愛猫
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ワルテル公爵たちは領主館にて、襲撃の結果報告を今か今かと心待ちにしていた。逃げ道は用意してあるとはいえ、今回は自領での襲撃である。警備や治安などから、不手際を追及されるリスクはあった。
(まあ、家が取り潰されるよりはマシか)
どんな罰を受けようが、最終的に勝てればいい。そうすれば、それまでの失敗はすべて挽回できるのだ。
このように公爵はドライだが、教会関係者はもはや祈るような気分だった。彼らにしてみれば乾坤一擲の大作戦であり、リスクは公爵たちの比ではない。手先として動いた下っ端は穏健派のモグリ司祭になれるが、リーダー格は誰もがお尋ね者ーー根なし草である。摘発されては堪らない。本音としては逃げたいところだが、そんなことをすれば求心力が落ちてしまう。なので、仕方なくこの場にいた。
作戦実行は、パレードの列が鐘楼にさしかかったとき。予定では、既に実施されているはずだ。館からは少し距離があり、現場の様子を実際に感じることはできない。その代わりに、伝令が状況を伝えてくれていた。
「公爵閣下! 賊は魔王様たちに鎮圧されつつあります」
「……そうか」
ワルテル公爵は微笑を浮かべながら応えた。それを見れば、誰もが無事との報せに安堵しているように見えるだろう。実際、そのように計算されていた。だが、内心では落胆している。気を抜くとため息まで出てしまいそうだ。他の司祭たちもよかったよかった、などとあからさまに喜ぶ。バレバレの三文芝居だが、彼らはまだマシな方だ。一部は芝居さえ忘れて残念そうな顔をした。幸い、伝令に気づかれることはなかったが。
「ご苦労。お迎えする部隊は編成を終えているか?」
「はっ」
「では、先触れを出した上で出発するように伝えてくれ」
それが遠回しの退出許可だった。伝令も心得ており、一礼して部屋を出る。直後に何人かの人物が立ち上がった。見つかるとヤバい、リーダー格の根なし草司祭たちだ。彼らは一刻も早くこの場から逃げ出さなくてはならない。ワルテル公爵も何も言わず、彼らを見送る。だが、その動きは遅かった。
ーーバタン!
「ぐへっ!」
勢いよく扉が開けられる。重厚な木製ドアが、ドアノブに手をかけていた司祭の顔面を強打した。だが、室内にいた面子はそんな哀れなお仲間を見る余裕はない。彼らの視線は、ドアに注がれている。
「き、貴様は……」
ワルテル公爵がようやくといった様子で声を出す。他の貴族も同様だ。
ドアを開け放ったのは公爵たちを摘発にきたユリアだった。彼女は室内からの視線を気にした様子はなく、ドアに何か当たったかしら? と裏側を見る。すると、おじさんがひとり、鼻から血を流して倒れていた。
わたしは何も見なかった、とばかりに視線を外すユリア。こほん、と咳払いしてから宣言する。
「ワルテル公爵以下、この場にいる者をジン様の暗殺を企てた大逆罪の容疑で拘束します!」
そう宣言した直後、ユリアの後ろから兵士たちが室内に雪崩れ込む。窓からの逃走を見越して、待機していた兵士が鎧戸を蹴破って突入する。このため一部、飛び蹴りを食らって昏倒する者が出た。兵士たちは手際よくワルテル公爵たちを拘束していく。
「ゆ、ユリア様! これはどういう!?」
「ジン様のお命を狙った罪です」
「我々は何もしていない!」
ワルテル公爵は必死に弁明する。同じ派閥の貴族たちも、口々に言い訳を並べた。この場でジンの到着を待っていただけである、と。だが、ユリアは耳を貸さない。既に調べはついているのだ。彼女から言えることはひとつ。
「それはジン様がお決めになることです」
それだけである。もちろんジンが直接彼らを裁くわけではない。そんな些事を、多忙なジンがする必要はないからだ。ジンが決めるというのは、彼の名の下に行われる裁判によって決まることを意味している。
「証拠はいくらでも掴んであります。それは法廷で披露しましょう。抗弁なさるのはご自由ですけれど、わたしは徒に裁判官の心象を悪くするのは得策ではない、と思いますよ?」
要するに逃げられると思うなよ、ということだ。大逆罪は程度の如何にかかわらず、原則として死刑だ。情状酌量の余地アリと認められたとき、ようやく終身刑になるくらいだ。もちろん、罪を犯した事実がなければ無罪である。ワルテル公爵は無罪を勝ちとるつもりのようだが、ユリアはそれは無理だから反省の姿勢を見せて生き残れるようにすれば? と言っているのだ。
「事実無根だ!」
そう言い張るワルテル公爵だったが、ユリアは意に介さず部下に命令する。
「連れて行きなさい」
こうして公爵たちは牢屋に入ることになった。ちなみに、このときのユリアの忠告に従った者は終身刑に処されている。従わなかった者は、容赦なく死刑になった。その筆頭格がワルテル公爵だ。
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さて、ユリアがせっせと仕事をしているなか、ジンたちは何をしていたのか。パレードはもちろん中止になった。現在は宿泊先のホテルに引き籠もっている。警備は厳重になり、不足分はジンが召喚したスケルトンが補っていた。
とはいえ、アンネリーゼたちはそれほど気にした様子はない。この程度の荒事には慣れていた。これでショックを受けるようでは魔王の妻は務まらない。しかし、気の弱いミレーナは精神的に弱っていた。自分が狙われたのがショックだったようだ。そんな彼女の側には姉であるアドリアーナとジンがいた。
「……なんであんたがここにいるのよ?」
「そう言われてもなぁ……」
ジンは困ったように頭をかく。ここにいるのは、ミレーナに望まれたからだ。言葉こそなかったが、服の裾を掴まれて上目遣いで見られれば、振り払うなんてできるはずがない。
「邪魔よ! 出て行って!」
追い出そうとするアドリアーナ。だが、そんな姉をミレーナが止める。
「……(ふるふる)」
彼女がしたのは無言で首を振ること。それだけで姉妹のコミュニケーションは十分だ。
「はぁ……。わかったわよ」
アドリアーナは深いため息を吐き、妹の要望を受け入れた。ジンを追い出そうとしたのも、その存在がプレッシャーになってミレーナが安らげないのでは? と考えたからだ。負担にならなければそれでいい。
さて、こうして同席を許されたジンであったが、彼からすればこれからが本番だ。襲撃計画を知っていたが、敢えて伝えなかったという真実を打ち明けなければならない。カレンとヴァレンティナには、既にアンネリーゼから伝えてもらっている。
「……二人とも、話がある」
ジンは事情を包み隠さず話した。ミレーナの暗殺計画は事前に知っており、それを逆手にとって反体制派(教会の強硬派)を一網打尽にするという計画だったこと。敵に悟られないよう、アドリアーナたちには秘密にしていたということなどだ。
「何よそれ!」
すべてを聞き終えると、やはりというべきかアドリアーナが吼えた。ジンはどんな非難も甘んじて受け入れるつもりだった。やったことは、褒められたことではないからだ。
アドリアーナが激怒するのは仕方がない。だが、ターゲットであるミレーナは特に文句を言うことはなかった。
「あんたも何か文句言いなさい。あるでしょ?」
と言われても、ふるふると首を横に振るばかりだ。妹のお人好しぶりにやや呆れるアドリアーナ。しかし、ミレーナの考えは少し違う。
「違うよ、お姉ちゃん。たしかに教えてもらえなかったのは残念だけど、ジン様はわたしを守るように動いてくれてた。無事だから、気にしない」
と、心の広いことを言ってくれた。ジンはありがとう、と感謝する。それしか言葉がない。
「その代わりといってはなんですがーー」
と前置きした上で、
「今回だけじゃなくて、これからずっと大切にしてくださいね」
などとおねだりする。ジンに否はない。最悪の場合、双子に嫌われて離婚することまで考えていたのだから。
「これからもよろしくな」
「お願いします」
そう言った後、ニャンと鳴いた。
「なっ!?」
これに衝撃を受けたのはアドリアーナだ。獣人族にとって、動物の真似をするのは服従の証ーー男女間であれば隷属的婚姻にあたる。要するに、自分のすべてを相手に委ねるということだ。そこには生殺与奪も含まれる。獣人族ではまずやらない。
しかし、ミレーナは躊躇いなくやった。そこには大きな信頼が見てとれる。なぜここまでの信頼を寄せるようになったのか。このことは、アドリアーナを混乱させた。




