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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
63/95

光明

 



 ーーーーーー


 島から逃げ出したジンと麗奈。二人は一気に魔界へと飛んだ。サタンのことをすっかり忘れて、慌てて回収に向かったのはご愛嬌。


「無事のお帰り、お喜び申し上げます」


「お疲れ様でした」


「二人とも、ありがとう」


 サタンの回収に向かっている間に連絡を受けたのだろう、揃って出迎えたアンネリーゼとユリアに労いの言葉をかけた。


「転移してお帰りになられましたが、何かトラブルがあったのですか?」


「ああ」


 アンネリーゼの指摘に肯定するジン。そのとき、彼の脳裏に意地悪な選択肢が浮かんだ。手近な椅子に深く腰掛けて足を組み、手を膝に当てて問う。


「いいニュースと悪いニュース、どちらから聞きたい?」


 と。こういう場面で定番といえるセリフだ。ジンも一度はやってみたいと思っていた。それが実現できて万々歳。


 一方、地球でのテンプレをぶつけられたアンネリーゼたちは困惑するしかない。本音は、どっちでもいいから普通に話せばいいのにと思っている。しかし質問自体は平易であり、深く考えずに答える。


「ではいいニュースから」


「いいニュースは、神へとつながる有力な手がかりを発見することができた」


「それは、おめでとうございます」


「どのようなものを発見したのですか?」


「神のところへ行くことができる方法だ。成果は上々だな」


「すごい!」


 ユリアは我が事のような喜びを見せた。そういう反応をされると、ジンとしても得意になる。アンネリーゼも大きなリアクションこそしないが、いつもより笑顔が眩しい。彼女もまた喜んでいるようだった。


「では悪いニュースとは?」


 ユリアがすごいすごいと興奮して話が前に進まないため、比較的冷静なアンネリーゼが続きを促す。ジンは頷き、少し深刻そうにしてから悪いニュースを口にした。


「それは、神の軍勢の突破が難しいことだな」


「「っ!?」」


 その言葉に、二人が息を呑む。だが、それも無理からぬことだろう。なぜなら、ジンは二人が知るなかで最強の存在だからだ。ドラゴンや勇者でさえ、その絶大な力の前には敗れた。そのジンをしても勝てない存在。二人には神という存在が、得体の知れない化け物のように思えてならなかった。


「いやはや、あれは強いな」


 そんな二人の思いを他所に、ジンはカラカラと笑う。神の軍勢に撤退に追い込まれたことを気にしていないように見えた。


「ジン様。その……」


「どうした?」


「いえ、神に撤退を余儀なくされたわけですが、あまり気にされていないご様子でしたのでーー」


「そういうことか。まあ、たしかに悔しいといえば悔しいな。これまで俺は一度も負けを経験したことがない」


 アンネリーゼは配慮して『負け』という表現を使わなかったのだが、ジンはあっさりと口にした。


「しかし、これはいい機会だ。自分を見つめ直すためのな」


 敗戦に思うところはあるものの、それによって何かわだかまりがあるわけでないらしい。そのことに二人は心のなかでホッと息を吐く。


「本当に素晴らしいお心がけです。私では、敗戦を長々と引きずっていたでしょう」


「さすが、わたしの旦那様ですね」


「そんなことはない。アンネリーゼも同じことができるさ。ユリアもな。俺にはもったいないよ」


 ジンはそう言って二人を称える。しかし、内心では別のことを考えていた。


(とは言ったものの、どうやれば神に勝てるのやら……)


 その方法に皆目見当がつかない。これまでのジンの戦闘スタイルは極めてシンプル。防御は【イージス】に任せ、対個人の場合は攻撃も【イージス】にやらせる。対多数ならば、召喚したスケルトン軍団で圧殺するというものだ。


 しかし、今回は対多数戦闘におけるスケルトン軍団が通用しなかった。謎の方法で消滅させられたのだ。そのメカニズムがわからない限り、再戦を挑むことはできない。


 ーーーーーー


 その光明は思わぬところからもたらされた。ジンがスケルトン軍団を召喚する魔法に試行錯誤を加えているなか、魔王城を訪れた人物がいた。


「イライア! 久しぶりね!」


「はい。ご無沙汰しておりますわ、勇者様」


 魔王城を訪ねてきたのは、元勇者パーティーのヒーラーであるイライア。知り合いに久しぶりに会って、応対した麗奈は嬉しそうに言葉をかける。それにイライアはどこか他人行儀に応えた。


「今までどうしてたの?」


「すみません。今は少し急ぎの用事がありまして、そのお話はまた後で……」


「あ、そうなんだ。ゴメン」


 イライアは事務的な口調で答え、麗奈は空気を読んで引き下がった。なんとなく拒否されたと感じたのだ。スクールカーストの上位に居続けるためには、こういった相手の気持ちを正確に察することは必須の能力である。


 二人は無言で城の廊下を歩く。重苦しい雰囲気が流れていた。とても少し前まで共に戦った味方とは思えない温度感だ。


 結局、二人はそれから一度も言葉を交わすことなく目的地ーー謁見の間に着いた。入室すると、絢爛豪華な玉座にジンと正妻であるアンネリーゼが座っていた。


「久しいな、聖女よ」


「ええ。お久しぶりです」


 両者は当たり障りのない挨拶を交わす。しばしの沈黙の後、用件を訊ねたのはジンだった。


「それで、突然どうされたのかな?」


「本日は、魔王様に神のお言葉を届けに参りました」


「ほう……」


 ジンは興味深そうにするだけだったが、アンネリーゼをはじめとした謁見の間にいる人々の間では、途端に緊張の糸が限界まで張られた。自分たちに何があったのかを、ジンは隠すことなく話している。だから彼らはジンと神との間で何があったかを知っているし、その一方の当事者である神が何の用かと警戒したのだ。


 特にアンネリーゼとユリアの警戒は尋常ではない。魔族は力がすべて。経緯はどうあれ、形の上でジンは神に敗れた。もし神が従うように言えば、魔族はたちまちのうちに膝を屈するかもしれない。魔王が勇者に敗れたからと従う者はいなかったので絶対にそうなるとはいえないが、可能性はある。警戒しない理由はない。


 しかし、イライアはそんなことは知らぬとばかりに事務的に話を進めていく。


「わたくしは勇者様のパーティーでヒーラーを務めていましたが、本来の役目は神のお言葉を伝える聖女。これが本来の仕事ですわ」


 勇者パーティーのメンバーとしてのイメージが染みついてしまっているが、そんな彼女のもうひとつの顔は、神の言葉を聞く聖女である。神と俗世のパイプ役といえる存在だ。


「それで、どのような言葉なのかな?」


「『門を越えよ。さすれば望みを叶えん』ーーと」


「……どういう意味だ?」


「わたくしごとき矮小な人間には、神の御心を理解することなどできません。推測するならば、文字通り、何らかの“門”を越えればいいということにはなりますね」


「言葉の意味はわかる。それが何を意味しているのかもな」


「そうなのですか? 魔王様はわたくしなどよりもはるかに優れていらっしゃいますね」


 イライアから強烈な皮肉が飛ぶ。これまで女性聖職者としてのエリート街道を突き進み、遂には勇者パーティーのメンバーに選ばれるまでになった。このままいけば女性教皇も夢ではないーーそんな将来設計をしていた矢先に、ジンに敗れてその地位を失った。それどころか教会はほぼ壊滅し、畑仕事に追われる日々である。それが本来の姿であるとはいえ、恨み言のひとつくらい言いたくなるのは当然だった。


「愚痴なら(麗奈が)後でいくらでも聞こう。それよりも、今はさっきの神の言葉についてだ。余を退けた神が、なぜ再び“門”への挑戦を求める?」


「それについてはわかりかねます。……ただ、事情をご存知かもしれないお方を連れてまいりました」


(他にも来客があったのか?)


(いえ、存じ上げませんが……)


 他にも客がいるのかと近侍に問うが、知らなかったらしく頭を振る。イライアを案内した麗奈にも他に誰かいなかったかと目線で訊ねるが、やはり首を振るだけだった。謁見の間に誰かいたっけ? 的な雰囲気が流れる。そこに突如として声が響いた。


「妾のことじゃよ」


「「「っ!?」」」


 イライアの横に立つ女。ふわふわとした金髪が腰まで伸び、触れば上質な羊毛のような手触りであることが窺える。そして手触りならばよりよい感触を得られるのが、その胸だ。スイカよろしくたわわに実っている。そんな風に全体的にふわふわとした雰囲気を纏っているのだが、その瞳は理知的であり、剃刀のように鋭い。


 しかし、ジンが注目したのは彼女の髪でも胸でも瞳でもなかった。


「天使、だと……?」


 身体の様々なパーツでもつい目が行くのが、背中から生える純白の白い羽ーーいわゆる天使の羽というやつだ。


「妾は熾天使がひとり、ルシファー。主の意思により、地上に降り立った」


 ルシファーが自己紹介を終える。途端に謁見の間は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。


「魔王様をお守りしろ!」


「衛兵、前へ!」


「お前は増援を呼んでこい!」


 と、怒号が飛び交う。通路の左右で整然と控えていた魔族の兵士たちが、ガシャガシャと鎧の音を立てながらルシファーを囲む。さらにジンの側には魔法に長けた吸血種の兵士が壁のように立つ。


 これほど激しい反応があると思っていなかったイライアは、目を丸くする。対してルシファーは苦笑していた。


「ふふふっ。そう警戒せんでもよいぞ。妾に危害を加えるつもりはない」


「その通りだ。下がれ」


 ジンもまた、配下たちの動きを制する。


「なぜです!?」


「天使がそのつもりなら、奇襲によって被害は深刻だっただろう。それをしなかったのは、敵意のない証拠だ」


 そう言ってルシファーを見るジン。視線は違うか? と問いかけるようだった。ルシファーはそれを受け、妖艶に微笑む。見た者が思わず魅了されてしまうほどの魅力的な笑みだ。男性陣が少し前屈みになる。だが、ジンには効かない。似たようなタイプであるマルレーネの誘惑をことある度に受けていたからだ。耐性ができていた。


「それで、神はなぜそのような話を持ってきた? 余を阻もうと天使を送り込んだかと思えば、誘うために今また天使を送り込んできた。これは支離滅裂な気がするのだが?」


「それはそうじゃ。なにせ、天界への侵入を阻むように天使に命じた神と、天界へ誘うよう妾に命じた神ーーそれは違う存在なのじゃからなあ」


「……なるほど。神は複数いて、余を招くか否かで意見が分かれているということか」


「そうじゃな。その理解が一番近い。ただ、どちらかというと横槍を入れたと言った方が正しいの。妾に命を下した神は、この世界の管理を直接司っているわけではないのじゃ」


「ふむ……」


 ジンは顎に手を当てて黙考する。


(会社でいえば、課長を飛ばして部長が直接指示を出してきたってところか)


 自分がわかりやすいよう、馴染み深い事柄に当てはめて考えるジン。さらに考察し、このような迂遠な手を使うということは、課長は部長に対抗心剥き出しーー要は言うことを聞かないのだろうと推測した。そう考えれば話の筋は通る。


「おおよそは理解した。それで、そなたたちはどうするつもりだ? 門の突破を試みてどのような結果になったか、知らないわけではないだろう?」


「無論じゃ。主からは、妾も助力するように申しつけられておる。それに、そなたを鍛えるようにともな」


「余を?」


「うむ。そなたは未だ、その力を十全に扱うことができておらぬ。ミカエルごときの術に敗れたのも、それが原因よ。じゃから、その力の扱い方を教えよ、というのじゃ」


 ルシファーはことさらゆっくりとジンに近づく。そしてジンの顔を覗き込み、続いて指で身体を弄る。


「なにをーー」


 謁見の間で行われるセクハラに、アンネリーゼが怒りの声を上げる。が、それはジンに制された。


「ふむふむ。さすがじゃの。ポテンシャルはあの“じゃじゃ馬”はもちろんとして、妾よりも上か……。実に惜しい」


 あちこちに指を這わせながら、ルシファーはそう呟く。そんな彼女に、ジンは気になっていたことを問いかける。


「そなたの主は、余のことを知っているのか?」


「もちろんじゃ」


「ならーー」


 期待に胸を弾ませ、やや声が大きくなるジン。しかし、紡ぎかけた言葉はルシファーに口元を押さえられ、発せられることはなかった。


「そなたの考えでおることはわかる。じゃが、主よりそれは天界へたどり着いてから話すと言われておるのじゃ。ここは詮索せんでくれんかの?」


「……わかった」


 ジンとしては不満だが、どうやっても口は割らないだろう。クソ女神に一発かますという目的もあり、いずれにせよ天界にたどり着かなければ話は始まらない。


 この日から、ジンはルシファー指導の下、力を十全に発揮するための特訓を行うことになる。さらにアンネリーゼやユリア、麗奈なども『見込みがある』という理由で同じ特訓を受けた。こうして再戦の勝利に向けた光明が見えるとともに、準備に忙殺されることとなった。




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