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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
64/95

反攻準備

 



 ーーーーーー


 ルシファーは『特訓』という仰々しい言葉を使っていたが、やることは毎日やっている魔力を上手く扱うための訓練と大差なかった。要は、普段やっている訓練が魔力を使うのに対し、こちらは神力(仮)を使うというだけだ。慣れるのは早かった。


「そういえば、なぜアンネリーゼたちもこれ(神力の訓練)を?」


 と、話しながら訓練を続けられる程度には慣れている。ルシファーは少し悩んでから、その質問に答えた。


「この女子おなごたちは、誰もがそなたと深い関係を持っている。その力が分け与えられたんじゃよ」


「なるほど。しかしマリオンなどもそれなりに関係は深いはずだが?」


 操作の要領は魔力と同じなので、マリオンたちも使えるのではないかとジンは考えた。しかし、その答えは否である。


「いや、たしかにかの男もそなたに従ってはおるが、この女子たちのように心服しておるわけではない。心のどこかでは打算があるのじゃよ。もはや性ともいうべきかのう」


「なるほど。だからレナが使えないのか」


 納得した、と頷くジン。レナは打算で動いているのがありありとわかる。彼女はどこまでいってもフローラ第一主義者であり、ジンに従っているのもフローラがそうしているからに過ぎない。彼女がジンに向けるのはどちらかというと悪感情で、それゆえ反攻的な態度をよくとる。力が使えないのはそういうわけだったのだ。


 一方で、フローラが力を使うことができたのは少し意外だった。祖国のために面従腹背していると、心のどこかでは思っていたからだ。神力を使えるか否かは、ジンに心の底から従っているか否かの明白なバロメーターなのである。


「理解した。くれぐれも他の者には漏らさないでくれよ」


 でなければ大騒ぎになるだろうことは、“素”のジンにも理解できた。配下からすれば、指導者にどれだけ従っているのかという度合いを容易に測れるなど恐怖でしかない。


「もちろんじゃ」


 ルシファーもその要請を快諾する。彼女が受けた命令は、あくまでジンのサポートである。魔族の和を乱すことなどまったく考えていなかった。


 さて、この神力を扱う訓練は二グループに分かれている。一方はジンのように訓練が順調に進んでいる者たち。具体的にはジン、アンネリーゼ、ユリアの三名である。もう一方は、苦戦しているグループ。つまり、麗奈とフローラだ。


 上手くできているのは見事に魔族だけだが、魔族の方が神力を上手く扱えるというわけではない。それはルシファーも証言している。では、なぜこのようなことになったのかというと、魔力の扱いに慣れているかどうかの差だった。


 ジンは毎朝欠かさず魔力操作の訓練をしてきた。彼を見習ってアンネリーゼやユリアもやっている。それだけ習熟度が高く、操作する対象が神力に変わっても要領は同じ。神力を認識できればあとは簡単だ。


 対して麗奈はそういう訓練をまったくやっていない。勇者として与えられたポテンシャルに依存し、相手を圧倒的な能力差で叩き潰すというパワープレイだ。この前の特訓も戦闘経験値を稼ぐだけで、魔力操作などの技巧面は磨かれていなかった。


 そしてフローラにいたっては、そもそも魔法を使ったことがない。だから神力の存在を知覚し、それを操る術を身につけるという初心者レベルから始めなければならない。ちなみに麗奈はその一歩先の、上手く神力を操作するという段階であり、レベルの低さが伺えようというものだ(力押しはルシファーに禁止されている)。


「もうっ! どうして上手くいかないのよ!」


「日ごろサボっているからじゃないですか?」


「何よ!」


 訓練が上手くいかず、麗奈は苛立ちを隠せない。そんな彼女をアンネリーゼが揶揄う。悪いか、と吼える麗奈だったが、完全な逆ギレだ。間違いなく、アンネリーゼの言うことが正しい。訓練を怠るから苦労するのである。


 アンネリーゼと麗奈の喧嘩は恒例行事という認識であり、ルシファーも仲裁を諦めて成り行きに任せている状態だ。ほんの数日で諦めさせるのだから、二人の喧嘩も相当なものである。


「こら、二人とも集中しろ」


「はい」「はーい」


 アンネリーゼはきっちり、麗奈は緩く返事をする。またか、と咎めるような視線を送るアンネリーゼだったが、一度注意された手前、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。なので何も言わず、ただ麗奈を睨んでいた。麗奈は知らず存ぜぬとばかりに無視していた。逃げたともいう。アンネリーゼはそんな彼女を憎々しげに睨み続ける。ジンはそんな二人にやれやれ、とため息を吐いた。どうやっても、水と油は混ざらないらしい。


 いがみ合っている二人を他所に、黙々と訓練に打ち込んでいるのがユリアとフローラであった。ユリアは他のメンバーと喧嘩するほど仲が悪いわけではなく、アンネリーゼと麗奈の件については“そういうもの”と割り切っていた。


 フローラは仲の悪いメンバーこそいないものの、二人が仲良くなればいいなと考えて仲裁に入ることが多かった。ただ、今回はあまり積極的でない。何かに夢中になると周りが見えなくなるタイプらしく、神力制御の訓練に熱中するあまり、二人の喧嘩に気づいていないようだった。


「順調か?」


「は、はい。少しずつ、感覚が掴めてきた気がします」


「それは上々だな。だが、あまり根を詰めすぎてもよくない。程々にしておけよ」


「お気遣いありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」


 フローラはおもむろにジンの手を引くと、近くのベンチに誘導した。横に並んで座ると、ジンの肩に頭を預ける。


「ふふっ」


 照れ笑いをするフローラ。ジンはまだ訓練を続けるつもりだったのだが、そんな反応をされると毒気が抜かれてしまう。


「あっ……」


 と、それを見てか声が上がった。ユリアだ。エサを目の前に“待て”をされた犬のように切なそうにしている。すると、フローラがちょいちょいと手招きして、


「反対側なら空いてますよ」


 と言う。すると、ユリアの表情がパアッと輝き、フローラにお礼を言ってから彼女とは逆のところに座る。そして失礼します、と断りを入れてから同じように頭をジンの肩に預けた。


「えへへ」


 と、ユリアは照れと幸せがない交ぜになったように笑う。ジンも、ひとりも二人も変わらないということで特に何も言わなかった。そして、三人でのんびりしつつ訓練に励むアンネリーゼと麗奈を見守る。相変わらず、アンネリーゼは睨んでいた。


「何かあったんでしょうか?」


「いつものやつだ。今は一応収まっているから、あまり気にするな」


「はぁい」


 フローラも気が緩んでいるのか、いつもなら仲裁に入ろうとすることをあっさりとスルーしている。ユリアなど、リラックスを通り越して少しだらしのない表情をしていた。そこにルシファーがやってくる。


「ーーコホン」


「すみません店員オーバーです」


「そういう意味ではないぞ!?」


 ジンの肩を狙っていると思ったか、ユリアはフラットな声で即座に拒否した。ルシファーは誤解だと強く否定する。


「あー、イチャイチャしているところ悪いんじゃが、そろそろ特訓を再開したい」


「わかった」


 ジンは特にごねることなく従った。小休止としてはいい時間が経っている。フローラたちも名残惜しそうではあったが、どこぞの誰かのようにごねることなく素直に従う。


 ルシファーは二人にこれまでの訓練をするように言い、ジンは別メニューだと少し開けた場所に連れ出した。


「それで、今度は何をするんだ?」


「力の制御がかなり様になった。じゃから、次の段階ーー今までの魔法にその力を付与するのじゃ」


「なるほど。神力を付与して、神力による干渉を防ぐわけか」


「理解が早くて助かるの。そういうことじゃ」


 ジンのなかで疑問を解くためのパズルが組み上がった。スケルトンを消滅させた術は、神力を乗せたものだったのだ。それによって魔法が打ち消された。しかし、神力を乗せていればそれは同質のものであり、干渉を受けない。


「だが、難しそうだ」


「そなたは筋がいい。さほど時はかからないじゃろう。まずはやってみるといい」


「わかった」


 ジンは言われた通り、とりあえずやってみた。何度も使ったことから、もはや呼吸も同然にできるスケルトン召喚。そこに神力を混ぜる。発動には、いつもより数倍の時間が必要だった。そうして現れたのは、いつもとは違うスケルトン。


「……騎士?」


 それがジンの感想である。これまでは骨だけの身体に剣や盾を持った簡素な姿だったが、今回召喚されたスケルトンは煌びやかな甲冑をまとい、装飾が施された剣や盾を持っていた。見るからにグレードアップしている。


「ふむ……」


 ルシファーはおもむろに神力を行使した。途端にスケルトンたちは蒸発する。


「ダメじゃな。少し力を込めればこれでは使いものにならぬ。相手はミカエル。妾と同じ熾天使じゃぞ?」


「少なくともルシファーでも打ち消せない術の強度が必要か」


「そうじゃな」


「よし、今度はもう少し神力を込めてみるか」


「うむ。力の制御も鍛えられ、一石二鳥じゃ」


 こうして方針が定まった。しかし、何度やってもルシファーに消されてしまう。ジンも少しずつ神力の量を増やしているのだが、なかなか対抗できなかった。


「う〜む」


 スケルトンを召喚した回数がそろそろ百を越えようかというところで、ジンは遂に頭を抱えた。そんな彼に、ルシファーがまたアドバイスを送る。


「そなたは少し力を抑えすぎではないのか? 先ほどから感じていたが、なまじコントロールが利くだけに、トランプでタワーを立てるような、一周回って難しいことをしておるように思うのじゃ」


「……そうかもしれないな。この力がよくわからないから、少し慎重になっていたかもしれない」


「安心せい。もし力の使いすぎで倒れても、妾が介抱してやろう。それもまた、主の意思じゃからな」


「はははっ。頼むぞ」


「任せよ」


 ルシファーは己の胸を叩く。かなりの強さだが、もしその様子を擬音で表すならポヨン、プルンといった感じだった。胸部の分厚い装甲が衝撃から彼女を守っている。


「ーーよし、やるか」


「思いっきりやるのじゃぞ」


 ルシファーの励ましに、ジンは小さく頷くことで答える。アドバイスに従い、ジンは己が知覚するすべての神力をスケルトン召喚の魔法に注ぎ込んだ。途端に、空間を白く焼いた。召喚主であるジン、監督役のルシファーも目を庇う。それでもなお、瞼の裏には光の存在がしっかりと伝わってきた。


 やがて光が収まり、ジンは結果を確認するために恐る恐る目を開ける。眼前にはスケルトンがいた。そこそこ開けた広場を埋め尽くす大軍である。正面から見ると、一瞬、スケルトンが一体に見えた。だが、角度をつけて見ればズラッと何体も並んでいるのだ。これこそ一糸乱れぬ整列だ、といわんばかりの配置である。


 スケルトンのどれもが白銀の煌びやかな鎧、よく手入れされた武器を持っている。さらに、一部はスケルトン・ホース(骨だけの馬)に乗っていた。いわば騎兵隊だ。こんなことは今までになかった。


 しかし、いくら装備が立派でも神力を利用した攻撃に対抗できないのでは意味がない。その判断役であるルシファーは、珍しいことなのか呆けていた。


「ルシファー?」


「ん? ーーはっ!」


 ジンの呼びかけでようやく正気を取り戻したか、頭を何度か振る。そして困ったような顔をした。


「足りないのか?」


 不安が一気に高まる。もはや試してみるまでもないのかと、ジンは訊ねた。しかしルシファーはゆっくり首を振る。


「違う。逆じゃ。これほどの力が込められた術は、全力の妾でも打ち破れぬよ」


 ルシファーはこれまでのように、対抗術を使う。本当に全力なのだろう。今までよりも発動時の輝きが強い。しかし、スケルトンは消えなかった。


「やはりそうじゃろう?」


 少し得意気なルシファー。ジンは安堵した。


「しかし、凄まじいのう。さすが……様の伴侶といったところか」


「ん? 何か言ったか?」


「いや、何でもないぞ」


 ルシファーの言葉が一部上手く聞きとれず、聞き返したジン。しかし彼女は答えることなくはぐらかした。


「さて、これで要領はわかったじゃろ。これからは他の魔法にも力を付与するとよいぞ」


「ああ」


「さて、妾は突撃バカとお姫様のところへ行くかの」


 ルシファーはわざとらしく声の調子を高くして、強調するように言う。ジンは訝しがりながらも、止める理由は特にないため頷いた。なお、突撃バカとは麗奈のことである。神力をロクに使いこなせないこと、とりあえず剣を持って突撃するのでこの名がついた。


 スケルトンの召喚に成功したことで自信を深めたジンは、その後の訓練もすこぶる好調で、たちまち複数の魔法をモノにした。


 ルシファーはフローラと麗奈の指導にかかりきりだった。その甲斐あってか、フローラは促成栽培のわりに使える強さになった。麗奈は……匙を投げられた。一応、剣に神力をまとわせることはできたのだが、それまでだった。遠距離魔法にまったく進展が見られず、神力を付与するなど夢のまた夢である。


 惨憺たる結果に終わった麗奈に対し、半ば放置されていたアンネリーゼは、ルシファーに免許皆伝を言い渡されたジンの指導を受けてメキメキと力をつけていった。それはやはり放置されていたユリアも同じである。


「進捗はいかがですか、突撃バカさん?」


「バカにしてるわけ?」


「はい」


「……」


 麗奈は何も言えなくなった。真正面から肯定されては言い返す言葉がない。ふふん、とアンネリーゼが勝ち誇ったところでようやく再起動した。


「ふざけないでよ!」


「事実じゃないですか」


 きゃー、この暴力女〜、といわんばかりに大げさに身を竦めつつ、言いたいことをピシャリと言う。その後も二人はギャース、ギャースと煩くやっていた。


 連携というか連帯にいささかどころかかなりの不安を覚えるが、ともかく対抗手段を得た。さらにルシファーという頼もしい仲間もできた。これで再戦の準備は整ったわけである。また、今回は心強い援軍も用意していた。


『ジン様の軍に加われるなど幸せです』


 魔竜ブリトラである。


『キュイキュイ』


「お前もいたな」


 ボクもいるよ、と言いたげに存在をアピールするティアマト。そんなチビ竜の頤を撫でる。すると、気持ちいいのか目を細めて嬉しそうに鳴いた。


 その他、ブリトラ配下のドラゴンが百体。選りすぐりの精鋭を集めている。彼らは島のドラゴンの相手をしてもらうために集めた。


「ティアちゃ〜ん」


『キュ!?』


 アンネリーゼの接近に、慌てて飛び立つティアマト。ジンとの交流を邪魔されたことで、アンネリーゼを恨めしそうに見ている。それだけでなく、キュルルルと威嚇していた。


「ふふふっ」


「……何ですか?」


「いや、何も」


「そんなことはないでしょう」


「何もないわよ。……ふふっ」


「やっぱりあるでしょ」


 と、水掛け論を展開している。ジンたちにとっては太陽が東から昇って西に沈むレベルの日常であった。やはりというべきか、初めて見るドラゴンたちは困惑しているようだった。揶揄われているアンネリーゼにドラゴンの視線が集まる。


「……何ですか?」


 それに気づいたアンネリーゼが、絶対零度の視線を浴びせる。ドラゴンたちは生物としての本能から、すっと目を逸らした。アンネリーゼも特に追求はせず、再び麗奈との論争に戻る。


「二人とも、そろそろ」


 だがそれも、ジンが止めると収まった。これから赴くのはジンさえも撤退に追い込まれた場所。対策は講じたとはいえ、万全とは限らない。不測の事態を常に想定せよ、とはジンの口癖であり、その精神は部下たちによく徹底されていた。


「行くぞ」


「「「はいっ!」」」


 ジンの呼びかけに、アンネリーゼたちが答える。同時にブリトラたちドラゴンも咆哮した。


 神力を混ぜて【転移】の魔法を使う。ルシファーから、島に通常の魔法が発動するのを防止する措置がとられている可能性がある(というよりほぼ間違いなくやっている)とのアドバイスを受けていたからだ。


「相手も接近に気づいておるはずじゃ。気を引き締めるのじゃぞ」


 ルシファーの注意喚起に全員が今一度、襟を正す。そしてジンを先頭に、再び島へと向かった。




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