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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
新魔王編
9/95

旅に出よう

 



ーーーーーー


 ジンは諸々の改革を行ってひと息ついた。そのため今日は諸々の事情から後回しになっていた緑鬼種、青鬼種、馬魔種の三種族の新たな種長たちとの面会が行われる。


 玉座の間にて新たな種長たちが跪いていた。横に控えるのは従来、警護の兵と魔王の側近、そして種長だった。しかしあの改革以後、警護の兵と一定(大臣)以上の官僚にその資格が与えられている。あとは特別に許可を得た者のみだ。改革の波は玉座の間にも影響を与えていた。なお、王妃としてアンネリーゼもこの場にいる。ジンの隣だ。


「面をあげよ」


「「「ははっ!」」」


「左の者から名乗れ」


 ジンが命令すれば彼らはその通りに従う。心の裏はさっぱりだが、そうしなければ種族もろとも葬り去られるかもしれない。魔王国でジンは絶対的強者ーーそれは国中の共通認識となっている。もうどこにもジンを侮る者はいなかった。


 ジンの命令で立ち上がったのは左にいた緑鬼種の種長。もちろんゴブリンではなくオークだ。しかも美形である。クワシはーーというか、オークはおしなべてブサイクだ。シワだらけの豚の顔を緑のペンキで塗ったーーそんな顔を想像してもらって問題ない。だが彼は豚の要素がありつつも人間のような顔立ちだ。オークのなかではダントツのイケメンだろう。


「お初にお目にかかります。私は緑鬼種の前種長、バンギ族のオニャンゴが一六八男・オルオチです」


(一六八男!?)


 ジンは密かに衝撃を受ける。どれだけ産めや増やせやの生活をすればこんなことになるのか。それに養育費などについても、想像しただけで恐ろしい。


 緑鬼種や青鬼種は貴人を除く突撃戦術が基本で、戦う度に数千から万の死者を出す。そんなことをして戦力が枯渇しないのは多産であるためだ。彼らの社会にはオスは戦士、メスは子どもを産み育てるという明確な役割分担が成立している。子どもの数は平均で五十人。緑種長では種長になれる氏長者にオークが多く、数は増えて二〇〇から三〇〇にもなる(オークはあらゆる種族と子どもが作れるため)。それから考えるとオルオチの名乗りに何ら不思議な点はない。


「青鬼種の種長、ドドマ族のクワメ。魔王よろしく」


 ぶっきら棒なのは新たな青鬼種の種長・クワメ。彼らは氏族の入れ替えがあったようだ。


 聞くところによると種族内で魔王に対するスタンスについての争いがあったらしい。緑鬼種はバンギ族のなかで争っていたため同一氏族で新たに種長が選ばれ、青鬼種は氏族単位で争っていたため別氏族から選ばれた。


「アイはキタサン。先代の長がご迷惑をおかけしました。深くお詫び申し上げると同時に、今後は魔王様に忠節を尽くし、魔王様の手となり足となることをお誓い申し上げます。何なりとご命令を」


 馬魔種の種長が挨拶をする。ナポレオンの愛馬の次は某演歌歌手が馬主を務める馬の名前が出てきた。ジンは牛魔種のティアラといい、面白ネーミングで自分を笑わせようとしているのではないかと疑ってしまう。もちろん事実無根だ。地球基準で判断するから面白く思えるだけで、彼らはいたって真面目である。


 三人が挨拶を終えると、


「うむ。皆の忠誠を嬉しく思う。これからはそれぞれの種族のまとめ役として働いて欲しい」


 ジンが返答して、終わり。やることはたったこれだけである。謁見が終了したのでジンとアンネリーゼがまず退出し、側近や官僚が二番目に、最後に招かれた三人の種長が出ていった。


ーーーーーー


「では結果を聞こうか?」


 ジンは自らの執務室に淫魔種の種長・マルレーネを呼び出していた。新体制になる前から、淫魔種にはある密命が与えられている。それは各種族の生活実態の内偵だ。


 ジンの体制下で淫魔種は諜報を任されている。生きるためにオスの精を必要とする彼女たちは、その多くが娼館を開き、娼婦として暮らしていた。房事において警戒心はつい緩んでしまうものだ。ジンはその点を利用し、ピロートークがてらに情報を引き出すように命じた。結果は大成功で、多くの情報が彼のもとに集まっていた。


 なお、マルレーネが諜報部のトップであることを知る者は少ない。知っているのは実際に活動している淫魔種たちを除けばマリオンとアンネリーゼだけだ。淫魔種たちから漏れないのかというと、今後は漏れるだろう。しかしあくまでもマルレーネが個人的にやっていることにしている。淫魔種はあまり政治に関わりたがらない。その固定観念を上手く利用していた。


 ジンに問われたマルレーネは、身体のラインを浮き立たせるタイトなドレスによって強調された大きな胸を両腕で支えながら、


「緑鬼種の前種長・オニャンゴや高位のオークたちは、他種族の女を奴隷として囲っていたようです。オニャンゴが囲っていた者たちはオルオチによって解放されたようですが、他の者は使えなくなった者たちをカモフラージュとして解放したようで、一部は未だに囚われているようです」


「既に犯罪者以外の奴隷は禁じているはずだが……」


「意図的に無視しているのでしょう。情報を持ってきた者の報告では、そのような趣旨の発言をしておりました」


 ちなみに冤罪率はほぼゼロパーセントである。なぜかというと、嘘を見抜く道具があるためだ。ごく稀に罪をなすりつけることができた者が現れるが、無視できるレベルだった。


 ジンによって犯罪奴隷以外の奴隷は禁じられている。マルレーネがもたらした情報が確かなら、それは由々しき問題だ。


「すぐに緑鬼種のもとへ行こう。これ以上、余を舐めた真似をすればどうなるかーー魂に刻み込んでやる」


 懲りない緑鬼種に怒り心頭のジンは暗い笑みを浮かべた。それを見たマルレーネはうっとりする。


「素敵です、魔王様。わたくし、魔王様のような素敵な殿方のご寵愛を賜るのが夢でしたの」


「からかうのもほどほどにしろ。そこまでせずとも、そなたの忠節は高く評価している」


「冗談ではありませんのに」


 拗ねたような表情を見せるマルレーネ。しかしジンは知っている。これは演技だ。食虫植物のように獲物を誘い、捕食する。捕まった者は逃げられない。経験値がーーアンネリーゼのおかげで上がってはいるがーー違いすぎた。


「そういえば、娘の件はどうした?」


 諸々の事情で正妻であるアンネリーゼの輿入れが遅れたとはいえ、そろそろこちらに連れてきても問題はないはずだ。そう思ったジン(魔王モード)はマルレーネに問いかける。


「申し訳ございません。今しばらくお待ちください。まだ初情がきておりませんので」


 初情とは淫魔種独特の習性で、生きるために必要なエネルギーを食事からではなく、男の精から得られるようになることをいう。これが訪れるのはだいたい十五歳前後である。


 言葉通りに申し訳なさそうにするマルレーネに、ジンは優しく声をかけた。


「気にすることはない。そなたが最高の状態で娘を余のもとに送り込みたいという気持ちはよく理解できる。それにそのように言ったのは余だ。もちろん待とう」


「代わりといってはなんですが、それまでわたくしがお相手をーー」


「そういうときはアンネリーゼを頼るとしよう。まだ責務も果たしておらぬしな」


 ジンはマルレーネの売り込みを笑って躱す。なぜアンネリーゼはジンに嫁いだのか。それは人魔種と吸血種の友好の証としてだ。そして形式ばかりでなく、子どもという目に見える証が誕生してこそ意味がある。その責務を口にすることで、暗にマルレーネの誘いを断ったのだ。


(ほっ……)


 ジン(一般ピーポー)は安堵する。魔王は身持ちが固いようだ。少し安心する


「それよりもマリオンを呼んできてくれ。行幸について詳細を詰めたい」


「承知いたしました。それではこれにて」


 優雅な礼をしてマルレーネは去っていった。


ーーーーーー


 代わって入室したマリオンと、呼び寄せたアンネリーゼにマルレーネからもたらされた情報を説明する。するとまずアンネリーゼが憤慨した。


「なんですかそれは! ジン様、今すぐにその不埒者たちを成敗しましょう!」


 同性としてやはり思うところがあるのだろう。過激な発言が飛び出した。怒らせると怖い人だ。


「待て待て。その意見には賛成だが、堂々と討伐を標榜すればまた内乱になる。ただえさえ国境に人間が姿を現しているんだ。そこにつけこまれるような事態は避けたい」


 逸る娘をマリオンがなだめる。しかしアンネリーゼは憤懣やる方ないといった様子だ。


「だがマリオン。このまま放置するというわけにはいかん。そこで軍ではなく余が自ら向かおうと思うのだ。何か都合のいい来訪目的などはないか?」


「魔王様自ら? となるとかなり難しいですね。親征を願うほどの案件があればいいのですが……」


 そう都合よくはいかないようだ。


「そういえば、緑鬼種が暮らす場所の近くに竜山脈がありませんでしたか?」


「それだ!」


 マリオンは何か閃いたようだ。


「たしか数年に一度、ドラゴンが周りの集落にやってきて被害をもたらすため討伐の依頼がきているのです。ドラゴンの討伐ならば親征の理由になるでしょう」


「わたしも行きます!」


 ここでなんとアンネリーゼが同行を申し出た。


「そうか。励めよ、アンネリーゼ」


 マリオンはあっさり許可する。それでいいのか? と思わなくもないジンであった。


「では北東州(旧緑鬼種領)へ、ドラゴン退治の旅をするということで調整いたします」


(旅? 妻を帯同した旅……)


 ここでジンは閃いた。だがどうせ言い出せないのだろうと思っていたら、


「待て」


 口が動いた。魔王モードではない。驚き固まるが、素の自分であることから慌てて表情を引き締める。その一連の作業が終わったところで呼び止められたマリオンが振り返った。奇跡的なタイミングである。


「どうかしましたか?」


 ジンは落ち着け、と自分に言い聞かせる。魔王としてのジンは冷静沈着に振舞っていた。ここでそのイメージをぶち壊すわけにはいかない。冷静に、重々しくあれ。


「よいことを思いついた。余とアンネリーゼが共に行くのならば、いっそすべての州を回ればよいのだ」


「それは素敵です!」


 ジンの提案にアンネリーゼが賛成する。ただマリオンは渋った。


「ですがあまり余裕はありません」


「お父様、お願いします」


 アンネリーゼが請願する。誰だって可愛い娘のお願いは聞いてあげたくなるものだ。愛娘の熱視線を受けたマリオンは、


「……一週間で回ってきてください」


 折れた。


 かくしてジンたちは一週間の休みを得たのだった。




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