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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編2
84/95

魔王城の天使メイド(ガブリエル)

 



 ーーーーーー


【天啓の天使】ガブリエル。


 手足がスラッと長く、身長はおよそ百七十ほどある。髪はショートで中性的な顔立ち。胸も目立つほど大きくないため、見た目は貴公子だ。それはガブリエルも知っており、凛々しくもキザに振る舞っている。トレードマークは百合の髪留めだ。


 そんな彼女は魔王城でメイドとして働いている。勤務態度は極めて良好で、特に凛々しいという点が重要だった。ガブリエルを見たアンネリーゼはどこに配置するのか即決する。


「給仕を担当してもらいましょう」


 給仕のメイドは意外と雇いにくかった。接客などを行うため客人に接することが多い。城の顔ともいえる役割であり、容姿がよく、性格がよく、真面目でなければならない。つまりは、完璧人間でなければならないのだ。そんな人間、そうそういるわけがない。よって給仕のメイドは常に人手不足であった。


 かくして給仕メイド・ガブリエルが誕生した。彼女は来客はもちろん、他の同僚メイドに絶大な人気を誇った。それは彼女が見た目美男子だからだ。また、その気があるガブリエルもそれをいいことに色々とやっていく。


「やあ、子猫ちゃん。今夜、ワタシと素敵な夜を過ごさないかい?」


 などと壁ドン顎クイしながらナンパしたり、


「ワタシに任せたまえ」


 と狙っている女の子に優しくして好感度稼ぎをしてみたり、


「夜道は危ない。最近何かと物騒だからね」


 と自然に一緒に帰るシチュエーションを作ったりしていた。その姿をジンはよく目撃していたが、


(趣味は人それぞれだから……)


 と見て見ぬふりをした。アンネリーゼの絶対的な忠誠を受け、多少のことでは動じなくなったジンである。


 だが、この動きを見逃さない人物がいた。天使たちを統括するルシファーと、城の管理を担うユリアである。


(あ奴め、相変わらずナンパばかりしおって。これで城の仕事に影響が出たらどうするつもりじゃ!)


(ジン様の箱庭を乱す不届き者は許しません!)


 ルシファーは、城に勤めるメイドたちがガブリエルに夢中になって、仕事が滞る事態を恐れた。


 ユリアは、百合などという魔王城の風紀を乱すような行為を公然と行なっていることに怒った。そのような不埒者は矯正する、と息巻く。


 なお、ウリエルのBL本は風紀を乱す行為の対象外である。なぜなら、ユリアも愛読者だからだ。ちなみにユリアは腐っているわけではなく、どうやればジンが喜ぶのかを研究するための資料としてBL本を用いているためだ。ユリアは性技に長けた淫魔種。知識の吸収に余念はない。男の弱点を知るのもまた重要だ。


 ともあれ、両者はガブリエルを捕縛するということで意見は一致。捕縛作戦をスタートさせたのだが、ここで予想外の事態が起こる。それはガブリエルの逃亡であった。危機を本能的に察した彼女は、少し出かけてきますと言って馬に乗り、城外へと一目散に駆けていく。それに気づいたユリアたちは追う。


「馬で逃げるなんて、愚かな選択を」


 ユリアはガブリエルを追跡しつつ酷薄に笑う。彼女は飛行魔法で追っていたが、馬とどちらが速いかといわれれば当然、前者だ。ユリアの頭は、既に捕まえた後のお仕置きを考えていた。


「あまりガブリエルを侮るでないぞ」


 一緒に追跡しているルシファーか忠告するも、皮算用に忙しいユリアの耳にはまったく入っていなかった。だが、そんな彼女も次第に違和感を持つ。


「追いつけない!?」


 飛行魔法で追跡するも、ユリアはまったくガブリエルに追いつけない。というより、むしろ離されている感覚さえあった。驚くユリアに、ルシファーから説明が入る。


「ガブリエルは【天啓の天使】と呼ばれておる。天啓はガブリエルが与えるのではなく、神から与えられる。それを伝達するのがガブリエルの役目じゃ」


「それが何だっていうんですか?」


 ユリアは追いつけない苛立ちを滲ませながら問う。ルシファーは気にした様子もなく、変わらぬ調子で答えた。


「ガブリエルの仕事は伝達じゃと言ったな。それをなるべく早く伝えるために、移動に使うものはその速度が上がる、という権能が与えられている。つまり、どんな駄馬もガブリエルが操れば駿馬に早変わり、というわけじゃ」


「それでも無茶苦茶です!」


 うがーっ! と叫ぶユリア。だからといって何かが変わるというわけではなかったが、とりあえず叫びたかったのだ。


「というか、ルシファーさんは天使長でしょう? どうにかならないんですか!?」


「う〜む。難しいのう……」


 ルシファーは首を振る。曰く、純粋な戦闘力では熾天使たちでルシファーの右に出る者はいない。だが、一芸に関しては負けることがある。ガブリエルであれば、それは移動速度であった。ルシファーはついて行くのでやっとという有り様だ。


「こうなればご主人様に……」


「ダメです!」


 手を焼いたルシファーが最終手段に出ようとするが、ユリアが阻止した。城のことを任されているのは自分である。ガブリエルの追跡は難しいだけであって不可能ではない。ジンの手を煩わせる必要はないのだーーということを説明する。


「……わかったのじゃ」


 ルシファーは渋々ながらも受け入れた。彼女の目的はガブリエルを捕まえて更正させることであり、手段は問わない。しかし、ユリアは目的こそ同じだが、ジンの手を借りるのはNGだ。八方手を尽くしてダメならば仕方がないが、まだその段階ではない。


(お忙しいのに、お手を煩わせるわけにはいきません!)


 統治がいかに大変か、それは陰ながら苦悩する母親マルレーネを見て知っている。猫の額ほどの島州でさえそうなのだ。広大な領土を支配するジンがどれほど大変なのか、ユリアには想像すらできない。ただ、とても大変だということはわかる。にもかかわらず、ジンは結婚してから欠かさず夫婦の時間、家族の時間を設けてくれるのだ。アンネリーゼをはじめ、妻たちは普段の仕事でなるべくジンに迷惑をかけないようにしようーーという淑女協定を結んでいた。そんな事情もあり、ユリアは自力での解決に固執したのだ。


 ただ、闇雲に追いかけていたのではジンでもない限り追いつけないことないことはわかっている。そこで、ユリアは待ち伏せ作戦をとることにした。ガブリエルとて、ずっと逃げ続けるわけにはいかない。だから、城に罠を仕掛けてかかるのを待つ。


 罠その一。城にいる淫魔種(もちろん諜報員)による誘引作戦。彼女たちをナンパさせて、どこかに誘き出し、そこで捕まえるのだ。ユリアも素性を隠して参加している。しかし、ガブリエルがこれに引っかかることはなかった。


(ユリア様たちは何をされておられるのだ?)


 自分の周りを淫魔種がうろついているのをガブリエルは怪訝に思いつつ、


「おっと、そこの子猫ちゃん」


 と、淫魔種以外のメイドに声をかけていた。


「なぜ!?」


 ユリアは悔しがる。淫魔種は種族の特性上、誰もが絶世の美女、美少女だ。性癖の差異があっても、種族を探せば適合者は必ずいる。だからこそ生き残ることができた。しかし、ガブリエルには通じない。


「それはそうじゃ。妾たちには真贋を見極める力がある。そなたたち(淫魔種)の心はガブリエルに動いておらぬ。種族の特性もあるのじゃろうが、ともかくそれがわかるゆえに、気にしてもいないのに視線を向けてくるお主たちは、鬱陶しいと思われておるだけじゃな」


 ルシファーが理由を解説する。要するに、ガブリエルにはナンパしようとする相手に脈があるかどうかがわかるということだ。そのため、かなりの確率でナンパが成功するのである。


「ぐぬぬ……」


 ユリアは歯噛みする。正直、ここまで捕縛に苦労するとは思わなかった。しかし、彼女はこうなった以上は意地でも捕まえてやると逆に気合を入れる。


 というわけで、第二弾の作戦。淫魔種の諜報員がダメならば、他の種族の諜報員を使う。淫魔種と比べれば少数ではあるが、人魔種や人間も所属している。だが、これも失敗した。理由は同じ。脈のない相手に手は出さない。これがガブリエル(ナンパ師)の鉄則だからだ。


「こうなれば強硬手段です!」


 ユリアは次なる作戦に出る。前は闇雲に追いかけたために取り逃したが、今回は出入口すべてに諜報員を置き、封鎖する。その上で城内で確保しようというものだ。ガブリエルが登城したのを確認して封鎖を実行する。


「ユリア様。ターゲットが城に入りました」


「各所より封鎖完了との報告が」


「よろしい。それでは捕獲作戦を開始します。続きなさい!」


 後ろに数人の精鋭を引き連れてガブリエル捕縛に向かうユリア。その立ち居振る舞いは凄腕の捜査官のようだ(事実、彼女はマルレーネを補佐して裏仕事をこなしたこともあり、板についていて当然といえる)。


 魔王城の廊下を数人の部下を引き連れて颯爽と歩くユリアの様子は勇壮であり、また多くの人の注目を浴びた。それは歓声を浴びながら出征する兵士のよう。ユリアもつい得意になる。


 が、その昂揚に冷や水をかけたのは、やはりガブリエルだった。彼女はユリアたちの行動を見越していたかのように、最強の盾を用意していたのだ。それがジン。ユリアがその動きを最も知られたくない人物である。


「ご主人。ここなんだがーー」


「そこはこうでーー」


 と、執務室で討論している。漏れ聞こえてくる単語を拾えば、どうも統治に関することらしい。


(なぜそんなことを? 天使たちは政治に基本的に関わらないはずなのに……)


 そんなユリアの疑問に答えたのがルシファーだった。


「統治には関与しないが、妾たち天使は仕える神に奉仕する存在じゃ。今回、ガブリエルは模造天使を創造して各地の守護に当たらせるようにと提案したのじゃよ」


「模造天使?」


 聞き馴染みのない単語に首をひねるユリア。そんな彼女に、ルシファーは天使の位階を説明していく。そしてその最下層が模造天使ーー天使と呼ばれるものの天使ではない存在なのだと伝える。


「天使と模造天使。両者の違いは、生殖によって生まれるのか、合成によって生まれるかじゃ」


 前者は神と天使、あるいは天使同士の交合によって産まれる。一方、模造天使は天使が己の力を模して創った存在で、創造した天使よりも能力は格段に劣る。ただ、その強みは個の能力ではなく数であった。その上、いくらでも創造できるためにやられても惜しくはない。ガブリエルはこの点を活かして、各地で異変があった際の即応部隊として模造天使部隊を編成したらどうか、と提案したのだ。


「大丈夫なんですか? 島で戦いましたが、弱いですよ?」


「それはご主人様たちが強すぎるだけで、常人からすれば手も足も出ぬ」


 だから問題ない、とルシファーは太鼓判を押す。天使のなかでもしっかりした人物であるため、ユリアも彼女が言うならばと納得した。小声で、それなら諜報部でも使えるかも? などと呟いて導入を検討している。だが、そのせいで本来の目的を忘れていた。よってルシファーから軌道修正が入る。


「ところで、ガブリエルのことはいいのかの?」


「そうでした!」


 忘れていたユリアは模造天使を諜報部に導入するか否かという考えを棚上げし、ガブリエルに集中する。とりあえず、なぜ今になって模造天使の話をしたのか。だが、これについては考えるまでもない。ユリアから逃げるためだ。


 ユリアがジンに向ける忠誠心はアンネリーゼに勝るとも劣らない。種族の利益だとか、そういう打算を抜きにして彼に仕えている。身も心もすべて差し出した。仮にジンが死ね、と言えば躊躇なく自殺するだろう。その忠誠心は狂信的とさえいえる。


 そんなユリアにとって、ジンは何よりも優先される存在だ。万の同族よりジンをとるだろう。何かの用事があったとしても、ジンが忙しそうにしていると、ひと段落するまでハチ公のようにずっと待っている。魔界のキーパーソンゆえに彼女の手が止まると混乱をきたすのだが、いつもジンが気づいてことなきをえている。


「なんて勘のいい……っ!」


 ほぞを噛むユリア。ハンカチがあれば噛みちぎってしまいそうだ。舞い落ちる木の葉のように、手からスルスルと逃れられていることがとても腹立たしい。そしてこのままでは終われないのだ。この日は無理だと作戦を中止したが、ユリアの闘争心が消えることはなかった。


 この後もユリアとガブリエルによるいたちごっこは続く。しかしいつも逃げられてしまい、ユリアが悔しがることとなる。なお、その間にもガブリエルによる百合ワールドの構築は進んでおり、気がつけば種族を問わない世界規模のファンクラブが出来上がっていた。さすがにこの巨大組織はジンも看過できなかったが、ガブリエルは、


「そういった(同性愛の)人たちが社会的承認を得るために暴走するのを事前に抑制するために組織した」


 と釈明。ジンから叱責されるどころかむしろ感謝されたことも、ユリアを苛つかせる原因となった。




結局、ユリアとガブリエルは某大泥棒とインターポール所属の警部みたいな関係になります。もっともそれはユリアが一方的に意識しているだけですが。

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