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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
ボードレール王国動乱編
90/95

おめでた

 



 ーーーーーー


 クソ女神の捜索に魔界が躍起になっているころ、魔王城からビッグニュースが飛び出した。


 アンネリーゼ懐妊。


 そのニュースは瞬く間に伝播し、世界をざわつかせる。マリオンは狂喜し、ジョルジュは落胆した。やはり、世界の支配者となっている魔王ーーその長子を誰が産むのかは、密かに注目されていたのだ。その競争に勝ったのはマリオンたち吸血種だった。


「ジン様。私……」


 妊娠しています、と医者から告げられたとき、アンネリーゼは涙をほろほろと流しながら喜んでいた。それに対して、ジンは柔らかい笑みを浮かべ、ありがとうと繰り返す。そしてしっかりと抱きしめた。


 また、ユリアやフローラといったジンの妻たちもおめでとう、と祝福の言葉を送る。普通は王の後宮といえばドロドロした人間関係になりそうなものだが、こうして祝福できるのはひとえに、アンネリーゼの人徳が為せることだ。


 しかし、このなかにひとりだけ素直に祝福できない者がいた。麗奈である。彼女は憮然とした表情を崩さない。一応、おめでとうとは言ったものの、不満ですと全身で主張していた。まあ、日ごろ張り合っていたからね、と周りも何も言わない。愛憎から出ているというよりも、単純な嫉妬だとわかっているからだ。


 アンネリーゼの妊娠はめでたいことだ。喜んで然るべきものである。だが、少し時期が悪かった。というのも、クソ女神が逃走して、行方不明になっている。そして、彼女がどのような行動に出るかわからない状況だ。クソ女神をよく知るルシファーたち天使やディオーネは、


「もしかしたら、復讐に出るかもしれない」


 と警鐘を鳴らしている。曰く、クソ女神の力はジンには及ぶべくもないが、アンネリーゼたちには匹敵するらしい。最高神が介入しようにも、身柄を拘束して引き渡さなければルール上、問題があるらしい。


「すまんのう……」


 そんなことを言う最高神を殴り倒したくなった。クソ女神にまんまと逃げられたのは、神の権能を封じなかったお前の不手際だろう、と。


 というわけで、クソ女神の捜索には危険が伴う。というわけで捜索は基本的にジンが担うことになったのだが、魔王城の防衛が手薄になってしまう、とジンは不安で仕方がなかった。


「大丈夫。ディーがいる」


 不安そうにするジンに対して、ディオーネがむふん、と胸を張る。たしかに、最高神の孫娘である彼女がいれば城の防衛は安心である。とはいえ、彼女に万が一のことがあれば最高神からネチネチ言われそうだ、と不安でもあった。さすがにそんなことはしないと思うのだが、相手がクソ女神ゆえに信頼はない。結局、スケルトン(全身甲冑で正体はわからない)を大量に配置することで妥協することになった。


 だが、問題はまだある。それは、クソ女神捜索にあたるジンの世話をどうするのかということだ。城の防衛に万全を期すために妻たちは残ってもらう必要がある。ならメイドを連れて行けばいいじゃないかと思ったのだが、


「夜伽はどうなさるのですか?」


 と、妻たちに真顔で言われた。ジンは、自分が理性のない獣だと思われているのか? とショックを受ける。要らない、必要ないと言うのだが、まったく聞き入れてもらえなかった。転生してからこれまで、最大級にショックな出来事だ。


 この件について、緊急の妻会議が開催された。その席で麗奈がお供に立候補したのだが、


「あなたが離れてどうするんですか?」


 この会議の主題(ジンの夜伽相手を誰にするのか)をわかってる? とアンネリーゼを筆頭にした他の妻たちに詰られて撃沈した。彼女たちもジンに近侍したいのは山々なのだ。抜けがけは許さない。


 丁々発止の議論の結果、選定されたのはレナであった。彼女本来の役目はフローラの護衛だが、アンネリーゼたちがいる以上は戦力としてカウントできない。いわば遊び駒である。ならばジンに付いて行って少しでも役に立て、というのだ。主人からの戦力外通告であり、なかなかに残酷な話である。


 随行員が決まり次第、出発だ。魔界はユリア配下の淫魔種たちが綿密な情報網を築いている。また、イースター島は小さな社会であり、異分子が紛れ込めばすぐにわかるという。


「獣人族はどこかの引きこもり(エルフ)と違って鼻がいいの。だからすぐに見つけられるわ」


 とアドリアーナは自信を見せる。これにカレンが反論した。


「わたくしたちの方がどこぞの猟犬たちよりも敵を追撃する技術は優れていますわ」


 と自らの種族の得意分野を語る。あ? お?と二人は睨み合う。その横ではミレーナがあわあわと困惑していた。ジンも呆れる。発見する技術、追跡する技術をそれぞれ誇っているが、なぜチームを組むという発想が出ないのか。不思議でならない。


 何はともあれこういう事情があり、向かう先はボードレール王国だ。今回は非公式訪問なので、転移魔法を使って一瞬で移動できる。


「じゃあ、行ってくる」


「「「行ってらっしゃい」」」


 妻たちに見送られ、ジンはレナと一緒にボードレール王国に転移した。


「ようこそいらっしゃいました」


 到着すると、メイドに出迎えられる。とはいえ、その正体は城のメイドに扮した淫魔種の諜報員だ。転移先の管理のため、数人が滞在している。彼女たちは人間世界における諜報組織の元締めであり、城勤めでない日は王都の本部で諜報活動をしていた。彼女たちはかなり高位の待遇が与えられており、王への謁見も可能だ。まあ、その役割を考えれば当然だが。


「しばらく世話になるぞ」


「すべては魔王様の御心のままに」


 メイドは恭しく頭を下げる。そして手早くお茶を淹れ、お茶菓子とともに差し出す。その後、王に伝えて参りますと言って部屋を出て行った。残されたのは優雅にカップに口をつけるジンと憮然としたレナ。


「まだ不満か?」


「はい」


 レナは肯定した。敬愛する主人フローラから引き離され、ジンと行動を共にするように言われたのだから当然といえる。もっとも、反抗的だからといってジンが何かペナルティを与えたりするつもりはない。彼は、自分が誰からも好かれるなどと自惚れてはいなかった。魔族からは絶対的強者として崇拝されているが、人間ーー特に協会関係者ーーは建前はともかく、本音ではジンを嫌っている。それと同じだ。


 かくして、両者の間では微妙な空気が漂う。特に会話はなく、ジンは黙々とお茶を飲み、時折、用意されたお茶菓子を食べる。一方のレナは、何も手をつけずに黙っていた。そこへメイドが帰ってくる。ジョルジュ王を連れて。


「魔王様。我が国へようこそ」


「久しいな、ジョルジュ王。しばし厄介になる」


 ジンはジョルジュと握手した。にこやかな対応だが内心では、


(仕事はどうした!?)


 と思っている。どうしたもこうしたも、報告を受けるやジョルジュ王は仕事を放棄してやってきた。彼には伝えなければならないことがあるからだ。


「この度はアンネリーゼ様のご懐妊、おめでとうございます。こちらはお祝いです」


 ジョルジュがそう言うと、王国の兵士たちが上等な生地や金銀宝石などを運び込む。これを揃えるためにいくら使ったのか、ジンは問い詰めたくなる。失礼だから言わないが。


「ありがとう。だが、これだけのものをよく揃えたな。これがフローラなら、もっと凄いことになりそうだ」


 誤解のないように言い添えれば、これは催促しているのではない。むしろ揶揄している。つまり、これ以上の贈り物は必要ないということだ。もっとも、ジョルジュには伝わっていない。


「孫のためなら王位でも何でも差し上げましょう!」


 などととんでもないことを言う。アンネリーゼが先に妊娠したことで、実はフローラはジンから寵愛を受けていないのでは? と危惧しているのだ。送られてくる手紙では、ジンがいかに優れた人物なのかをこれでもかと書いている。しかし、それはただの嘘ではないのかと。ゆえに贈り物で歓心を買い、フローラに寵愛を、というわけだ。平たくいえば賄賂である。


 もちろん、そんなものは必要ないし、何ならすべてジョルジュの独り相撲である。ジンはフローラもちゃんと愛していた。子どもがまだなのは、単純に運の問題である。アンネリーゼが少し早かったーーそれだけの話だ。


「ほどほどにしておけよ」


 ジンはもはや何も言うことはなく、そう釘を刺すに留めた。効果のほどはわからなかったが。


 ジョルジュが落ち着くのにはかなりの時間を要した。その間はジンを疲れさせた。なにせ、パーティーを開いてお祝いをしましょう! などと言い始めたのである。全力で止めた。非公式訪問なのにそれでは意味がないだろう、と。さすがにまずい、とレナも説得に加わり、なんとか思い止まらせた。


「……疲れた」


「ですね……」


 ソファーにぐったりともたれかかるジン。レナも思わずといった様子で応える。しかし、すぐに何でもないと言い直した。そこまで嫌か……とジンは呆れる。ここまで嫌われるといっそ清々しい。


 その日の夜は普通に寝た。疲れた。くたくただ、と。レナはやらないの? と訊いてきた。彼女はジンがどれだけ疲れていても、夜のお勤めは欠かさなかったことを知っている。だから、モゾモゾと布団に潜り込む彼を意外そうに見ていた。


「期待していたのか?」


 などとジンが言えば、


「馬鹿じゃないの!?」


 と憤慨した。彼女は主命を果たそうという義務感から提案しただけだ。本人に積極的にやろうという意思はない。


 ジンにしても、彼は色魔ではない。やらないと死んじゃう! なんてことはなかった。アンネリーゼたちがレナを同行させたのは彼の性欲処理のためだが、元々、ジンは毎日やる気はないのだ。それでもやっているのは、妻の数が増えて回らないためである。休むと寵愛を受けていないーーと本国に報告され、自分たちを蔑ろにしているのか! と憤慨されて統治が不安定になるかもしれない。それでは多くの人が不幸になってしまう。だからこそ、大変でも毎日やっているのだ。


 その日はジンの言葉通り、何もなく終わった。そして翌日からボードレール王国の諜報員とクソ女神の捜索状況を共有する。しかし、成果は挙がっていなかった。


「申し訳ありません」


「いや。元々、発見は難しいとわかっていたことだ。気にするな」


 謝罪する部隊長にジンはそう言って慰めた。


「どうするの?」


 レナが方針を訊ねる。それに対するジンの回答は、単純明快だった。


「古来からこういう場合、捜査方法は決まっている」


 そう言ってジンは捜査方針を明示した。


 虱潰し。


 各地をめぐり、怪しいところを徹底的に調べ上げるというものだった。足で稼げ、というわけだ。ジンは自らの安寧を守るために努力は惜しまない。かくしてボードレール王国全国行脚が始まった。




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