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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
聖魔大戦編
59/95

探索行

 



 ーーーーーー


 宝飾店の店主から有力な情報を仕入れたジンは早速動く。サタンを動かして件の【ミステリー・ヘキサゴン】に挑むのだ。


 艦内の冷蔵庫には、氷漬けにした生鮮食品を積めるだけ積んで、長期の航海に備えている。帰国するという体裁をとりつつ、途中で針路を変えて南へ向かうからだ。これなら半年くらいは保つーーそれくらいの量を準備していた。


 準備万端といいたいところだが、深刻な問題がひとつあった。それはレナである。


「姫様にもしものことがあったらどうするつもりだ、魔王ォ!?」


「落ち着け! 冷静になれ!」


「これが冷静でいられるかぁ!」


 ガクガクとレナに身体を揺さぶられるジン。必死に冷静になるよう呼びかけるが、すっかり興奮している彼女は聞く耳を持たない。されるがままだ。


 レナの心配はひとつ。出航したが最後、二度と帰れないのではないかという恐れだ。この時代の航海は、帰れるかどうかわからない博打のようなものである。往路は案内があったからよかったものの、復路は独自ルートを通ろうというのだ。必死になって止めるのも無理はない。


 姫様ことフローラに絶対の忠誠を誓うレナに博打を承諾しろというのは無理というものだ。彼女に迫る危険を排除するのがレナの役目であるのに、自ら危険に迫るなど正気の沙汰ではない。


「レナ。あまりジン様を困らせてはいけませんよ」


 一方、護衛対象であるフローラは大らかに構えていた。どんとこい、といわんばかりだ。もちろんジンが言うことだからと盲目的に従っているわけではない。周到な準備がなされているのを見て、よほどのことがなければ大丈夫だと結論づけていた。


「ですが姫様ーー」


「レナ」


 なおも抗弁するレナに、冷ややかな声がかけられる。その主はフローラ。普段は見せることのない支配者としての顔だ。レナもそれ以上は言わなかった。聡明な主君がこれだけ言っても聞かないのだから、それなりの考えがあるのだろう、と。ならば、先がどうなろうとついていくだけだ。


「まあ、そう危ないことにはならないさ」


 ジンがそうフォローする。仲のいい主従が自分のせいで険悪になるのは避けたかった。しかし、二人の絆はその程度では揺るがない。余計なお世話だ。


「魔王! 絶対、何も起こすなよ」


「お、おう」


 レナの妙な迫力に、ジンは思わず頷く。同時に内心ではフラグ臭い、と思っていたが、口にすることはない。


「ねえジン。早く出航しましょうよ」


「そうだな」


 待ちかねた麗奈に促されて、ジンは船を動かす。


「「またお会いしましょう!」」


 岸壁ではジョンやナサニエル以下の有力者たちが見送りにきていた。ご機嫌とりのためだ。滞在期間中、彼らは上客であるジンにいい印象を持ってもらおうと必死の接待合戦を行なっていた。これもその一環である。


「さよ〜なら〜!」


 ジンやフローラがにこやかに手を振る横では、麗奈が大きな声を出し、大きく手を振って別れを惜しんでいた。岸壁を離れたサタンは湾内を低速で進む。そして外洋へ出ると、一気にその速力を上げた。


 ジンが機関の代わりを務めるというサタンの特性上、燃料に相当するのはジンの魔力である。しかし、彼は魔力が枯渇したことがない。それはアントルペンに至る航路でもそうだった。


 往路はおっかなびっくりだったが、人間、一度やると慣れるものである。ならば次に出てくる衝動は、己の限界を知りたいというものだ。そんな欲求に突き動かされ、ジンは船を全速で走らせた。速く進めば、その分食糧を節約できると言い訳して。


「凄っ。速い!」


「……船ってこんなに速かったでしょうか?」


「そんなわけありません。魔王が異常なんです」


 麗奈の無邪気な姿に笑みを浮かべ、フローラの疑問にそういうものだ、と言っておく。そしてあんまりなことを言うレナにはアイアンクローを食らわせた。


「痛い痛い! 離せ、魔王……痛いっ!」


 人外の筋力を誇るジンは、レナの決死の抵抗を意にも介さない。容赦なく締め上げる。ややあって、レナは解放された。


「何するの!」


 猫が威嚇するように、フシャー、と犬歯を向けてジンを睨むレナ。手酷い目には遭ったが、反骨心は折れていない。それを見たジンは、ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべる。


「な、何よ?」


 レナもそこそこの経験を持つ騎士だ。嫌な気配を敏感に感じとっていた。しかし、それを回避できるかは別の話である。


「いやなに、長い航海で退屈する船員たちに娯楽を提供しようと思っただけだ」


 そう言うや、ジンの魔法が炸裂する。船の隣に瞬く間に氷が張られた。南極にあるような分厚い氷だ。


「……これは?」


 レナがやや震え声で訊ねる。理解できるがしたくない、そんな気持ちがありありと伝わってくる。気分としては、腹ペコで今にも死にそうなライオンの前に四肢を縛られて放り出された生き餌の気分だろう。顔が少しといわず真っ青になっている。しかし、その程度でジンは動じない。満面の笑みで答えを口にする。曰く、


「洋上の闘技場だ」


 端的な言葉だが、早い話が決闘をやろうということだ。レナからすれば、悪夢再びというところか。以前に完膚なきまでに伸された記憶がフラッシュバックする。


「へ、へ〜。組み合わせが楽しみ〜」


 今度は『やや』という言葉を除けて然るべき完全な震え声。それを見たジンの笑みは深まるばかり。


「そうだな。ーー麗奈」


「ひゃい!」


 呼ばれた瞬間、肩を跳ねさせる麗奈。レナに対する折檻だからまさか自分が呼ばれるとは思っておらず、酷く狼狽していた。彼女もまた、いつぞやジンにコテンパンにされた記憶を思い出す。


 だが、麗奈に向けられたのは優しい笑みだった。イケメンの微笑。今度は麗奈の心が跳ねる。


「船員のなかから出場者を募ってくれ。優勝者には金一封を贈る」


「わかった!」


 麗奈は軽やかに動く。嫌な予感が外れてくれたからだ。ジンが彼女を選んだのは、兵士に人気があるからだ。勇者ということで人間はもちろん、強者ゆえに魔族にも受け入れられている。両者から尊敬を集める存在として、彼女以上の適任者はいない。


「フローラはその間、頼めるか?」


「もちろんです」


 遊興は大事だ。特に変わり映えしない大海原をいく航海では。だからこそ彼女は理解を示した。闘技場で余興をしている間、船内のことはフローラが受け持つ。もっとも船の操舵はジンが行う(ジン以外だとアンネリーゼを連れてこない限り操舵不可)ので、やることはほとんどなく、せいぜい不参加の船員たちが暴れないよう監視することくらいだ。


 麗奈が参加者を募れば、たちまちガタイのいい船員たちが名乗りを上げた。甲板に集結した船員は、突如出現した氷の闘技場に驚く。


「揃ったな。ーーでは、これよりトーナメントを開く」


「「「ワアアアァァァッ!」」」


 ジンの宣言に、参加する者もしない者も関係なく歓声を上げた。


「と、その前にひとつ、余からちょっとした余興を提供しよう」


 ジンはそう言うや、魔法を使って甲板を離れ、闘技場に降り立つ。


「わわっ!?」


 そして同様に闘技場へ降り立ったーー連れ去られたともいうーーのはレナ。


「ま、まさか……」


 レナの顔が絶望に染まる。そんな彼女に無慈悲な言葉がかけられた。


「余とレナによるエキシビションマッチだ!」


 そこで期待を裏切らないのがジン。(当たってほしくない)予想通り、戦うことになったレナ。もちろん、先刻の言動が原因であることはいうまでもない。


 絶望すべきは、いつぞやのように制限がないことである。魔法もなんでもあり。ただえさえ勝利は絶望的なのに、さらに遠のいた形だ。まあ、現状ジンに勝てる存在がいるのか自体不明だが。


「じょ、冗談よね?」


「本気だぞ。さあ、得物を構えるといい」


 ジンはレナの言葉を両断して、話を一方的に進める。


「この、魔王ェ!」


 万感の恨みを込めて叫び、吶喊するレナ。自爆同然の攻撃だ。


「面白くない」


 ジンはそう言って、レナに水を浴びせかける。


「キンキンに冷えたやつだ。暑さでやられた頭もこれで冷えたか?」


 自暴自棄になり、烈火のごとき激情をたぎらせるレナとは対照的に、ジンは永久凍土のごとく冷めていた。このエキシビションに罰という意味があることは否定しない。だが、決して一方的な懲罰の場ではないのだ。絶望的な状況でも、勝つことを優先して立ち回る。そのような姿勢を身につけてほしいと、ジンは思っていた。少なくとも、アンネリーゼや麗奈はそのような姿勢を持っている。


 無意味な吶喊を、ジンが魔法でいなし続ける。やがて生じた虚無感が、レナの心を鎮めた。


「落ち着いたか?」


「ええ」


 レナは目を閉じ、ふう、と息を吐いて心に溜まった澱を出す。再びジンを見据えたその目は、先ほどまで自暴自棄になっていた人物とは思えないほどに鋭くなっている。狩られる哀れな被捕食者から、相手と同じ捕食者になった。


「先ほどは無様を晒しましたが……ここからは本気です」


 レナは剣を大上段に構える。攻撃の威力を追求し、防御を半ば捨てた型だ。ジンの攻撃を防ぐなどまずできないのだから、攻撃にリソースを割くのは当然といえた。


 そんなやる気満々のレナを見て、ジンは不敵に笑う。


「面白い。……では第二ラウンド、開始だ」


 宣言するや、瞬時に魔法を放つ。水、風、炎と、三つの魔法を同時に放つ超高等技術だ。レナはそれを苦もなく行使するジンに呆れつつ、強く踏み込む。肉薄することで、魔法の間合いから外れるためだ。


(遠距離じゃジリ貧になる。でも、ゼロ距離ならーー)


 勝ち目がなくもない。蜘蛛の糸で綱渡りするような所業だが、まだ糸があるだけマシだ。そこに躊躇なく飛び込むーーこと戦闘センスにかけては、麗奈よりも優れているレナだからこそできたことだ。


 最初の魔法は、間合いを取るためのものだった。ジンの狙いは魔法を乱発して間合いをとり、一方的に殴ること。だが、その目論見はレナの行動で外された。


(いい判断だ)


 彼女の成長を内心で賞賛し、外は獰猛な笑みを浮かべるジン。再び魔法を放つとともに、再び数歩バックステップする。しかしレナの突進から逃れるにはそれでは足りない。距離があっという間に縮まる。


(これで!)


 第一段階クリア、と行きたいところだったが、レナは気づけなかった。バックステップは、突進から逃れるには不適切な動きであるということに。彼女がその誤りに気づくのは、ジンの罠にかかってからだった。


 ジンまであと一歩というところで、仕掛けられていた魔法が発動する。地面から鎖が飛び出し、レナを拘束する。


「何だこれ!?」


 突然のことに困惑していると、ジンが目前に現れる。その気になれば簡単に魔法で吹き飛ばせる。レナに抵抗する術はない。


「どうする?」


「降参」


 レナは武器を手放した。それを見て、ジンも拘束を解く。


「これにてエキシビションは終了だ」


 その宣言を引き金にして、歓声が上がる。


「「「ジン、ジン、ジン!」」」


「我らが魔王!」


 ジンコールをはじめ、船員たちは惜しみない賞賛を送る。ジンはそれに手を挙げて応えていた。


 ーーーーーー


「乾杯!」


「「「かんぱ〜いっ!」」」


 ジンが音頭をとり、船員たちが声高らかに応える。ジョッキがぶつかり、カチン、と澄んだ音を立てた。そして中身を一気に呷る。ぷはぁ〜っ、という声があちこちから上がった。


「冷えた麦酒は最高だ!」


「ボードレールにも、アントルペンにも、こんな冷えた麦酒を出す店なんてなかったぞ!?」


「あったとしても、王侯貴族向けの高級店だな」


「そんなものが、俺の手に……っ!」


「暑い今はさらに美味い!」


「魔王様、最高!」


「俺たち、一生ついていきます!」


「「「ついていきます!」」」


 ジンは氷漬けにした食材を詰め込んだ場所に、酒などを置いていた。士気高揚のため、これを解放したのである。この時代、冷えた飲み物は何よりの贅沢だ。酒精の力もあってやんややんやと騒ぎ、口々にジンを称えた。


「現金な……」


 レナはそんな彼らを苦々しく見て、酒を一気に流し込んだ。半ば自棄酒である。そんな彼女を暖かく見ているのが、フローラと麗奈だった。


「あら? その割にはいい感じで戦っていましたけど?」


 もちろんフローラの言う『いい感じ』とは惜しい勝負という意味ではなく、いい雰囲気という意味だ。


「そんなことはーー」


「でも笑ってたし」


「勇者様まで!」


 抗弁していると、麗奈まで参戦してきた。くっ、とレナは言葉に詰まる。


 笑いは否定が難しい。笑みはまず嬉しいときにしか出ないが、ここで問題になるのは嬉しさの理由だ。ジンと戦えて嬉しいのか、ジンと触れ合うことが嬉しいのか。前者ならば戦闘狂認定され、後者なら二人の言葉を肯定することになる。


 レナとしてはどちらも避けたいが、どちらかを選ばねば誤解は解けない……。悩んだ末、レナは前者をとった。


「そうですよ。戦えて嬉しかったんです」


「本当にぃ〜?」


 選んだにもかかわらず、麗奈は疑いの目を向けている。


「ええ」


 そう言って、もうひと口。不機嫌であることを示すため、ジョッキを少し強く置いた。タン、という乾いた音が鳴る。しかし相手の沸点を見極めるのが得意な麗奈は、まだいけると踏んでさらに言葉を足す。


「でもでもーー」


「その辺りにしておけ」


 ジンからストップがかかった。なんでよ〜、と不満気ながら引き下がる麗奈。妙に聞き分けがいいのは、抵抗するとエキシビションマッチの相手に選ばれてしまうからだ。それは、レナが実証してくれている。同じ轍は踏まない。


 しかし不満なものは不満なので、麗奈はフグのようにプク〜っと頰を膨らませる。空気が入ってパンパンに膨れた頰を、ジンが突いて破裂させた。


「何するの!」


「頰を膨らませてたからついやった。反省も後悔もしていない」


「ジン!」


 怒った麗奈が飛びかかる。だが、ジンは難なく捕獲。口に瓶を突っ込む。麗奈は口内に炭酸特有のシュワシュワを感じた。


「ふが、ふぐ……!?」


 少し慌てる。強制炭酸は少し苦しい。もがくものの、拘束からは逃れられずにすべてを飲まされた。


「酔ってんの!?」


「安心しろ。ただの炭酸だ」


 酔ったジンが酒を飲ませたのかと思った麗奈だったが、本人は至って普通だった。顔も赤くないし、足どりもしっかりしている。くんくん、と匂いを嗅いでも酒臭さはない。


 くんくん


 くんくん


 くんくん……


「……満足したか?」


「あ、うん」


 かれこれ三分ほど匂いを嗅いでいるので、さすがに呆れて声をかける。すると、麗奈はバツが悪そうに離れた。


「飲ませたのはこれだよ」


 まだ疑われていそうなので、ジンはそう自己弁護する。証拠として見せたのは、コップに入ってシュワシュワと音を立てる炭酸飲料。


「これに果汁を絞って入れた、果実炭酸水だよ」


 だから未成年でも安心して飲んでね、ということらしい。麗奈もさすがにここまでされて疑い続けるほど人間不信ではないので、素直に頷く。実際は、そうすることでさっきまでのくんくん事件から目を逸らさせようというのだ。


「じゃ、楽しんでくれ」


 許しを得たところでジンは麗奈たちの許を離れ、船員たちの輪に加わった。そして翌日。やはりというべきか、船員の多くが酒に酔った。少し飲みすぎたらしい。そんななか、ジンは普段と変わらない生活を送っていた。


「マジかよ……」


「魔王様、オレたちと同じくらい飲んでなかったか?」


「ああ」


「やべえな」


 そんなジンを、水兵たちは畏敬の念を込めて見ていた。




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