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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
71/95

裁判

 



 ーーーーーー


 ジンは女神への制裁に全力を注いでいたわけだが、その間に仕事を適当にやっていたわけではない。本人が取りかかることはできないが、他人に出来る範囲で指示を出していた。今日はそのなかでも最大の課題ーーエルフ族と獣人族の間にある問題についての裁判が行われる。


 ーータンタン!


 木槌が打ち鳴らされ、乾いた音が廷内に響く。その音は不思議と人々の注意を引いた。


「これより、エルフ族と獣人族の紛争について審理を始める」


 こうして始まった裁判。争われるのはジンが島を支配下に入れる以前に両種族の間にあったエルフ族女性の拉致と性的暴行、および獣人族による恐喝行為についてだ。


 とはいえ、これについては慎重な取り扱いが求められる。そもそも彼らに法律という概念はなく、罪刑法定主義の観点からは獣人族を罪に問うことはできない。また、法律に従えばジンに彼らを裁く権利はないのだ。


 しかし、ここに抜け穴が存在した。ジンの支配に入るまで、裁判は族長の専権事項であった。エルフ族の族長は、自身が持つその権利をジンに移譲したのだ。結果、ジンに裁く大義名分ができた。ジンの作った法にも、他者の裁判権を移譲されても裁けない、というものはない。つまり裁けるわけだ。


 ジンは念のため、獣人族に意思を問うた。両者が合意した上でなら快く裁けるが、そうでなければ実施するかを慎重に検討しなくてはならない。だが、獣人族はこれを受け入れるという。曰く、過去のわだかまりをなくしたい、とのことだ。


 獣人族が従順なのは、ジンの強大さを改めて思い知ったからだ。パーティーに招かれたとき、魔都を見た彼らは度肝を抜かれた。このような大都市を、彼らは見たことがなかったのだ。お上りさんのように、キョロキョロと辺りを物珍しそうに見ていたのはいうまでもない。また、パーティーで出された食事は島のものと同じ『料理』だと信じられないほどに美味。改めて逆らわないようにしよう、と決めた。


 裁判の形式は魔族のそれに従うことになっていた。判決については判例を参考にしつつ、最終的には族長(要するにジン)の裁量に任せられる。ーーとはいえ、この裁判はもはや茶番に過ぎないのだが。


 まず、原告による口頭弁論が行われる。弁護士はいないため、エルフのひとりが獣人族による過去の横暴を列挙していく。彼らによる横暴は今に始まったことではない。長老(自称三百歳)が、彼の曾祖父からエルフの女性が拐われたという話を聞いたという。少なくともそれ以前から被害はあったことがわかる。


「ーー以上です」


 さすがに部族の年長者ほぼ全員から話を聞いただけあって、話は軽く三十分に及んだ。ジンがさすがに長すぎでは? と裁判後に訊ねると、これでも短くなった方だと言う。最初は一時間を軽く超していたそうだ。


 長い口頭弁論を終え、廷内に少し弛緩した空気が流れる。と、ここで裁判官がおもむろに口を開いた。


「原告に訊ねますが、和解の意思はありますか?」


 それは和解勧告であった。民事裁判を判決が出るまでやるのは、ぶっちゃけ面倒だ。刑事裁判は法を犯す行為に対する制裁だが、民事裁判は法に照らしてどちらが正しいかを決めるもの。裁判官も、できるだけ穏便に解決したい。そこで和解が可能ならそうしてもらおう、というのだ。


 この提案に対する原告( エルフたち )の回答は、


「あります」


 というものだった。裁判官は頷き、視線を被告側弁護士(こちらも弁護士役の魔族)へ転じる。


「被告はどうですか?」


「受け入れます」


 被告もまた、裁判官の和解勧告を受け入れた。そんなわけで裁判は閉廷し、和解へ向けた交渉が行われる。場所を移して行われたこの交渉は、拍子抜けするほどすんなりとまとまった。


 ・獣人族はエルフ族に対するこれまでの非人道的行為について謝罪する。


 ・獣人族はこれまで拉致したエルフ族を解放する。ただし、本人が残留を希望した場合は留まってもよい。


 ・獣人族はエルフ族に対する賠償として、金銭を支払う。内容については別紙に記す。


 ・エルフ族はここに定める措置がとられている限り、獣人族のかつての行いに対して批難を行わない。


 ・以上の行為が忠実に履行されているかを監督するため、魔族と人間、ドラゴンの三者から選ばれた三人の委員で構成される委員会を設置する。権限については別紙に記す。


 要点をまとめるとこんな感じになる。内容としては無理もなく、そこそこのものになったとジンも密かに喜んでいた。わざわざ問題を蒸し返すな、という条項を設けたのは蒸し返されて嫌な思いをした経験が元日本人であるジンにあったからだ。だから、その辺りの対策は万全にした。


 また、引き渡しに関しては先述の委員に加え、エルフの代表立ち合いの下で行われる。獣人族の集落へ行き、ひとりひとり意思を確認して希望者は連れ帰るという方法だ。


 とはいえ、急に委員を任命しろと言われてもできない。そこで暫定の委員としてジン(魔族代表)、フローラ(人間代表)、ヴァレンティナ(ドラゴン代表)を任命。さらにエルフの立会人は、そのひとりにカレンを加えた。


 その他の代表と護衛を引き連れ、ジンは獣人族の里へと乗り込んだ。挨拶もそこそこに、引き渡しに移る。時間がかかる方法をとっているのでとにかく時間がないのだ。


「お父様!」


「クラウディア!」


「兄上!」


「おお、エッダ!」


「あなた!」


「ジルダ……」


 代表に肉親がいた者は感動の再会。そうではなくても、同族の姿に安堵している様子だ。そして感動の再会はカレンも同じであった。


「セレーネ!」


「カレン様!?」


 カレンはひとりの女性エルフに駆け寄り、抱きついた。抱きつかれた女性エルフは、戸惑いつつ抱きしめ返す。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」


 抱きついたまま謝罪の言葉を繰り返すカレン。それは普段の大人びた姿はなく、ひとりの少女といった様子だ。これには理由がある。


 エルフ族が直近で組織的に略取されたのは、一年前。その目当てはカレンだった。その美貌ゆえに、エルフが存在を必死になって隠していたカレン。しかし、人の口に戸は立てられず、その噂が獣人族の耳に入った。彼らは大挙してエルフの集落に押しかけ、カレンを差し出すように求めたのだ。カレンは半ば覚悟を決めていたのだが、ここで一計を案じたのが彼女の侍女だったセレーネ。何と彼女は自らをカレンだと偽り、獣人族に引き渡されたのだ。


 セレーネの自己犠牲によって窮地を免れたカレンは、彼女に感謝していた。あのとき、もしセレーネが身代わりになってくれなければ……そんな想像をすると、身体が震える。


 その一方で、他人を犠牲にして安穏とした生活を送っていいのか、という自責の念もあった。それが喉に刺さった魚の小骨のように彼女のなかに小さなしこりを残していたのだ。ジンの許に嫁いで正妻の座を狙っているのも、自身の野望のためなのはもちろん、魔王の権力でセレーネを救うためでもあった。


(セレーネのためなら何でもします。そう、何でも……)


 身体でジンの歓心を買うことも厭わない。かつて、セレーネがそうしてくれたのだから。しかし、そんなことをするまでもなく、ジンはカレンの願いを叶えてしまった。


(アンネリーゼ様の仰る通りの方ですね)


 初日、アンネリーゼは新妻たちに対してジンの素晴らしさを布教していたのだった。正妻の座を狙っているとはいえ、アンネリーゼの不興を買っていいことはない。適当に相槌を打ち、話半分に聞いていた。それでも覚えているのが、ジンがいかに素晴らしい人物かということ。最初はぶっちゃけプロパガンダ(あるいは洗脳)だと思っていたカレンだが、実際に交流するとあの話は嘘ではなかったのだと気づく。カレンはジンの評価を上方修正した。


 その夜。


「お疲れ様でした」


 激務を終えてくつろぐジンに対し、カレンは手ずから淹れたお茶を差し出す。ジンは礼を言ってそれを口に含んだ。そこには一切の躊躇いがない。毒殺などまったく考えていないようだ。


「ん? これは……」


 最初のひと口を飲み込んだところで、ジンは違和感に首をかしげる。別に毒が入っていたとかそういうわけではない。ただ、思っていた味と異なるのだ。淹れる人が違うーーという技術的なものではない。もっと根本的な違いである。


「お口に合いませんでしたか?」


「いや、そんなことはない。苦みのなかにほのかな甘みを感じる。美味いぞ」


「それはよかったです。これは、わたしたちエルフの作る最高級の茶葉なんです。島では【緑の霊薬】として知られているんですよ」


 基本的には薬として使われるが、偉くなると普段の飲み物もこれになる、とジンに説明するカレン。しかしジンはその説明をまったく聞いていなかった。


 彼の頭を支配していたのは驚き。最初は違和感しかなかったが、少し時間が経ったことで味の記憶を思い出す。


(緑茶だ!)


 久しぶりすぎて忘れていたが、その味は間違いなく緑茶だった。転生当初、緑茶を飲みたくて適当な理由をつけ、何の加工もされていない茶葉を入手し、緑茶を作ろうとした。だが、その試みはあえなく失敗。以来、大人しく紅茶を飲んでいた。だが、ここにきて完成品の登場。これは麗奈へのいいお土産になるぞ、とジンは思わず頬を緩めた。


「これは、少し持って帰れないか?」


 ジンとしては、それを訊かずにいられない。この世界において、薬はとても高価で貴重だ。はいそうですか、と容易く許可されるわけがない。いざとなれば魔王としての権力をフル活用して、何としても持ち帰るつもりだった。


「いいですよ」


 ところが、その予想に反してあっさりと許可が出た。カレン曰く、元々献上品として用意していたとのこと。ジンにしてみれば嬉しい誤算だ。


 こうしてジンは緑茶をゲットした。上機嫌になった彼は、翌日の面倒な仕事を昨日の倍くらいのスピードでこなし、周囲を驚かせる。


 ジンと反対に浮かないのはカレンだった。セレーネには謝罪を受け入れてもらい、昔のように仕えてくれることになっていた。それはいいが、ジンに嫁いだ最大の目的が達成された今、自分は何をすればいいのかーーそれがわからなくなったのだ。


(どうすれば……)


 カレンの苦悩が始まった。




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