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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
ボードレール王国動乱編
89/95

女神と教皇

 



 ーーーーーー


「イケメンッ!」


 クソ女神は今日も飛ぶ。まだ見ぬイケメンを求めて。彼女が求めるのは、美形で高身長、高収入、社会的ステータスも高いという、数多といる人間のなかでほんのわずかしかいない、希少な人種であった。


 では、そんな種々の条件を兼ね備えた男と容姿に優れた女。どちらが多いかは考えるまでもない。クソ女神の恋がいつもいつも失敗するのはそれが原因だ。


 そんなクソ女神が狙いをつけたのは、次期教皇であるステファヌスだった。元は贅沢な暮らしをしていたために太り気味だったのだが、ジンが教会に節制を徹底させたことにより、摂取カロリーが減少。これによって強制的にダイエットがなされていたのだ。そして素材自体は悪くなかったこともあり、クソ女神が好みのナイスガイになったのである。


「到着!」


 クソ女神が降り立ったのはボードレール王国の端にある辺境の町。ステファヌスが逼塞を強いられている街である。クソ女神は早速、教会に直行。ターゲットを確認する。教会ではミサが行われており、そこには当然、ステファヌスもいた。


「ああ。どうしてこんなイケメンに気づかなかったの?」


 クソ女神は自分の調査でその存在に気づかなかったことを悔やむ。恋愛において、アプローチを始める時期の早い遅いはすなわち、攻略難易度の高低に大きな影響を及ぼすのである。ただ、幸いにも今は対抗馬となる人間はいないようだった。


「……あれ? これ、わたしの勝ちじゃない?」


 恋が実る予感がする。いや、落ち着けわたし。焦ってはいけない。野望に燃えているターゲットの好みを見極め、わたしがそれを叶える。それでビクトリー。


 クソ女神は脳内でその言葉を反芻し、心を鎮める。そしてきっちりと恋に勝つのだ。これまでのような失敗は繰り返さない。そんな決意を秘めてクソ女神は情報収集を開始。神の力で姿を隠し、ステファヌスの日常を観察する。


「ステファヌス様。どうかお立ちください!」


「くどいぞ!」


 そこで目についたのは、ステファヌスに決起を迫る聖職者の多さであった。しかし、彼は断固としてこれを拒否している。その理由は、魔王にはとても敵わない、というもの。ただ、それを倒し得る戦力さえあれば問題ない、と。これを聞いたクソ女神は、いけると直感した。


(これって……女神であるわたしが協力すれば楽勝なんじゃない?)


 ジンを召喚したのも、力を与えたのもすべて自分だ。魔王の城にはなぜか天使たちもいたけれど、細かいことは関係ない。問題は、自分はジンに勝てるのかということ。


(……余裕でしょ)


 なんて簡単なことなんだろう。クソ女神は歓喜した。これで恋が実る。ようやく。本当に、何年待ちわびたことか。百年から先は数えていない。しかし、そんな苦労もすべてはこの日のためだけにあったのだ! クソ女神は確信する。そして、身体は自然に動いていた。


「わたしに任せなさい!」


 聖職者と口論していたステファヌスに対して、クソ女神は存在の隠蔽を解除して声高に叫ぶ。だが、それが傍目にはどう写るのかーーどう考えても、突如として出現した不審者だ。当然、警戒される。


「誰だ!?」


 警戒心丸出し。ステファヌスはすぐに神殿騎士(彼がそう呼ぶだけで、実態は警備員)を呼ぼうとする。これにクソ女神は慌てて待ったをかけた。


「待ちなさい! 怪しい者じゃないわ!」


 怪しい者ほどそう言うのである。無論、ステファヌスたちの警戒は解かれなかった。むしろ、現在進行形で上昇中である。クソ女神もそれを察し、言葉を足す。


「わたしは女神よ!」


「女神だと? 馬鹿を言うな」


「本当よ。こんなことだってできるんだからね!」


 そう言ってステファヌスと口論していた聖職者を見るクソ女神。直後、神の言葉を発した。


「『わたしを女神として崇めなさい』」


(何を言っているだこの女。頭は大丈夫か?)


 と、ステファヌスが女神のおつむを心配していたとき。聖職者が突如として滂沱の涙を流し、その場に跪いた。


「おお! 女神様! 我が神よ! よくぞ、よくぞご降臨くださいましたァッ! わたくしめ、感動の涙が止まりません!」


 ステファヌスの訝しげな目が、今度は聖職者に向けられた。完全に頭のおかしい奴である。だが、クソ女神は彼がまだ納得していないと思い、ダメ押しをした。


 ガシッとクソ女神が聖職者を踏む。ヒールではなくサンダルであるため、深刻なダメージはない。それでも結構な勢いで踏まれたため、かなり痛いことは容易に想像できた。普通は怒るところである。だが、


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 女神様の御足で踏んでいただけて幸せです! と喜んでいた。


「うわぁ……」


 ステファヌスは引く。聖職者おまえ、ドMなのか!? と。もちろんそんなことはない。女神が強制しているだけである。


「どう? これで信じてもらえた?」


「……まだ信じられないな」


「慎重ね」


 クソ女神はそれでこそわたしの旦那様ね、とご機嫌だ。彼女からしてみれば、警戒を解けただけでも上出来といえる。


 一方のステファヌスは、クソ女神が神であることはほぼ疑っていない。聖職者の奇行は、彼女によって起こされたとみて間違いないからだ。最初は隷属魔法などの使用を疑った。だが、隷属魔法は行動をコントロールできても、感情のコントロールはできない。聖職者が踏まれたときに喜んだため、隷属魔法が使われたペテンではないことがわかる。


 これにより、問題は別のところに移った。つまり、クソ女神は本当に魔王に勝つことができるのか? という点だ。そのためにはそれ相応の力を見せてもらわなければならない。


「お前が特殊な力を持っていることはわかった。だが、魔王に勝てるかどうかはわからない」


「……じゃあ、どうすればいいのよ?」


「簡単だ。魔王に匹敵する存在を倒してもらう」


 ステファヌスはクソ女神に夜にまた来るように伝えた。


 夜。ステファヌスに言われた通りに部屋にやってきたクソ女神。すると彼は徐に立ち上がり、ついて来るように言った。案内されたのは郊外の森。


「ここで何をするの?」


 まさかわたしを犯すの? などと茶化す。ステファヌスの反応は鼻で笑う、だった。そんなバカなことがあるか、と。その反応に、クソ女神はムッとなる。自分の魅力に下心を見せない男はいなかったのだ。しかし、ステファヌスにはその気配もない。思わず神の力を使いそうになるが、自分ルールを思い出して思い留まる。


 不満顔のクソ女神を放置して、ステファヌスはポケットから石を取り出した。もっとも、これはただの石ではない。鉱山からごく稀に産出する、高純度の魔力が詰まった魔石である。ひとつあれば国宝の扱いをされるが、それは教会が独占していたためだ。教会では『貴重な魔石』という認識で、わりと使われていた。ステファヌスほどの身分なら、ひとつは持っているものである。


 今回使ったのは、ある魔法を使うためだ。かねてから準備していた対魔王用の仕掛けである。術自体は、ただの召喚魔法だ。しかし、使う量は隔絶している。並の魔法使いならば、百人以上が魔力を根こそぎもっていかれるーーそれだけの魔力だ。


「出でよ、魔王竜ッ!」


 姿を現したのは、巨大な竜だった。これは魔王竜。古の魔王と同じ強さを持つ召喚獣だ。かつては勇者の最終試練とされていたが、今では使われることはない。なぜなら昔、勇者が誤って死亡したからだ。魔王竜はそれだけ強い。そのときは魔王討伐に赴いた軍が半壊するような事態となり、勇者の重要性が再認識された。そして、二度とこのようなことが起こらないように、とこの術式を封印。それから長い年月が経ち、忘れ去られたというわけだ。


 そんな術をなぜステファヌスが知っているのか? 教会はいかなる国よりも長い歴史を持つ。教会が破壊されたことなどーー自然災害によるものを除けばーージンの事例が初である。そんなわけで、記録や書物の量は世界一。巨大な車庫を頑張って探せば、そんな秘術を見つけることも可能なのだ。ステファヌスもその口である。


(魔王竜の力は勇者に匹敵する。これを簡単に倒せなければ、魔王には勝てない)


 ステファヌスも勇者が魔王に歯も立たずに敗れたことは知っている。ゆえに、クソ女神にはそれくらいはやってもらわなければ、魔王を倒すなど夢のまた夢だ。


 ちなみに、クソ女神が登場しなければどのような手段をとっていたかというと、コツコツと魔石を集めて魔王竜の大軍団を結成。これを嗾けるつもりだった。その上で過激派の聖職者を焚きつけ、反乱を起こさせる。成功すればそれでよし。失敗すれば、知らぬ存ぜぬで言い逃れる。どう転んでも自分は生き残れる完璧なプランだ。なお、それがジンに通用するかは別問題である。


 雄叫びを上げて現れた魔王竜。召喚主であるステファヌスから、クソ女神を攻撃するように命令を受け、その通りに動く。魔王竜は一度、空高く舞う。そこから丸呑みにしてやる、とばかりにクソ女神に向けて急降下をかけた。ソニックブームが発生する。巨大からは想像もつかないほど動きは俊敏だ。


 普通、魔王竜のような巨体が高速で迫ってくれば恐怖を抱く。しかし、クソ女神は顔色ひとつ変えることはなかった。


「邪魔よ。『消えなさい』」


 クソ女神がそう言うと、魔王竜は言葉通りに跡形もなく消え去った。激戦などない。一方的な勝利だ。


「どう?」


 クソ女神は得意気である。これ以上ないドヤ顔をしていた。一方、ステファヌスは硬直する。そんなバカな、と顔に書いてあった。ただ、次第に笑みが浮かぶ。というのも、冷静に考えればこの力があれば魔王を倒すことができるからだ。


「はははっ。凄えよ、お前」


 称賛の言葉は自然と漏れた。これはいける。これは勝てる。忌まわしき魔王を滅ぼすことができる。ステファヌスは己の幸運を喜ぶ。今まで散々、魔王に辛酸を舐めさせられてきた。だが、今度はこちらの番だ。


「お前が欲しい」


「いいわ。でも、安くないわよ?」


 わたしに相応しい男になりなさいーーと、クソ女神は条件を出した。それが協力の条件だと。


「ああ。いいぜ」


 ステファヌスに否はない。こうしてクソ女神と次期教皇は手を組んだ。




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