魔神誕生
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反乱分子の大量検挙に成功したジン。アドリアーナへの襲撃は、捕縛から逃れた者を確保できた点で大きな意義があった。……そんなことを言うと彼女に噛まれるので、口にすることはないが。
特にアンネリーゼは、この結果を大いに喜んでいた。その理由は簡単。
「これでようやくゆっくり過ごすことができますね」
二人きりのときに満面の笑みでそう言われた。しかし、事はそう単純ではない。数ヶ月に及ぶ留守により、政務が溜まりに溜まっていたのだ。全国パレードから帰ってきて全力で処理しているが、領土が拡大した分だけ量も増え、今なお終わりが見えない。
類は友を呼ぶというが、仕事は仕事を呼ぶらしい。ジンのもとに仕事を運んできたのは、クズ女神(未だ昏睡中)の賠償としてやってきた幼女女神・ディオーネであった。
「ジン」
「ん? ああ、ディオーネか……」
名前を呼ばれて振り向けば、無表情の整った顔立ちがあった。アンネリーゼたちは文句なしの美少女だが、ディオーネは神々しさを感じさせる。毎度息を呑むのだが、今はそんな余裕もないほどジンは疲れていた。
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
本当は全然大丈夫ではないのだが、幼い子どもに心配されるとつい虚勢を張ってしまう。不思議だ。
「でも、疲れてるってルシファーたちが言ってた」
「あいつら……」
後でしばく、とジンは決意する。同時刻、各所で働いていた天使たちは一斉に身震いしたとか。
「無理しないで?」
そう言ってずいっと顔を近づけてくる。芸術品のようなディオーネの顔が近づき、ジンはついのけ反った。しかし彼女は気にせず距離を詰め、
「元気になって」
という言葉とともに、頬にキスをしてきた。女神の祝福、と小悪魔チックに微笑む。ジンとしてはどこで覚えてきた、と問い詰めたいところだった。
(いや、女神だから見た目と年齢が一致していないだけかもしれないけど……)
ファンタジーあるあるだが、それならばなおのこと自重してほしい。このままでは……いけない何かに目覚めそうである。
「ありがとう。元気が出たよ」
ジンは笑顔が引き攣っていないか心配になりながらもお礼を言う。するとディオーネもよかった、と笑みをこぼした。
ちなみに彼女は、ジンが想像しているような肉体年齢と精神年齢が一致していないわけではない。見た目通りの年齢だ。大人びた所作は、すべてマルレーネが仕込んだものだった。贖罪のために来たはいいが、何もしない居候状態。そこで相談したのがマルレーネだったのだ。彼女にしても、神がかった美しさを持つディオーネに女としての諸々を仕込みたかったらしく、指導には二つ返事で応じている。その結果、先ほどの小悪魔チックな所作を覚えることになった。
「よーし、ディオーネのおかげで元気になったぞ。仕事、頑張るか」
なんてことを白々しく言いながら、殊更声を大きく宣言する。大丈夫だからアピールだ。本当に、これ以上はいけない何かに目覚めてしまう。ジンの心臓は早鐘を打っていた。魔王モードではそんなことはない。だが、そのことにジンが気づくことはなかった。
「待って」
ディオーネからの待ったを受け、お仕事タイムは中断させられる。どうした? と本日二回目のやりとり。ディオーネ曰く、言いたいことを言い忘れていたという。
「それで、どうしたんだ?」
「じーじから連絡があった」
「……タレコミか?」
前にやるなと言っただろうに……とジンの目が言っている。だが、ディオーネはふるふると首を振る。違うらしい。では何か、というジンの質問に、ディオーネが爆弾を投下した。
「ジン、おめでとう。今日から神様」
「……………………は?」
脈絡がなさすぎて、ジンはまったく理解できなかった。
「今日から神様になった」
「うん。言ってることはわかるけど、意味がわからない」
ジンは詳しい説明を求める。いきなり結果を通知するのではなく、過程を説明してほしい。その要請を受け、ディオーネは頬に手を当ててうーん、と唸る。そしてすぐにポン、と手をついた。
「ジンは今日から魔神」
「いや、神だって話は前に聞いたけど……」
魔神って何よ、説明プリーズと訴えるジン。それに対してディオーネも必死に説明しようとするが、いまいち要領をえなかった。
「魔神とは、最高神様がご主人様に与えられた称号じゃ。倒れている女神にはないが、上級の神には司る分野から適当な単語を選んでつけるのが慣しなのじゃ」
「うおっ!?」
どこからか現れたルシファーが、ディオーネの言いたいことを補足した。そうそれ! とディオーネが追従する。これでああ、そういうことねと納得したジン。『連絡』とは称号の連絡だったというわけだ。
「ところでどうして魔神なんだ?」
名前を聞くと、ついその由来を訊ねたくなるのは日本人の性みたいなものだ。なにせ漢字には意味がある。それを読み解こうとするのは自然なことだ。
しかし、ディオーネは聞いてない、と首を振る。訊かなかったのではなく、教えられなかったそうだ。補足する立場にいるルシファーも、そこまで言ってはいなかったと証言した。
「そうか……」
ちょっと残念に思うジン。
「ーーただ、推測でよければ話せるぞ」
「……頼む」
絶対神本人に訊ねればいい話だが、ジンにはその方法がわからない。連絡手段も一方通行。だから推測でもいいから由来を知ろうと思った。承諾すると、ルシファーもひとつ頷いて想像する由来を話した。
「最高神様は、ご主人様が創る新たな魔法を大変評価していたのじゃ。統治も褒めておったの。『王に相応しい』というのが口癖だったのじゃ」
「……すごい高評価だな」
ジンは、自分はそんな大層な人間ではないと思っていた。魔法についてはミリオタ上司の知識をパクったにすぎない。統治にいたっては理想を掲げることしかしておらず、後はアンネリーゼたちが上手く実現してくれているだけだ。自分は何もしていない。
しかし、ルシファーは違うのだという。
「王者としてではなく、人間として優秀かと訊かれると、ジンは凡人となるじゃろう。しかし、王者としては間違いなく優秀じゃ」
ルシファー曰く、王者はただのナルシストでは務まらないのだという。自分が優秀だと勘違いし、失政をしてきた王は枚挙に暇がない。しかし、ジンは己に足りないものをきちんと自覚した上で、至らない点に手を出すことなく他人に任せている。己の力量を自覚し、人を上手く使うーーそれこそが王者の資質なのだと。
「王者の資質に、善悪は問題とされることはないのじゃ。最終的にそれが成功か失敗かを決めるのは、王者がやってきたことが妥当か否か……それだけじゃ」
なるほど、とジンは頷く。そう言われると、自分がやってきたことは見事に当てはまる。評価の物差しがわかると、謙遜もできなかった。
「そんなわけで、最高神様はよくジンを『真なる魔族の王』と言っていたのじゃ」
「そうか。魔法に長けた魔族の王が神になったーーだから魔神か!」
ジンのなかで、ようやく合点がいった。なぜ自分に魔神という名がついたのか、と。それはルシファーの推測でしかないが、納得できればそれでいいのだ。
そして数日後。ジンは突如として押し寄せた祝電に困惑する。何かお祝い事があったのか? と。こういうことに明るいアンネリーゼに問い合わせると、
「ジン様が魔神となられたことへのお祝いですよ」
さも当然のように言われた。さすがに困惑するジン。なにせ、こういうことになるからと他所には報せなかったのだから。ジンからすれば、なんで知ってんの!? 状態だ。
タネ明かしをすれば、それはアンネリーゼたちが原因だ。彼女らに対しては、うっかり口止めを忘れていた。その結果、実家への手紙や日ごろの雑談でジンの話をし、口コミであちこちに広がったのだ。
事情を聞いたジンはなんだ、と納得する。知らず知らずのうちに話が漏れていたとか、そういうわけではないらしい。
「だが……」
それはそれとして憂鬱だ。大量の贈り物があるということは、それに対するお礼をしなければならない。そのお手紙を書くのは自分である。ジンは手をグーパーしつつ、腱鞘炎にならないといいな、と独りごちた。




