エルフと獣人
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降伏したエルフたち。ジンはまず、この島のことについて訊いてみた。
「里長。この島について教えてくれないか?」
「は、はい」
エルフのリーダーは声を震わせつつ答えた。依頼の形をとっているが、実質的には命令である。そして機嫌を損ねれば自分も含め、同胞が森のように灰燼に帰すかもしれない。彼からすれば、核爆弾をくくりつけられて尋問されているようなものだった。
なので、エルフのリーダーは何でも話した。訊かれたことに、それ以上の情報を込めて答える。例えば、島に他の住民はいるのかという質問には獣人族と天使族がいて、獣人族に関しては個体ごとの特徴によって集団がわかれている。それは犬や猫、兎などなどーーといった具合だ。
「そ、そうか。そのリーダーはどのような者なのだ?」
ジンは予想以上にあっさりと話すことに若干引きながら、続きを促す。この質問にもエルフのリーダーはあっさりと答えた。
「獣人族全体の族長は獅子族の者が務めています。彼らは野蛮で、評価基準は常に強さです。また好色でもあり、美しい女は見境なくものにしようとします」
「なるほど」
「天使族は逆に格や名誉を重視します。礼儀正しいですが、神の御使であるからといって常に他人を見下すいけ好かない奴らです」
私怨が漏れているエルフのリーダーに、ジンは内心で苦笑いだ。しかし方針は定まった。
「よし。では獣人族のところへ案内してくれ」
「それはいいですが……よろしいので?」
「どういうことだ?」
「いえ、その、お連れの方々は大丈夫なのか、と……」
「ん? ああ、三人のことか。ああ。問題ないぞ。な?」
ジンは、エルフのリーダーが何を心配したのか合点がいった。たしかに三人とも、かなりの美少女である。好色だという獣人族の目に留まらないはずはなかった。
しかし、勇者である麗奈はもちろん、彼女を上回る戦闘センスの持ち主であるレナが遅れをとるとは思えない。唯一不安なのはフローラだが、姫様絶対護る騎士のレナが、指一本触れさせるとは思えない。万が一に備え、ジンもフォローに回るつもりだ。不安はほぼない。
だから、ジンは問題ないと判断する。そして、訊かれた麗奈たち武闘派妻も勢いよく返事する。
「「もちろんよ(です)!」」
「……」
フローラは己の実力を理解しているために不安そうにしていたが、
「安心しろ。余が見ている」
「はい」
ジンの落ち着いた声音と、何より守ってくれるという信頼感が彼女を笑顔にした。
こうしてジンは妻たちの同意をとりつける。こうなるとエルフのリーダーも何も言えず、ジンの指示に従って獣人族のところへと案内した。ただ出発するとき、ひと悶着あった。それは、残る者たちをどうするかだ。
「族長。残留組の護衛はどうしますか?」
「そうだなぁ……」
「何を話し合っているんだ?」
「それはーー」
かくかくしかじか。エルフのリーダーが説明したことを要約すると、万が一にも獣人族や魔物などが襲撃してきた場合の自衛行為について話し合っていたのだという。
「本来、我々は森を利用して戦います。ですが今はこの有様ですので……」
申し訳なさそうに言うエルフのリーダー。ジンの機嫌を損なわないよう下手に出つつ、訊かれたことにはきっちり答えた。
「そういことだったのか。わかった」
ジンは頷くと魔法を発動する。巨大な魔法陣が地面に描かれ、直後にニョキっと腕が生えた。それは手をつき、文字通り地面から這い出てくる。
「出た……」
麗奈は苦い表情になる。現れたのは毎度おなじみの骸骨ーースケルトンーーの軍勢であった。その数、圧巻の五万。
「これなら問題ないだろう」
「は、はい……」
困惑するエルフのリーダー。スケルトン程度の雑魚モンスターなど本来余裕ーーのはずなのだが、目の前のスケルトンからは嫌な気配を感じる。というより、確実に自分たちより強い。無論、獣人族よりも。
(護衛どころか、島の外周部くらいは占領できるんじゃないか?)
なんて考えがつい脳裏をよぎる。彼らを自由に動かせるのならば、度々煮え湯を飲まされてきた獣人族に仕返しをすることも容易い。ーーそんなことを、エルフのリーダーは脳内の算盤を弾きつつ考えていた。
ともあれ、これで憂いのなくなったジンたちは獣人族の領域へ向かう。心配された魔物は、森ごと壊滅したのか一度も見ることはなかった。だからあっさりと目的地に着いてしまう。
「ここがそうか」
「はい。この辺りから獣人族の領域になります」
エルフのリーダーが紹介する。森は薙ぎ払われ、見渡す限りの荒野が続いているのだが、よくわかるものだと感心するジン。そんな彼に、種明かしがされる。
「島の中央にある山は神山と申しまして、見る方向によって形が違うのです」
「ほう。面白いな」
ジンの言う『面白い』は見る方向によって形が違うことなのか、それとも山の名前が『神山』ということなのか……。ともあれ、判別がついたタネは割れた。
「しかし、何も居ないな」
「たしかにそうね」
ジンの呟きに麗奈が同意する。獣人族のテリトリーには、動く影ひとつなかった。気配がないのはいうまでもない。見通しの悪い荒野ではあるが、さすがに集落レベルの生物がいて気づかないほどジンたちは鈍感ではない。
そんな彼らが気づかないということは……考えられる可能性として二つ。気づけないほどに獣人族の隠蔽能力が高いか、本当に何もいないのか。
「ジン様」
と、ここでフローラから注意喚起が飛ぶ。その視線の先には、神山からわらわらと現れる人影があった。
「ああ。ーー麗奈」
「わかってる」
ジンが何かを言う前に、麗奈は心得ているとばかりに返事をし、彼の前に出た。望み通り、麗奈が前衛となったのだ。
「レナはフローラを護れ」
「言われなくてもそのつもりです」
レナは抜剣した状態でフローラの後ろに控える。前方からの脅威を目視で捉え、後方からは自身がまず引き受けるような立ち位置だ。かといって離れすぎているわけではなく、脅威が迫れば即座に対応できる。麗奈がジンの前衛を務め、レナはフローラを護るといういつものフォーメーションだ。
こうしてジンたちが態勢を整えたころ、獣人族と見られる集団が近づいてきた。先頭を歩く大柄の男。ボディービルダーのような逞しい身体つきだ。髪と髭がライオンの鬣を想起させる。そして豊かな髪からは耳が、腰からは尻尾が覗いている。
(なるほど。たしかに獅子だ)
ジンは心のなかでエルフの表現に納得していた。
さて、その獣人たちはジンには目もくれず、エルフのリーダーに声をかける。
「エルフの! 森が焼けちまって、ノコノコと出てきたのか? なぁに、安心しろ。お前たちの女はいい身体してるからな。全員差し出すっていうんなら、このレオン様が保護してやるぜ」
獣人族のリーダーである獅子男ーーレオンは居丈高に言い放つ。すると、後ろの獣人族たちがどっと笑った。強さが何よりの社会的ステータスである彼らにとって、森のなかに引きこもってちまちまと魔法を使うエルフはもやしも同然。軽蔑して然るべき存在だった。
そのような認識だから、このように横暴な態度になるのである。ガハハ、と豪快に笑うレオンの視線は、戦闘態勢にある麗奈たちに向いた。
「へえ。いい女を連れてきたじゃねえか。前払いか? いいぜ。受け取ってやるよ」
「ち、違う」
「あん?」
エルフのリーダーもかつて、獣人族にボコられた経験がある。そのときの恐怖を思い出して声が出ずにいたが、ジンの機嫌を損ねるとどうなるかという恐怖が上回って、震えながら声を上げた。麗奈たちはジンの女である。それを奪うなど……この島が海に沈むかもしれない。それだけは御免である。
その反論に、レオンは凄む。恐怖を完全に払拭できていないため、エルフのリーダーは黙ってしまった。そこに割って入ったのはジン。
「少しいいか?」
「誰だ、てめえ?」
「余はジン。異国を治める魔王である」
「あ? 魔王だ? それが何の用だ?」
「彼女たちはエルフではなく、余の妻たちだ。手を出すのは止めてもらおう」
「はん。そんなこと、オレ様には関係ねえ」
ジンの制止を鼻で笑い、レオンは一番近くにいた麗奈に手を伸ばすーーが、ひらりと躱された。
「おい女。逃げるんじゃねえ」
「嫌よ。アンタみたいなガチムチ、タイプじゃないし」
凄むレオンの気迫を柳に風と受け流す麗奈。レオンは今までにない反応に困惑する。これまで多種族の女を手に入れたときは、想い人の名を叫びつつ泣くか、恐怖に身を竦めて何も言えずにいるか、この二つのどちらかだった。ストレートに拒否されるとはレオンの予想外である。
「面白い……」
レオンは獰猛に笑った。力で女を自分のものにするーー屈服させるべく、戦闘態勢をとる。殺気を向けられ、麗奈は条件反射的に剣を構えた。
「へえ。女のくせに、オレ様に挑むっていうのか?」
「アンタが私を襲おうとしているからでしょ。正当防衛よ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!」
レオンが駆け出す。その巨体からは想像できない速さだ。麗奈は迎撃のために柄を握る手に力を込めた。しかし、
ーーダン!
トラックが壁に激突したかのような音がした。
「いってぇ……」
レオンがよろめく。手は鼻を押さえていた。ポタポタと赤い雫が滴っている。鼻血だ。
「まったく。危ない真似をするな」
「心配しなくても、あんな奴楽勝だって」
「そうだろうがな、これは女を巡った男の喧嘩だ。ここは任せてくれ」
「二人とも、私のために争わないでー」
「そんな棒読みで言われてもな……」
あからさますぎてつまらない、というジンの突っ込み。地球ネタの漫才であるため、異世界組にはわからない。突如、訳のわからない小芝居が始まっただけに見える。そして元ネタがわからずともわかることは、自分が小バカにされているということだ。レオンのこめかみがヒクつき、
「バカにするなぁッ!」
爆発した。突撃してくる巨体。だが二人が焦ることはない。麗奈はジンを尊重して身を引く。標的が絞られたわけなので、レオンの攻撃はジンに向く。拳が振るわれた。助走して、なおかつ体重が乗った拳だ。常人に受け止められるものではなく、躱すのが現実的な対処方法だ。
しかし、ジンは違う。すっと拳を避けると手首を掴み、相手の勢いを利用して地面に叩きつける。柔道の投げに近い。かなりの勢いであったため衝撃も相応のものとなり、レオンは気絶した。
「ま、こんなもんだ」
「やるじゃない」
「だろ?」
ジンは不敵に笑った。
「さてーー」
レオンが倒れて混乱している獣人族に、ジンの冷徹な目が向けられる。頼るべきリーダーが倒され、彼らは狼狽する。
「うわぁぁぁッ!」
と、何人かが果敢にもジンに挑むが、もちろん返り討ちだ。しかもご丁寧に、先にやられたレオンの上に折り重なるように倒れている。ジンがそうなるように誘導したもので、彼我の間にそれだけの実力差があるということだ。
獣人族たちは一斉に頭を垂れ、膝を地につけた。土下座のようなものだ。これで降伏の意思を示したのである。
こうして島の住人であるエルフと獣人族がジンの軍門に降った。




