幽霊船騒動
新章開幕です
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人魔大戦の終結に伴う種々の混乱は、主に王国の新進気鋭の官僚たちによってどうにか収拾がつき、一定の落ち着きを見せた。これにより、魔界と人間界はジンの下に治められることになったのである。
世界帝国の主となったジンは魔王城で政務を執りつつ、アンネリーゼ以下の妻たちと平穏な日々を過ごしていた。ときには王国へ足を運び、ジョルジュと会ったりもしている。
しかし、これにてジンの夢が達成されたわけではない。むしろ、ここからが始まりであった。それはジンたちを手違いで殺し、異世界に送り込んだクソ女神に天誅を下すことである。そのため、マルレーネの淫魔種諜報部隊が神の居場所について全力で捜索中であった。
もちろん、客としてやってきた相手に『神の居場所を知りませんか?』などと訊くわけではない。何か変わったことがないかを、事の前後に訊くのである。生まれたままの姿になり、心の壁が低くなっている男どもは、知っていることはペラペラと喋ってくれる。
そういった情報をジンは蓄積。政務の合間を縫って精査していた。とはいえ、その大半は益体もない情報である。どこそこの小麦が値上がりしているだの、魔獣が増えているだの。まあ、これはこれで政策決定に役立つので利用しているが、ジンの知りたい情報ではない。
ところが、今日はそうではない。興味を惹かれる情報があったのだ。それは人間界の北部にある漁師町からの情報だった。
「幽霊船?」
「ああ。漁をしていた船が濃霧のなかで船を見たそうだ。だから幽霊船じゃないかって」
ジンはそう説明するが、聞かされた麗奈は怪訝な顔をしている。科学が発達して様々な事象が解明された時代に生きていた人間が、幽霊船を真実と捉えるかというと、まずそんなことはないだろう。物には必ず実体がある。幽霊のような、見えるのにそこにないものなど存在しない。そう教えられてきたのだから。
「そんな顔するな。ここは異世界だぞ? 幽霊だってあるかもしれないじゃないか」
「でも、幽霊船って……」
クスクスと笑う麗奈。未だ前世の価値観から脱却できていないようだ。前世を引きずっているのはジンも同じだが、彼の場合は色々と諦めて折り合いをつけている。現に魔法なんて非科学的なものを使っているのだ。幽霊や妖精なんかも存在するかもしれない。可能性は切って捨てるべきではないと思っていた。
そんなわけで、ジンは幽霊船騒動の調査に乗り出すことにした。同行者は麗奈、フローラ、レナの三名である(護衛は含まない)。麗奈が選ばれたのは、神が絡むことについては協力することになっているから。フローラは、王国で活動するときのパイプ役として。レナはその護衛といった役回りだ。
ジンたち一行はまず王都に移動する。これは魔法により一瞬だ。予めジョルジュにも伝えられていたので、最上級の饗応を受ける。
「あー、ジョルジュ。これからは特に理由がなければこのような饗応はしなくていいぞ」
「っ!? な、何か不手際がありましたか? あるいは料理がお口に合いませんでしたか!?」
汗を滝のように流しながら、ジョルジュは問う。その姿を見て、ジンは己の失態を悟る。この言い方では饗応が気に入らないから止めろ、というニュアンスになってしまう。
「お父様。ジン様は、毎回このようにもてなしていてはお金がかかりすぎるので、やらなくていいと仰っているのです」
ジンが訂正するより先に、横にいるフローラが補足した。ジンはその通りだと頷く。するとジョルジュも納得したようだった。
「わかりました。今後は簡単なものにいたします」
「頼んだぞ」
フローラのナイスフォローにより、誤解は解けた。信賞必罰が信条のジンは、彼女にお礼を約束する。
さらに、王都を訪れたついでに済ませることがあった。官僚たちへの褒美である。教会の弱体化と王国の教会領接収による混乱をどうにか収めた彼らに、ジンは爵位を与えた。最低でも騎士。活躍目覚ましい者については子爵や伯爵に。家柄などは関係ない、実力至上主義の世界であった。
やることを終えたジンは、長居は無用とばかりに翌日には王都を出立した。王都にいる魔王軍に王国騎士も加わり、総勢五百の集団となっている。彼らはジンの馬車を取り囲み、北へ向かう。
万が一のことがあってはならないと、護衛たちは殺気立っていた。そんな状況なので、すれ違う人々も町村で会う人々も、皆萎縮してしまっていた。
だが、ジンはこれを自分たちを恐れているからだと考えた。殺気立っていることには気づいているが、要人を護衛するのだからこの程度はいつものことだと勘違いしていたのである。
ジンは自分たちは怖くないですよー、と宣伝すべく、町村では窓を開けて三人で手を振った。さらに、諜報部隊を通じて手を振りながら通って行ったのは魔王、勇者、王女だったと宣伝させる。その甲斐あってか、北部では他より早く支配が馴染むのだった。
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「ここが北の町か……」
ジンは魔王城で過ごすのとほとんど変わらない格好(外出しているのでやや装飾多め)で、波止場に佇んでいる。
ーーザッパーン!
波が打ちつけ、大きな音と飛沫を上げる。荒れ狂う海がそこにはあった。ザ・北の海である。
「何かが違う……」
ジンは呟く。そう。かれが思い描く北の海とは何かが違うのだ。荒れ狂う海、鈍色の空、視界を閉ざすほどの吹雪ーーと、ここまではいい。問題は、程よく暖かいことだ。雪が降っているのに暖かい。これを『異世界だから』と処理できるほど、ジンは達観していない。
そんなジンの肩に、ポンと手が置かれた麗奈のものだ。
「……」
彼女は黙して語らず、ただ頷いていた。しかし、ジンにはきっちり伝わる。私も通った道だよ、という無言のメッセージが。
ジンをかくも困惑せしめた原因は、馬車を降りる前に渡された魔道具によるものだ。用意してあったコートを着ようとしたジンをインターセプト。それを取り上げてフローラが手渡したのが【防寒のペンダント】。たとえ素っ裸でも丁度いい気温に保ってくれる優れものである。これによっていつぞやの麗奈と同じ心境に、ジンもまた陥っていた。
「こんなものがあるんですね」
アンネリーゼも不思議そうにしている。魔界は四季こそあるものの、人間界のような極地は存在しない。必然、【防寒のペンダント】のごとき魔道具が発達することはなかった。
「情緒が……」
ジンも、四季を愛する日本人。春の麗らかな陽気が夏のうだるような暑さが、秋の柔らかな寒さが、冬の刺すような寒気が、それぞれ季節を感じさせてくれるのだ。
汗を滝のようにかく暑さがあってこその夏、凍えるような寒さがあってこその冬である。吹雪のなかを普段着で過ごすなどあってはならない。これはもはや冬への冒涜だ。そう言ってジンはペンダントを外そうとするが、フローラがまたしてもインターセプト。
「みっともないので付けていてください」
曰く、ペンダントを付けないのは貧しさの証であるという。上流階級はペンダントを付け、薄着で過ごす。それが身分証明であり、要らぬトラブルを減らすことになるという。
「だがしかしーー」
「この前の『お礼』に付けていてください」
「……」
そう言われては黙るしかなかった。約束は約束である。それを破るのはジンの良心が許さない。結局、服装はそのままということになった。
服装に一応決着がつき、半ば諦めの境地に達しながら、ジンは改めて街を見る。港には小型の船がずらりと舳先を並べていた。一部、中型の船があるものの、大型船はない。ここでは小型や中型の船で漁をするのが習わしなのだ。それが勇敢な海の男である証であり、大型船で漁をする者は臆病者と考える。逆に中型船は、儲けた者か栄誉のために造るものだった。
港のすぐ側には大きな魚河岸があり、バイヤーたちが威勢のいい声を上げている。その様は、築地や豊洲の中央卸売市場のようだ。世界が変わっても、マーケットの熱は変わらないらしい。
ここで取引されているのは、当たり前だが獲れたての新鮮な魚介類。そしてここは厳冬の北国であり、今は吹雪く季節である。当然、アレがあった。
「北国といえば?」
「カニ!」
ジンの呼びかけに、麗奈が阿吽の呼吸で応える。そう。魚河岸にはまだ生きている新鮮なカニがあったのだ。ジンはすぐに買った。誤解のないようにいえば、ちゃんと筋は通している。バイヤーに紛れて買ったのではなく、彼らが競り落としたものを買ったのだ。
カニはまだ生きているので、食べられまいと手脚を動かして抵抗する。だがそれは、抵抗というよりも活きのよさを自らアピールしているだけだった。むしろ、死期を早めているに等しい。
バイヤーはやはり、元気よくもがいているカニを真っ先に手に取った。
「焼きますか? 茹でますか?」
「「生で」」
「え?」
「「え?」」
冗談だよね? と言わんばかりにジンたちを見るバイヤー。そんな彼が見たのは、焼くとか茹でるとか馬鹿じゃねえの? 新鮮なカニはやっぱ生でしょ、と言わんばかりのジンたちだった。
ジンはひょい、とバイヤーからカニを強奪。無慈悲に脚をもぎ取る。そして脚先を持って引っ張れば、付け根側の殻が外れて身だけが出てくる。それを麗奈に手渡した。
「醤油は?」
「まずは生からだ。素材本来の味を楽しむんだぞ」
「それもそうね」
麗奈は納得し、生のまま食す。上を向き、高く掲げたカニのむき身をゆっくりと口の中に挿入。前歯で身を噛めば、それだけでも海の自然な塩味と身の甘味が口の中に広がる。歯でホールドしたまま身を引き上げれば、スルスルと身が削ぎ落とされる。後には筋だけが残った。
「どうだ?」
「美味しい! 信じられないほど美味しい! 醤油がなくてもいける!」
「だろ?」
ジンはどこか得意気だ。
「もうひとつーーって、何してるの?」
麗奈はすかさずカニを頼もうとするが、ジンは別のことをしていた。カニの甲羅を剥がし、灰色のミソと紅白の身をぶち込む。そこへ酒を適量入れてから、甲羅を火で炙る。
「カニミソを食べるためにちょっとな」
それだけ言って、ジンはまた甲羅を注視する。火で炙ったことで温度が上がり、気化したアルコールの匂いが漂う。その段階で炙るのを止めた。取り出したスプーンで甲羅の中身をすくい、口へ運ぶ。口を閉じた途端、身の甘味とミソの旨味、酒精の香りが一気に広がった。
「ああ、これは美味い……」
至福、という表情をするジン。その姿を見て、麗奈は彼のスプーンを強奪。甲羅の中身をすくい、間接キスなんて今さらだと気にせず食べた。
「何これ。超美味しいんだけど!?」
身だけでも美味しいのに、そこにミソを加えればどうなるか? もちろん美味いに決まっている。騒ぐ二人を見たフローラやレナ、護衛たちも生唾を呑み込む。そんな彼らを見たジンは、
「お前たちも食べろ」
と、ケチることなく促した。カニはバイヤーの手持ちすべてを購入している。とても二人だけで食べきれるものではないし、最初から彼らにも食べさせるつもりだった。
許しを得ると、我先にとカニに手を伸ばす。普通は茹でたり焼いたりするが、目の前であんなに美味しそうに食べているのだ。その通りに食べないはずがない。その流れに乗ってバイヤーもひとつ食べる。そして、その美味しさに驚いた。
「生のカニはこんなに美味かったのか!?」
長年カニを扱ってきて、初めて知った事実。生のカニは美味い。
「味に慣れてきたら、これでアクセントをつけるといい」
「ジン様。これは?」
「醤油とポン酢だ」
どちらもカニを食べる際には欠かせない調味料だ。ポン酢は醤油に柑橘の果汁を混ぜたものを用意している。
「ではまず醤油から……」
レナが毒味です、などと言い張りながらカニの身に醤油をつけて食べる。すると、醤油の強い塩味がカニ本来の甘さを引き立て、より美味しく感じた。
「……ふふっ」
何も言わず、幸せそうな顔をしてカニの身をじっくり味わうレナ。フローラも我慢できず、カニの身をポン酢につけて食べた。
(美味しい。ポン酢の酸味が、カニとよく合ってます。その酸味も、酸っぱさの他に柑橘の甘味、苦味、香りがして複雑で面白い)
にへら、と表情を崩すフローラ。その姿は名前のごとく、花のようだった。
「そして、これだ」
生のカニを堪能しているところにジンが出したのが、甲羅に身とミソを入れて酒をかけ、酒精が飛ぶ程度に焼いた品。これに止めを刺された。
(これは……普段食べている焼きガニじゃない! 雲泥の差! ミソがこんなにも美味しいなどぉッ!)
バイヤーは心のなかで絶叫し、
「カニミソの暴力的な美味しさが口いっぱいに広がって、幸せぇ……」
フローラは表情をさらに崩し、
「手が止まらない!」
レナは夢中で食べている。
ジンには、彼らが恍惚の表情をして服が弾け飛ぶイメージが見えたとか見えなかったとか……。
そんな感じで、多くの人々が生のカニを食し、美味い美味いと騒ぐ。すると人が集まり、事情を聞いてそんな馬鹿なと訝しがる。が、試しにひと口食べれば掌を返してべた褒め。騒ぎに加わり、また人が集まるーーということが繰り返される。結果、なし崩し的にカニパーティーが始まり、その日は夜通し騒ぐことになった。
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「ふう。さすがに疲れた」
ジンはほっ、とひと息吐く。徹夜は久しぶりのことで、さすがの彼も疲れていた。
「まだカニの匂いがしてる気がする……」
すんすんと手の匂いを嗅ぎながら、麗奈は渋い表情だ。それを見て、ジンは笑った。
「はははっ。カニを食べすぎて、匂いが染みついたのかもしれないな」
「ちょ、冗談でも止めてよね、そんな恐ろしいこと言うの。私にとっては大事なことなんだから」
少し揶揄うと、麗奈から強めの抗議が返ってきた。ジンはちょっとやり過ぎたかな? と思ってすぐに謝罪した。ここで対立して彼女の機嫌を損ねるなど愚の骨頂である。引き際は誤らない。
そんなことをやってると、残りの面子が現れる。
「……少し飲みすぎました」
「気持ち悪い……」
フローラとレナはそう言ってソファーに座る。いや、レナはそのまま横になった。残りの面子ーーあるいは二日酔い組である。ジンは元々酒を多く飲むわけではないし、麗奈は日本の法令に基づいて飲酒を止めさせた(健康にも害があるため)。だが、フローラたちに限っては止める理由もなく、好きにさせていた。結果がこれである。
フローラの場合、元々あまり酒に強くないので節制していたのだが、雰囲気にあてられてつい飲みすぎてしまった。酒の失敗あるあるである。
一方のレナは深刻である。彼女は集まってきた漁師たちと酒の飲み比べをしていたのだ。街で一番の酒豪という評判の漁師と勝負。そして、酒樽ひとつ分の酒を飲みきって勝利した。そのときは少し顔が赤くなる程度でジンも驚いていたのだが、翌朝にはこの有様である。二日酔いには強くなかったようだ。
ジンは、二日酔いの二人を置いて行くことに決めた。フローラは顔つなぎの目的で連れてきたが、昨日のカニパーティーで目的は果たされたはずだ。まあ、酔いが醒めて記憶が飛んでいなければの話だが。
「申し訳ありません」
「すみません」
「まあ気にするな」
こんなことで問い詰める気はない。誰だって似たようなことは一度や二度くらいやっているのだから。
そんなわけで、ジンは麗奈だけを連れて街へ繰り出す。本格的な聞き取り調査の開始である。
「魔王様、おはようございます」
港に行けば、漁師が早速声をかけてきた。昨日のカニパーティーで音頭をとっていた人物で、この街の漁師のまとめ役であった。
「おはよう。早いな」
「いえ。漁師にとってはこのくらい、普通ですよ。もう漁に出ている者もいます」
「大丈夫か? 酔っていて船の操作を誤ったりしたら大変だぞ」
「な〜に。心配要りませんよ。そんなヘマをする奴はここにはいません」
その口ぶりから、かなりの自信があることが窺える。だが、念のためにくれぐれも無理はしないように言い含めておいた。
「それで、本日はどのようなご用で? 魚介なら、もうすぐ戻ってくる船も出るはずですけど……」
「ああ。今日はーー」
幽霊船の正体を探りに来たのだと、本来の目的を説明した。
「なるほど。やることがなかったんで?」
「おかげさまでな」
漁師の失礼とも取れる物言いを、ジンは気にせず返した。もしアンネリーゼやユリアがいれば、今ごろこの漁師は塵になっていたことだろう。運がよかったといえる。
「たしかに幽霊船の話はありましたけどね、あれから見たっていう話を聞いたことがないんですわ。だから見間違いじゃないか、っていうのが大体の意見で」
「実際に見たという漁師はいないのか?」
見たのが一度きりなので見間違いではないかと考えるのも無理はない。だが、ジンはそれではいそうですかと済ますわけにはいかない。一度しか見ていないというのも、神が絡んでいるのなら、見えなくする光学迷彩のごときことをやっても不思議ではない。
「たしか、今日はその船は休みだったはず……。オイ!」
その漁師は、幽霊船を見たという漁師が休んでいるかを、仲間の漁師に訊ねた。その答えは是。ならばとすぐに呼んでもらう。
「呼んだか?」
「おう。魔王様が、お前の話を聞きたいそうだ」
かくかくしかじかとジンがここに来た理由を説明し、納得させた上で幽霊船を見たときのことを説明させる。だが、それが見間違いでないと断定するには至らない。
(航跡なんかは深い霧で見えず、船影もマストと帆のような影が霧越しに見えただけとは……)
ジンは困った。情景を聞き、何かしら手がかりが掴めるものと思っていたからだ。
「他に何かなかったの?」
麗奈がさらに問うた。
「そう言われましても……」
漁師も困ったように頭をかく。困り顔でうんうんと唸ったあと、ひとつだけ付け加えた。
「そういえば、舳先に女性像のようなものがありました」
「女性像ね……」
地球では、航海の安全を祈願して舳先にモニュメントを設置するのはよくあることである。だが、この世界ではあまりそのようなものはない(ジンが見たことがないだけかもしれないが)。港の船を見ても、そのようなものは見当たらない。
「ありがとう。もう少し調べてーー」
と言いかけたところで、ジンは言葉を止める。彼が張っていた魔力警戒網に反応があったからだ。
「……どうしました?」
急に黙ったジンを訝しがって、漁師が訊ねる。それに、ジンは簡潔に答えた。
「海から何かが近づいてくる」
「? よくわかりませんが、帰ってきた船では?」
「いや。それなら普通、港へ向けて真っ直ぐ帰ってくるはずだ。ここの漁師は誰も彼も熟練の者たち。フラフラと、あっちへこっちへ舳先を変えるような奴らではないだろう?」
「それはそうですが……」
漁師は大袈裟ではないかと思った。たしかにそんな素人がやるようなことを仲間たちがするはずない。もしかしたら、何かしらのトラブルが起こってのことかもしれないが。
しかし、ジンは警戒を怠らない。漁師の船ならば何もなくてよかったで済む。ただそうでなかった場合を考えて行動すべきだ、というのがジンの基本的な考え方だった。なので、一応の警戒を促す。
「どうするの、ジン?」
ジンから習い、同じように【レーダー】を使って不審船の反応を感知した麗奈が問う。もちろん、ジンの答えは決まっている。
「確認しておこう。漁師の漂流ならば助けなくてはならないしな」
そう言って、ジンは悠然と歩き出す。麗奈も続き、その場の雰囲気に流されて漁師たちもついて行く。だがそれは、結果的に僥倖だったといえよう。浜辺に漂着していた船は、この街にはない大型船。あちこち破損して航行不能に陥ったらしいが、そんなことはどうでもいい。ジンたちの目に留まったのは、その船の舳先にある女神像。幽霊船の目撃情報にあった目印である。そして何より、
「あれだ! あれがオレの見た船だ!」
当の目撃者による断言で、幽霊船だということが確定的となった。




