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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
73/95

正妻の実力(真)

 



 ーーーーーー


 ミレーナが泣いたことで勃発したアンネリーゼ、アドリアーナ戦争。この確執は、カレンとヴァレンティナを巻き込んで、予定調和のように戦闘へと発展した。


「ではこれより、アンネリーゼ対カレン、アドリアーナ、ヴァレンティナの模擬戦を行う。なお、ミレーナは戦闘できる状態にないため不参加だ」


 ジンが進行役兼審判だ。他者からの介入を防ぐために【コロッセオ】を使っている。ルールも予め決められていたが、内容はとても簡素だ。


 一、戦闘開始時、十メートルの間隔を空ける


 一、戦闘では何をしても自由。ただし、相手を死に至らしめる行為は禁止


 一、全力で戦いましょう


 この三つーー実質的には二つしかルールはない。というわけで、両者は十メートルの距離を置いて対峙していた。


【コロッセオ】の広さは半径百メートル、高さ百メートルの円筒形。広い。ルールで『戦い方は自由』と定められているため、ヴァレンティナがドラゴン形態になることが想定される。そうなっても彼女が窮屈な思いをしないように、というジンの配慮であった。


「アタシが勝って、ミレーナに謝らせるんだから!」


「わたくしが、お茶を淹れることしかできないという誤った認識を正すいい機会ですね」


「全力でやらせていただきますわ」


 三人はそれぞれ意気込みを語る。アドリアーナは短剣、カレンは弓を、ヴァレンティナはドラゴンになってアンネリーゼと対峙した。


 一方のアンネリーゼは、特に気負った様子は見られずお淑やかに微笑んでいる。全身で余裕を醸していた。それがアドリアーナには気に入らない。


「……随分と余裕じゃない」


 あたかも自分では相手にならない、と言われているかのようで、半ば無意識のうちに挑発する。だが、アンネリーゼがそれに乗ることはなかった。


「そうですよ」


 アドリアーナの言葉にあっさりと頷く。挑発のお返しだ。


「っ! ……いいじゃない、やってやるわよ!」


 負けて吠え面をかかないように、と言い捨てる。ものの見事に挑発にかかった。そのことに、これから対戦するアンネリーゼは思い通りの展開だとほくそ笑む。一方で、妻としては心配になった。


(こんなに単純で大丈夫なのでしょうか?)


 魔族のーーひいては魔族が支配する地域の権力は魔王であるジンの下にすべて集約されている。だが、その妃であるアンネリーゼたちの言葉が軽いというわけではない。それなりの重さ、責任が伴う。そういう意味では、一番の問題児は麗奈なのだがーー彼女に価値はない。だから軽い発言をしようとも、よっぽどのもの(重要機密など)でなければ相手にもされないのだ。


 だが、アドリアーナは違う。いくら魔王に権力が集まっているとはいえ、権力はその性質上、階層構造をとらざるを得ない。ジンを頂点にしたピラミッド構造ーージンのすぐ下に位置する権力が、魔族の種長やボードレール王、エルフのリーダーたちだ。アドリアーナの父レオンもここに入る。ジンが身内に甘いというのは周知の事実。そこにとり入ろうとする輩もいる。だからこそ、アンネリーゼたちはそれに気をつけなければならないし、そうしてきた。こうも短気では、そのガードが破られかねない。アンネリーゼはその辺りをもっと注意するように教育するつもりだ。不安でならない。


「じゃあ、始めるわよ」


 審判役の麗奈がコインを投げる。落ちた瞬間から戦いが始まる。彼女の右手でコインがトスされ、高く舞い上がった。アンネリーゼたちはそれを横目で確認する。


 ーーチリン


 数秒後、小さな金属音が聞こえた。それが始まりの合図。


 まず動いたのはアドリアーナ。短剣を得物とする彼女は、接近しなければ攻撃できないからだ。身をかがめ、地面を這うように疾走する。速い。動きは手練れのそれだ。


 同様に、ヴァレンティナも突進する。力強く羽撃き、弾丸のように突っ込んだ。多少の攻撃なら、自身の鱗で防げるーーその自信に裏づけされた特攻である。アドリアーナを悠々と追い越し、アンネリーゼに迫った。


 カレンは、ヴァレンティナの飛翔によって生じた猛烈な風圧のおかげで、少し出遅れた。しかしすぐに弓弦を引き絞り、放つ。連続で二本。アドリアーナの身体に隠れるように射ることで、発見を遅らせる狙いがあった。


 三人がそれぞれ自分なりに工夫して動くのに対して、アンネリーゼは特に動きを見せなかった。余裕からか、笑みさえ浮かべている。アドリアーナはそれが気に入らない。


(何よ、余裕ぶって……。アタシたちじゃ、相手にならないってこと?)


 だが、彼女も戦闘種族。その戦意は衰えるどころか、ますます盛んに燃え滾る。


(相手は中遠距離攻撃の後衛職。接近すればアタシたちの勝ちよ)


 そのように考え、四肢により力を込める。しかし、アンネリーゼを後衛だと侮ったのは間違いだった。獣人族と同じく、魔族もまた支配者(上位者)とは戦闘能力に秀でているのだ。特にジンたちは別格である。


 まず、ヴァレンティナがその巨体で殴りつける。ドラゴンになった彼女の体重は十トンにも及ぶ。そのため、単純に殴るだけでもプロボクサーが裸足で逃げ出す威力となる。それをアンネリーゼは真正面から受けた。衝撃波が生まれ、土煙が上がる。


(やりました!)


 ヴァレンティナは一撃が決まったと喜ぶ。だが、すぐ違和感に気づく。感触が硬いのだ。生き物を殴ったというよりは、壁を殴ったそれに近い。おかしいと思ったそのときだった。突如、身体が跳ね飛ばされる。物凄い衝撃とともに。


(……え?)


 その光景を呆然と眺めるアドリアーナ。走ることを止めてーーというより、忘れてしまった。砂塵が晴れたその先では、アンネリーゼが攻撃を受ける前と変わらぬ姿で立っていたからだ。


(……ちょっと待って。そんなの、無茶苦茶よ)


 ドラゴンの攻撃ーー単なるパンチとはいえ、一歩も動かず凌ぐという人間離れした芸当にアンネリーゼの理不尽さを思い知らされる。だが、そんなのはまだまだ序の口だった。


「えいっ!」


 かけ声をひとつ。それでヴァレンティナは吹き飛ばされた。


『わわっ!?』


 生まれて初めて他人に投げられたヴァレンティナは、驚きのあまり空中での姿勢制御すらままならず、地面に倒された。猛烈な地響きが辺りを襲う。当然、アドリアーナやカレンも例外ではない。その結果、不幸な事故が発生する。


「あ……」


 その声はカレンのもの。弓を射るその瞬間、地響きに襲われた彼女は姿勢を崩してしまった。そのせいで狙いが逸れ、矢の一本がアドリアーナ直撃コースに乗ってしまったのだ。


「危ない!」


 と警告するも、何がどう危ないのかを伝えられるだけの余裕がない。アドリアーナは回避できなかった。コンマ数秒後には、矢が彼女を襲うだろう。最悪の未来を予想し、思わず目を瞑る。


「まったく。己の腕を過信するとこうなるのです。気をつけてください」


 アンネリーゼがやれやれといった様子でカレンに話しかける。矢は【イージス】によって制御された【バリア】で止められていた。もちろん、その他の矢も防がれている。気が抜けたカレンはペタン、とその場に座り込む。


 そんなことがあったとは知らないアドリアーナは、事情はわからないがアンネリーゼが自分から前線へ出てきたように見えた。


「バカじゃないの?」


 半ば価値を確信しつつ、最小限の動きで最速の剣を振るう。ドラゴンの攻撃を無傷で凌ぐ相手だが、この距離では負けないという自信があったのだ。しかし、


 ーーガキン!


 その攻撃は【イージス】に察知されており、完璧に防がれる。それだけでなく、ダンプカーに轢かれた人のように盛大に吹き飛ぶ。強かに背を打ち、呼吸が乱れた。


 この不可思議現象は、【リバース】という魔法によるものだ。法則を逆転させるこの魔法は、応用の仕方では恐るべき威力を発揮する。アンネリーゼが逆転させたのは物理法則。俗に、作用反作用の法則と呼ばれるものだ。物体を押した力だけ押し返される。ならば、そのどちらかをなくしてしまおう、というのだ。


 今回はこの魔法を【バリア】に仕込み、アドリアーナの攻撃による作用を逆転させた。その結果、エネルギー収支の辻褄を合わせるために反作用が二倍となり、アドリアーナは盛大に弾き飛ばされたというわけだ。ちなみにヴァレンティナが吹き飛んだのもこの魔法のせいである。


 アドリアーナの戦闘能力を奪おうと追撃に向かうアンネリーゼ。しかし、すぐに中止した。直後、彼女をブレスが襲う。フォローしたのは、先に一撃を受けていたヴァレンティナである。


(ぶ、ブレスまで耐えきるというのですか……)


 理不尽なまでの防御力に、ヴァレンティナは戦慄する。まあ、【バリア】自体が理不尽の塊であるため今さらではあるのだが。


 ドラゴンにとって最大の武器は二つ。ブレスと牙だ。先ほどの攻防で接近戦は無理だと考えて遠距離戦を選んだのだが、アンネリーゼからすればこちらが本職。なおかつ、ジンと鍛錬を続けてきた分野だ。負けられない。


(なんとかして、押し切らないと)


 ヴァレンティナはもはやこれしかない、と全力でブレスを放つ。威力を限界まで高めよう、と驚異的な集中力を発揮しーーそれが仇となった。集中しすぎる余り、周囲への警戒が疎かになってしまう。その瞬間、アンネリーゼによる雷撃がヴァレンティナを襲った。


「っ!? !?」


 一瞬にして意識を刈り取られる。カレンは既に戦意喪失状態にあり、残るはアドリアーナだけだ。その彼女にしても吹き飛ばされたダメージは尋常ではなく、気力だけでなんとか立っている状態だ。


「……負けるわけにはーー」


「残念です」


 アンネリーゼはそう切って捨てた。同時に雷撃がアドリアーナを襲う。しかし、さすがに一度見ているからか回避した。


「そんなんじゃ当たらないわよ!」


「わかっていますよ」


 アンネリーゼはその動きを予想して回避先へと回り込み、拳で殴った。


「そん、な……」


 それだけ言い残し、アドリアーナは昏倒した。アンネリーゼはそれを見てひと言。


「あなたみたいな相手とはよく戦っていますから」


 複雑そうな顔をしつつ麗奈を見やるアンネリーゼ。麗奈はその視線を受けて苦笑しつつ、厳かに告げた。


「勝者、アンネリーゼ!」


 こうしてアンネリーゼは正妻の力を正しく見せつけたのだった。




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