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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編
49/95

勇者の我儘(いつものこと)

 



 ーーーーーー


 勇者レイナ。本名、湊麗奈。


 教会によって救世の勇者として召喚された、日本の普通の女子高生。召喚前に、少しジンと縁があった程度の普通の少女である。


 彼女をひと言で表すなら、我儘という言葉が当てはまるだろう。ジンが同じ日本人ということもあるだろうが、いつも彼に色々なお願いごとをしている。その度にアンネリーゼと衝突するのは、もはや魔界でもお馴染みの光景となりつつあった。


 今回も、すべては彼女の『お願い』から始まった。ジンの執務室にノックなしで入ってきた麗奈は開口一番、


「強くなりたい!」


 とのたまった。


「勝手に修行して、勝手に野垂れ死になさい。あと、ノック」


 それに応えたのはアンネリーゼ。王妃としてジンの仕事を手伝っていたのだ。彼女がそう言うのも無理はない。少しいつもより口調はキツかったが。


「オバさんみたいなこと言わないでよ」


「誰がオバさんですか!?」


 麗奈の軽口に、アンネリーゼは水に落ちたナトリウムのように激しく反応した。乙女に『オバさん』は禁句である。殴られても文句は言えない。それは同性でも同じ。


 もちろん麗奈もわかっている。わざと煽っているのだ。なぜかといえば、面白いから。彼女はさらに煽る。


「え? 違うの? 吸血種だからてっきり百歳くらいだと思ってた。あっ、それだとオバさんじゃなくでお婆さんね」


 ごっめ〜ん、と謝意など一ミリも篭もっていない軽い調子で謝る。アンネリーゼはさらに怒った。たしかに吸血種は長命かつ老化が遅い種族であるが、そんなに歳はとっていない、と。


 麗奈もアンネリーゼの実年齢は知っている。やはりこれもわざとだった。


「二人とも、その辺でな」


 アンネリーゼが危険な雰囲気になったのを見て、ジンが止めに入った。


「は〜い」


 と、麗奈は軽く応える。あまり反省の色はない。いつもと変わらぬ調子だ。アンネリーゼも思うところがないわけではないが、ジンを崇拝する彼女にとって、その言葉はすなわち神の言葉である。否はない。


 いつもはこれで終わりなのだが、今回は終わらなかった。


「麗奈。さっきの発言はあまりにも失礼だぞ? 故人曰く、『親しき仲にも礼儀あり』だ」


「うっ。ごめんなさい……」


 麗奈も、ちょっと言い過ぎたかなー、と思ってはいた。でも自分から言い出すのは負けた気がする、と言い出せなかったのである。しかしジンに促されたことで謝る口実ができた。おかげで少し気分が楽になる。


 一方、アンネリーゼもジンのひと言で矛を収めたとはいえ、やはり思うところはある。だから改めて謝罪を受けたことで、こちらも少しは心が軽くなった。ジンの名裁きといえる。


「よし。この件はこれでおしまいだ。いいか、二人とも?」


「はい」「うん」


 ということになった。ジンは締めの意味を込めてパチン、と一回手を打ち鳴らす。いわゆる一本締めである。


「それで? 麗奈は強くなりたいんだったな?」


「そう。やっぱり勇者って、強くないといけないと思うわけ」


「……今も十分強いよな?」


 十分どころではなく、紛うことなく人間のなかで最強だ。たしかに魔族などを含めるとジンやマリオンが入ってくるのでやや下がるだろうが、それでもトップテンには入るだろう。


「でも負けるじゃない。こいつに」


 そう言ってアンネリーゼを指さす麗奈。いつもの『喧嘩』でタメを張れても、命をかけた『実戦』では敵わないと思っているようだ。そしてそれは間違いではない。冷静に分析しているといえる。


「たしかにな」


 ジンも特に否定することなく頷いた。本人がわかっているのだから隠す必要はない。彼はまた別の質問をぶつける。


「具体的にはどう強くなるんだ?」


「えーと、とりあえずモンスター狩りまくってレベルを上げて、師匠みたいな人に特訓してもらう?」


 今度は実に曖昧だった。漫画とかアニメとかの影響を受けたせいだろう。麗奈もよくわかっていない。ただの聞きかじりの知識だ。


「それもありだが……」


 ここでジンは言い淀む。というのも、麗奈のレベルは既にレベル百に達してしまっている。これ以上、ポテンシャル面の成長は見込めないのだ。伸ばせるのはスキル面だが、こればかりはジンもよくわからない。


「ダメ?」


 麗奈が可愛く首をかしげ、瞳を潤ませておねだりする。


「む〜ん」


 ジンの唸り声の度合いが深まる。気持ちはわかるし叶えてあげたいとも思うが、色々面倒だな〜、と。しかし麗奈のおねだり攻勢に根負けし、最終的に首を縦に振った。


「やった!」


 それまでの哀願するような雰囲気は消し飛び、満面の笑みでガッツポーズする麗奈。対してアンネリーゼは不満そうだ。


「ジン様!」


 咎めるような声。ただえさえ仕事の多い彼が、数少ない自由時間を削ってまでやることではないと。しかし、ジンは安心するように言った。彼も、特に必要もなく他人のために自由時間を削る気はない。巷で思われてるほど聖人君子ではないのだから。


 では、どのようにして勇者強化計画(仮)を進めようというのか。それは、亀の甲より年の功というように、経験豊富な年長者に任せよう、というものだった。丸投げーーもとい、アウトソーシングである。


「特訓、ですか?」


 相談を受けたマリオンが確認するように問い直す。ジンはゆっくりと頷いた。


「ああ。これまでの戦いは圧倒的な魔力で相手を圧倒するだけだったが、これからもその手が通用するかはわからん。だからこそ、更なる高みに登らねばならない。そのために不足しているのは経験だ。だから経験豊富なそなたにプランを練ってもらいたい」


 強化計画(仮)はすべてマリオンに任せることにした。魔族の長老格である彼は長く人間との戦いを経験したため、戦闘技術が卓越している。その経験に期待したのだ。


 当初、麗奈をいかにして強くするかを考えていたジンだったが、よくよく考えてみると自分もあまり大したことがないことに気づく。これまでは魔力でゴリ押しすればなんとかなったが、次に挑むのは神である。力押しでなんとかなるとは思えなかった。ならば何が必要か? 技術である。そこでアンネリーゼも含めて特訓することにしたのだ。


 マリオンは感動した。頼られたこともそうだが、一番は最強となっても慢心せず、なおも強さを追い求めるジンのストイックさだ。もちろんマリオンに否はない。


「わかりました。ワタシの全力を尽くし、魔王様をさらなる高みへ至らせる至高の特訓メニューを考えます!」


 マリオンはジンの期待に必ず応えると最敬礼。退出する。そして数日後、彼の作成した特訓メニューを受け取り、麗奈たちと実践することにした。


 参加メンバーはジン、アンネリーゼ、麗奈、ユリアの四人。フローラは戦闘能力が皆無なため不参加だ。さらにここから剣士組(ジン、麗奈)と魔法組(アンネリーゼ、ユリア)に組み分けがなされる。


「どうしてですか!?」


 と憤慨するのはアンネリーゼ。ジンは魔法組だと思っていたので、そのことに憤慨しているのだ。たしかにジンは魔法主体で、剣術はサブみたいなスタイルをとっている。だからこそ、伸び代は剣術にこそあるのだ。


「今までの剣は達人には及ばない。魔力が枯渇したときの備えは必要なのだ」


 ジンの戦闘スタイルは【イージス】の絶対的な防御力に支えられている。この支柱が失われたとき、はたしてどうなるのか? 正直、厳しいだろう。魔力が枯渇したことはないが、今まで大丈夫だったからといってこれからも大丈夫とはいえない。そのために剣術を伸ばすのだ。


 丁寧に説明し、アンネリーゼに理解を求めるジン。それを聞いて、彼女は言葉に詰まる。ジンがそんな苦境に追い込まれるとはとても思えないが、万が一、億が一、いや、不可説不可説転(十の三七五一八三八三八八一九七七六四四四四一三〇六五九七六八七八四九六四八一二八乗)が一にもそんなことがあるかもしれない。ここでジンの特訓を阻み、それがジンが帰ってこない原因になったら……考えたくもないが、ありえないことはない。ここでわずかな時間を惜しみ、離別を早めるか。それともここは我慢し、共に過ごす時間を確保するか。答えは決まっている。


「……わかりました」


 アンネリーゼは頷く。彼女は賢い。一時の感情に任せて誤った選択をすることはなかった。


 そんな彼女に、ジンは優しく笑いかける。手櫛でその美しい髪を梳けば、アンネリーゼは心地好さそうに目を細める。彼女がお気に入りのスキンシップだ。我慢させるのはよくないので、別の形で発散させる。


「特訓は疲れるだろうから、夜はたっぷり吸っていいぞ」


「っ!」


 キラン、とアンネリーゼの瞳が輝く。もし彼女に尻尾があれば、盛んに振っていたことだろう。それでなくても、嬉しそうな気配が伝わってくる。


「ユリアも、いつもより五割増しだ」


「はい!」


 もちろんユリアに対するフォローも忘れない。フローラとも、別に時間をとってお茶会をしようということで話をまとめた。卒がない。


「私は?」


「あるわけないだろう」


「え〜」


「当たり前です!」


 ジンに一蹴されてぶーたれる麗奈だが、アンネリーゼが当然だと追い討ちをかける。ただえさえ我儘を聞いてもらっているのだ。それくらいは我慢しろ、と。ユリアはもちろん、フローラまでもが頷いている。麗奈に味方はいなかった。


「けち」


 そう言って譲歩を引き出そうとしたが、ジンもそれにはさすがに応えられなかった。


 ーーーーーー


 マリオンが剣士組の特訓場所に選んだのは魔界南部ーー東州と南東州の間に広がる広大な森林地帯だった。外縁部には森から供給される豊富な水を活かして集落が生まれ、そこでは農耕が盛んに行われている。魔界でも豊かな土地だった。


 しかし、少し中に入ると様相は一変する。魔物が跋扈し、それは奥に入るほど強くなっていくのだ。竜山山脈のように知性を持った絶対的強者はおらず、ゆえに秩序もない。初期には強力な魔物が現れ、集落を壊滅させたとも伝わっている。


 奥地の強力な魔物は単一種族だけでは手に余る。そのため古くから魔王を中心とした多種族連合が定期的に討伐を行っていた。定期討伐の時期が近いこともあり、数も多く強い。修行の場としてはうってつけであった。


「アマゾンみたいね」


 麗奈が森を見て言った感想である。


「行ったことがあるのか?」


「ないけど、スマホで見た」


(今度はスマホかよ……)


 聞けば、某無人島生活を送るバラエティ番組の動画配信で、ディレクターがアマゾンに行ったときの映像があったという。この森はそれにそっくりなのだそうだ。


 ジンは若者文化がわからない。いや、彼も十分若者だった(ここ重要)のだが、ITの技術革新が速すぎて、歳が数年離れているだけでも話が通じないのだ。


「嫌だなぁ」


「どうして?」


「だって、こういうトコって、だいたい訳わかんないのがいるじゃん。アマゾンも、まだ未知の生物とかいるらしいし?」


「あ〜」


 ジンは曖昧な返事を返す。『変なのがいる』というのは、そうかもしれないが口にしてしまえばもはやフラグである。あとは麗奈が一級フラグ建築士でないことを祈るばかりだが、クソ女神はそんな優しい神ではない。


 ーービチャッ!


 森に入って数分。話が途切れたタイミングを見計らったかのように、ジンが展開していた【バリア】に突っ込んできた魔物がいた。音に釣られて二人は視線を向け、ジンは内心で、麗奈ははっきりと顔を顰める。二人が見たのは口だった。グロテスクな見た目で、生理的嫌悪感をかき立てる。


「虫?」


「胴体はサメだな」


 頭はヒル、体はサメという奇妙な魔物だった。こんなモンスター見たことがない。こいつは何だと考える二人だが、そんな余裕はすぐになくなる。すぐそばにある池から、そんな不思議クリーチャーが次々と飛び出してきたためだ。


「何だこれ!?」


「キモっ!」


 数十匹の虫頭が自分たちに向かってくるという光景は、なかなか怖いものだ。既に【バリア】を使っているジンはもちろん、麗奈も同様に【バリア】を使っている。麗奈はジンのレクチャーを受けて【バリア】を身につけていた。


 召喚されていきなり戦闘に放り込まれ、何も知らないがゆえの自由な発想で『魔法はイメージ』という真理に気づいたジン。対して麗奈は勇者として教会に保護され、魔法を習ってきた。だから、何かしら工夫することはなかった。


 ジンに魔法について聞かされたときには、これまでの修行は何だったんだと憤慨していた。以後は既存の魔法は使わず、オリジナルの魔法を使っている。【バリア】をはじめ、ジンのレパートリーから取り入れることもあった。


 二人は【バリア】で防ぎつつ、剣と魔法を併用して魔物を倒していく。大規模魔法で倒した方が早いのだが、それでは剣の修行にはならない。だから使用う魔法は防御と単発魔法に限定していた。


 ビジュアルに文句を言いつつも、二人はサクサクと魔物を倒していく。この魔物の本領は、素早い動きで敵を翻弄し、多数で襲いかかって敵の対応力を上回ることだ。しかし、いかなる攻撃をも防ぐ魔法を使っている二人は、己のリソースをすべて攻撃に回すことができる。速さにも対応できていた。つまるところ、分が悪い。事実、魔物たちは数分のうちに殲滅された。


「雑魚のくせに、数だけは多いわね」


「まあ、綺麗に切れてくれただけでもよしとしよう」


 文句を言う麗奈を、ジンがなだめる。麗奈は意外にあっさりと頷いた。彼女も、切った敵が変な体液を撒き散らすなんてご免である。そう考えれば、多少はマシだった。


 大量のヒルサメ(仮名)をぶつ切りにした二人は、それらをその場で焼却処分する。すべて灰にし、燃え滓から魔石を取り出す。魔力を貯めておく使い捨て電池のようなものだ。


「どれも質がいいな」


「そうね。こんな外側なのに」


 討伐時期が近いとはいえ、まだ入って間もない場所だ。こんなところにいる魔物は、縄張り争いに負けて森から追い出された雑魚だと相場が決まっている。そして雑魚は魔石の質が悪い。だが、ヒルサメの魔石はどれも例外なく質がいい。ということは、これらはそこそこ強い魔物に分類されるということだ。おかしい、と二人は訝しんだ。


「池だからな。もしかすると、強い魔物の棲家につながっているのかもしれない」


 結局、ジンはそう結論づけた。真面目に考えるのを止めたともいう。原因究明に取り組む必要性を感じなかったからだ。どうせここは狩場なのだから、そんなことを考えるより、一体でも多く魔物を狩ればいい。


 ジンたちは奥地を目指して進む。マリオンが考えた特訓メニューは、この森でひたすら魔物と戦い続けること。ただ、二人は剣と魔法のどちらにも優れているため、戦う際には魔法を制限して、いずれは使わずに戦うこととされていた。その通りにジンたちは行動する。


「やぁッ!」


 麗奈の剣が、ティラノサウルスのような魔物の胴体に突き刺さる。その痛みに悶絶して暴れるティラノ。無造作に振るわれる尻尾など、当たれば魔法による強化をしていない麗奈など一発でお陀仏にしてしまう。だが、彼女はすぐに飛び退り、被害を免れる。ティラノは憎しみの籠もった目を向けるが、不意に顔の位置がズレたーーと思いきや、すぐに頭が落ちた。意識の空白をジンが突き、首を落としたのだ。


「やっぱ、的が大きいとやりやすいな」


「まあ、第一段階なんだけどね」


 麗奈は苦笑い。ジンも同意するように頷く。ティラノはマリオンが特訓の第一段階に倒すべき魔物として指定したものだ。パワーはそこそこあるが、動きは鈍く、何より的がでかい。入門編としては適当といえる。……本来の討伐戦では百人がかりで倒すものなので、いかに二人が異常なのかわかろうというものだ。もしティラノの戦ったことのある経験者が知れば、卒倒するに違いない。


 ティラノ討伐に早々と慣れた二人は、第二段階に移行する。今度の討伐対象はライオン型の魔物。獰猛で、ティラノより素早く、狡猾だ。集団での狩りを得意とする。単独で挑むには厳しい相手であった。


「今日の晩御飯は何にする?」


「カレー!」


「いやいや、そんな匂いの強いもの食べてたら魔物が寄ってくるだろ……」


 ジンは乗り気ではないが、麗奈はカレーが食べたいと強硬に主張する。固形ルーはなかったが、試行錯誤の末にジンはカレーの再現に成功していた。魔界の南方は温帯なのだが、最南端は亜熱帯に属し、香辛料が豊富に採れた。おかげで価格も安く、試作を繰り返すこともできたのである。魔界に来てこれを食べた麗奈が狂喜乱舞したのは言うまでもない。


 実は麗奈、勇者時代にカレーを渇望していた。好物だったのだ。特に激辛カレーが好きで、コ○イチでは十辛を涼しい顔で食べていた。友人に『辛くないのか?』と訊かれても、『まったく辛くない』と答えて唖然とさせたこともある。ちなみにその友人が食べていたのは二甘だ。


 そんなわけでカレーの再現を試みたわけだが、料理人に断られた。人間界では香辛料は超がつく高級品で、金と同じ重さで取引されている。これは人間界では香辛料が採れず、すべて外界からの輸入に頼っているためだ。


 主な輸入元は南方の商業国家と魔界。前者については商業国家というだけあって中継貿易が主で、香辛料もまさしくそれだった。さらに外洋を航行するのも危険が伴い、船舶貿易は命がけである。当然、冒した危険に見合うだけの値段がつく。後者についてはそもそも敵である。必然、行われるのは密貿易であり、当然高い。そのとんでもお値段を支払うために行われていたのが、人身売買である。


 そんなわけで、大量に香辛料を使うなど王侯貴族でもしない。異世界人からすれば、正気の沙汰とは思えなかった。しかも試作にすぎないという。貴重な香辛料を大量に使う試作品……勇者といえども許可できない。


 なお、現在では魔界との正式な交易路が開かれ、価格は大きく下がっている。距離が近く、ジンが同じ魔王の民だからという理由で魔界と同じ値段で取引させているからだ。なお、そこで生じる損失は王国からの献金で賄われている。


「食べたい食べたい食べたーい!」


「子どもか!」


「子どもよ!」


「え〜」


 駄々をこねる麗奈に、ジンは思春期の子どもに対する必殺技『そんな子どもみたいなことを言うな!』を発動した。大人だと思われたい青少年は、子どもと見なされることを嫌がる。そんな心理を利用した必殺技だ。


 しかし、ここで麗奈は『あっさり認める』というカウンターを発動! ジンの必殺技は不発に終わる。ジンはそれはないだろう、と呆れ声。それでも麗奈はどこ吹く風だ。


 押し問答の末、麗奈の意見が通って夜はカレーとなる。その間にも、二人はライオン型の魔物を片手間でサクサクと狩っていた。こちらも、経験者が見たら卒倒するに違いない。


 ーーグルル……


 ーーガルルル……


 ーーシャーッ!


「やっぱり来た……」


「ギャーギャー煩いわね」


「誰のせいだ! 誰の!」


 麗奈のコメントに、ジンは怒りを爆発させた。こうなることは予想できたはずだと。カレーの芳しい匂いに誘われ、二人の周囲には魔物が大集合していた。全方位に【バリア】を張っているため実害はない。ただ煩いだけである。【サイレント】を使えばいいのだが、それだと麗奈との会話が成立しなくなる。漠然としたイメージで魔法を使っているため、細かな調整ができないという欠点が露呈した。


「これは収穫だな」


「呑気なこと言ってないで何とかしてよ!」


「なんとかしろって、俺にばっかり働かせすぎじゃないか?」


「それもそうだけど!」


 カレーの準備はすべてジンがやった。アンネリーゼが見たら『なんて羨まーー不敬なことをしているんですか!』と憤慨しそうな案件だ。その上、寄ってきた魔物の討伐をさせようというのはアンフェアだろ、というのがジンの主張だった。ボケとツッコミの役割がコロコロと逆転するところがこのコンビの面白いところである。


 結局、二人は仲良く魔物を討伐することにした。皿洗いを麗奈がやることで合意したのだ。


 かくして八時でもないのに集合した魔物たちをサクッと倒した二人は、しばらく休んでから就寝する。周りを警戒するのは、ジンが召喚したアンデットたち。ホラー大嫌いな麗奈に配慮して、彼女のの目に入らないように非常時以外は隠れて護衛している。


 翌朝。二人は特にハプニングにも見舞われず普通に起床。簡単な朝食をとり、元気に魔物討伐へ繰り出した。二人は最終段階、乱取りに挑む。魔法なしかつ個人戦。魔物相手にできる特訓としては、ドラゴン討伐と並んで最高難度だ。


 しかし、二人はそれを難なくこなす。意識するのは空間。己と敵の位置関係を正確に把握し、的確に動く。刹那の時間で優先順位をつける判断力が必要とされる。それを間違えると、あっという間に魔物にやられてしまう。無双ゲームのように、目につく敵に攻撃を加えればいいなんて単純なものではない。繊細かつ綱渡り的なのだ。


「あ、強そうな奴」


 単純作業に退屈していた麗奈は、他の雑魚とは明らかに雰囲気が違う敵を見つけ、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。それは完全に狩人のそれであった。彼女は嬉々として突っ込む。


「邪魔!」


 そうシャウトして立ち塞がる敵を一刀両断。真っ直ぐに大物を目指す。相手は巨大なカバ。地球のそれと異なるのは、背中が鱗に覆われていることだろう。おっとりしたイメージのカバだが、実はとても凶暴である。特に、己の縄張りを荒らした者については容赦がない。森のなかではティラノと並んで生態系の頂点に君臨する存在だ。


「せいっ!」


 斬撃を見舞うが、カバは鱗で上手く弾いた。驚異的な防御力である。麗奈は一旦距離をとるが、すぐに別の魔物が襲ってきた。それらを相手していると、今度はカバから仕掛けてくる。単純な突進。だが、カバはその巨体に見合わず走るのが速い。まるで戦車が突っ込んでくるかのようだ。


 しかし、麗奈は焦らない。雑魚をギリギリまで相手してから回避。紙一重で躱すーーだけでは終わらない。回避行動をとる寸前、引いていた剣を突き出す。狙うのは目。いくら鱗が硬くても、目は守れない。そして、目の先にあるのは脳だ。カバは高速で走っているため、回避は不可能。麗奈の剣は見事、サイの目に刺さる。サイは断末魔を上げて死に絶えた。


 王者がやられたことで浮き足立つ魔物たち。もちろん、麗奈が逃すはずがなかった。ほぼすべての魔物が彼女の経験値となる。


「こんなもんか」


 最後の一体を倒した麗奈は、案外大したことなかったなと思い返す。しかし、彼女がこの二日間で身につけた戦闘スキルはたしかなものだ。空間を正確に掴むなど、普通は何十年という期間、厳しい修行を積んではじめて身につけられる技術なのだから。それを実感するのはまだ先のことである。


「ジンはどうなったのかな?」


 ジンの様子が気になった麗奈は、遠くでも逃さない強大な魔力反応に向けて走る。その先ではジンが無双ーーしていなかった。


「ジン!?」


 驚きの声を上げる麗奈。それもそのはず。ジンは血塗れだったのだ。服が破れ、そこから生々しい傷が覗いている。身体のあちこちから血が噴き出し、ハリウッドのホラー映画にでも登場しそうだ。


「今加勢するから!」


「大丈夫だ。問題ない」


「全然そんな風には見えないけど!?」


 百人いれば、百人全員が大丈夫じゃないという判定を下すだろう。少なくとも軽傷ではなかった。


 危ない状態のジンが対峙するのは、超巨大ティラノ。雑魚ティラノの二倍は下らない大きさだ。麗奈はとりあえず、なぜそんな状態になったのかを訊ねた。そして帰ってきた答えは、実に呆れたもの。


「いや、この世界に来てから一度も被弾したことなかったし、いい機会だからどれだけ痛いのか調べようと思って」


「限度があるでしょ!」


 麗奈の怒りが爆発した。しかし、ジンは気にした様子もない。


「感覚はわかった。耐えられなくもない」


 最初は物凄い激痛が襲ったが、ジンはわずかの間に慣れていた。いや、正確にはコントロールしている。感じる痛みを意識の外に追いやれるようになったのだ。


 ところで、ジンをこのようにした犯人は誰かというと、初日に遭遇したヒルサメである。乱取りは集団で襲ってくる彼らがいいと思ったジンは、例の池に行って奴らを誘き出した。そしてそれらを斬り刻むなか、痛みを感じたいという考えに至り、実際に噛まれてみたというわけだ。


 巨大ティラノについてはまったくの偶然である。乱取りを終えたジンは麗奈と合流するため、魔力反応を頼りに移動を開始。そこでばったり出くわしたのである。人と魔物が出会えば戦闘に突入するのはある意味必然。そして、巨大ティラノの周りを固めていた魔物を瞬殺し、いよいよ本丸にトドメを刺そうという段階で麗奈が現れたのだ。


 ーーそんな説明を、ジンが巨大ティラノを一刀両断したあとに聞かされた麗奈。よく見れば、巨大ティラノの口に真新しい血の跡がない。だからその説明は確からしいことがわかった。


 しかし、麗奈からすれば経緯などどうでもいいことだった。彼女にとって大事なのは結果である。経緯はどうあれ、結果としてジンが傷ついたーーそれをアンネリーゼが知ればどうなるか? もちろん責められるのは麗奈である。冤罪をかけられてはたまらない。


「と、とにかくその傷を治して!」


「ああ」


 そのためには証拠隠滅。ジンには傷を跡形なく消してもらわなければならない。麗奈はジンを急かした。彼も痛覚をコントロールできるとはいえ、あちこちに傷を負った自分が見苦しい姿をしていることは理解している。だから特に反対もせず、治癒魔法を発動して傷を癒そうとした。だが、


「ジン様〜!」


 聞こえてはいけない声がした。ジンの名前を呼んで。


 スタッと降り立ったのはジンの正妻アンネリーゼ。彼への愛情パラメーターは振り切っている。正妻として誰よりもジン様のことを理解しなければならない、と彼の好みや習慣を徹底的に研究していた。研究の基本は観察。彼女の鋭い観察眼は、ジンも知らないジンを暴き出した。そんなアンネリーゼが、ジンの異常に気づかないはずがない。


「ひっ!」


 麗奈が悲鳴を上げた。ひとつは、アンネリーゼがフクロウのように首だけグルンと回転して麗奈を見たこと。もうひとつは、アンネリーゼのハイライトの消えた瞳だった。


「ドウイウコトカ、セツメイシテクレマスヨネ?」


 ついでにまったく抑揚のない片言だった。麗奈に用意された選択肢は三つ。


『はい』


『YES』


『わかりました』


 事実上、選択肢は存在しなかった。




アンネリーゼ編につづく

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