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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編2
85/95

魔王城の天使メイド(ミカエル)


ごめんなさい! 予約設定がズレてました!


 



 ーーーーーー


【守護の天使】ミカエル。


 腰まで届く金髪には枝毛ひとつなく、凛とした佇まいを見れば、誰もが思わず背筋を正す。そんな威厳が漂うのがミカエルという天使だ。武芸の達人でもあり、天界へつながる門を守護するのが彼女の務めだった。ゆえに【守護の天使】と呼ばれている。


 ともすれば、ルシファーよりもリーダーらしい。だが、ミカエルは天使長ではない。なぜか。それは彼女が思い込みが激しい性格をしているからだ。それは島でのジンに対する対応から窺える。


 ミカエルは真面目に職務に打ち込んでいた。それは彼女の性格もあるが、一番の理由はジンの歓心を買うためだ。なにせ、彼が天界に行くときに邪魔をしたのが彼女である。何らかの仕返しや嫌がらせがあると思って当然だ。そこで他意がないことを示すため、人一倍真面目に職務をこなしているのである。


 彼女の危惧は正しい。魔族のなかで絶対的な信望を得ているジンに反抗した張本人だと知れば、冷遇されただろう。だが、ミカエルにとって幸いだったのは、敵対したのが人格者かバカであったことだ。ちなみに、


 人格者:アンネリーゼ、ユリア、フローラ、ブリトラ、ルシファー


 バカ:麗奈


 である。麗奈にとっては今がどうなのかが重要で、過去などどうでもいい。ミカエルとほとんど戦っていないことも幸いした。アンネリーゼたちは、ジンから黙っておくように言われれば、死んでも話さない。そのため当事者以外には、ミカエルがジンと敵対した天使だとは知られていなかった。


 だが、そんな事情は露知らず、ミカエルは職務に邁進する。その仕事ぶりに同僚たちは感心し、彼女を信頼するようになっていた。


 そんなある日のこと。ミカエルはジンに呼び出された。何気に地上にやってきてから初めての呼び出しである。ミカエルはいつかの仕返しではないか、と戦々恐々とした。かなりの小心者である。


(わたくし、何をされてしまうのかしら……?)


 そんなことを考えつつ、ミカエルは半ば無意識に己をかき抱く。形のいい胸がムニュっと潰れた。どこかの貧乳ツンデレ天使の怨嗟の声が聞こえた……気がする。


「はぁ……」


 と熱い吐息が漏れた。ミカエルの脳内では貧乳の怨嗟の声ではなく、淫らな映像が浮かんでいた。過去に逆らったことを蒸し返され、乱暴に嬲られる自分。雄の力の前に組み伏せられ、否応なしに快楽の渦に巻き込まれる……。


 ミカエルは息が荒くなる。彼女には被虐癖があった。この状況は彼女の期待を高める格好のシチュエーションだ。そんな期待を胸にミカエルは部屋に足を踏み入れた。


「失礼いたします」


「おお。よく来たな」


「待っていたわよ」


 そこではジンとアンネリーゼが待っていた。魔界をーーというより世界を統治する二人である。呼ばれた先はベッドルームではなく執務室。ミカエルの期待通りにはならなかった。


 そんな二人に出迎えられ、ミカエルは身を固くする。ジンとは敵対していたし、アンネリーゼはその妻だ。そして、そのどちらも自分を凌駕する力を誇る。ジンは最高神の次に強い神格を持つ。アンネリーゼもジンの影響で下級ながら神格を持ち、その上、先進的な技能によって中級神に匹敵する力を備えていた。ジンの妻でも比較的縁の深いユリア、麗奈、フローラも同様だ。


魔都ここはまるで、地上に顕現した天界のようですわ)


 ミカエルはそのような感想を抱く。世界は数多と存在するが、それと比べると神の数は不足しがちだ。ゆえに神が常駐する世界は滅多にない。この世界はその例外のひとつだ。常駐している神が最高神に匹敵する神格の持ち主だから、他に例はないだろう。


「お召しにより参上いたしましたわ」


「まあ楽にしてくれ」


 ジンがソファーに着席を促す。二人もミカエルの向かい側にやってきて座った。それを確認して彼女も着座する。同時に、横からルシファーがやってきてお茶を置いた。ミカエルはその気配に気づかず、ちょっと驚く。するとギロッと睨まれた。精進が足りん、と目線で怒られる。


(お説教、でしょうね……)


 この後、呼び出されてこんこんと説教された上にしごかれるんだろうな、とブルーになるミカエル。だが、今はジンたちが優先だ。そちらに注意を向ける。それを察したのか、催促するまでもなくジンが話を切り出した。


「実は今度、新部隊を結成することになった。模造天使の部隊だ」


「はい」


「ミカエルには、その隊長になってもらいたいの」


「……え?」


 意外な提案に目を見開くミカエル。敵対していた者ーーそれもさほど時間が経っていないにもかかわらず、新部隊をひとつ任せるというのだから、驚くのも無理はない。


 そんな反応は予想通りだったのか、横からルシファーが詳しい経緯を話してくれる。


「これは元々ガブリエルの発案でな。広大な領土を持つようになったこの国で、各地に素早く戦力を送り込むために、模造天使による部隊を創るのじゃ」


「ならば、ガブリエルに任せればいいのでは?」


 わたくしはやりたくありません、と訴えるミカエル。たしかに、発案者が実行を任されるのは普通である。なのになぜ、ガブリエルではなくミカエルにお鉢が回ってきたのか。理由は単純。


「あれ(ガブリエル)に隊長が務まるか?」


 ガブリエルといえば、天界でも知られた百合天使である。同僚の天使たちはおろか、女神との浮名まで流れている始末だ。そんな者に隊長職など任せられるわけがない。


「ですが、ラファエルやウリエルだってーー」


「創作狂い(ウリエル)にも隊長は務まらぬよ。ラファエルも候補じゃったが、妾はお主を勧めた」


 あなたの差し金ですか、とミカエルは非難の視線を向けた。しかし、ルシファーに悪びれた様子はない。


「ご主人様も、是非やってほしいと言うておったぞ」


 と、さり気なく自分だけが推薦しているのではないと言う。なぜ? と疑問を投げかけるミカエル。ジンは微笑みながら答えた。


「前に戦ったとき、模造天使たちを見事に指揮して戦っていた。その手腕を見込んでの抜擢だ」


 なお、研修のためにラファエルは副隊長として新部隊に編入される予定だ。ジンはミカエルの肩に手を置き、隊長就任を請願する。


「頼む。受けてくれ」


「お願いします」


 ジン、そしてアンネリーゼからもお願いされる。この世に二人からお願いをされて断れる者がいるだろうか。少なくとも、小心者であるミカエルには無理だった。


「……わかりました。お引き受けいたしますわ」


 結局、ミカエルは偉い人のお願いに負け、新部隊の隊長に就任することとなった。


 ーーーーーー


 模造天使は神や天使によって簡単に創造される。ジンはとりあえず千体を量産した。


 新部隊の構想は、地球でいうとアメリカ海兵隊に近い。国内で何かしらの異変を察知すると、真っ先にすっ飛んでいって対応する。ジンができないこともないが、それだと本人の負担が凄まじいものとなってしまう。


(些事は部下に丸投げしましょう)


 アンネリーゼが身も蓋もない言い方で説得した。ジンもそれでいいのか? と思わなくないものの、自分のキャパにも限界があるため了承した。アウトソーシング、ということで自分を納得させる。


 新部隊の隊長といえば聞こえはいいが、やることはほとんどない。なぜなら、模造天使とは命令に従って動くいわばロボットであり、訓練は必要ない。それより指揮する側ーー副隊長であるラファエルの育成が主な目的となる。


「そう。あくまでも冷静に。一点に集中するのではなく、全体に集中してくださいな」


 ミカエル曰く、指揮官に重要なのは冷静さ。次に損得勘定。一番要らないものは感情だという。特に、困ったときは正面突破! みたいな直情径行型の思考は唾棄すべきもの、とまで言い切る。だが、皮肉なことにラファエルは指揮官に必要なものがなく、必要ないものはあるという状況だった。


「ああ、もうっ!」


「こら」


 ラファエルが焦れたタイミングで、ミカエルから叱責が飛ぶ。かなりのスパルタ教育だ。


 現在、ラファエルはミカエルの指導の下、模擬戦で指揮官としての腕を磨いている最中だった。相手はアンネリーゼ、ユリア、フローラなどの知的な者たち。面白そう、と麗奈も参戦したのだが、こちらは思考回路がラファエルと大差なく、正面からの殴り合いとなった。それしかできないなら要りませんわ、と麗奈は即日クビになっている。


 なお、用兵が最も上手かったのはカレンであった。これを知ったアドリアーナがさすが腹黒エルフ、と挑発して大喧嘩になった。ミレーナによると、種族同士が対立していたこともあり、二人の仲はお世辞にもよろしくない。特に獣人族は個人の武勇を重視する。ゆえに、指揮が上手い人物は侮られる傾向にあるのだ。


 閑話休題。


 この模擬戦は限りなくリアルである。なぜなら、実際に模造天使たちが戦うからだ。彼らはいくらでも創り出せる上に、訓練して強くなるわけでもない。使い潰しても惜しくないのだ。それでも、日々スプラッタを見せられては精神が疲弊する。当初は迫力ある模擬戦に多くの人々が詰めかけたが、今はまばらになっていた。


 そんな状況でも、ミカエルは気にせず指導を続ける。だが、ラファエルの性格がそう簡単に変わるはずもなく、成果が出せずにいた。


「申し訳ありません」


 ジンの許へ報告に行き、成果が出ないことを詫びる。期待されてこの結果……真面目なミカエルにとって、それは耐え難いことだった。報告を受けたジンは顎に手を当てて難しい顔をする。


「う〜ん。ラファエルには難しいか……」


 実は、ラファエルに指揮官が務まるのかについてはルシファーから無理と言われていた。模造天使に感情はない。求められるのは冷徹さ。しかし、ラファエルにはそれが決定的に欠けていると。ジンも同意見だったが、化けるかもしれないとトライさせたのだ。結果は予想通りだったが。


「わたくしよりも、ルシファー様の方が優れていると思いますわ。そちらと交代することは……」


「ならぬ」


 成果を出せない自分に意味はない。そう言って隊長の座をルシファーに譲ろうとするミカエルだったが、本人に拒否られた。


「代わるのはいいが、そうするとあのバカども(ウリエルとガブリエル)は誰が押さえるのじゃ?」


「それは……」


 言葉に詰まるミカエル。だが、ルシファーは容赦がない。


「お主に務まるのか?」


 戦うことしかできないのに、と言われる。ミカエルには返す言葉がなかった。答えに窮した彼女に、ジンが助け船を出した。


「仕方がない。指揮はミカエルにすべて任せよう。負担は重くなるかもしれないが……」


「いえ。わたくしの責任ですから」


 ということで、模造天使部隊はミカエルにすべて預けられることになった。しかし、これでは一部隊しか運用できず、柔軟性に欠ける。新たな手立てを打たなければならない。そこでジンはある人物に目をつけた。


「私が……?」


「ああ。ブリトラやシルヴァーノたちとともに、竜と模造天使の混成部隊を創ってほしい」


 ヴァレンティナだった。彼女は竜族の娘であり、ドラゴンになれる。その機動性を活かし、緊急展開する部隊になってもらうのだ。ちなみにブリトラやシルヴァーノが隊長ではないのは、忙しいからだ。自分の種族をまとめたりで多忙である。その上、仕事を増やすわけにはいかないのだ。ジンの負担を減らすために他人の負担を無用に増やすのはよくない。


 これで即応部隊は四つ揃えることができた。ミカエルを隊長に、ヴァレンティナが副隊長、ブリトラやシルヴァーノも必要に応じて部隊を率いることになる。さらに、


『キュイ、キュイ』


 と、ティアマトも参加を表明している。実際に加わるのは数年後になるだろうが、数が増えて困ることはない。国防体制がより整うから、むしろ喜ぶべきことだ。


 しかし、ミカエルは複雑な心境だった。丸くおさまったものの、自分はほとんど貢献していない。ジンはまったく気にしていない様子だが、真面目な彼女にはそれが許せなかった。なので、ミカエルは自分にできることをする。


 深夜。魔王城といえども二十四時間営業はしていない。ジンが召喚したスケルトンが見回り、住人は部屋で休んでいる。人の気配がなくなった城の廊下を、ミカエルは歩いていた。……ベビードールを着て。


 目的地はジンの寝室。かつて、最高神は言った。天使は仕える神への奉仕も仕事だと。ルシファーたちもその目的で創られたが、最高神の奥さんにバレて役目が変わった。しかし、その能力はまだ残っている。それを使おうというのだ。容姿も悪くない。任務を果たせなかった贖罪という建前だ。本音は、妄想で溜まった情欲の発散である。


 暗い部屋。大きなベッド。ミカエルはその上で四肢を拘束される。他に、バスローブをまとったジンがいた。身動きがとれないミカエルの顎を掴み、顔を近づける。


『ミカエル。今回の失敗、どう責任をとるつもりだ? ええ?」


 ニヤニヤと、嗜虐的な笑みを浮かべるジン。ミカエルは目を伏せる。視線の先には、バスローブの隙間から覗く、西洋彫刻のような引き締まったジンの身体があった。彼が身動ぎするたびに、チラチラと隠れては見え、を繰り返している。チラリズムだ。


『そうか。だんまりか……。ならーー』


 ジンの手がおもむろにミカエルに伸びる。同時に彼は耳元でささやく。


『言いたくなるまで、メチャクチャにしてやるよ』


 と。


(ご主人様、鬼畜ですわ!)


 妄想だけで大洪水。敵地(ミカエルの思い込み)で過ごすストレスも手伝ってか、なかなか興奮が収まらない。もうこれはご主人様に何とかしてもらうしかない! と寝室に突撃を敢行するところだ。だが、


「「あ……」」


 寝室の扉の前で、人とばったり出くわす。その相手はルシファーだった。ベビードール(しかも胸元以外はスケスケ)を着ている。見た目ロリなルシファーが着ると犯罪臭がした。


「どうしてここに!?」


「お主こそ!」


 驚きのあまり大きな声を出してしまう。当然、廊下に声が響く。ハッとして口を押さえるが、既に手遅れ。バタン! と寝室の扉が開いた。


「……あなたたち、何をしているのですか?」


「「ひっ!」」


 出てきたのはアンネリーゼ。虚な目で二人を見ている。月光以外に廊下を照らすものはない。だが、淡い光でも彼女の絹糸のような金髪が、白い肌が輝く。


 ミカエルはアンネリーゼが裸だということに気づく。仄かな月明かりを背にしているため影が生じ、大事なところは見えない。その代わりに、彼女の美しい碧眼だけは爛々と輝いている。その虚な目が、二人に畏れを抱かせた。


 アンネリーゼがそんな格好をしているのは、つまりジンの相手をしていたのが彼女だということだ。お楽しみを奪われ、怒っていることはよくわかった。


「あなたたち、そこに直りなさいッ!」


 かくして、アンネリーゼによるお説教が始まった。三十分を過ぎたころ、見かねたジンが仲裁するまでそれは続く。ミカエルたちは、改めてアンネリーゼに逆らってはいけないのだと思い知らされた。







ルシファーの目的は次回、明かされる。




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