魔王城の天使メイド(ウリエル)
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【創造の天使】ウリエル。
髪をアップにまとめ、縁の太いメガネをかけている。スーツでも着せれば完全なキャリアウーマンだ。会話も簡潔なものを好み、凛々しい立ち居振る舞いが城務めの人々(男女問わず)に人気だった。貴族のような生活を送っているのだろう、と噂だ。
しかし、実態は異なる。
彼女、腐っていた。
「厨房の男の娘萌えェェェッ! ガチムチの職人気質バリバリのシェフが、彼に向かって『こうやって立派なシェフになっていくんだよ』とか言っちゃって、【 ピー 】して【 ピー 】されちゃって落ちてイクゥゥゥッ! 最後は、『も、もっとぉ……』って、物欲しそうに甘えちゃって……。ハァハァ……滾ってきたぁぁぁッ!」
夜はいつも、こんな感じの声がしている。こうして腐った作品が作られ、その世界で人気を博している。
彼女が【創造の天使】と呼ばれるのはこれが理由である。新たな分野、市場を創造していく……間違ってはいないのだが、何か間違っているような気がしないでもない。
ウリエルの趣味は、天使たち全員が知るところである。昔はそれってどうよ? と注意したりもしたのだが、まったく改まらないので達観していた。また、どう言われるかもわからないので無闇に言いふらすようなこともない。ウリエルも表立ってその腐りぶりを披露したことはなく、そのおかげもあって生活をエンジョイしていた。
(昼の仕事さえすれば、天界にいたときみたいに、数年単位の任務に突然、放り出されることもない。最高)
だが、そんな彼女にも不満はある。それが、通称アンネリーゼセキュリティだ。
魔界の腐人社会では、何より望まれているのがジン×◯◯本である。ジンの人気は魔界でナンバーワン。地球のアイドルのような人気がある。彼のお嫁さんになりたい、愛人でもいい、一度だけでも……という人は多い。それは腐人も例外ではなかった。
しかし、実際は不可能に近い。だからせめて妄想世界でもと思って絵を求める。その需要はウリエルにも向いた。求めている本来の姿ではないが、自分の趣味と絡むと最高! と考えた結果である。ウリエルもそれに応えて作画を試みるのだが、なぜかバレてしまう。
誰に?
アンネリーゼに。
夜中にやれば?
どんな時間にやってもやってくる。アンネリーゼが仕事をしている時間にやっても、警察のようにすっ飛んでくるのだ。もはやミステリーの領域である。
「こうなれば……」
ウリエルも意地がある。何としても描き上げる、と職人魂を燃え上がらせる。まず、描き方を工夫した。他の作品を描いておき、その後、ジンの本を描く。そしてアンネリーゼが来るタイミングで他の作品にすり替えるのだ。そのタイミングは、これまでの失敗から弾き出した。
これならいけると思っていたのだが、ウリエルはアンネリーゼを舐めていた。彼女をその程度で騙せるはずがなかったのである。作戦初日、ジンの本を描き始めると十分ほどでアンネリーゼがやってきた。予定通り、ウリエルは作品をすり替える。
「ウリエル。あなた、何かよからぬことをしてはいませんか?」
そんなことを言いつつ、作業台を眺めるアンネリーゼ。だが、そこにはもちろん別の作品が描かれていた。おかしいな、と首をひねる。たしかによくない気配を感じたのだ。
アンネリーゼの様子を見て内心ほくそ笑みつつ、ウリエルは何もない、と答える。暗にプライベートな時間を早く返せ、と言っていた。が、アンネリーゼは帰らない。部屋の中央に陣取り、むむむっ……と力む。完全に超能力とかを信じちゃってる痛い子だが、ことジンに関しては本当に超能力者なのではないかと疑いたくなるほどいい勘をしている。
「そこです!」
不意にアンネリーゼが動いた。その先は作業台の引き出し。まさしくそこに例のブツが隠されていた。
「あっ……」
急なことで動けず、また動こうとして思い止まる。そこに隠されてはいるが、万が一に備えて二重底にしてあった。見られた瞬間にバレるということはない。
が、それはただの甘い願望にすぎなかった。アンネリーゼは二重底をあっさりと見破り、それを発見する。
「ほら、やっぱり」
アンネリーゼはプンスカと怒る。これは没収です、と言って部屋を出て行った。
「そ、そんな……」
思わず膝から崩れ落ちるウリエル。こんなにもあっさり見破られるとは思っていなかった。それでも彼女は諦めず、隠し場所を変えたり、違う場所で描いたりと工夫を重ねる。だが、その尽くをアンネリーゼに摘発されてしまう。こうなるとお手上げである。
ウリエルは思いつく限りの方法をひと通り試したので、どうしたらいいか考える。そのため、少しの時間が必要だった。そして、その時間が彼女の運命を決めた。
ある日の昼下がり。アンネリーゼは午前中に怒涛の勢いで莫大な政務を捌いていた。それがひと段落して昼休憩に入る。今日は久々に怪しい気配を感じなかった。
(そういえば……)
ウリエルから没収した絵は、基本的にすべて焼却処分している。だが、完成間近で出来のいいものは、自らのコレクションに加えていた。アンネリーゼは他意なくそれを取り出して眺め始めた。
それを見てギョッとしたのが、彼女の補佐をしていたルシファーだった。どうしてウリエルの本がここにあり、それを主人の奥方が見ているのか。ルシファーはわけがわからず混乱する。そして少し正気を取り戻すと、恐る恐る訊ねた。
「奥様。それは何なのじゃ?」
「これですか? これはウリエルがジン様を題材によからぬ絵を描こうとしていたのを止めたときに没収したものです。ただ、出来がいいのでこうして見ているのですよ」
本物の方が何億倍もかっこいいのですけど、と惚気ることも忘れない。当初は辟易していたルシファーも、もはや慣れた。なのでそこはスルーする。
(あいつ……シメてやるのじゃ)
ルシファーは心のなかで決意を固める。そこからの行動は早かった。
「ラファエル」
「はいっ!」
その名を呼べば、たとえ火の中水の中草の中森の中、いつだって参上するのが忠実なる僕である。ラファエルはそのように教育された。
「代わりを任せるのじゃ。奥方様。妾は少し抜けさせてもらってもよいかの?」
「問題ありません」
「では」
そう言うや、ルシファーは部屋を飛び出して行った。向かった先はもちろんウリエルの部屋である。
「この、愚か者っ!」
「な、何!?」
ルシファーは部屋に文字通り怒鳴り込んだ。ノックも何もない。ウリエルは慌てるも、時すでに遅し。現場はバッチリ押さえられた。
「何をしておるか、この愚か者め!」
言うや、同時に容赦ない拳骨が落ちる。それはウリエルの頭にクリーンヒットした。ピヨピヨと、眼前でヒヨコが鳴く光景を見たウリエル。しかし、ルシファーは止まらない。半ば意識を飛ばしたウリエルの身体を激しくシェイクし、気を取り戻させる。かなりの荒療治ではあるが、なんとかウリエルは目覚めた。
「ルシファー。急に何?」
「『急に何?』ではないのじゃ! 奥方様に何を見せておる!?」
「芸術作品」
自信作、とのたまうウリエルに再び拳骨が落ちた。ふざけるな、と。魔界にきてジンの崇拝ぶりは凄まじいと実感しているが、何よりもヤバいのが奥方様ことアンネリーゼである。それをルシファーは知っている。
以前、ジンたちの身辺警護をしていたとき、閨で交わす睦言が不意に聞こえた。アンネリーゼとユリアの二人だったが、両者は誰憚ることなく口にしていた台詞を、今もなお鮮明に記憶している。
『如何に強大な存在が立ち塞がろうとも、ジン様の覇道を阻むものは排除します』
と。それは口先ばかりではない。実際、彼女たちが裁く反逆罪の容疑者は極刑率が極めて高かった。他の裁判官が情状酌量の余地ありとするような事柄でも、容赦なく与えられる限りの刑に処す。ある裁判官が、なぜそのような量刑にするのか訊ねると、
『ジン様に逆らうこと自体が罪なのです』
そう答えた。彼女たちはジンを狂信している。無論、ジンがそのようにしろと言ったことは一度もない。なのにそこまでさせてしまう。王者としては美徳だが、さすがに行き過ぎていた。
ルシファーは、それが悪いとは思っていない。ただ、ウリエルにはそんな危ない橋を渡って欲しくない……それだけだ。
「お主の趣味をとやかく言うつもりはない。じゃが、せめてやっていいことと悪いことの区別はつけるのじゃ!」
「創造は自由なはず」
「それを望む者がおる一方で、望まない者もおるということに気づくのじゃ」
ルシファーはウリエルに説教を続ける。熾天使としての力があれば、地上ではまず負けることはない。だが、魔界だけは事情が異なる。アンネリーゼをはじめとした一部の妻は、神の恩寵によって亜神級の力を持っている。自分たちと同格であり、下手をすると負けるのだ。そのため慎重になる必要がある。
だが、さすがに【創造の天使】として譲れないものがあるらしく、ウリエルもはいとは頷かない。むしろどれだけそれを望む人がいるのかと熱く語る。ルシファーは、ぶっちゃけそんなにいるのか……と辟易した。
結局、ルシファーたちは結論を出すことができなかった。そのままというわけにもいかないので、ルシファーは話をジンのところに持ち込んで判断を仰いだ。
「すまんのじゃが……」
かくかくしかじか、と事情を説明する。聞いたジンの表情は歪んでいた。ゲイではないので、自分がその題材にされると思うとあまりいい気はしない。だが、個人の感情を抜きにすれば反対する理由もないため、ジンは了承することにした。
この結果をアンネリーゼのところに持ち込み、ウリエルの創作を認めるように迫った。彼女は苦悩したようだが、ジンが許した以上は認めるしかない。ウリエル以外にそのようなものを描かないことを条件とした。
ウリエルにはこのようなことになった、と結果を報せた。他にも同志たちが! 抵抗する姿勢を見せたが、お話(物理)で黙らせている。
「これ以上、妾に迷惑をかけるでない」
「……はい」
創造を守るため、と果敢に挑んだウリエルだったが、ルシファーとの実力差は、精神力でなんとかできるものではなかった。ボコボコにされ、頷くしかなくなる。
しかし、ウリエルは転んでもタダでは起きない。彼女はすぐに抜け穴を見つける。休みの日には同志たちを呼び、アシスタントとして働いてもらった。ただ、そこで製作されるのはウリエル個人の作品ではない。彼女を頂点に、同志たちによる合作本を完成させたのだ。いわば、ジンが主役のBL雑誌を作ってしまったのである。
当然、アンネリーゼやルシファーから抗議が飛んでくるのだが、ウリエルは自分名義で出しているのだから問題はないと一蹴した。このように、ウリエルは意外と強かで、いい性格をしている。




