ほらね
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今日から、ジンの帰還と陞神を祝うパーティーが開かれる。そう、今日「から」だ。
ジンがアンネリーゼに企画の一切を任せたパーティー。彼女は『祝賀パーティーをやると言ってきたどこの誰よりも豪華なものに』というジンの注文を素直に受け取り、その通り計画を立案した。
初日。この日はメインとなる大物(VIP)と比較的距離が近い有力者を招待している。
二日目は引き続き大物と遠方の有力者が招待されている。なお、初日に参加した距離の近い有力者たちは参加できない。そこが大物との差別化ポイントだ。
形式は立食パーティー。料理を摘みつつ、あちこち自由に動いて会話を楽しむ。提供される料理は、各地から取り寄せた最高級の食材を、これまた各地から呼び寄せた最高の料理人が調理する。余興として、各地から有名な楽団を呼んでBGMを流してもらう。
これが二日日続くのだ。出来上がった計画を見たジンは、想像を絶するハードスケジュールに頰を引き攣らせた。ジンも『どこの誰よりも豪華に』と言った手前、徹夜くらいは覚悟していた。だが、いざ提出された計画ではそれを上回る二日。申し訳程度に休憩時間は設定されているものの、たったの三時間でしかない。
アンネリーゼがジンの出世(?)に喜んで暴走した結果だ。もちろん彼女は、計画書を見てジンの表情が変化したことに気づいている。
「ダメでしょうか……?」
と、不安そうに訊ねる。そのとき、上目遣いに涙目というコンボを決めていた。これに抗える男はホモか不能である。
「そんなわけないだろう」
ジンはすぐさまフォローした。素晴らしい。さすがはアンネリーゼ、とひたすらよいしょする。
実際、アンネリーゼの計画は凄い。パーティーに呼ばれる料理人も楽団も、なかなか招待できないことで有名なのだ。食材も山海の珍味が揃い、こちらも期日までに確保できるかどうかわからないものばかりだ。それを理解しているから、ジンは計画を褒めに褒めた。
その作戦は奏功し、アンネリーゼは嬉しそうに微笑む。嫁の可愛さに、ジンが改めて悶絶したことはいうまでもない。
「大変だったんじゃないか?」
「そんなことはございません。すべてはジン様の徳の高さゆえのことです」
彼女の言う通り、ジンの政治は多くの人々に支持されていた。特に芸能などの娯楽は世の中が平和でなければできない。それをもたらしてくれたジンに芸能関係者は感謝し、求められれば地の果てからでも馳せ参じると息巻いていたのだ。アンネリーゼはその報恩の心を利用して、日程をねじ込んだのである。
「お疲れ様」
ジンは自分のために努力してくれた愛妻を慈しむ。その気持ちに当てられ、アンネリーゼは思わず相好を崩す。後日、たっぷりとご褒美が与えられたことは言うまでもない。
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「はぁ……」
アンネリーゼの計画をなんだかんだで承認したジンであったが、納得したわけではない。なのでいざパーティーが始まろうとすると、途端に憂鬱になった。だが気乗りがしなくても、時間は過ぎていく。それは神になっても変わらなかった。
「魔王様。招待客が会場に揃いました」
やがて使用人が呼びにやってくる。ジンは密かに大きなため息を吐いた。ついにこのときが来た。来てしまった……と。
「よし、行くか」
ジンは殊更元気に振る舞う。主役のやる気がなければ盛り上がるものも盛り上がらない。
会場に到着すると、ジンは万雷の拍手で出迎えられた。大袈裟だ、とジンは苦笑する。事前に打ち合わせしていた通りに会場最奥部、他よりも少し高くなっている場所に立つ。それを待って、司会が口を開く。
「それではこれより、魔王ジン様の宿願達成、および陞神の祝賀パーティーを開催いたしま〜す!」
司会の淫魔種の少女がアニメ声で進行していく。まあこの辺りは聞き流せばいいか、とジンが思っていたときだった。
「では最初に、魔王様よりお言葉をいただきま〜す!」
(は?)
咄嗟に出た魔王らしからぬ間抜けな声は、瞬時に発動した魔王モードがインターセプトした。事前に渡されていた台本ではジンのお言葉はなく、司会が勝手に進めてくれるはずだったのだ。打ち合わせにない行動に、ジンは虚を突かれた。しかし久しぶりの魔王モードが、アドリブにも見事に対応する。
「皆、よく集まってくれた。このように祝ってくれることを、余は嬉しく思うーー」
魔王モードはその場で考えて話す即興のスピーチにもかかわらず、喋っているジン本人もまあよく喋れるなぁ、と感心するほどペラペラと話す。その大半は祝ってくれてありがとう、という内容だが、絶妙なタイミングでジョークを入れるなどの工夫を凝らして聴衆を飽きさせない。校長先生のただ長ったらしいスピーチではなかった。
終わったときには再度、万雷の拍手を送られる。それは儀礼的なものではなく、本当に感動した様子だ。
男の招待客の目がキラキラと輝いている。それは、ジンに対する崇敬の念から出た行動だった。期せずしてそのカリスマ性が高まったわけである。
一方、女性の招待客ーー特にご令嬢の視線が熱い。頰も赤く染まっている。完全に惚れていた。魔王様、抱いてくださいと言い出しかねなかった。
数十、下手したら百人規模のハーレムが構築されかねない勢いだったが、
ーーギラリ
と、ジンの背後にいたアンネリーゼから鋭い視線が飛ぶ。お前らごときがジン様の寵愛を受けられると思うなよ(副音声、これ以上増えたらますますジン様のご寵愛が受けられなくなるじゃない!)と。
ジンの妻たちは政略結婚で結ばれたが、今はそちらよりも恋愛の比率が高い。この場に招かれているのは有力者たちとはいえ、魔族の種族カーストトップである吸血種と淫魔種、人間の王族、勇者(麗奈)と要点は抑えている。これに勝る者はいなかった。
ご令嬢たちはジンに対する情欲はもちろんあるが、やはりジンの妻になっていい暮らしをしたい、身内にいい思いをさせたいという打算がかなりを占めている。アンネリーゼはそんな下心を看破した上で牽制したのだ。
女の子がしてはいけない顔をしていたアンネリーゼだが、ジンが振り返ったときには澄まし顔に戻っている。だからそんなことがあったとは露知らず、ジンは軽く礼をして聴衆に対する謝意を示す。再び拍手が送られた。
このように始まったパーティーは、本当に翌日まで続いた。ジンは誰か根を上げるだろうから、それに配慮したという体でほどほどに切り上げさせるつもりだった。しかし現実には退席者はひとりもおらず、元気に朝までパーティーを続けたのだ。
(こ、この体力バカどもめ……)
心のなかで恨み言を吐くジン。だがこれには理由があった。人間、生きていれば色々と不満がある。有力者ともなれば、人々の陳情が集約されるのだ。それが自分たちだけで処理できればいいのだが、手に負えない案件も出てくる。そういうときは上位者であるジンに要望するのだ。しかし、彼はこの世界の絶対的支配者であり、何かと多忙である、面談しようとすると、数ヶ月や一年待ちは普通だった。そこでこのパーティーにかこつけて、それを持ち込もうというのだ。
さらに、こういうパーティーは婚活の場という側面を持つ。蝶よ花よと育てた自慢の娘を連れてきて、出席者に見せびらかすのである。個別に売り込む場合はあまり大それた相手は狙えないが、パーティーならば何かの拍子に偉い人の目に留まるかもしれない。今回なら、狙い目はジン。マリオンでもいい。
欲望というものは人を強化する。もやしな貴族たちも、このときばかりはチャンスを逃してたまるか、とガッツを発揮。一日ぶっ通しの宴会を乗り切ったのである。成果が出たかは……人それぞれと言っておこう。
「……疲れた」
私室に戻ったジンはおもむろに椅子に座り、両肘を左右の膝に置くと開口一番、そう呟いた。同時に深い深いため息を吐く。ようやく休めるが、たったの三時間しかないことを思い出して憂鬱になったのだ。オマケでもう一回、ため息が出る。完全に燃え尽きていた。
「お疲れ様です……」
横にはアンネリーゼがいる。彼女もまた、疲れ果てていた。ドレスへのダメージなどお構いなしにベッドに倒れ込む。彼女の方がジンよりも重症だ。完全な後衛職で、体力は皆無に等しい。さらに人前ゆえに常に気を張らねばならず、その分の精神的疲労もあった。
(こ、こんなにキツイなんて……! 考えた人は絶対バカーーって、私でしたぁ)
過去の自分を全力で公開するアンネリーゼ。とりあえず、二度とこんなことはしないと心に誓う。
「「……」」
ユリアとフローラはもはや生ける屍と化していた。二人もドレスに対する配慮などする余裕もなくベッドへダイブ。ひと言も発さない、というより、その気力がなかった。
「ご主人様、奥様方、大丈夫かの……?」
メイドとしてジンの世話と警護をしているルシファーたち天使は、主人の姿を見て困惑する。ジンの世話係としてパーティーではずっと付き従っていた彼女たちだが、ジンの配慮によってローテーションを組み休憩をとっていた。だから体力には余裕がある。
「とりあえず水じゃ。ミカエル!」
「わかりました!」
ルシファーの指示で、天使のなかで一番足の速いミカエルが飛び出していく。
「他の三人は奥方様たちの衣装を脱がすのじゃ」
「「「はい!」」」
次いで残りのメンバーにも指示。ドレスの被害が拡大しないように脱がせていく。たかがドレスと思うなかれ。アンネリーゼたちのドレスはどれも最高級品。一着で一等地に豪邸が立つほどの価値がある。
指示を出し終えたルシファーは部屋の外で待機。万が一にも闖入者を出さないためだ。ジンはアンネリーゼたちの夫であり、下着姿はおろかそれ以上のものだって見たことがある。だから問題にしていなかった。
熾天使五人はこのようにルシファーを頂点に活動してきた。その期間は少なくとも一万年。その連携は見事という他なく、城勤めの使用人たちからもーー多少の嫉妬はあれどーー認められていた。また同時に、彼女たちのような優秀な人材を見出したジンの株も上がっている。人を見る目は確かだ、と。
「はぁ、だらしないわね」
疲労困憊のジンたちを呆れた目で見ているのは麗奈だ。彼女は純粋にパーティーを満喫できた。何せ、誰も用事はないのだから。人間からすれば、パイプ役はフローラで十分。魔族にとっては、勇者である麗奈は憎き敵だ。ジンの妻だからなんとかなっているものの、そうでなければ殺されていただろう。
麗奈はお気楽なもので、美味しい料理をたらふく食べていればいいだけだ。たまに悪意を持った者がジンの落ち度を探そうと彼女に話しかけていた。政治的な配慮などアウトオブ眼中な彼女は訊かれたことを何でも答えようとするが、不用意な発言が飛び出す前に他の面子がインターセプトしていた。
このように、疲労の原因は麗奈にもあるのだ。そんな相手が自分たちに侮蔑の視線を向けてくるーー我慢できるはずがない。唯一、行動できるだけの元気が残っているアンネリーゼがゆらりと立ち上がり、
「誰のせいだと思っているんですか!」
キレた。疲労の原因の何割かはお前だろう、とアンネリーゼは文句を言う。が、政治的な配慮など何それ美味しいの? 状態の麗奈はなぜ自分が非難されるのかわからない。
「はぁ? もやしなことを他人のせいにしないでよね!」
と、言い返した。そのままギャース、ギャースと論争が発生。ここに第○○○回(数えるのは諦めた)アンネリーゼ・麗奈戦争が勃発した。両者の関係性は中東情勢よりも悪かった。
ーーーーーー
アンネリーゼと麗奈の喧嘩は、決着がつくことはなく休戦となった。というのも、ルシファーが来客を告げたからだ。城のことはマリオンやアンネリーゼに任せているジン。だからアンネリーゼに伝えられ、彼女が会う必要があると判断したのだ。
(俺の休憩時間が……)
もちろん、心のなかでジンが血の涙を流していたことは言うまでもない。だがそんな胸中はお構いなしに話は進む。進めているのはもちろん魔王モードである。久しぶりの大活躍だ。
「それで、誰が訊ねてきたのだ?」
「島のエルフ、獣人族、ドラゴンです」
「彼らか……」
そういえば招待状を送っていたな、と過去の記憶が蘇る。彼らは遠隔地にいるため二日目に招待されていた。到着しているのは理解できるが、会う必要があるのか? という疑問は残る。だがアンネリーゼに問答無用で会うように言われればそうするしかない。
謁見は三十分後に行われた。アンネリーゼの支度に時間が必要だったからだ。ジンはタイを締め直せばよかったが、アンネリーゼはドレスを完全に脱いでおり、改めて着直す必要があったのだ。
準備を終えて部屋に入ると、エルフの里長、獣人族の族長であるレオン、見慣れない白髪の渋い男ーーそして四人の少女が待っていた。ジンの本能が警鐘を鳴らす。
(何か知らないが、これはまずいぞ!)
密かに焦るジン。この先の展開は予想がついていた。
「「お久しぶりです、魔王様」」
と、エルフの里長、レオンは顔見知り的な挨拶をした。そして、
「この姿ではお初にお目にかかる。聖竜シルヴァーノだ」
「そうか」
ジン(魔王モード)はサラッと流す。しかし素のジンは驚いていた。人型になれるのか、と。なお、四人の少女については何も触れられなかった。どうやらこの後の話で紹介するようだ。
「それで、今日はどのような要件だ?」
「「「娘を娶っていただきたく」」」
(ほらね)
と、内心でジンはドヤ顔をしていた。




