正妻の実力(?)
最近、予想以上に忙しく省エネ投稿中です。許してください(涙)
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「ダメですね」
それはある日の昼下がり。食後のティータイムを楽しんでいたときだった。唐突にアンネリーゼがそんなことを言う。何の脈絡もないため、ジンたちはただただ困惑するだけである。
「何がダメなんだ?」
「新しい方たちです」
「カレンたちのことか?」
「はい」
アンネリーゼ曰く、彼女たちにはジンの妻たる心構えがなっていないという(なお、この場に本人たちはいない)。
「具体的にはどういうところなのよ?」
麗奈が続きを促す。それを受けてアンネリーゼはダメなポイントを挙げていった。
「まず、カレンさんはお茶を淹れること以外、家事ができません」
お茶はエルフ上流階級にとって飲料品だが、それ以前に薬である。使用人に任せると着服される恐れがあるため、自分で淹れられるようになっていた。だが、基本的にお姫様なので、炊事洗濯に掃除はすべて使用人任せだ。そのためお茶を淹れること以外はまったくできない。しかし、彼女は『できない』と言うだけマシである。
「ヴァレンティナさんはそれ以上に酷いです」
人形にはなれるものの、ドラゴンの姿でいた方が何かと便利である。そのため、ヴァレンティナには家事の経験がこれっぽっちもなかった。ただ、人間(エルフや獣人、魔族を含む)は『家事』をして生活している、という知識はあった。そしてまた、ドラゴンである自分にできないことはない、というどこから湧いてきたのかわからない自信で家事にチャレンジ。そして……城の厨房を吹き飛ばし、廊下の壁に風穴を開け、一着で一等地に屋敷が建つような服を何枚もダメにした。ジンたちが頭を抱えたのはいうまでもない。
「アドリアーナさんとミレーナさんも、ちょっと……」
獣人族の二人もまた残念な感じだ。料理を任せれば、二人で獲ってきたという生肉がドン、と出された。白い皿やテーブルクロスを、肉から滴る血が紅く染めていたのが実に印象的だった。食欲が失せたのはいうまでもない。掃除は目に見えるゴミを除けるだけで塵や埃を払おうとはせず、洗濯は服をダメにすることこそなかったが、全身泡まみれになった。
四人ともこのような調子であり、アンネリーゼが厳しい評価を下すのも仕方ないかもしれない。とはいえ、お嬢様(というか上流階級全員)は生活の面倒を使用人に見てもらうのが普通で、何でもできるアンネリーゼたちが規格外といった方が正しい。
アンネリーゼはお嬢様でありながら家事に興味を持ち、マリオンも手習や礼儀作法がきちんとできるならいいか、と許していた。その結果、淑女でありながら家事もそつなくこなす完璧超人が出来上がったのである。
ユリアは、ライバルであるアンネリーゼが家事を行なってジンの歓心を買っているという情報を掴んだマルレーネが、わずかな期間ながら家事のイロハを叩き込まれた。こちらも立派なスーパーお嬢様である。
麗奈の場合、家庭科の授業などで料理の経験は(一応)あった。腕も悪くはない、といったところか。家電に慣れているため掃除と洗濯には苦労したものの、ジンが家電を魔法で再現したことでそれも解消された(この魔法は便利だということで城全体に広まっている)。
フローラも生粋のお嬢様だったが、才能があったらしく日々腕を上げていた。今ではフランス料理のフルコースをひとりで仕上げてしまうほどだ。掃除と洗濯には苦戦していたが、これも基本と例の魔法で解決している。文明とは偉大だ。
ーーこのようにジンの妻はスーパーお嬢様ばかりであり、一般お嬢様の出る幕はないのである(緑茶係のカレンは別として)。
そしてなお悪いのが、四人に改善させようという姿勢が見られないことである。
「カレンさんとヴァレンティナさんは、そもそもあまりやる気がない様子ですね」
アンネリーゼ曰く、この二人には向上心が見られないという。二人からすれば帝王の妻に必要なのは誰もが羨む美貌であり、家事のような下々の民がやるようなことを自分がする必要はない、と本気で思っていた。
「ミレーナさんはともかく、アドリアーナさんはなぜジン様の許に嫁いできたのか。姉妹揃ってという願いを聞き入れたわけですから、それなりの態度というものがあるでしょうに……」
(麗奈関連以外では)珍しくお怒りな様子のアンネリーゼ。アドリアーナを送り返すべきでは、などという普段の彼女からは考えられない過激な発言も飛び出す。
「さ、さすがにそれは……」
惨いのでは? というジンの意見で強制送還はナシになったが、彼女の怒りは収まらない。どうしてくれようか、とブツブツ呟く。〆るとか色々とヤバいワードが漏れている。そこに意見をする勇者がいた。壁際で気配を消していたルシファーである。
「獣人族は強き者に従うといいます。ここは奥方様が実力をお示しになられては?」
「なるほど。それはいいかもしれませんね」
アンネリーゼはその提案にあっさりと乗っかる。こうして実力を示すための戦いが行われることになった。
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「これは……?」
カレンの困惑した声が、この場にいる新妻たちの心の声を代弁していた。
昼の政務の小休止に、ちょっとしたお菓子が出される。本日のおやつは団子だった。和菓子には決まって緑茶を所望するジン。緑茶係のカレンは給仕のために執務室を訪ねた。そこでアンネリーゼに捕まり、軍の訓練場までドナドナされてきたのだ。他の面子も、経緯は似たようなものである。家事の特訓だとか、適当な理由で呼び出されては連行されていた。
「勝負です!」
ビシッと右手の人差し指を突きつけ、勝負を挑むアンネリーゼ。ちゃんと左手は腰に当てている。
(なんか、台詞が雑魚キャラみたいだ……)
ジンはそんな感想を抱くも、そっと胸の奥にしまった。世の中には、言っていいことといけないことがある。さっきの感想は無論、後者だ。
「これはですねーー」
説明を豪快に省いたアンネリーゼに代わり、彼女を唆した張本人であるルシファーがここに至る事情を説明する。そして、それを聞いた三人は俄然、やる気になった。
「不適格? ……聞き捨てなりませんね」
まず、カレンが噛みつく。ひとりが言えば、ヴァレンティナやアドリアーナも続く。
「どのような批判も甘んじて受けるつもりでしたが、こればかりは聞き捨てなりませんわね」
「上等よ! 受けて立とうじゃない!」
といった具合で、次々と対抗心を剥き出しにする。唯一、ミレーナだけは反論することもなく押し黙っていた。
「減点です」
アンネリーゼはアドリアーナを小突く。汚い言葉遣いはアウト、ということだ。
(……麗奈はどうなるんだ?)
ジンは(アンネリーゼの基準的に)言葉遣いがよろしくない妻(麗奈)の姿を思い浮かべる。しかし、触れない方が幸せなので、ジンは沈黙を守った。断じてチキったわけではない。
さて、ここまで何も言わないミレーナ。ここまで口喧嘩していた三人の注意は、にわかに彼女へ向く。まず話しかけたのは、姉であるアドリアーナ。
「どうしたの、ミレーナ?」
「何か、ショックなことでも?」
「それなら間違いなくこの女のせいね。そうなんでしょ?」
「何ですか、私が悪者のように。そんなはずありません。ですよね?」
(アンネリーゼ。世のなか、事実が必ずしも正しいわけではないんだ……)
達観しているジンだが、もちろん口にはしない。もういいや、と半ば諦めの境地である。最近では、むしろ正論を容赦なく突きつけるアンネリーゼがアンネリーゼだ、みたいに思うようになっていた。末期である。
とにもかくにも、ミレーナにジャッジが任されることとなった。一方は血を分けた双子の姉。他方、夫の正妻。どちらを選んでもしこりが残る、正解のない選択肢だ。ミレーナはそのことに気づき、狼狽した。どちらも嫌だ。選びたくない。こうして彼女に多大なプレッシャーがかかった結果、
「ううっ……」
感情という名の暴れ川を抑えていた堰が切れた。それが雫となって両の目から流れ落ちる。いた仕方ないが、これにより一層、場の混迷度が高まった。
「よくもミレーナを泣かせたわね!」
「原因はそちらでしょう!?」
妹を擁護しようとするアドリアーナと、自らの正しさを信じて疑わないアンネリーゼ。両者の論戦がにわかに熱を帯びる。
「少しは言い方というものがあると思いますが?」
そこへよよよ、とヴァレンティナがわざとらしすぎる泣き真似をしつつ参戦。カオス度が増す。そちらに周囲の注目も集まり、ミレーナは再び蚊帳の外となった。だが、そんな彼女に声をかける人物がいた。ジンである。
「ミレーナ。あまり気負うな。ここでの生活は不慣れなことも多いだろう。だが、気にせず、自分のできることからやっていけばいい」
ジンは少し強めにワシワシ、と頭を撫でる。髪を乱してやろう、などという悪戯心からではない。元気づけよう、という気持ちからだ。
(手、暖かい……)
撫で撫でのスキルはかなり高く、ミレーナはうっとりする。
「にゃぁ……」
思わずそんな声が漏れてしまった。慌てて口を塞ぐ。獣人族はかつて、犬畜生だと他種族からバカにされていた。そのため彼らは動物の真似をすることを嫌っている。例外は、絶対的な主人に対するそれ。こちらは服従のサインとされている。
「ミレーナ?」
「っ!」
姉の声にハッと我に帰ったミレーナ。ぶんぶんとかなりの勢い頭を振り、違うよと否定の意思を示す。動物の真似などしていない。
(でも手、気持ちよかったな……)
名残惜しそうに、ミレーナは自分の頭ーージンの手が置かれていた場所ーーに手を当てた。




