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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編
54/95

淫魔少女の憂鬱

この話で日常編は終了です。次回からは、話がまた動き出します。


最終話は、影の薄いヒロイン・ユリアのお話です。実は作者のミスで、予め書いてあったユリア編(初代)が消えてしまい、すっかり書く気が失せていたのですが、ユリアが『プリーズ出番』と言うので、書き直しました(中身はまったくの別物です)。




ーーーーーー


ユリア・カナリス。


淫魔種の種長マルレーネ・カナリスの娘。淫魔種の恭順の証として嫁いだ。婚姻は彼女の初情がまだであったため延期されていたが、島州で会食した際にジンの魅力にあてられ、その晩に初情を迎えたという武勇伝の持ち主である。


「はぁ……」


そんな彼女は、物憂げに外を眺めていた。場所は魔王城。魔都において最も高い建物であり、そこからの眺めは絶景だ。それを背景にして、物憂げに佇む美少女。一枚の絵になる光景だった。


とはいえ、それは第三者から見た話。本人は見世物としてそんなことをしているのではなく、真剣に悩んでいるのである。魔族のなかで最大の権力者の妻として侍り、忖度合戦の結果、思い通りにならないことはないユリアに何か悩みがあるのか。あるから悩んでいるのだ。


悩みのタネは、ジンと接する機会の短さであった。現代的な教育を受けているジンは、この時代からいうと極端なフェミニストである。そんな彼であるから、ジンの妻にはそれぞれの得手不得手に応じて(自然と)役割分担がなされていた。


アンネリーゼはジンの補佐として執務の手伝いと後宮の管理。


ユリアは使用人の管理。


フローラは王国との外交。


麗奈はジンの護衛。


レナはフローラの護衛。


といった具合である。


このなかで最もジンと接する機会が多いのは麗奈。ほぼ一日中、一緒にいる(他の妻と共にいることも多いが、それはそれ)。


次点でアンネリーゼ。少なくとも、執務の間はずっと一緒である。たまに麗奈が護衛を外れる(サボりではなく休暇)と、代わりに護衛を務めたりもする。


以上の二人は休暇を除くと毎日、ジンと日常の業務を共にできる妻たちだ。


この他、フローラは王国との外交について相談や報告の機会が週一のペースであるし、レナもまた週に一度のペースで、業務報告の機会が与えられていた。なお、これについてはユリアにも機会がある。だがそれだけだった。


フローラが担当する王国との外交は、魔界における最大関心事である。だからジンは定期の報告のみならず、頻繁に報告させていた。また外交は受信するだけでなく発信もするから、その時々にもフローラが呼び出されている。見かけ以上に接する機会が多い。


レナについては、接触機会がどうのこうのというほど強い感情を持っていない。そもそものきっかけも、ジンとフローラの雰囲気に流されてのことだった。よって、彼女に関しては除外。


そして残ったのがユリアである。ジンに対する熱意はアンネリーゼに比肩するほどあるにもかかわらず、妻で最もジンに接する機会が少ないのだ。彼女が所管する使用人の管理も報告を必要とするほどの問題が起きることはない。なにせ、ここは魔王城。魔界でも指折りの有能な使用人たちの巣窟なのだから。


そんなわけで、ユリアのフラストレーションは日に日に積もっていった。しかし彼女は麗奈のように不満を相手にぶちまけるようなことはせず、ひたすら溜め込んでいた。その反動で鬱状態になっていたのだ。


「どうしました?」


悩んでいるところにアンネリーゼが現れた。ジンの妻のなかで、魔族はこの二人。互いの連絡を密にし、婚姻により求められる種族の利益をより大きなものにしようと、二人は不定期でお茶会を開くようになっていた。そういう事情もあり、二人の仲は比較的良好であった。


「実はーー」


元気のないユリアは、促されるままに事情を話した。アンネリーゼはその点をすっかり失念していた、と己の不明を恥じる。夜の生活については、(必要なこととはいえ)毎日やっているユリアが羨ましいと思う。しかし、昼と夜は別だ。ジンと話せない寂しさは、彼女も戦争中に実感したことである。


日ごろ、ジンへの想いが強すぎるあまり衝突することもある二人だが、互いのジンへの敬愛ぶりは認めていた。だからこそ、アンネリーゼはなんとかしたいと思う。


「では、ジン様にお願いしてはどうでしょう?」


「大丈夫でしょうか? 厚かましい女だと思われるんじゃ……」


ユリアは不安を隠せない。ジンに依存しているといってもいい彼女は、ジンに嫌われるかもしれないことを極端に恐れる。さらに、元々引っ込み思案というか奥手であることも相まって、本音を言えないでいた。


「ジン様はお優しい方です。大丈夫ですよ」


「でも……」


いじいじと、いまいち態度が煮え切らないユリア。そんな彼女を見て、言うべきことは言う女、アンネリーゼはピシャリと言い放つ。


「ユリアさん。妻というものは、夫の付属物ではないのです。三歩後ろを歩き、何でも言うことを聞く……。それが理想の妻であると思っているなら、大間違いです。ジン様の思い描いておられる夫婦像は、共に支え合う夫婦です。あなたのように、どちらかがどちらかに依存するものではありません」


「は、はい……」


アンネリーゼの剣幕に呑まれたユリアは、コクコクと頷く。反射的な行動だったが、それが命とりとなった。


「わかっていただけたようで何よりです。ならすぐにジン様のところへ行きましょう」


「え!? ま、待ってください。まだ心の準備が……」


「行きますよ」


ユリアの抗議は無視され、あえなくジンの許へ連行されていった。


「失礼いたします、ジン様。少しよろしいでしょうか?」


「アンネリーゼか。少し待ってくれ。そっちに行く」


私室への入室許可を求めたアンネリーゼたちは、少し待たされてから入室を許された。そこではバスローブ姿のジンが待っていた。既に夜半にさしかかろうかという時間。夜の生活が始まっていても何らおかしくない。それを切り上げたのだろう。


二人は申し訳なく思うとともに、自分のなかの何かーー具体的には下腹部ーーが熱を持ったのを感じた。だが順番がまだだと気を取り直す。


「夜分に申し訳ございません」


「構わないさ。俺たちは夫婦なんだから。少しの非礼など気にするな」


「ありがとうございますーー」


アンネリーゼは謝辞を述べ、顔を上げるのと同時にユリアを見た。その顔には『言った通りでしょ?』と書いてあるかのようだ。


ジンもジンである。まるで二人の用件がわかっているかのような口ぶり。ユリアはドキッとさせられた。緊張で心臓がバクバクする。今すぐ右へ回れしてダッシュで逃げ出したいところだが、すかさずアンネリーゼが逃げ道を塞ぐ。


「ユリアさんがお話ししたいことがあるそうです。私は付き添いですね」


と、バトンをユリアにパスした。彼女は突然爆弾を渡された人のように慌てる。さらにはジンに注目され、目先に拳銃を突きつけられているような心地であった。


彼女が心の平静を取り戻すのには数分を要した。その間、ジンは特に急かすでもなく待っている。時間も遅く、早く言えと急かしても文句は出ないにもかかわらず、だ。


「あの、その……仕事がしたいんです!」


ユリアがなんとか絞り出したのは、伝えたいこととは意味が少しズレたものだった。決して間違っているわけではないのだが、そこから彼女の真意を汲み取るのは至難の業である。というか、無理だ。エスパーでもない限り。


「…………仕事はさせていると思うけど」


さすがのジンも、その真意を掴むことはできなかった。なので素直に訊いてみる。少し責めるようなニュアンスが入っているのは、まあ仕方がない。


「そ、そういうことじゃなくて……」


うう、と唸るユリア。言いたいことが伝わらなくてやきもきしているようだ。助けを求めるようにアンネリーゼを見たが、彼女は首を振る。


「ユリアさん。それでは伝わりません。落ち着いて、ちゃんと伝わるように話してください」


優しくも厳しいアンネリーゼであった。ジンも待ちの姿勢は変えていなかったため、ユリアには少しく余裕が生まれる。アンネリーゼに言われた通り落ち着こうと深呼吸。震える声を抑えて、再び訴えた。


「い、今のお仕事は、皆さんとても優秀で、正直、わたしがすることはほとんどありません。なのに、アンネリーゼさんたちはお忙しくしておられます。それが心苦しくて……。だから、わたしにも別のお仕事をください!」


それはずっと考えていた言い訳だ。欲望まみれの本音など、言えるはずがない。


「そうか。それは悪いことをした」


「いえ! これはわたしのわがままですからーー」


ジンの謝罪に恐縮しまくりのユリア。そんな姿を見つつ、ジンはどのような仕事がいいか考える。


実のところ、妻の間で仕事の難易度に差をつけているのはわざとである。ジンが不在のとき、代わりに政治をするアンネリーゼは常に自身の側に置いておく必要があった。だから政務の補佐をさせているのだ。


フローラは、王国との窓口としてこれ以上ない適任者であり、だからこそ対王国外交の責任者に据えている。


麗奈やレナは、言葉は悪いが脳筋であり、政治に関与させるのは悪手である。だから頭ではなく身体を使う護衛にしていた。


一方、ユリアは特に何かの役割が期待されていたわけではない。適性も未知数だ。しかし、だからといって仕事を任せないというのも、差別しているようでよろしくない。そして様々に悩んだ結果、本来アンネリーゼの仕事であった城の使用人たちの管理を任せたのだ。それが却って負担になろうとは思いもしなかったジン。物事はどう転ぶかわからないものである。


ユリアに仕事を任せてみて、彼女は優秀であることがわかった。それなりに大きな仕事を任せてもいいかもしれない。だが、急に仕事が増えても戸惑うだろうと、少しずつ増やすことにした。まずは手始めに、後宮も含めた魔王城の一切を任せることにする。


王国を併合したことにより、当初の予想以上に政務が増えた。アンネリーゼは毎日てんやわんやで、面倒な後宮の仕切りを他の者に任せたいと言っていたのである。丁度いい機会だと、ジンは提案したのだった。


「どうだろう?」


「もっとください」


すかさずユリアから注文が入る。後宮の仕切りとは、妻たちの間を飛び回って意見を聴取、夜の順番を決めることだ。しかし、もはやローテーションは決まっており、仕事の実態はただの喧嘩仲裁人となってしまっている。加えて、この仕事は肝心のジンとの接触機会が増えることにつながらない。キャパにはまだ余裕があるので、もっと仕事が欲しいと言った(ジンに与えられた仕事を断るという発想もない)。


「うーむ」


応えてあげたいのは山々だが、そろそろ統治の体制が整ってきたところなのだ。ようやく人材の割り振りが終わったのに、ここで下手に弄って混乱を招くことは避けたい。ジンはなんとかその要件を満たす仕事はないかと頭を捻る。


「なら、島州の長官はーーって、ユリア!?」


こうして絞り出した役職を提案してみたジンだったが、途端に狼狽えた。ユリアが突如として泣き始めたからである。


「申し訳ありません。わがまま言って。謝ります。だから……だからどうか、離縁だけはお許しください……っ!」


ユリアはその場で土下座し、涙ながらに訴える。


「は? 離縁?」


離縁ーーすなわち離婚。さっきまで仕事の話をしていたのに、突然、離婚するという話になっている。ジンには何が何だかさっぱりわからなかった。


「はぁ……」


ここにきて重い腰を上げたのがアンネリーゼだった。ユリアのため黙っていたが、ここまで話が拗れた以上は出ていくしかない。ユリアを落ち着かせながら、ジンにすべてを語った。


「ジン様。実はーー」


かくかくしかじか。ユリアの仕事斡旋のお願いが、実はジンとの接触機会を増やすことが目的であったと説明する。ただ、ユリアはわがままな女だと嫌われたくないあまり、本当のことを正直に告げられなかったのだとも言い添えておく。


「そうだったのか……」


ユリアのおかしな言動の理由を知り、ジンはさらに申し訳なくなった。彼女を苦しめていて申し訳ない、と。


だが、そのように考えているのはジンだけである。事情説明を終えたアンネリーゼは、次いでユリアを叱責した。


「ユリアさん。いくら嫌われたくないからといって、曖昧な言葉ではこのように互いの認識に齟齬が生じますよ。その上、泣き出してジン様を困らせるなんて」


「ごめんなさい……」


泣き止んでいたユリアだったが、また涙を流す。自らの行いを悔いているようだ。ユリアが落ち着くのを待ってから、アンネリーゼ主導で互いの溝を埋めていく。


「念のため確認します。ジン様。ジン様はユリアさんを島州の長官という体で離縁する気はないのですね?」


「もちろんだ」


ここ大事、とジンは大きく頷いた。魔都と島州は大きく離れており、僻地に飛ばすという意図があると思われても仕方がない。だが、ジンには魔法がある。想像力によって何だってできてしまう魔法が。おかげで『どこでも○ア』のような、瞬間移動も可能になっていた。ゆえに、妻がどこにいるかなど関係ないのだ。とはいえ、誤解を与えてしまったのは事実。ジンは己の説明不足を反省した。


彼の仕草を見たアンネリーゼもまたコクリと頷き、視線をユリアへと向ける。


「だそうですよ。ユリアさん。だから安心してください」


「ぐすっ……。ありがとうございます、アンネリーゼさん。ジン様、申し訳ございません」


ユリアは平謝りだ。こんな勘違いをするなど、今度こそ本当に離縁されてもおかしくない。だがジン以外の男に嫁ぐなど考えられず、ユリアは何としてでもジンと共にいるために謝り倒す。妻じゃなくて、妾でもいい。だからどうか、自分をそばに置いてほしいーー。そう請願を続けた。


「問題ない。互いに言葉が足りなかっただけのことだ」


そう言ってジンは、ユリアの地位保全を認めた。それどころか、


「それで仕事のことなんだがーー」


と、話題を元に戻した。これにはユリアも驚く。


「お、お待ちください。わたしはジン様にご迷惑をおかけしました。なのに願いをお聞き届けくださるなど……」


そう止めに入るが、ジンは聞かない。


「それはそれ、これはこれだ。誰だって失敗のひとつや二つあるさ。それにいちいち目くじらを立てていたら身が保たない。それに、今回は俺も悪かった。だから気にするな」


「あ、ありがとうございます!」


ユリアは感激する。そして、ただえさえ限界突破している忠誠心を、さらに高めるのであった。


「ジン様と一緒に居たいのなら、私の仕事を手伝いますか?」


アンネリーゼが提案するが、ジンはそれを拒否した。


「いや、ユリアはあまり表に出ていないから、まだ軽い。雑用ばかりになるだろう」


かつてはジンのサインがついた書類でなければ動かない魔界行政であったが、最近は正妻として表舞台に立つアンネリーゼのものでも動かせるようになっていた。だが、それは彼女が特別なだけであって、他の妻がやっても見向きはしないだろう。


「それよりもいい仕事がある。ーーユリア。マルレーネの補佐をしてみないか?」


「母の手伝い……ですか?」


「そうだ」


マルレーネ率いる淫魔種諜報部隊は、魔界の勢力圏が広がるにつれ、活動範囲を絶賛拡大中である。その分だけ割かなければならないキャパも増え、政務へのしわ寄せが行っている。そんな背景もあって島州の長官にユリアを推したわけだが、断られてしまった。しかしこれが喫緊の課題であることは疑いようがなく、どうにか解決しなければならない。そこでジンは島州の長官職ではなく、諜報部隊の仕事を割り振ることを考えついた。


「役割は連絡官。マルレーネと俺の間でのメッセンジャーだな。定期報告は週に一度だが、諜報を扱う部署だ。ことによれば、毎日会えるだろう。どうだ?」


今まではマルレーネがジンに報告していた。その度にアンネリーゼと衝突し、波風の立たないときはなかった。これが割とジンの負担になっていたのだが、ユリアがやってくれるなら平穏に終わるだろう。


ジンとアンネリーゼは、マルレーネとの軋轢がなくなってラッキー。


ユリアは、ジンと会う機会が増えてラッキー。


マルレーネは、業務が効率化されてラッキー。


みんなラッキー。win-winな処置である。


「わかりました。お受けいたします。わたしのわがままを聞いてくださり、ありがとうございます」


かくしてユリアはジンと触れ合う機会を増やし、憂鬱は無事に解消されたのだった。そして、この騒動をうまく収めたアンネリーゼはジンからの評価が天元突破。その寵愛は超時空要塞ブリテン島のごとく小揺るぎもしなくなるのだった。ある意味、最も得をした人物といえる。




【補足】


『超時空要塞ブリテン島』というのは、某戦略シュミレーションゲームで、ブリテン島が難攻不落になることから仲間内で使っている言葉です。ググっても多分出てきます。

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