魔王城の天使メイド(ルシファー)
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【天使長】ルシファー
身長は百五十もない上に童顔。この見た目で天使の誰よりも長く生きていると看破できる者はいないだろう。全体的に幼いにもかかわらずどこか妖艶な雰囲気をまとっているのは、胸元の大きな膨らみの影響もあるかもしれない。
ルシファーは長く生きていた経験から、とても大人びている。また、様々なことを完璧にこなした。だから普段、部下の天使を叱ることはあっても、誰かに叱られることなど滅多にない。
そんな彼女だが、ジンに夜這いをしようとして、同じことをしようとしていたミカエルとばったり遭遇。つい騒いでしまい、ジンとの夜のお楽しみタイムを邪魔されて鬼と化したアンネリーゼにこってりと絞られた。とても珍しい。冷静になったアンネリーゼもそう考え、呼び出して事情を訊ねた。
「昨晩はどうしてあのようなことを?」
「む……」
少し言い淀むルシファー。まあ、無理もない。わたし知りません、とユリアが物凄いプレッシャーを放っているのだ。しかし、それはアンネリーゼがたしなめたことで収まった。ユリアが逆らえないのがジンとアンネリーゼなのである。
「話してくれない?」
今度はアンネリーゼからのプレッシャー。黙っていてもわかりませんよ? と言われているような気がした。彼女に逆らうとどうなるかわかったものではない。ルシファーは口を割るしかなかった。
「……子をもうけねばならぬのじゃ」
「それはどういう意味で?」
アンネリーゼからのプレッシャーがさらに増す。ユリアからも再びプレッシャーが放たれた。他の妻(麗奈、フローラなど)からも感じる。今度は止める者がいない。ルシファーはさっさと吐いて楽になることにした。
「模造天使はいくらでも量産できる。じゃが、本当の天使は生殖でしか産まれないのじゃ」
ルシファーの目的は、ジンの子どもを産むことだった。彼女をそうさせたのは、ガブリエルが吹き込んだ天使部隊構想である。ルシファーが夜這いしたのは、模造天使を指揮する天使を産むためだった。大部隊になれば中級指揮官が必要になる。そこでルシファーはジンとの間に作ろうとしたのだ。
「なぜジン様と?」
アンネリーゼの質問は続く。それは、種をもらう相手がジンでなければならない必然性を訊ねていた。
はっきり言えば、そんなものはない。天使は精さえあれば生殖が可能だ。それは神のものでもいいし、街にいるおじさんでもいい。しかしルシファーはジンを選んだ。それはなぜか。改めて己に問う。理由は単純だった。
「……妾がご主人様に惹かれていたからじゃ」
結局、そういうことだ。動機の発端は天使を産むという義務感だったが、心の奥底ではジンに愛されたいという願望があった。それが今回の件で発現したに過ぎない。
正直な気持ちを告白すると、それまで自身を襲っていた強烈なプレッシャーがなくなったことに気づくルシファー。目を白黒させていると、普段の優しい雰囲気に戻ったアンネリーゼが温かい言葉をかける。
「試したようですみません。あなたがどれほどの覚悟なのか、見極めようとしたのです」
曰く、理由もなく種をもらおうとしていたのなら二度とそのような気が起きないよう『教育』していたらしい。だが、ルシファーはそのような気持ちで夜這いしたわけではなかった。それなら合格である。
「今夜、ジン様との夜をセッティングしておきます」
正直なルシファーにアンネリーゼからご褒美が出される。これで一件落着ーーかと思えば、これに異を唱える者がいた。今日が順番である麗奈だ。
「ちょっと待ってよ! 今日は私の番でしょ!?」
「一回くらい我慢してください」
「あんただって我慢できないじゃない!」
「できますよ、失礼な」
とか言いつつ、これまで一度も順番を変えていないアンネリーゼ。今回も正妻特権で強引に麗奈の順番を弄った。ギャーギャーと文句を言う麗奈だが、覆りそうにない。結局、ジンと夜を過ごす権利を剥奪ーーとアンネリーゼが言いかけたところで引き下がった。
そして夜。何も知らないジンが部屋へ行くとそこでは緊張した面持ちのルシファーが待っていた。
「は? なんで?」
当然、そうなる。知らないんだもの。混乱するジンに対して、ルシファーが迫る。ジンはわけがわからなかった。
(これはどういう状況だ!? 今日は麗奈だったはず。なのにどうしてルシファーが!?)
いや、考えていても埒があかない。知っている人に訊こう、そうしようーーと自分を納得させ、ジンは回れ右をした。直後、背中を何者かに掴まれる。否。そんなことができるのはルシファーのみ。
「ご主人様ぁ……」
自然と近寄ってきたルシファーは、耳元で甘い声を上げた。もたれてくるものだから、豊かで幸せな膨らみがパフパフされる。思わず幸せな気分になるジン。
(いやいやいや……)
しかし、すぐ冷静になった。いくら大きな山脈の持ち主でも、ルシファーはーー
(……………………あれ?)
ーー合法じゃん。
ジンは呆気なく結論を出す。たしかに見た目は幼いが、天使の誰よりも年長。ロリはロリでも合法なのだ。
(こうして迫ってきているし……)
据え膳食わねば何とやら。ジンは難しいことを考えるのを止めて、ルシファーとの夜を楽しむことにした。
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「それで、説明してもらおうか」
翌朝。ジンはアンネリーゼの許を訪ね、ルシファーがやってきた事情を問い質した。これを彼女は予測していたようで、かくかくしかじかとルシファーがジンと夜をともにした理由を述べる。
「ーーこのように、行動を起こしたきっかけはともかく、根本にあったのはジン様を敬愛する心です」
なので関係を許しました、と説明した。さらに、ここで驚くべき報告が上がる。
「それから、ミカエルも明後日、伺うことになっています」
「なっ!?」
アンネリーゼはミカエルもルシファーと同じだと言う。
「まあ、あの子の場合は少し変な願望も交じっているようですが」
特に問題はないため、許可したという。なお、その日はフローラが担当だったのだが、麗奈と同じく日をずらした。とはいえ、彼女はとても強かだ。それを理由に、ジンが休みの日に一日デートする権利を獲得していた。もちろん、アンネリーゼは快く許可している。同時に、麗奈もこれくらいはできるようになってほしいわね、と思いつつ。
「……いいのか?」
ジンは抵抗を試みる。ルシファーたちのことは自分も憎からず思っている。だが、こうして与り知らない間に関係する人が増えているのはご免だ。牽制と自制してもらうため、確認をとる。
「はい。変な女が増えるよりマシですから」
アンネリーゼは可愛い顔してもの凄く辛辣なことを言った。要するに、ジンを心から愛する者(かつ自分が認めた者)しか妻にはなれないというのだ。政略などを無視した異形の考えである。
「せめて相談くらいはしてくれ」
ジンは釘を刺すことしかできなかった。
ルシファーとミカエルの加入に気をとられていたジンは、アンネリーゼの変化に気づけなかった。なぜ、彼女がさしたる抵抗もなく二人の加入を認めたのか、その理由を。
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そのころ。
「〜♪」
ルシファーは機嫌よく屋敷の仕事をしていた。鼻歌を歌いながら箒で床を掃く。書類を捌く手はリズミカルに。いつもは落ち着いているのに、今日はこのはしゃぎよう。城内の人々は、その変化に驚いていた。
そして、特にショックが大きいのは、顔なじみの天使たち。普段は自身の欲望だったりに忠実なラファエル、ウリエル、ガブリエルの三人は寄り集まって、上司の変わりようについて議論していた。
「ルシファーがご機嫌だけど、何があったの?」
「わからない。けど、あれはおかしい」
「ワタシにもさっぱりさ……」
三人してなぜだろう? と首をかしげる。と、そこへ現れたのがミカエル。そうだ。彼女に訊こうーーとして三人は驚きに目を見開く。ミカエルがスキップして現れたためだ。
(((ミカエルがスキップ!?)))
普段、とてもお堅いミカエルがスキップしているのを見て、信じられないという顔をする三人。感想は完全に一致していた。なにせ、あのミカエルだ。
ラファエルが飲みに誘うと、お酒は好きではありません、と断り、
ウリエルが作品を書いているところを見ると『不潔ですッ!』と焚書し、
ガブリエルの誘いに真顔で逃亡した、
あのミカエルがスキップしている。三人はわけがわからなかった。
「ミカエル……?」
「ん? どうしましたか? 三人ともこんなところに集まって?」
「それはーー危ない!」
ラファエルから鋭く注意が飛ぶ。ミカエルの足下にバケツが置かれていたからだ。今は掃除の時間なのであってもおかしくはないのだが、問題はミカエルがドジということである。三人はバケツに足を引っかけ派手に転倒。挙句に水を頭からかぶる光景を幻視した。ところが、
「何が危ないのですか?」
ミカエルは無事だった。何か危ないことでもした? と頭に疑問符を浮かべている。彼女はバケツを神回避(無意識)して無事だったのだ。
「「「え?」」」
三人は目を点にする。そして一斉に駆け寄った。
「こんなの、いつものミカエルじゃない!」
「おかしい」
「ワタシにはわかる。お前、よく似た偽物だな!」
「……はあ。三人とも、おかしいですよ?」
ミカエルは言動が意味不明な三人に呆れた目を向ける。だがそれは三人も同じであった。出口が見えない。
「お主らは何を騒いでおるのじゃ?」
そこに現れたのがルシファー。四人に呆れた目をしている。
「それはーー」
かくかくしかじか、ミカエルの様子がおかしいのだと説明する三人。もちろんミカエルは反論した。何もおかしなところはない、と。だが、三人は引き下がらない。
「だって、あのミカエルがバケツで転ばないのよ!」
「おかしい」
「ワタシもおかしいと思う」
「お主ら……」
ルシファーはそんなバカな、と言いつつも、でもたしかに珍しいと思っていた。実は彼女もミカエルのドジが発動しないのは珍しい、と考えていたりする。だが、ルシファーは知っていた。彼女がジンと関係するということを。もしやその幸せパワーが、ドジを回避させているのでは? と。
というわけで質問。
「……ご主人様とのことか?」
「……はい」
ミカエルは頬を染めて小さく頷く。ルシファーはその気持ちはわからなくもないので、追求しないことにした。
「何をバカなことを言っておるのじゃ。無駄口叩いている暇があったら働け!」
ルシファーが凄むと、三人はクモの子を散らすように逃げていった。
「まったく……」
と、ルシファーは呆れ顔。しかし、とても充実しているように見えた。事実、彼女は日々が楽しい。これまで以上に。それは、自分の欲望を隠さず解放できたからだろう。充実した日々を手に入れることができたのは、もちろんジンのおかげだ。
ルシファーは無意識に下腹部を撫でた。いつか、そこに新たな命が宿る日を夢見て。
ネタが……




