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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
70/95

要らねえ

 



 ーーーーーー


「カレン・ベルモンドでございます」


「シルヴァーノの娘、ヴァレンティナですわ」


「アドリアーナよ」


「……ミレーナ、です」


 四者四様の挨拶を披露してくれる。カレンとヴァレンティナは艶っぽく微笑み、本心は窺い知れない。一方でアドリアーナは敵意剥き出し、反対にミレーナは恐れ(単に人見知りなだけかもしれないが)を抱いているようだ。


「魔王様の支配に服する証として、娘を娶っていただきたく」


「親バカかもしれませんが、娘は一番の器量よし。同族から是非嫁にとの声も大きいのですが、魔王様に差し出したく」


「オレも嫁にとミレーナを選んだんだがーー」


「お父さん! アタシが嫁に行くからミレーナは別の人にーー」


「……お姉ちゃんと一緒がいい」


「ーーってな具合でまとまらなくてな。魔王様に決めてもらおうと思ったわけさ」


 要は娘を嫁がせて覚えをめでたくしたいというわけだ。彼らは新参者であり、その地位は低い。だから最低限の保障は取りつけておきたいのだ。ジンからすれば要らぬ心配である。そんなことで差別する気はないのだが、なかなか理解してもらえないのだった。


 とりあえず、ジンは隣のアンネリーゼに視線を向ける。夫婦間で成立するアイコンタクトで激論が交わされる。


(娶らなければダメか?)


(仕方ありません。今後の統治には彼らの協力は不可欠ですから)


(マジで?)


(マジです)


 取りつく島もなかった。しかしジンには秘策がある。


(増えれば、夜の回数が減るぞ?)


 ビクッとアンネリーゼの肩が跳ねる。ここが弱点らしい。妻たち(麗奈を除く)は言い方は悪いが、ジンに対する忠誠の証ーーつまり人質だ。現在では、牢屋に監禁されて不遇な生活を送っているイメージだが、そんなことはない。むしろ大切にしないと、相手との関係を悪くしてしまう可能性がある。だからジンは大事にしていますよ、というアピールのため夜の回数はローテーションで平等だ。そのため数が増えれば必然的に回数は減る。それでいいのか、とジンはアンネリーゼに翻意を促した。


(……………………………………………………………………仕方、ありません……っ!)


 長い躊躇いの後、不本意であるという様子を隠さずに、しかし従来の姿勢を堅持した。実に大人な対応である。


 結局、新たな妻を娶ることは決定事項となってしまう。仕方ないので、嫁は増やすという前提に立って削減を目論む。第一に、この場にいる全員を娶らなければならないのか。島を代表して誰かひとりが嫁げばいいのではないか。そこを話し合うように提案したのだが、


「「「それはできません」」」


 とノータイムで断られた。裏切られる恐れがあるからだという。ジンとしても、その可能性を考えなければならない三人の立場は同じ為政者として理解できるため、断られたからといって責めはしなかった。この提案も、ダメ元だ。


 ならば次、と提案したのが獣人族から嫁いでくる娘をアドリアーナとミレーナのどちらかに絞るというものだ。こちらが本命である。ひとりでもいいから削ってやる、というジンの下心は隠した、至極妥当な提案だ。しかし、


「アタシだけでいいのよ!」


「……イヤ。一緒」


 当人たちは正反対の主張をしてまとまりがない。どちらも譲りそうになかった。レオンはそんな娘たちを困ったように見ている。だが、ジンには気なることがひとつあった。レオンを呼び寄せる。そして疑うわけではないが、と前置きしつつ気になっていたことを訊ねた。


「なあ、あの二人ーーいや、アドリアーナは本当にお前の娘か?」


 この疑問は難癖をつけるために出たわけではない。ちゃんとした理由がある。レオンは獅子族ーー詰まるところはネコだ。しかしアドリアーナはイヌのような見た目なのである。ジンとしては疑わざるを得ない。


「やはり、そう思うのか……」


 質問されたレオンは苦笑い。てっきり憤慨したり慌てたりするかと思っていたジンは、意外そうに目を見開く。


「怒らないのか?」


「慣れてるからな」


 レオンの説明によると、二人は間違いなく彼の子ども(それも双子)である。母親が真狼族であり、両親の形質を受け継いだらしい。


「そういうわけか……」


 ジンは姉妹の姿が違うことにようやく合点がいく。しかし、だからといって状況が変わるわけではない。二人を娶るのは色々と大変だ。どうにか減らせないものか、ジンは知恵を絞る。


「他に娘はいないのか?」


 これまたそもそも論。双子は他に誰かまとめて娶ってくれる人に嫁がせ、ジンは他の娘を娶るという考えだ。この際、超絶美少女でなくてもいいから、という提案だったがレオンの表情は渋い。


「他の娘は全員、嫁いでるんだ。二人が最後でな」


「そうか……」


 ジンのテンションが目に見えて下がる。レオンは双子に年の近い娘を離婚させて嫁がせようかと言ったが、却下した。ジンもそこまでしてもらうと申し訳ない。カップルを引き裂くなど論外である。ここで不利益を受忍すべきはジン( とアンネリーゼ )であることは明らかだった。


「……わかった」


 もはや解決策はないことがわかると、ジンは悟りを開いた高僧のように穏やかな表情と声で四人を受け入れることにしたのだった。


 ……というわけで、二日目の祝賀パーティーはジンの結婚記念パーティーという性格を帯びることになった。花嫁たちの準備のため、開始時間が二時間ほど引き延ばされる。それに安堵するジンなのであった。


 ーーーーーー


 目的を少し変えた祝賀パーティーは急な予定変更に戸惑いを隠せなかった。何かあったのだろうかと、噂が色々と囁かれる。それは何も情報がないからで、逆にいえば情報さえ伝われば一気に沈静化するものであった。


 招待客の抱く疑問は、ジンの入場によって氷解する。彼の後ろに並ぶ見慣れない女性たちーーカレン、ヴァレンティナ、アドリアーナ、ミレーナーーの姿を見てだ。


 それを見れば一発だが、念のためにジンは出席者へ向けてアナウンスする。


「あー、今回、余の妻に新たなメンバーが加わることになった。まず、エルフ族のカレン」


 紹介されると、カレンは一歩前に出て礼をする。その優雅な立ち居振る舞いからは育ちのよさが窺えた。ただ、これだけの群衆を前に話すのは恥ずかしいのか、エルフの特徴である笹穂耳がピクピクと動いていた。


「次に竜族のヴァレンティナ」


 ヴァレンティナもカレンに倣って見事なお辞儀を披露する。顔を上げたときに胸部の分厚い装甲がブルン、と揺れた。その光景に会場の男たちの目が釘づけとなる。パートナーからキツイ一撃を食らう男性多数。


「獣人族のアドリアーナとミレーナだ。二人は双子の姉妹だそうだ」


 二人は揃って前に出て頭を下げる。アドリアーナは嫌そうに礼儀も何もない適当なお辞儀。ミレーナは緊張のあまりパニックとなって、やはり礼の所作は美しくない。当然ながら、そのことに出席者たちから不満が出る。


(何あの無作法な娘)


(あんなのより私の方が……)


(大体、犬と猫にしか見えないのにあれで双子なの?)


 などなど。特に女性陣の内心がヤバい。ジンもある程度は仕方ない、と目くじらを立てるようなことはしなかった。姉妹には必要に応じてフォローを入れるつもりだ。


 パーティーでは二日目に招待された地域の有力者の挨拶を受けつつ、合間を縫って新たな妻たちと交流を深めていく。


 ジンとしては、妻である以上はーー正妻のアンネリーゼは別格としてーー平等に扱うつもりであった。しかし妻を統制するアンネリーゼの考えは異なり、妻でも序列は必要だと密かに格付けを行なっていた。


 一位、アンネリーゼ


 二位、ユリア


 三位、フローラ


 四位、麗奈


 という順である(レナは妻という扱いではない)。ここにカレンたちが入ってきたため、


 五位、カレン


 六位、アドリアーナ、ミレーナ


 七位、ヴァレンティナ


 になった。順位は妻になった順番、帰順のタイミング、出身集団における地位で決まる。話す順番も大体、この通りだ。事前にアンネリーゼから伝えられていた四人は、色々と思うところはあるもののこれを守っていた。守らなければどうなるかーーアンネリーゼのヤバい雰囲気から何となく察する。加えて、麗奈があることないこと吹き込んだのだ。


 エルフのカレンは、アンネリーゼに近いお嬢様気質の持ち主だ。見目麗しい姫として、種族全員から大切に育てられていた。種族的な特性によって胸は残念だが、整った顔立ちにきめ細やかな肌、細くしなやかな脚と、美しい美少女だ。ライトグリーンの髪もよく手入れされている。


「いやー、お美しい方ですな」


「所作も美しい」


「魔王様の奥方に相応しいお方です」


「うふふ。ありがとうございます」


 賞賛の声を微笑みながら受け流すカレン。特に照れた様子もなく、当然といった感じだった。事実、そのような賞賛には慣れている。


(この調子で正妻の座を射止め、わたくしたちの地位を向上させるのです)


 カレンは美貌はもちろん、勉学や戦闘能力についても群を抜いていた。種族一の才媛と名高い。その自信が、彼女を野心家にしていたのだった。


 真狼族である母親の特徴を色濃く受け継いだアドリアーナは、父親レオンの特徴をまったくといっていいほど受け継いでいなかった。ミレーナとは双子であるためほぼ間違いなくレオンの娘なのだが、常に劣等感を抱えている。それが転じて攻撃的な性格になっていた。また、ツルペタであることも劣等感を刺激する。双子の姉妹なのになぜーーと。


 一方、獅子族である父親の血を色濃く受け継いだミレーナは、アドリアーナほどの大きな劣等感は持っていない。しかしながら、彼女は他人の気持ちに敏感で、親の注目を集めようとする姉の考えを察して目立たないようにしているうちに、それになれて引っ込み思案な(あるいは臆病な)性格になってしまった。そんな彼女の密かな自慢は、姉よりも胸が大きいことである。


「あら、可愛らしい」


「本当ね」


「魔王様のお側に仕えることができて、羨ましいわ」


 そんな二人は出席者たちの悪意に晒されていた。言葉だけを見れば褒めているようだが、話すときの視線は完全に見下している。ご丁寧にも少し胸を逸らして、オホホホ……と笑うのだ。


「ど、どうもありがとう」


 アドリアーナは逸る心を抑え込み、額に青筋を浮かべつつ、必死に笑顔を作っていた。ミレーナは露骨な悪意を敏感に察知し、姉の影に隠れている。


(コイツら、絶対に見返してやるわ)


 胸の奥で決意するアドリアーナ。その影でミレーナは、ひたすら悪意の嵐が過ぎ去るのを待っていた。なかなか前途多難なパーティーだった。


 ジンの妻として相応しくない、という不名誉な烙印を押された獣人族の姉妹に対して、あっさりと認められたのがヴァレンティナだった。


 ジンと最後まで敵対した聖竜シルヴァーノの娘、ヴァレンティナ。ぶっちゃけ、その場で袋叩きにされてもおかしくないような存在だ。余裕の笑みを浮かべつつも内心では戦々恐々としていたのだが、予想に反して魔族は好意的だった。まあ、ジンが偉くなったというお祭り騒ぎに敵愾心が埋没しただけなのだが。


 パーティーに集まった男たちは、ヴァレンティナの容姿に釘づけだ。父親譲りの白銀の髪に豊満なバスト、括れた腰、肉感たっぷりの臀部、ムチムチの脚ーー男の理想を詰め込んだような体つきが、彼女の人気を爆発させた。


「魔王様が羨ましいですぞ」


 面識のある有力者がこのこの、といわんばかりにジンを羨む。幼女をこよなく愛する紳士でもなければ、男として求める理想の女性であろう。その気持ちはジンもわかるので、柄にもなく少し得意になった。


「ヴァレンティナ様、とてもお美しいですわ」


「どうすればそのようなご立派なものになるのかしら?」


「この括れ、羨ましいわぁ」


 ヴァレンティナは女性にも大人気。ここまで完璧だと妬むとかそういう感情を超越して、純粋に賞賛するようである。一般人が、ゴッホやフェルメールの作品にケチをつけないのと同じような気持ちだ。


(これならなんとかなりそうですわね)


 と、彼女は人知れずホッと胸を撫で下ろすのだった。


 ーーーーーー


 四人との結婚は必ずしも祝福されたわけではなかった。ジンの前ではおめでとう、と祝っているのだが、影ではなぜ彼女たちが……と言われていることがマルレーネたち諜報部隊の報告でわかった。だからといって何か罰を加えるわけではないが。


 このように連日のパーティーは若干の問題はあったものの、概ね成功に終わった。


 そして現在、パーティーから一夜が明けてジンは頭を抱えていた。それは、大量の贈り物である。各地域の特産品ならばまだいいのだが、圧倒的に多いのはベビー用品だった。


「なぜベビー用品?」


「そ、そういうことではないでしょうか?」


 ジンの横でアンネリーゼがもじもじしている。もちろんその意図は、ジンに子どもができればどうぞ使ってください、というものだ。魔族であればアンネリーゼやユリア、人間からならフローラ。そろそろ子どもを、と言われてもおかしくない。その期待が贈り物に現れた形となった。


「今のところ要らないんだよなぁ……」


 とはいうものの、送り返すわけにもいかない。それはとても失礼なことだ。さてどこにしまったものかとジンが思案していると、


 ーーチョンチョン


 服の袖が摘まれる。犯人はアンネリーゼ。


「あ、あの……」


 何かを言いかけ、すぐに顔を赤くして目を背ける。彼女が何を考えているのか、この状況でわからないほどジンは鈍感ではない。


「そういえば、ご褒美もまだだったな」


 わざとらしく言うと、アンネリーゼは顔を輝かせる。


「ありがとうございます!」


「はて、何のことかな」


 ジンは惚けつつ、寝室へと歩いていく。翌朝まで、その扉が開かれることはなかった……。




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