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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
60/95

カイコクシテクダサーイ

 



 ーーーーーー


 航海はある意味で修行である。突如として海が荒れるなんてよくあること。数日間、猛烈な暴風雨にさらされることもあれば、照りつける陽光により身体がステーキになるような感覚に襲われることもある。かといって何もない平穏な航海が続いても、変わらない光景を見続けるのだ。これを修行といわずしてなんというのか。ジンの心境は早々と菩薩になっていた。


「退屈〜」


「ですね〜」


 アウトドア派二名はジンのように菩薩にはなれず、延々と続く退屈な船旅ににかなりの不満を募らせていた。船員の一部にも同様の症状(?)は現れている。ジンは気を紛らわせようと色々な催しをしているのだが、船の上でできることは限られているので根本的な解決には至っていない。


 そんな二人に対して、とても元気なのがフローラだった。


「落ち着きますね、ジン様」


「あ、ああ……」


 同意を求められ、とりあえず頷くジン。フローラは菩薩よりも菩薩しているアルカイックスマイルを浮かべていて、思わず拝んでしまいそうだ。


 フローラは、何も変わらない平穏な日常に安心感を覚えた。人間が魔族に敗れ、その後しばらくはドタバタが続いた反動かもしれない。


 そんな調子で航海は続く。半月ほど経過したとき、ジンたちは島を見つけた。これに、船内はにわかに騒がしくなる。


「島だ! 島が見えたぞ!」


「島だって?」


「まさか!?」


 ドタバタと、船員たちが激しく動き回る。甲板の上に現れた船員たちは、一様に空を見上げる。彼らの視線の先では、マストの上で島を見つけたと船員が叫びながら、ある方角を指さしていた。すると今度は、そちらの方向に向けて走る。必然的に大渋滞が出来上がった。


「もっと前行けよ」


「バカ押すな!」


「落ちる落ちる落ちる……っ!」


 ついでに事故も起きそうだ。


「麗奈、レナ」


「は〜いっ!」


「わかりました」


 ジンは二人を事態の収拾に向かわせた。船員たちも彼女たちの言うことはよく聞く。


「あなたたち、止めなさい!」


「落ち着けっ!」


 レナの声が轟く。さすが実戦を経験した指揮官というべきか、声がよく通る。今度はご褒美をあげよう、と密かに決意するジンだった。


 二人の活躍によって船員たちも落ち着きを取り戻す。船乗りとはいえ、陸を見れば興奮するのも無理はない。だからジンは彼らを咎めるつもりはなかった。


「久しぶりの陸は堪能したか? ならば配置につけ。これからこの艦は【ミステリー・ヘキサゴン】へと突入する。気を引き締めろ」


「「「はっ!」」」


 陸地を見て士気が爆上がりした船員たちは、いつにも増してキビキビと動く。漫画ならシュバッ、とかそんなキレキレの擬音がつきそうだ。


 そんな船員たちを、ジンは艦橋から見下ろす。彼の隣にはフローラがおり、二人の左右を麗奈とレナが固めている。本当に何が起こるかわからない。そこで一番対応力が高いジンの周りに集結しているのだ。


「よし、行くぞ」


 準備が整ったのを見てとったジンは、静かに、そして決然と言う。フローラたちは無言で頷いた。なおかつフローラは、不安を紛らわすためかジンの左腕に己の両手を絡ませて腕を組んだ。


 そんな彼女の行動に微笑するも、次の瞬間には表情を引き締める。


「全速ッ!」


 そう宣言するとともに、速度を上げるジン。舳先の白波がより高くなった。


 島の周囲には小さな白波が確認できるだけで四箇所ほど立っている。どうやらそこが、商人の話していた境界らしい。サタンがそのラインを越える。


「ん?」


 途端に襲った違和感に、ジンは顔をしかめる。


「どうしましたか?」


「いや、少し舵が重くなった気がしてな」


 些細な違和感だが、あまりバカにするものでもない。ジンはより神経を尖らせる。すると、島との距離に反比例して抵抗が強まるのを感じた。


「(文明の力を)舐めるなよ」


 ジンはスクリューの回転数を上げるとともに、舳先の海水面を魔法で穏やかにする。これにより、操舵はかなり楽になった。


「普通に停船したら船が流されそうだ。このまま岸に乗り上げるぞ! 衝撃に備えろ!」


「っ! 衝撃に備えーッ!」


 ジンの指示が伝声管で伝えられる。船員たちは指示に従い、手近なところに捕まった。直後、ゾゾゾと砂浜を大きく削りながら船は岸に乗り上げた。上陸成功だ。


「大丈夫か、三人とも?」


「はい」


 訊ねてみるものの、ジンに支えられていたフローラはもちろん無事だ。


「なんなのよ、もう」


 麗奈は少しふらついたものの、なんとか無事である。


「平気です」


 レナは短く答えた。


「……本当に大丈夫か、レナ?」


「平気です」


 まったく同じトーンで返事をするレナ。


「本当ですか、レナ?」


「大丈夫じゃなさそうよ?」


「大丈夫ですっ!」


 ジンのみならずフローラや麗奈にも心配され、強く否定した。このように心配されるのは、彼女が転んで額を赤くしているからだ。本人は起き上がったときに髪を弄って隠したつもりのようだが、バッチリ見えている。なんとも間抜けな話だ。


 結局、レナの主張に押し切られて額の赤みは無視されることになった。ジンは船員の状況を確認する。レナを弄っている間にも報告が次々と上がっていたのだ。それを総合すると、若干名の負傷者が出ているらしい。


 ジンは移動するもの面倒だ、と船内全域を対象とした回復魔法を使う。これにより、レナの赤みも引いた。実はこれが目的で全体魔法を使ったーーとは口が裂けても言えないジンである。


 問題が起こったのは、傷も癒えてひと息ついたときのことだった。まるでタイミングを見計らっていたかのように、無数の魔法が空から船に降り注ぐ。


「っ!」


 ジン、麗奈がとっさに【イージス】を発動。なんとか防ぐことに成功する。しかし、


「【バリア】が……」


 ほぼ無敵の【バリア】といえども限度がある。麗奈のそれは限度を超えたために、防ぎきったものの崩壊した。その直後に第二波の攻撃を受けるも、これはジンが防いでいる。


「ぼーっとするな。俺は防御に回る。お前は攻撃だ! レナはフローラを守れ!」


「っ! わかった」


「言われなくても」


 麗奈、麗奈の武官コンビはそれぞれ命じられた仕事にかかる。そしてフローラは、


「ご武運を」


 と無事を祈った。ああ、と答えつつジンは内心で苦しい状況だと考えていた。手が足りない。敵がどれだけいるのかはわからないが、とにかく数が多いのだ。おかげでジンは防御で手一杯。麗奈に攻撃させているが、近接特化の彼女ではどこまでやれるか未知数だった。フローラとレナは戦力外。


(人選ミスったな……)


 できればアンネリーゼ、せめてユリアがいてくれればかなり楽な状況なのに、と過去の己の判断を悔いた。しかしいない者はいないのだ。ジンは気持ちを切り替えて、最善の方法を模索する。


(いっそ、麗奈とレナを突っ込ませるか? ーーいやいや、リスクが大きすぎる)


 頭に浮かんだアイデアを、すぐに振り払う。近接特化の本領発揮のために麗奈を突っ込ませ、レナをその支援に使おうというものだが、相手の戦力がわかっていない以上、軽率な行動は慎むべきだ。


(ならば撤退? いや、これも慎重すぎる……)


 せっかくここまで来たのだ。もう少し成果を上げてから撤退したい。だが麗奈の攻撃は防がれている。これでは魔法を撃ち合うだけの不毛な戦いが半永久的に続くだけで、進展はない。


(ならば)


 そこでジンは継戦を諦めた。早い話が一時撤退だ。攻撃が波状的になっているのを見たジンは、その間隙を突いて船を強引に沖へと戻した。【イージス】を切り、【バリア】で船体を保護しつつ、【ジェット】の強力な推進力で海へと船を戻したのだ。今回は予告なしだったので、船員たちもかなりの被害を受けた。


「痛い……」


「ちょっと、何するのよ!」


「非常事態だ!」


 転倒した麗奈、レナが抗議の声を上げる(フローラはジンが支えたので無事だった)。しかし、ジンは非常事態ということで押し通す。折りよく、魔法が着弾した。つい先刻まで船がいた場所を抉っている。直撃を受ければいかに鉄鋼船といえども無事ではいられない。


 海へ出た船は沖へと逃れる。魔法による追撃は、【ミステリー・ヘキサゴン】を出るまで続いた。


「ふう。人心地つけるな」


 危地を脱し、大きく息を吐くジン。その間にも、船員たちは忙しく走り回っていた。負傷者の確認のためである。さらに、船体の損傷箇所はないかなども調べる必要があった。ジンは再び回復魔法を使う。これで負傷者はどうにかなったはずだ。


「……それで、これからどうするの?」


 何の予告もなく船を動かされたために、魔法に集中していた麗奈は派手にこけた。しばらく抗議を続けていたがまったく取り合ってもらえないので、麗奈は諦めてこれからの行動指針を訊ねた。


「帰るの?」


 とは言いつつ、麗奈の目は挑戦的だ。まさかそんなこと言うはずないよね? という言葉なき言葉が聞こえてくるようだ。


「いいや。このままだと腹の虫が治まらない」


 そしてジンもまた、いい笑顔でそれを否定した。期待通りの言葉に、麗奈の口元は弧を描く。


「で、どうするの?」


 協力する、という麗奈。ジンは考えた計画を明かす。それを聞いた麗奈は呆れた表情をする。異世界組フローラとレナは話についていけずに沈黙していた。それでも雰囲気で察せられるものがあった。二人は本能で理解する。これはまずい、と。


 船員たちからも反対意見は出なかった。そこで計画の実施が決まる。


「カイコクシテクダサーイ作戦、開始だ」


 ーーーーーー


「【バタリー】」


 ジンの短い詠唱とともに、無数の魔法が島へ向けて放たれる。地面を抉り、派手な砂煙が立つ。直撃や余波により木々はなぎ倒され、あちこちで火災が発生していた。見事な自然破壊である。それは海岸から内陸へ、順次平等にもたらされた。


 もし、ジンが敵対者全員を皆殺しにするつもりなら、海岸から内陸に撃つことはない。海岸と出来るだけ奥地の内陸部に撃ち込み、少しずつ範囲を狭めていく。敵は追い立てられ、やがて砲火に呑まれるわけだ。しかしジンは殺戮がしたいわけではなく、望んでいるのはあくまでも交渉である。ゆえに、狩人が獲物を追い立てるように攻撃しているのだ。これがジン発案の『カイコクシテクダサーイ』作戦であった。


「凄いわね」


「こういうの、よくないです」


「あ、あははは……」


 麗奈は派手な花火大会のような擬似艦砲射撃に見入っていた。現地で起こっていることはともかく、遠目から見れば地面に撃ち込む花火のように見えなくもない。


 フローラは、目の前で起こっている自然破壊に心を痛めていた。ジンは魔法で再生するから問題なし、と説明するが、そういうことじゃない、と苦笑い。


 レナはただただその凄まじさに圧倒されていた。これまで騎士ーーすなわち軍人として生きてきたことから、つい軍事と絡めて考える。その思考で当然出てきたのが、もしこれが人間に向けられたらというものだ。


(死ぬ。抵抗も許されず、一方的に)


 結論はとても簡単だった。そんな魔法がポンポンと使われていることに、レナは恐怖を覚える。ジンに敵対してはいけないーーそのことを、今一度心に刻む。


 ジンの破壊はきめ細やかなものだった。船で島を周回しながら、雨あられと魔法を撃ち込む。海岸から奥地へ。米軍よろしく、島の地形を変えるほどに念入りに徹底的に砲撃を行った。


 二時間ほどの砲撃で、島は中心の山を除いて複数の隕石が落下したような惨状となっていた。一面クレーターだらけで、大変見晴らしがいい。その光景に、船員たちは瞠目する。


「よし。再上陸だ」


 破壊をもたらした元凶ジンは呑気に言う。とはいえ島に上陸することが目的だったので否はなかった。


 一度目とは違い、特に妨害を受けることなく上陸する。船員たちは急ぎ散開して周囲を確認した。一面クレーターができており生存者がいるとはとても思えないが、万が一ということがある。たとえ徒労だとしても、その万が一を排除するのが船員たちの役目だ。魔族は言うに及ばず、人間の船員も動きがいい。それは、彼らが愛するフローラがいるからだった。


 ジンたちは無人の荒野を闊歩する。あちこちにできたクレーターはまるで星の表面のようで、ジンは内心で宇宙旅行をしている気分などと考えていた。


「魔王様、あれを!」


 船員のひとりが注意喚起する。その先では、遠目に人影が確認された。にわかに殺気立った船員たちが、それぞれ得物を抜く。最初は問答無用で攻撃を受けたのだから、無理からぬことといえる。またその雰囲気に呑まれたか、麗奈とレナも剣を抜く。


「待て待て」


 が、ジンはそれを止めさせた。


「なぜです?」


 船員の疑問に、ジンは端的に答えた。


「敵対する意思があるなら、最初のように隠れて攻撃してくるはずだ。今回はそれをしていない。少なくとも話し合おうという姿勢は見せているんだ。騙し討ちの可能性がないとは言い切れないから警戒して損はないが、得物を抜いて露骨にやるのはかえって緊張を高めることになる。自重してくれ」


 そう説得する。船員たちも、ジンに言われてひとまず剣を納めた。ただし、不測の事態に対応できるように警戒は切らさない。また、槍などの武器を持つ者は引き続き警戒し続けた。


 このように船員たちは警戒心に満ち満ちていたが、彼らの領袖であるジンはまったく別のことを考えていた。


(第一島人発見)


 どこぞのテレビ番組のようなことを考えている。緊張感はもちろんゼロ。本人の気分としてはロケにきたタレントであった。


 ジンは特に歩くスピードを変えずに人影へと接近していく。船員たちは何が起こるかわからないから警戒するようにと進言したが、聞き入れない。


 そんなわけで、彼我の距離はぐんぐん縮まった。距離が縮まれば相手の姿を明瞭に捉えることができる。第一島人はエルフであった。


(イッツファンタジー)


 ファンタジー世界には欠かせないエルフ。森の奥に住んで、人との交流を避けているーーなんて設定になっていることが多い種族だ。そして何より、美形である。美男美女揃い。ジンのテンションが上がった。


 さて、そんなエルフたちであるが、たしかに美男美女が揃っている。ただし、戦後間もない日本人のようにボロボロの服を着て、顔が煤けていた。せっかくの容姿が台無しである。なぜこうなったかといえば、ジンの攻撃を受けたからだ。


「こんにちは。今日はいい天気ですね」


 そんなことは露知らず、ジンはなるべく好印象を与えようと明るく話しかける。だが、エルフたちはビクッとなった。当たり前だ。島を焦土に変えた相手にどうやって好感を抱けというのか。どうしても怯えが先に立ってしまう。


 しかしジンにそんな自覚はないのである。あくまでも彼は攻撃に対する反撃を行っただけ。専守防衛、正当防衛なのだ。そう。それがたとえ、拳銃弾一発に核兵器で報復したに等しい行為であったとしても。


 さて、(エルフたちからすれば)暴虐の輩に対してどのような行動をとるのか。それはもはやひとつ。


「降伏する。これ以上、危害は加えないでくれ」


 降伏だった。ペリー提督を見習ったジンの砲艦外交『カイコクシテクダサーイ』作戦は成功したのだった。




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