。


(まとも……)


 魔族というのは悪逆非道。魔王はその親玉で、殺戮と情欲に塗れているーーそう教えられてきた。実際、ジンは勇者のパーティーメンバーを殺戮するほど残忍で、敵であるはずの勇者(麗奈)をも情婦とするほどの女好き。そんな相手に、自分が慕うフローラが嫁いだときは、どうにかなりそうだった。しかし、フローラと再会すると、彼女はすっかりジンの虜になっていた。


(これのどこがいいのよ)


 フローラに関することで、唯一理解できないのが男癖ーーなぜジンを愛せるのか、ということだけだ。それを理解しようと「護衛」と称して閨をともにしたこともある。あのジンは案の定、自分にも手を出してきた。


(上手かったけど……)


 納得いかない。認められない。


 ジンと暮らして、彼が教えられてきたような「魔族」ではないことがわかった。勇者と同じ世界出身であるとも。しかし、それでもレナがジンを嫌い続けるのは、そんな子どもじみた理由だった。


 だが、そんな考えは旅をするなかで壊れようとしていた。憎まれ口を叩いていなければ変質してしまう。そんな確信があって、レナは反抗していた。


 そのようにレナがもの思いにふけるなか、ジンは商談と並行して調査を進める。商人が持ち出してくる服(どれも一般庶民が数年は遊んで暮らせる値段)に感想をつけていく。


(こんなこともできるのか。凄いな、魔王モード!)


 ジンは魔王モードで動いていた。発動は商人たちに声をかけられるより前ーー大通りに繰り出した瞬間からだ。素面では、大胆なことはできない。基本、チキンハートなジンである。


 魔王ジンは、商人たちとのやりとりのなかで、ごく自然にクソ女神に関するワードを出していく。まずは服飾に対する的確な指摘で、彼らの心を掴む。そして、アドバイザーのような役割に収まるのだ。


「う〜む。これは妻の雰囲気に合わんな」


 白い生地でできたストラのような服を見せられたとき、ジンはそう言った。暗に、商人の見る目はないと批判したのである。だが、それだけで終わりにしないのがジン。


「これは、女神のような女性が着るといいだろう。そんな女性に心当たりはないかな?」


 と、アドバイスにまぎれた質問で情報通の商人たちに、女神っぽい女性の情報を聞き出す。すると、


「三番通りのアリソンでしょう」


「いや。東町のリディアーヌだ!」


「ふん。アリソンは巨乳、リディアーヌは美しい脚をしているからだろう。まったくこの変態どもめ。それよりも、もっと純粋な目で見るのだ。そう、モンタニエ家のローズ夫人こそ最もお似合いだ!」


「「それはない。黙れ変態!」」


「なんだと!?」


 醜い言い争いが始まる。だが、色々と話は聞けた。情報料として、服をいくつか買う。冷静な女性店員を呼び、レナに似合う(と魔王モードが判断した)服を購入する。


「どうしてうちの旦那はああも馬鹿なんでしょう……」


 その女性店員は喧嘩をしている店主の妻だったようで、夫の変態ぶりを会計のときにぼやく。


「はは……」


 ジンからは乾いた笑いが出た。自分も自覚があるため、他人のことをいえない。未だに喧嘩をする商人たちを他所に、ジンたちは店を出た。


 話に出てきた女性を追跡させたが、女神ではなかった。趣味に走った会話だったので、望み薄だとは思っていた。しかし、わずかな可能性でもジンは賭けてみたのだ。ギャンブルと違い、外れても害はない。


 ちなみにアリソンとは、三番通りにあるレストランの巨乳看板娘。


 リディアーヌとは、東町の舞台で人気ナンバーワンの美脚ダンサー。


 ローズとは、北部の有力貴族であるモンタニエ伯爵のロリババア(実年齢48、見た目年齢16)だ。


 ジンたちのクソ女神捜索は続く。




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