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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
68/95

魔王の帰還

 



 ーーーーーー


「さらばじゃ!」


 最高神のそんな言葉とともに、ジンたちは元の世界へと送還された。転送には若干のタイムラグがあり、その間に別れを惜しむ。


「さようならなのね」


「さようならさようなら」


「また会うんだから」


 妖精たちはその小さな身体を目一杯使ってバイバイをしてくれる。ジンたちも手を振りつつ、必ずまた会いに来ようと思っていた。


 その横では、最高神がディオーネに声をかける。


「ディオーネよ、達者での! 一日に一度は帰っておいで!」


(それは頻度高すぎでは……)


 というより、それだとただのお出かけである。個人的な願望が多分に入っている上に、いい歳したジジイが目や鼻から液体を垂れ流しながら言っているのだ。キモいことこの上ない。それはディオーネも同じで、


「じーじ、ウザい」


「ぐふっ!?」


 と、ひと言で最高神を沈黙させている。最高神に懐いているディオーネだが、行き過ぎるとただのウザい爺だ。


 愛する孫の言葉の槍に貫かれ、その場に倒れ伏す最高神。それがジンの目にした最後の光景だった。


 次の瞬間には、ジンの目は見慣れた魔王城を捉えていた。帰ってきたのだ。


「ようやく終わったな……」


「そうね」


 ジンが感慨深く呟く。それに麗奈は同意の声を重ねた。二人にとって、女神をボコることは共通の目的だった。それがようやく果たされたのである。


「ジン様〜!」


 二人が感慨にふけっていると、遠くからそんな声が聞こえた。


「げ……」


 と、露骨に嫌そうな顔をする麗奈。彼女には、この声の主が誰なのか容易に推測がついた。帰還の予定も話さず、先触れも出していない。にもかかわらずほんのわずかなタイムラグでジンの存在を感知する人物ーーアンネリーゼ以外の誰がいるだろうか、いやいない(反語)。


 金色の塊がジンに突っ込む。激突するコンマ〇・〇五秒前に金色の塊から手が伸びる。ジンはそれを見逃さず、手の間に身体を入れ、激突の瞬間に回転するという離れ業でエネルギーを逃す。こうして抱きとめることに成功する。


 あまりに高速だったために常人には識別不可能だったが、こうして速度が落ちたことで金色の塊がアンネリーゼであることが確認できた。


「ジン様!」


 もう一度ジンの名を呼ぶや、そのままキスをする。軽くではなく、とても濃厚に。ジンも拒否せずに応じる。その結果、一分を超える時間、二人は唇を重ねていた。唇を離したとき、二人の間に銀の橋が架かる。それは名残惜しそうに、時間をたっぷりかけて落ちた。


「何してんのよ!」


 さすがにやりすぎと感じた麗奈が割って入る。もちろんアンネリーゼは応戦した。


「何って、再会のキスに決まっているではないですか」


 太陽は東から昇るーーという当たり前の事実を話すかのように、アンネリーゼは答える。


「はあ?」


 理解できない、という様子の麗奈。そんな彼女を放置して、アンネリーゼはジンへと話しかける。


「お会いできずに寂しかったです」


 などと言ってジンに甘える。ちなみに、二人が離れていたのは一日未満。だから麗奈は何を大げさな、とせせら笑っていたのだが、続く発言は看過できなかった。


「ーーですから、今夜はたっぷり愛してくださいね」


「ちょっと待って。今夜は私の番でしょう?」


「約一日、ジン様と一緒にいてまだ独占しようというのですか? 浅ましい」


 絶対に許さん、とアンネリーゼは息巻く。だが麗奈にも言い分はあった。


「たしかに半日ジンと一緒だったけど、ずっと戦ってたのよ? それなのに独占していた、って言われるのはおかしいじゃない!」


 アンネリーゼたちの言う『独占』の言葉の定義は、ジンと二人っきりでイチャイチャすることだ。


 麗奈は己を弁護する。曰く、自分はジンを独占していない。なぜならば、天界では二人きりでいたわけではないから、と。


 異議あり、そんな声が聞こえた(気がした)。アンネリーゼは即座に反論する。裁判長(誰?)、被告人の主張は客観性がありません、と。


 これに麗奈は反駁して、


「証人はいます」


 と、某細胞研究者のように言った。


「どこにいるの?」


 アンネリーゼの当然の反応。それに答えて曰く、


「ここに」


 そう言って、麗奈はこれまで空気と化していたディーや天使たちを指し示す(女神は未だ気絶中)。最初は誰? みたいな顔をしていたアンネリーゼ。だが、麗奈との論戦に勝つことが先決だと思い直し、正体云々はとりあえず脇に置いておくことにした。


「どうなんです?」


 表情はにこやかに訊ねる(ただし目は笑っていない)。その迫力に気圧されつつ、六人はそれぞれ思い思いに答える。


「「「「「知りません」」」」」


 天使たちは知らないと答える。彼女たちがジンと会ったのは(ミカエルやルシファーを除き)、最高神に呼ばれたのが最初だ。先の二人にしても、天界にいたときの二人がどう行動していたのかは知らない。


「ルシファーも?」


「知らぬと言うておるのじゃ」


 首を千切れんばかりに振って、知らないアピールをする。アンネリーゼは嘘は絶対に許しませんよぉ、と真剣な(人によっては恐怖を感じる)目でルシファーの瞳を覗き込んだ。無限に感じられる時間が過ぎ、


「……本当みたいですね」


 という言葉がようやく出ると、ホッと安堵のため息を吐く。それほどの緊張状態を強いられていたのだ。


(まったく、恐ろしい方じゃ……)


 ルシファーは心のなかでやれやれ、と呟く。そんな彼女を見て、他の天使たちは戦慄した。


(ルシファーがここまで恐れるなんて……)


(この女、何者……?)


(ワタシの好みなのだが……少し様子を見よう。びびったわけではないぞ)


(彼を知り己を知れば百戦殆うからず、です)


 熾天使の代表であるルシファーをして緊張を強いられるほどの強者。天使たちはアンネリーゼにも逆らわないようにしようと考えた。熾天使のなかでルシファーは最強。そんなルシファーが敵わない相手には、逆立ちしても勝てないのだ。


 そんな天使たちの考えなど露知らず、アンネリーゼは麗奈との口喧嘩を続けていた。


「ほら、証拠にならないじゃないですか」


「少なくともディオーネちゃんに会ってからは二人っきりじゃなかったってわかるでしょ!」


「それより前はわかりません」


「ぐぬぬぬ……」


「むむむ……」


 正面から睨み合う二人。形勢はアンネリーゼ優位。麗奈は悪魔の証明を迫られている。なお、当事者であるジンは、当事者であるがゆえに証拠能力を失っていた。


 ジンも麗奈と一緒にいたのだから、そんなことはないと言えば済んでしまう。しかし彼はアンネリーゼの夫であると同時に麗奈の夫でもあり、もしかすると麗奈を庇っているかもしれない。だから信憑性は落ちてしまうのだった。


 とはいえ、このまま決着がつくまで待つなどあり得ない。ジンだけならいいが、ここにはディオーネたちもいるのだ。彼女たちを待たせるわけにはいかない。そこで、


「その辺にしておけ。他人の前だぞ」


 と、どちらかに肩入れするのではなくたしなめるという選択をした。麗奈は事情を知っているが、アンネリーゼは何も知らない。だからアンネリーゼは受け入れる。麗奈にしても、決定的な負けを(一時的にせよ)回避できるのだ。妨害する理由はなかった。


「……そうですね」


 アンネリーゼが受け入れたことで、一時休戦となった。


「ではーー」


 城へ行こうか、との言葉は出なかった。ジンに猛烈なプレッシャーがかかったためだ。ついに神となった彼に圧力をかけた者、それはアンネリーゼ。肩を万力のような力で掴んでいる。


「ジン様」


「ど、どうしたアンネリーゼ?」


 笑っているのに笑っていないーーアンネリーゼの後ろにゴゴゴ……という文字を見た気がしたジン。彼女は怖い笑顔のままで、地の底から響くような声で、


「この方々はどういう人ですか?」


 と訊ねた。何もやましいことはないのに、ジンは浮気がバレて妻に問い詰められている夫のような気分になった。なぜかダラダラと流れる冷や汗。それは、アンネリーゼの迫力のせいか。はたまた別の理由があるのか。理由は判然としない。


「か、彼女たちとは天界で知り合った」


「そうなのですか」


 相変わらずな表情でディオーネたちを見るアンネリーゼ。謎のプレッシャーに気圧され、六人はそわそわと落ち着かない。それが何かやましいことがあるかのように見えてしまう。アンネリーゼの笑みが深まった。


「ジン様はたしか、女神の打倒に向かわれたはずでしたよね?」


「そうだな」


「それは果たされたのですか?」


「もちろんだ。そこに転がっているだろう」


 女神は誰にも介抱されず、無造作に地面に横たわっている。相変わらずの昏睡状態だった。ジンはちゃんと仕事してきたぞ、という意味を込めて紹介したのだが、アンネリーゼの受け取り方は違った。


「宿願が果たされたこと、おめでとうございます」


 一応、祝辞を述べたものの、


「ですが、なぜそんな相手を連れてきているのです?」


 と、すぐに追及に戻った。今までより声が硬い。出張に出ていた旦那が帰ってくると、七人の美女、美少女、美幼女を連れてきた。ーーアンネリーゼでなくとも確実に怒る事案である。


 自分があたかも女漁りに行っていたかのように思われていると気づき、ジンは慌てて誤解を解こうとする。


「ち、違うぞアンネリーゼ。これは押しつけられたんだ」


 そもそもこんな性格最悪のクソビッチ、連れて帰るつもりはなかったんだ云々ーーアンネリーゼに嫌われたくないため、説明についつい熱が入ってしまう。だが、それがかえってアンネリーゼの疑念を高めることとなった。


「押しつけられたのですか。誰に?」


「神だ」


 ジンはなんとか理解してもらおうと説明するが、そこには近代以前のヨーロッパ人にキリスト教以外の宗教を説明するような、分厚くて高い壁が存在した。


「奥様」


 そこへルシファーが割り込む。ジンが主人となったためか、アンネリーゼの呼称が『奥様』になっている。


「何ですか、ルシファーさん?」


「主の言う通り、神は複数おる。そのなかでも一番偉い神に女神の管理を依頼されたのじゃ」


 第三者的な立場にいるルシファーからの意見。これにはアンネリーゼも耳を傾けざるを得ない。おかげで少し冷静になったようだった。


 ーーーーーー


 場所を移し、今は魔王城の応接間にいる。ここで熾天使の代表であるルシファー、最高神の孫娘であるディオーネが天界での事情を説明していた。


 曰く、ジンは女神のミスによってこの世界に転移してきたこと。


 曰く、ジンの卓越した魔法の才能、そして神力を操れるのは最高神が与えた能力であること。


 曰く、女神の不手際を償うため、その身柄をジンに託すこと。


 曰く、ジンの能力は既に地上に住まう種族ではありえないレベルであり、事情に鑑みて世界の管理を行う神とすること。


 曰く、神としての仕事ができるよう、ルシファー以下の熾天使五体を遣わすこと。


「そうだったのですか……」


 幸い、アンネリーゼの誤解は解けたようだった。自らの過ちを認め、謝罪する。ジンは特に責めることはなく許した。仕方ない、というのがジンの結論だった。もし立場が逆ならば、ジンもまた厳しく追及しただろうからだ。


 その横では、麗奈が私にも謝罪をしろとばかりにアンネリーゼを見ている。が、肝心のアンネリーゼは無視していた。意地でも謝らない、という心の声が聞こえてくるようだ。それは麗奈にもよく伝わり、憤慨させた。


「ちょ、ジンに謝って私に謝らないって何よそれ!」


 プンスカ、と抗議して謝罪を求める。だがアンネリーゼは、


「なぜ謝らないといけないのですか?」


 と他人事のような反応を示した。そこに後ろめたさなどは一切感じられない。


「なっ……!?」


 麗奈は絶句した。彼女からすれば、謝罪の言葉はあって然るべき。しかし悲しいかな、アンネリーゼにはそんな考えなどなかった。


「あなたの疑惑は無実だと証明されてないではないですか。何か文句でも?」


「大ありよ!」


 こんこんと現代法理を説く麗奈。「推定無罪の原則」という言葉が中心となっている。疑わしきは罰せず、あるいは被告人の利益に、ともいわれる原則で、犯罪を犯したと証明されない限り罪には問えない、というものだ。


 今回の場合、ジンとイチャイチャしていたという疑いをかけられ、麗奈はその嫌疑を晴らせていない。しかしイチャイチャしていたと証明されてもいないのだ。だから無実なんだと訴える麗奈だが、アンネリーゼにそんな理屈は通用しない。疑わしきは罰せよ、それがこの世界での法理だった。


 結局、論争はアンネリーゼの勝利に終わり、憐れ麗奈の夜の権利は没シュートとなった。当然、麗奈は猛烈に抗議した。しかし、アンネリーゼもなかなか強かである。麗奈から獲得(強奪?)した権利を、ユリアやフローラと共有することにしたのである。これで二人を味方につけ、麗奈は引き下がらざるを得なかった。こちらの駆け引きもまた、アンネリーゼの勝利である。


 ジンはまたマリオンやマルレーネといった魔族の主要な幹部を呼び、事の次第を説明する。神になった云々の話をすると、


「おお……」


 と感動したマリオンが拝み始めた。ジンは苦笑して、止めるように言う。自分はそんなに立派な人物ではない、というのが表向きの理由だが、本音は気恥ずかしいというものだ。魔王として注目されることには魔王モードなしでも慣れてきたが、崇められるというのはまた少し違う。


 一方のマルレーネは拝むという奇行には出なかったが、こちらは相変わらず抱いてアピールをしてくる。もちろんいつものごとく丁重にお断りした。ジンは妻一筋(?)なのだ。


 ジョルジュにもフローラ経由で報告。この通知方法からわかるように、ジンは神になったことをあまり重大事としては捉えていない。しかし普通の人間からすれば神になるなどただ事ではなく、聖女イライアから裏づけをとって事実と知るや、祝いの使者を送っている。さらに王都での盛大なパーティーを開くなどと言い出すに及び、ジンは事の重大性を認識した。


(ここまで大げさな反応をされればさすがに気づくわ)


「それで、どうなさるおつもりですか?」


 アンネリーゼの言葉に、ジンの思考は現実世界に帰還する。やや詰問口調なのは、ジンが各方面から提案された祝賀パーティーを、片っ端からぶっ潰しているためだ。


 曰く、王者の祝事であるから何らかの行事は行わなければならない。しかしジンにはその意思がないように見える。どうするの? ということらしい。


 ジン、言葉に詰まる。面倒だと思いつつ対応を考えるが、まったく思い浮かばない。あまりにノープランすぎて、


「……どうしてもやらなきゃダメか?」


 なんて情けない言葉が出る。


「当然です」


 のひと言で一刀両断された。ジンは考える人になる。


(魔王面倒くさい。辞めたい……)


 内心でそんな弱気な発言が出るほどに、ジンは参っていた。


 魔王を辞めるのは簡単だ。しかし、それではせっかく訪れた平和は崩壊する。魔族と人間はもちろん、魔族同士の確執も再燃することは間違いない。ジンにそんな無責任なことはできなかった。


(……仕方ない)


 ジンはため息をひとつ吐き、


「やるぞ、祝賀パーティー」


 こうなればヤケクソ。連絡がつく地域すべての有力者たちを集め、魔王城で盛大なパーティーをやってやるーーそうジンは言い切る。


「いいか。これまで祝賀パーティーをやると言ってきたどこの誰よりも豪華なものにするんだ」


 それが唯一の注文。他は好きにやれ、とジンは言う。自由にできるというのはとても楽しいことだ。


「わかりました!」


 アンネリーゼは満面の笑みを浮かべながら部屋を飛び出していく。早速準備にとりかかるのだという。去り際に、


「万事、私にお任せください!」


 と実に頼もしい言葉を残してくれた。それをジンが後悔するのは、さほど遠い未来の話ではない……。




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