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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編
53/95

こうなることはわかっていた……

 



 ーーーーーー


 魔都の闘技場。そこでジンとレナは向かい合っていた。ジンは動きやすいよう、装飾を省いた簡素な格好に帯剣するだけ。レナは鎧を着込んでいる。軽装と重装備の、好対照な二人だった。


 客席には、アンネリーゼをはじめとした魔界の要人多数。加えて、市民も敬愛する魔王の勇姿を見るべく集まっていた。席に座ると前が見えないので全員立ち見。足の踏み場もないとはまさにこのことだ。


 喧騒で満たされた客席と異なり、ジンとレナのいる闘技場は静寂に包まれていた。互いにひと言も発さない。極限の緊張状態にある。


「ルールを確認します」


 そう言ったのは、この戦いの立会人を務めるアンネリーゼだった。彼女は貴賓席の最前部バルコニーのようになっているに立ち、魔法を使って声を届けていた。観客たちは一斉に喋るのを止め、彼女の声を聴く。


「勝負は魔法を使用しない、純粋な剣技のみ。寸止めが理想ですが、万が一身体に傷ができるような事態になっても文句は受けつけない。ーー両者、依存はありませんね?」


「ああ」


「はい」


 両者が返事をすると、アンネリーゼは頷く。そして視線を横に向ける。そこにはもうひとりの立会人であるフローラがいた。アンネリーゼの魔法に乗せて、彼女もまた声を届ける。


「魔王ジンは敗北した場合、わたしフローラ・ボードレールと勇者レイナを解放し、王国の完全無欠の自主独立を認める。騎士レナが敗北した場合、レナの要求する事項の実現を永遠に諦める。ーー両者、依存はありませんか?」


「ない」


「ありません」


 再び両者が返事をする。フローラもまた頷き、アンネリーゼに目配せした。彼女は心得ているとばかりに頷き返す。


「では【誓約】にて誓いをーー」


 そう促された二人は手を掲げ、


「魔王ジンは、この【誓約】に同意する」


「騎士レナ・ベルナール。この【誓約】に同意いたします」


 と宣誓した。魔法が発動し、その光が闘技場を照らす。


 いよいよ儀式もフィナーレとなる。最後を飾る立会人の二人は観客からは見えない演壇の下でタイミングを合わせ、締めの言葉を発する。


「「ここに両者の契約が成ったことをーー」」


「魔王妃アンネリーゼと」


「フローラ・ボードレールの名の下に」


「「宣言する!」」


 かくして準備は整った。両者、静かに剣を抜く。開始の合図はなく、己のタイミングで始める。


 ジンは正眼に、レナは上段に構えている。わずかな隙も逃さないとばかりの凄まじい気迫を見せるのはレナ。対するジンは、風に吹かれる草のような自然体だ。


 先に動いたのはレナ。


「ハァッ!」


 上段から剣を振り下ろす。己の技量、重力、体重、誇りその他諸々。乗せられるものはすべて乗せた最高の剣だ。


 しかし、ジンはレナの剣を己の剣の腹で滑らせ、綺麗に受け流した。力が流され、レナの身体が泳ぐ。その隙をジンは見逃さない。一歩踏み込み、懐に入り込む。こうなればもはやレナに対抗手段などない。ゼロ距離。まず外すことはない間合いだ。しかも、レナは動揺するあまり反応が一拍遅れた。それがこの距離では致命的な遅滞となる。


 ジンが選んだ攻撃手段は、徒手空拳。硬く握り締めた拳で、レナの鎧を全力で殴った。


「か、はっ……!」


 殴られた衝撃で、レナの身体が『く』の字に曲がる。口からは苦悶の声が漏れた。そして、闘技場を平行に飛んでいく。壁に身体をめり込ませたところでようやく止まった。


「そこまで。勝者、魔王ジン!」


 アンネリーゼによって判定が下され、歓声が爆発した。圧倒的なまでの力の差。フローラも、(麗奈を除いて)人類最強の騎士がただの一撃で戦闘不能に追い込まれたことに驚きを隠せない。ジンの規格外さを改めて感じた。


 勝利したジンは、しばらく観客の声に応えていたが、ほどほどにして切り上げている。そして気絶しているレナを介抱する。肋骨が何本か折れていたので、治療する。それに紛れて、自身の手も治していた。ジンもまた手を痛めていたためだ。素手で鎧を殴ったのだから無理もない(鎧は陥没していた)。


 とはいえ、かなり巧妙にやっているのでバレていない。敵対した相手を気遣う優しい魔王様である。民衆の好感度はうなぎ登りだ。


 気絶したレナを治療したジンは、彼女を客室に運ぶように指示した。自身は心配しているであろうアンネリーゼのところへ行く。すると予想通り、姿を見るなり抱きついてくる。


「おめでとうございます、ジン様。手のお怪我は大丈夫ですか!?」


「ああ。魔法で治しておいた」


 そう答えながら、心のなかでは苦笑い。あのわずかな期間によく見破ったな、と感心する。また、嬉しくもあった。


「心配してくれたお礼をしよう」


 機嫌のいいジンは、ついそんなことを口にしてしまう。瞬間、アンネリーゼの目がキラッと光る。


「で、ではお種を……」


 もじもじと恥じらいつつ、きっちり要求してくるアンネリーゼ。その態度に、ジンの獣欲が刺激された。彼女の要望に沿って、その夜は溢れんばかりの種を蒔いた。芽吹くかどうかは、神のみぞ知る……。


 ーーーーーー


 レナが目を覚ましたのは翌朝のことだった。


「そうか。ワタシは……」


 目覚めて最初に出てきたのは、勝利できなかったことへの悔恨の念だった。王女の奪還は叶わず、自分は虜囚の身。最後に思うのは、王国に責めが及ばないように祈ることだけだ。その判断は、未だ下されていない。聞く前にレナが気を失ったためだ。


 しかし、同時に気分はどこか晴れやかであった。ジンに向けたあの一撃は、生涯で最高のものだった。正真正銘の全力を出してなお敵わなかったーーそこに嬉しさと諦めとが同居している。勝負自体に悔いはない。


「あら、お目覚めですか?」


 部屋に入ってきたフローラがーー起きていることに気づいていなかったとはいえーーノックもせず入ってきたことへの非礼を詫びる。レナはとんでもない、と恐縮した。


「殿下。申し訳ございません。ワタシの力が及ばないばかりに、殿下をお助けすることができず……」


「そのことですか。レナ、あなたは勘違いしていますよ?」


「え?」


「わたしがジン様に嫁いだのは、わたしの意志です。もちろん王国の安寧のためにという政略的な意味がないなどとは言いません。しかし、それだけではありませんよ」


 フローラは、自身が嫁ぐ経緯を説明した。そしてその多くが、レナのものと食い違っていることが判明する。


「そ、そうだったのですか……」


 主の言葉を疑う気はないが、精神操作がされていないとは限らない。そのような懸念もあり、レナの返事は歯切れが悪かった。


「やっぱりジン様たちのご懸念の通り」


「懸念?」


「わたしたちが操られている、とレナが考えているのではないかとジン様が心配していたのです。その様子では、的中したようですね」


「……はい。その通りです」


 レナはその指摘を認めた。だからといって今すぐ何かできるというわけではない。フローラとしては夫に対する不名誉な評価をなんとか改めたいところであるが、客観的な証拠はなく、操られていないと言うことしかできなかった。それがなんとももどかしい。


「ーーそうでした。レナ、ジン様がお呼びですよ。立てますか?」


 その思いを振り払うかのように、フローラは話題を転換した。


「あ、はい。立てます」


 レナは身体を起こし、用意されていた服に着替える。それは、着慣れた王国の騎士服だった。


「……これは」


「使者として騎士が訪れることもありますからね。着替えも用意しているのですよ」


 それをジンの指示で出してきたのだ、と説明した。


「そうなのですか」


 レナは用意がいいなと驚きつつ、手早く着替えてしまう。騎士らしい早着替えだ。化粧はせず、髪も見っともない程度に撫でつけるだけだった。


「終わりました」


「ダメです」


 フローラのダメ出し。レナは困惑する。


「あの、ダメですか?」


「ダメです。ちゃんと身だしなみを整えてください。王城にいたときは、いつもきちんとしていたではないですか」


「それは、人に見られるからです。そもそも騎士は戦いに備えるものであり、装飾などーー」


「言い訳は要りません。早く準備しなさい。その姿でジン様の前に出ることはできませんよ?」


「はい……」


 レナはしょんぼりしながらも髪を梳いて整え、化粧を施していった(道具を持っていなかったので、フローラから借りた)。そして、見違えるほどの美少女騎士がそこに生まれた。


「これでよし、と。まったく、素材がいいのですから活かさないとダメですよ」


「は、はあ……」


 フローラ以外にそんなことを言われたことがないので、レナは自分が可愛いとは思っていなかった。名家のご令嬢として生まれた彼女には、家族や使用人を除けば、日常的に接する異性はいなかった。親が娘を可愛いと言うのは当然だし、兄弟からは感想など出るはずもない。パーティーなどで招待客から褒められることはあったが、すべて社交辞令ということで処理していた。要は、客観性に欠ける意見しかレナの耳に入ってこなかったために、自身の容姿に関する客観的な評価を下せていないのである。


 まあ、ともあれ準備は整った。レナはフローラに連れられて、ジンが待つ執務室にやってきた。そこではジンとアンネリーゼ以下の妻たち、そしてマリオンが待っていた。


 入室直後、レナはその場に跪いた。


「魔王様。今回のこと、深くお詫び申し上げます。本当に王国は関係ないのです! ワタシはどうなっても構いません。ですからーー」


「まあ落ち着け。そうまくし立てられては余が話せぬではないか」


「し、失礼しました!」


 ひたすら平謝りである。


「ふふふっ。ジン様、もうよろしいのではありませんか?」


 そんなやり取りにアンネリーゼが苦笑する。ジンもそうだな、と同意した。何が何だかわからないレナは、疑問符を浮かべるしかない。


「騎士レナよ。余の判断を示そう」


 それを聞いたレナは、姿勢を正す。判決のときだ。堂々としていよう、というレナの覚悟が伝わってきた。場に厳粛な雰囲気が漂う。そしてそれを、ジンがぶち壊した。


「まあ、どうするかは最初から決めてあったのだがな」


 と苦笑するジン。笑みを浮かべつつ、判断を下した。


「騎士レナの行動は王国と何ら関係ないと認め、責めはしない。そして、騎士レナには王城侵入、公務執行妨害、傷害の罪で懲役刑を科す。ただし、執行猶予五年。経過観察つきだ」


 ということになった。そしてその期間中、レナにはある仕事に就いてほしいと依頼された。それは、


「内容は、フローラの護衛だ」


「……え?」


「頼れるのが麗奈だけというのも心許なかったからな。適任者が現れてよかった」


「ちょっとジン。それは私が信用できないってこと?」


 ジンの口ぶりに、麗奈が噛みついた。だが、ジンはその追求をのらりくらりと躱す。体調不良になったらなどと、適当な理由をつけてはぐらかした。麗奈もそういうことなのねと納得する。


「ちょ、ちょっと待ってください。罪人を護衛になど、聞いたことがありません」


 話がまとまりそうになったところに、レナが待ったをかけた。しかし、ジンは特に気にしていないようだ。


「罪を犯すことはいうまでもなく悪いことだ。しかし、きちんと償えば赦す。罪を犯したからと雇用しないという理由もない」


 ただし、ちゃんと仕事をしてくれるのならという但し書きはつくが。元々、レナは勘違いによって罪を犯した。いわば偶発的なものであり、貴人につけるべきか否かという、人間性を問う必要性はないだろうとの判断だ。ついでにいうと、側にいて見守っていれば操られているという誤解も解けるのではないかという期待もある。まあこれはジン個人の見解なので、フローラにも相談した。


『それがよろしいとわたしも思います。レナは職務に忠実すぎるほど忠実ですから』


 と、彼女からも積極的な支持を受けている。やや参った様子ではあったが。ともあれ真面目なのはいいことだと、ジンはフローラの護衛にすることに決めた。そんな経緯を、レナに話して聞かせる。


「それでどうだ? 受けてくれるか?」


「……はい。元よりワタシの最大の責務は、殿下をお守りすること。期間など設けず、この命尽きるまでお仕えしたく存じます。この剣は、殿下とその良人に捧げましょう」


 ということになり、レナが王国から魔界に転籍することが決まった。麗奈の転籍に続き、二例目となる。人間の戦力がさらに低下し、それに反比例して魔界の戦力が上がった。ジンの名誉のためにいえば、意図したわけでなくまったくの偶然である。


 ……かくて丸く収まったわけだが、レナが『職務に忠実すぎるほど忠実』と評された理由をジンはこの後に知ることとなる。それは、フローラがジンの相手をする夜のこと。護衛は別室で待機するのが通例だが、レナにはそれが通用しなかった。いざというときに対応するためには、同じ空間にいなければならない、と。フローラは予想していたのか早々に折れ、秘め事を見られるのが常態化する。雰囲気に呑まれるのにも、さほど時間はかからなかった……。




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