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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
商人たちの国編
58/95

世界の紐帯

 



 ーーーーーー


 アントルペン商人連合との交渉はまとまった。両国は通商条約を締結し、ここに正式な国交が開かれることになる。互いに大使を派遣し、相手国との折衝の窓口とすることも決められていた。


 条約の調印後、それを記念してパーティーが催された。国の代表者が集まり、煌びやかな会場で、贅を尽くした料理が提供される。そこには『異文化紹介』ということでジンが連れてきた料理人も加わっていた。


「それでは皆様、しばしのご歓談をお楽しみください」


 ナサニエルとジンが挨拶を終えると、司会の言葉で歓談へと移った。一拍おいて、楽隊がゆったりとした曲調の曲を奏でる。ほどなくして、ジンの周りには人だかりができた。


「我が商会は不動産を扱っておりまして……。王の別荘に相応しい物件がいくつか」


「我らは石材を商っています。ご入用の際は是非ともお声がけください」


「色々な品を扱う総合商社でございます。木材に石材、船舶などなど、わたくしどもに揃えられぬ商品はないと自負しております。どうぞご贔屓に」


 と、それぞれの商人が新たな儲けのタネを前にして自分を売り込んでいる。また、フローラの周りにも商人が集まっていた。


「レディー。つい先日、大層珍しい宝石が手に入りまして。アクセサリーにして身につければ、あなた様にお似合いだと思うのです」


「この七色のパールでできたネックレス、素敵ではありませんか?」


「美肌効果のあるこの化粧水が当商会のイチオシでございます」


 ーーなどなど、装身具や化粧品を扱う商人に捕まっていた。この他、護衛として同行している麗奈とレナには、武器や防具を扱う商人がついている(本人たちは護衛の邪魔だと迷惑そうにしていた)。


 そして誰にも共通して言えるのが、不老長寿の薬を売っているという商人がいることだ。サンプルとしてジンにガラス瓶入りの薬を見せていた商人だが、鈍色の見た目といい『鉱山から採れる常温で液体』という説明といい、明らかに水銀であった。これが不老長寿の薬でないことは、地球の歴史が証明している。だからジンはほぼ無視していた。


(麗奈はともかく、フローラやレナは騙されないだろうな?)


 ジンは少し心配になって様子を見る。フローラは思慮深いので念のためといったところだが、レナはやや単純なところがある要注意人物だ。ただ、見ている限り二人とも眉唾だと思っているらしく、適当にあしらっていた。ところが、


「え? マジ!?」


 ーーなんて騙されかけているのは麗奈。一番安心だと思っていた人物が騙されていた。おいおい、と思いつつもジンは素早く行動する。


「失礼。少し彼女と話があるので」


 麗奈と商人との話に割って入り、彼女の腰に手を回して強引に引き寄せることで、無理矢理引き離す。商人は文句を言いたそうだったが、親し気な二人の様子を見てひとまず諦めたようだった。


 一方の麗奈はジンのそんな行動を、


(他の男と私が話しているのに嫉妬するなんて、ジンも独占欲が強いわね)


 などと考えていやんいやんしていた。嫌がっているわけではない。まあ、まったく的外れな考えではあるが。そしてそのことは、すぐに明らかとなる。


「麗奈。あんなのに騙されるなよ?」


 ジンからの注意が飛び、麗奈は夢想から一気に現実へと引き戻される。


「は? 騙されるってどういうことよ?」


「あの商人が不老長寿の薬、と謳っていたあれは水銀だ。不老長寿どころか早死にするぞ?」


「嘘!?」


「嘘じゃない。……まさか、知らなかったのか?」


 お勉強が足りてないんじゃない? と指摘するジン。始皇帝が不老長寿を求めて水銀を摂取、中毒で死んだというのはよく知られた話だ。また、四大公害病のひとつである水俣病の原因も水銀である。後者ならば、日本人として知っておかなければ恥ずかしい話だ。


 これには麗奈も顔を真っ赤にして怒った。


「そ、そんなわけないじゃない! もちろん知ってたわ!」


 と言いつつ、視線は左右に彷徨っている。なんともわかりやすい嘘である。ジンも反論はスルーして気をつけろよ、という言葉を送って解放した。


 なお、麗奈をカモと見たらしい商人は色々な商談を持ちかけたようだが、ジンの忠告により不信感を抱いた彼女は片っ端から断った。触らぬ神に祟りなし、といったところだろうか。なんとも豪快な解決方法である。


 その後は特に問題らしい問題も起こらなかった。ただ、厄介なのは商家のご令嬢たち。親に命令されたのか、ジンに取り入ろうとどこへ行こうが雛鳥のように後ろをついてくるのだ。護衛の麗奈は女払いの意味もあったのだが、そんなことは知らん、とばかりにグイグイと攻めてくる。一緒に踊りませんか、と言われては儀礼上逆らえない(女性から誘うのはあまり感心されないのだが、この国では商売に役立つなら禁止されていない限りやっていいという考えが支配的だ)。


 意気盛んな令嬢たちにジンが辟易しているところへ、ナサニエルがやってきた。


「王よ、楽しんでいただけていますかな?」


「ナサニエル殿。ああ。楽しませてもらっているよ。貴国の女性は、とても積極的で嬉しい限りだ」


「いやはや、これは手厳しい」


 ははは、と笑うナサニエル。ジンの皮肉を、彼は正確に理解した。そう言いつつ、女で取り入るのは失敗だったかな、などと考えているあたり強かだ。


「こらこら。そんなに王を困らせるものではありませんよ。我が国にとって大切なお客様なのですから」


「「「はい」」」


 ナサニエルの言葉に従い、あれほどしつこくつきまとっていた令嬢たちは呆気なく解散した。


 彼らにとって、権力者に取り入るには金と女が一番。金は嫌いそうだったので女をぶつけてみたのだが、どうもダメらしいとわかるとすぐに別の手段に切り替えるあたり、さすがは商人といったところだ。ただ、ナサニエルの脳裏に思い浮かんでいた次の方法が、美少年を侍らせることだとジンが聞けば発狂しただろうが。


「ところで王よ。貴国の料理人が作る料理は大盛況ですな」


「珍しいのだろう」


 ジンはそう結論づけた。アントルペン商人連合は様々な品物を運び、別の場所へ流すーーいわゆる中継貿易によって成り立っている。四方の物流路の交差点であり、ゆえに文化も多種多様だ。その意味では異国の文化に慣れているといえるが、ジンが提供するそれはいずれの文化とも離れている。だからこそ、彼らには新鮮に見え、金の匂いを感じ寄ってきているのだ。


「話した通り、彼らをこの国に派遣して店を出す。そのときは是非とも本物の料理を楽しんでくれ」


 ジンは人気にあやかってまがい物が出てくることを見越した発言をした。要は、お前たちがいくら模倣しようと所詮は二級品。真の一流品を食べたいなら魔界から派遣された料理人の店を使えーーということだ。


「これは手厳しい」


 ナサニエルはそうおどけて見せつつ、内心では冷や汗をかいていた。


(この男……物見遊山できた王かと思っていたが、とんでもない。キレ者だ)


 為政者は普通、商売に暗いものだがジンは違う。理解があるというものでもない。自分たちと同じところか、それ以上の視点からものを見ている。でなければ、模倣などという手段を思いつくはずがない。


 ナサニエルは嫌な心地を払いのけるように、数回首を振る。そうすることで、頭の中をリセットした。


「本日は各国の珍味も用意しております。そちらも是非、お召し上がりください」


 と言って、ジンを料理が置かれたテーブルに誘導された。中心の丸テーブルを長テーブルが囲むような配置になっている。丸テーブルにはフルーツが飾り切りにされてツリー状に盛りつけられており、とても美しい。好きなものを選んで食べるビュッフェスタイルだ。


「テーブルの配置は我々と、その四方にある国々を表しています」


「載っている料理も、それに対応しているというわけか」


「その通りです」


 長テーブルのひとつに、ジンの見慣れた料理が乗っていた。


(たしか我が国はアントルペンから見て北にあったはず。ということは、右が東、左が西、そして反対側が南の料理か)


 色々なものを少しずつ食べる。ジンが日本で食べたことのある(あるいは似ている)料理もあれば、まったく見たことのない料理もあった(主に魔物を食材として使った料理)。何事も経験とどれもひと口ずつ食べたが、やはりというか、なかにはゲロまずい料理もあった。特に西の料理は壊滅的である。


(魚とポテトを揚げたもの、ヘビのような海棲魔物を煮て固めたものーーどう見てもこれはイギリス料理……)


 ジンが微妙な表情になる。自他共に認めるメシマズ国家イギリス。一応、彼らの名誉のためにいえば、イギリス料理はーー素材の調理法は別にしてーー味つけがほとんどされていないために不味いのだ。それとそっくりの文化を持つ国があるらしい。


 ジンは世界はまだまだ広いと感じた。そして探せば神へとつながる手がかりがあるのではないかとも。そのためには商人が多くおり、各地へのパイプを持つアントルペン商人連合は欠かせない。


「興味深いな。今後、このような国々を紹介してくれると助かる」


「もちろんでございます」


 ナサニエルはジンの意図に気づかず、言葉通りに受け取った。その後、彼は各国の商人をジンに紹介し、魔界と他国とをつなぐ橋渡し役になる。


 ーーーーーー


 翌日。パーティーは夜遅くに解散となったが、フローラとレナはいつぞやの失敗を繰り返すことはなく、ピンピンしていた。ジンも節制していたし、麗奈はそもそも飲ませていない。帰国の日まで、商人たちに神に関することについて何か知っていないか情報収集をする予定になっていた。ところが、


「は? 二日酔い?」


 なんと、案内役を買って出たナサニエルが二日酔いで動けないというのだ。使者としてやってきたジョンは申し訳なさそうにしていた。


「なら中止か……」


 顔役が案内できないとなると、何かと不自由が起こってくる。ジンは残念がった。


「代わりといってはなんですが、知り合いと会えるようにいたしました。これでご納得いただけませんか?」


「契約不履行といえるが……今回だけだぞ」


 とは言いつつ、ジンの目的はあくまでも簡単な調査。事実上の観光ともいうべきものだ。本格的なことは淫魔種に任せればいいーーそう考えて、ジンは渋々申し出を受けたような体で頷いた。


 ジョンはそんなことなどつゆ知らず、ひたすら感謝していた。商人にとって、契約不履行という言葉はなによりも重いものだ。信用がすべての商人が契約を破るーーつまり信用ならないとなると商売に大きな影響が出る。今回のように、相手が代替措置を受け入れたなら話は別だが。


 ジンのおかげで商人としての信用を損なわずに済んだジョンとナサニエル。彼らはジンへの借りを増やしていく……。


 さて、そんなジンがやってきたのは商店街。有力商人との会合は望み薄だと知ったジンがとった代替手段だ。店を冷やかしつつ、店員と接触して情報を集める。ついでによさげなものがあればお土産に買おう、という一石二鳥の作戦だ。しかし、


「ーー神の伝説? 知らないねぇ」


「そうか……。ところでこれは?」


「お目が高いね、旦那。これは東の国で織られた絨毯さ」


「ほう。色は少しくすんでいるが、手に馴染むな。よし、買おう」


「毎度!」


 と、有力な手がかりは掴めず、逆にお土産が増えていっている。それも目的のひとつであるからいいのだが、こうも空振り続きだとやる気が失せるというものだ。今もまた、店員に勧められるままに買った。さすが商業で成り立つ国の大通りに店を出すだけあって、偽物を掴ませることはなかったが。


「ジン〜!」


 麗奈が手を振ってジンを呼ぶ。何事かと行ってみれば、宝飾店を指さしている。どうも欲しいものがあるらしい。ジンもそこまで鈍感ではないし、彼女が今、どうしてほしいのかもわかっている。


「おっ。綺麗だな。お土産によさそうだ」


「でしょでしょ!」


 ジンの言葉に激しく反応する麗奈。アンネリーゼたち残してきた妻たちへのお土産にいいと思ったジンだったが、女性の前で他の女性の話題を男の方から出さないのがマナー。そこは敢えて省いた。


 宝飾店には貝殻を加工して作られたアクセサリーが並べられていた。赤、黄、紫とカラフルだ。


「南の国でとれる素材を使ったアクセサリーだよ。彼女さんにどうだい?」


「うむ」


 店主の勧めに、ジンは頷いて商品の選定にあたる。しばらく悩んで、彼はブレスレットを手に取った。


「麗奈には……これなんかどうだ?」


 ジンが見せたのは、黄色い貝をメインに真珠も使ったブレスレット。社交の場や戦闘に出るときはドレスや鎧を着ているが、普段着としてはノースリーブのワンピースを好んで着ている。夏場にワンピース、麦わら帽子、貝のブレスレットをつければ涼しげでいい感じだ、と思ってそれを選んだ。


「いい! 最高!」


 麗奈は飛び上がらんばかりに喜んだ。ジンが勧めたものは、まさしく彼女が狙っていたものだった。喜ばないはずがない。


「店主。彼女にこれを。あと、あれとこれ。それから……こいつとそれをくれ」


「へい! 毎度あり!」


 店の商品から、妻たちに似合うだろうアクセサリーを手早く見繕っていくジン。


 アンネリーゼには、紫の貝に純白の真珠をあしらった髪留めを。彼女の鮮やかな金髪にあって際立つだろう。


 ユリアには、珍しいピンクの真珠をふんだんに使ったブレスレットを。彼女の可愛らしさをピンクの真珠が引き立ててくれる。


 フローラには、赤い貝をメインに使ったペンダントを。白系の服を好む彼女には、鮮烈な赤の色がいいアクセントになるだろう。


 レナにはフローラと同じデザインの、赤い貝のペンダントを。フローラに対して絶対的な忠誠を誓っている彼女だ。お揃いの方が喜ぶだろう。


 真珠を使った商品もあり、値段はそれなりにした。天然の真珠で希少性が高く値段も安くない。魔族もボードレール王国の王侯貴族も、ひとつ持っていれば自慢できるほどだ。それを聞いて、養殖を始めれば儲かりそうだと思ったのは秘密である。


 麗奈へのプレゼントはその場でつけてあげた。贈られたブレスレットを矯めつ眇めつしてはうっとりする麗奈。その姿を見て、ジンは買ってよかったと思えた。


 他の商品を包んでもらっている間、例によって聞き込みをする。今回は半ば諦めているものの、形式的な質問だ。


「神に関する伝説なんか知らないか?」


「神?」


「ああ。何か珍しい話とかあれば聞かせてほしいんだが」


「物好きだな、アンタ」


「そうかもな」


 わざわざ神を探し出して気が済むまで折檻して、元の世界に戻すように迫ろうというのだ。たしかに、とその言葉に同意した。


「神に関する伝説かは知らないが、ネタはあるぞ?」


「本当か!?」


「ああ。でもなぁ……」


 店主は言葉を濁す。何を求めているのか、ジンにはよくわかった。


「そうだ店主。お代を忘れていたな」


 おもむろに代金を支払うジン。それは本来の値段より少し多い。釣りは要らない、とつけ加える。差額は情報量、というわけだ。それで店主の要求は満たせたらしく、彼はそのネタを話し始めた。


「オレは南と取引をしてるんだがな、これは東と取引している奴の話だ。東へ行くとき、途中で島が見えたらしい。ただの島じゃないぜ。島の周りには、小島が六つほどあったらしい。食料も心許ないからそこへ寄港しようと言うと、東の船員たちは猛反対したんだ。なんでも、島に近づくと波が荒くなって、船が難破するんだそうだ。原因はわかってないがな。その話を聞いて、代表者会議に報告したんだよ。最初は誰もが信じなくて、部下を向かわせた奴もいた。だが、そいつらは軒並み帰ってこなかったよ。ついていった船員の話では、船が小島を超えると、途端に波が荒れて船体が粉々になったそうだ。不思議なことに、小島の外には漂流物が一切なかったんだと。薄気味悪くて、慌てて逃げてきた。それからオレたちの間では、その島のことを【ミステリー・ヘキサゴン】って呼んでる。ーーどうだ?」


「面白かったよ。参考になった」


「そいつはよかった。ほらよ、商品だ」


 ジンと店主は笑いあい、商品の受け渡しが終わるとまたきたら訪ねる、と約束して別れた。




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