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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
魔王様の日常編
48/95

頑張る王女様

 



 ーーーーーー


 フローラ・ボードレール。


 ボードレール王国の第一王女。祖国が魔族に敗れ、人質として魔王ジンに嫁いできた。魔族にとってジンは絶対的な存在だが、その妻だからといって彼女の地位が上がるわけではない。祖国のため、今日も彼女は忙しく動いていた。


「ーーではよろしくお願いいたします、マルレーネ様」


「承りましたわ。それではジン様、フローラ様、失礼いたします」


 会談を終え、別れの挨拶をしたマルレーネは退出する。ジンは頷くに留めるが、フローラは立ち上がって一礼した。


「ふう」


 扉が閉まってしばらく経つと、フローラは糸の切れた人形のように力なく座る。緊張の糸が切れたようだ。


「お疲れ様です、姫様」


「ありがとう」


 フローラの世話役としてついてきたメイドがお茶を取り替える。ジンのものも同様に取り替えた。


「すまないな」


「恐縮です」


 ジンの謝意に、メイドは言葉通り恐縮していた。頭を下げる動きも普段よりぎこちない。無作法なのだが、ジンは特に咎めることもなかった。


「フローラも疲れただろう」


「いえ……大丈夫です」


 とは言うものの、その顔色は悪い。無理をしていることは明らかだった。この後も会談が入っている。ジンの問いかけは言外に『会談を止めて休め』という意味を込めていたのだが、フローラはそれを理解した上で拒んだ。


「ジン様のおかげでできていますから」


 拒否の理由はこの一点に集約される。実はフローラ、単独で魔族の有力者へ会談を申し込んだのだが、戦勝して慢心している彼らは、敗者である人間の申し出を聞く理由はないと拒否したのだ。


 これを聞いたジンが理由をこじつけて呼び出し、ジンとの会談が終わると『ついで』としてフローラとの話に持ち込むーーという戦法でなんとか話ができている状態だ。まさか魔王の要請を断る者はいない。


 そんな事情があるため、フローラは会談を止めることはできない。ぶっちゃけ、ジンに用はないのである。ジンの話など一割ーー挨拶くらいで、残りがフローラの話なのだ。フローラが抜ければ、ジンも会談をキャンセルする。ドタキャンはジンの印象が悪くなる可能性があり、フローラとしては避けたい。だから頑張る。


 結局、フローラは疲労困憊になりながらもやりきった。結果はあまりよいものとはいえなかったが、けんもほろろに追い返された最初と比べれば大きな進歩といえる。


「ところで、フローラの話って何?」


 その夜。夕食の席でジンがフローラは頑張った、と褒めていると、麗奈からもっともな質問が上がった。


「早い話が労働問題だな」


 教会が主導した魔界侵攻軍で人間は大きな損害を被った。推計だが、成人男性のうち二割を失ったという。新たに王国の版図となった旧教会領では、根こそぎ動員の影響もあり三割を喪失したとされている。


 戦災による生産年齢人口の減少は、産業に大きな影響を及ぼすと考えられている。フローラはそのことを憂慮し、比較的余裕のある魔族を王国に労働者として招こうとしていた。そのための交渉だ。


「人間と魔族の戦争がなぜ始まったかーー交渉がこじれたといえばそれまでだが、事はそう単純じゃない。もしかすると、魔族が曲解したかもしれないからだ」


「曲解って?」


「物事や言動を故意に違った解釈をすることね」


 麗奈の質問に、アンネリーゼが答えた。


「言葉の意味くらいわかってるわよ!」


 バカにしないで、とプンスカ怒る麗奈。対してアンネリーゼは涼しい顔で、


「ええ、知ってたわ。これが曲解よ」


 実例を以って説明していたと主張するアンネリーゼ。


(上手いな)


 ジンは声にこそしなかったが、少し関心していた。別に麗奈がバカだと思っているわけではない。ただ、彼女の反応を予測して話を組み立てていた点に感心したのだ。


 話の構成的には上手いが、どう言い繕おうと麗奈を嵌めたことには変わりがない。二人の間の雰囲気がーーいつも通りといえばいつも通りにーー険悪なものとなる。やんのかオラァッ! という感じだ。


「はいはい。止め止め」


 これにジンが割って入る。(大きな怪我や死につながらない範囲で)喧嘩するのはいいが、話が進まない。なので本格的に激突する前に話をぶった切った。


 ジンが出てきたことで、二人は矛を収める。ただ、やはり不満そうだ。


(不完全燃焼な分はあとでフォローしておくか)


 なんてことを考えつつ、話を元に戻す。


「『曲解した』というのは、魔族が事件をある意図を以って利用したということだ」


「その意図とは?」


「侵略だ」


 ジンの答えは簡潔だった。


「知っての通り、魔族の土地は決して豊かとはいえない。人口の多い緑鬼種と青鬼種は食糧が足りず、毎年少なくない数が餓死していたくらいだ」


 ジンが魔王となってからは種族の垣根を越えて助け合おう、と人魔種などから食糧を仕入れて糊口を凌いでいるが、お世辞にも足りているとはいえなかった。


「なるほど。食糧難を解決するために、豊かな人間界を手に入れようとしたのね」


「そういうことだ」


 一般に戦争は富を奪うために発生する。中世まではわかりやすく、食糧を調達するため。近世以降は利権など、目に見えない『金』をめぐって……。


「当時の魔族たちは喜んだだろうな。予想通りにことが運んで」


 ジンは皮肉気に笑う。露骨すぎるきらいはあるが、この時代、大事なのはプロセスではなく結果である。歴史とは勝者の歴史。極論、勝てばいいのだ。


「狂ってる」


 曲がりなりにも平和な世の中に生きてきた麗奈が仕組まれた悪意を嫌悪する。それは前世の人間として正常な感覚だ。しかし、現世においては違う。ジンは警告する。


「麗奈。今さらだが、俺と深く付き合う必要はないんだぞ?」


「なっ!?」


 新婚生活早々に別れを切り出すとはどういう了見だ、と詰め寄る麗奈。しかしジンにも言い分はある。


「お前は『狂ってる』と言ったが、もしそれが目的のために手段を選ばない(殺しをする)ことなら、俺も当てはまるからな。俺の手は綺麗じゃない」


「っ!?」


「「?」」


 前世の慣用句を知らないアンネリーゼとフローラは首をかしげるが、麗奈はその意味を知っているので正しく理解し、息を呑む。


 魔王になるとき、ジンは近代国家を真似た中央集権体制を整えるため、反対派のオニャンゴやクワシ、マレンゴなどを殺した。その手は血で汚れている。目的のために手段を選ばない相手を忌避するなら、俺もそうだと告白したのだ。


 ここでジンだから、という理由で一緒に居ることを選んだら、ジンは麗奈を軽蔑するだろう。その程度のことで良し悪しを決めるな、と。主体が誰かで揺らぐほどお前の価値観は軽いのか、と。これはジンの選別であった。


 果たして麗奈の答えは、


「……ごめん。さっきの言葉は取り消す。私の考えは変わらないけど、必要なときも、あるのよね」


 ジンは頷くことで応えた。それでいい、と。簡単にひっくり返る程度の価値観では困る。さりとて、断固として己の主張を貫き通そうとされるのも困るのである。為政者サイドにいる以上、清濁併せ呑むことは覚えてもらわなければならない。その点からすると、麗奈の回答は満点であった。


「話を戻すと、魔族ーー特に緑鬼種と青鬼種は数が多い。対して人間は人口が減っている。これ以上は言わなくてもわかるよな?」


「緑鬼種や青鬼種に働いてもらって、人間は対価に食糧を支払うのね」


「そういうことだ」


 手っ取り早く労働力を確保するには最良の方法だ。問題は人間の人口が回復した場合だが、開発限界には程遠いのでしばらくはなんとかなるだろう、とジンは考えていた。


 注意すべきは緑鬼種、青鬼種の人口爆発だ。定期的な人間との戦争は、多産な両種族の人口調整機能という側面もあった。これがなくなって予測されるのが、人口爆発。有効な対処法はない。節制を呼びかけるだけである。


「色々考えてるのね」


「ええ、まあ……。わたしとしては、人魔種の方々にも来ていただきたいところですが」


「問題ないでしょ。ジンは人魔種のトップなんだから」


「違うぞ」


 麗奈の言葉をジンはすぐに否定。各種族の代表者はあくまでも種長であり、魔王は魔族の代表者だ。地区選出の国会議員だからといって、同地区の市区町村議員の代表ではないのと理屈は似ている。


 実際は、ジンの要求を拒否できる勢力はいないだろう。口利きすれば忖度されて『要請』は『命令』になる。だが、それが建前であっても遵守することが大事なのだ。


「ところでジン様。本日のご予定は?」


 話がひと段落したタイミングで、これまで口出しせずジンの給仕をしていたユリアが訊ねる。今日は彼女が夜の当番だ。彼女にとっては仕事であり食事。いつ始まるのかという関心は高い。


「特にない」


「ではすぐに準備いたしますね!」


 食後のお茶を出し終わると片づけを本来の使用人に丸投げし、部屋を出て行った。


「さて、俺も行くか」


 グッと伸びをしたジンが立ち上がる。腹ごなしに仕事を片づけ、風呂に入り、嫁の相手をしつつ就寝、といういつもの流れだ。


「「私も」」


 声が重なり、ムッと睨み合うのはアンネリーゼと麗奈。頻繁にあることだ。いがみ合っていても仲のいい証拠である。使用人たちもほっこりしていた。


「「ふん!」」


 しかし本人たちは認めない。そっぽを向いて反対方向に歩き出す。アンネリーゼは趣味の読書のために城の図書館へ、麗奈は腹ごなしを兼ねた夜の鍛錬のために中庭へ。


「わたしも続きをしましょう」


 魔族を誘致するためのプレゼンの準備だ。フローラは父王ジョルジュから全権を委任されている。彼女の裁量で交渉できる反面、使える人員が皆無なため一切を背負い込まなければならないというデメリットもあった。


「あまり無理をするなよ」


 心配したジンはほどほどにするよう注意する。フローラも早めに休みます、と答えた。気をつけろよ、と念押ししたジンはダイニングを出て行った。


 ーーーーーー


 案の定といえば案の定、フローラは体調を崩した。原因は過労。日中は会談で精神的に疲労し、夜は翌日の準備で肉体的にも疲れる。健康でいられるはずがない。


 フローラは隠すのが上手く、ジンもまったく気がつかなかった。ダウンしたのがすべてのスケジュールを消化した後だったのは幸いである。彼女の意地だろうか?


「まったく……無理するなと言っただろう」


 ジンは微苦笑しながら話しかける。横になっていたフローラは起き上がろうとして、止められた。


「まずは体調を整えろ」


「申し訳ありません」


「責めているわけじゃない」


 謝る必要はない、と優しく言う。お世辞ではない。というのも、彼女のオーバーワークは明らかだったからだ。


 倒れたと聞いたとき、ジンはフローラにつけられている人間の使用人に最近の彼女の様子を訊ねた。すると毎晩、夜遅くまで起きていたという。止めようとしても、大丈夫の一点張りだった。主人に対してあまり強くは言えないだろうからとジンはその使用人を不問とした。


 魔族の使用人も、深夜になっても灯り続ける明かりを目撃していた。訝しんだ者が確認し、フローラが働いていた姿も目撃している。以後、見回りをする使用人たちの間では共通認識になっていた。こちらに関してはなぜ報告しなかったのかと詰問したが、返ってきた答えは、


「なるべく干渉しないようにとのご指示を受けていましたので」


 というとのだった。たしかにジンは、様々な文化の違いがあるだろうからフローラと麗奈に関してはある程度の目こぼしをするよう要請していた。だが、まさかそれが不干渉につながるとは思っておらず、困惑すると同時にこれは自分の落ち度であると思った。フローラの過労は、十分に防ぐことができると考えられたためである。


「よく頑張ったな」


 だからジンは特に責めず、彼女の頑張りを褒めた。夜遅くまで周到な準備をした結果、緑鬼種、青鬼種そして人魔種の人間界移住への同意を取りつけた。何よりの成果である。


「いえ。わたしの力ではありません。ジン様がいてくださったからこそです」


「謙遜するな。俺の影響がなかったなんて言うつもりはないが、お前の頑張りが種長の決定に寄与しなかったとも言うつもりはない」


 彼らが魔族で、現在、魔界でジンの言うことに逆らえない以上、同席しているジンの存在を無視できたはずがない。しかし、フローラの移住プランはよく練られていて、魅力的なものだった。これも要因のひとつであることは間違いないだろう。


「治るまでは俺が看病するぞ」


 ジンが悪戯っぽく言うと、


「うっ、それは……」


 とフローラは苦い顔。どういうことになるのか、聡い彼女は察しがついていた。ジンがずっとここにいるつもりなのだと。これで夜の時間がなくなり、アンネリーゼ以下の顰蹙を買う。その矛先は、原因であるフローラだ。


 彼女のオーバーワークに気づけなかったのはジンのミスだが、そもそもは体調管理に無頓着だったフローラが節制しなかったからだ。これはその罰である。


 話がそこに及んだとき、タイミングよくアンネリーゼたちが顔を出した。真っ先に声をかけたのは麗奈。


「大丈夫、フローラ? 元気?」


「はい。一応……。あの、ごめんなさい。わたしがこんなことになって、皆さんにご迷惑を……」


「あ〜。私は気にしてないよ。フローラには色々とよくしてもらったし」


「わたしも特に」


 麗奈とユリアは特に気にした様子もない。麗奈は言葉にした通り、フローラに王国時代によくしてもらった恩返しのような気持ちでいるため。ユリアは、生死に関わるので例外とされているからだ。


 以上の理由から、ジンと過ごす夜がしばらくなくなることを二人は容認していた。では残りのひとりはというと、物申したいという雰囲気をこれでもかと出している。


「フローラさん」


 無機質な声の出所はアンネリーゼ。顔も能面のような無表情。テンションの低さに比例して視線が冷たい。ついでにプレッシャーも凄い。フローラは身震いした。


「自己管理がなってないから体調を崩すんです。その身体はあなただけのものなんですか? 違うでしょう?」


「ハイ」


 神妙に頷くフローラ。正論なのでぐうの音も出ない。赤べこのように、コクコクと首を縦に振るのみである。


「わかっているならいいんです」


「えっ?」


 その言葉とともにプレッシャーが霧散した。まるで月にいるかのように身体が軽くなる。無理もない。ジンLOVEなアンネリーゼが小言程度で済ますとは思っていなかったからだ。


「ジン様のご期待に応えようとしたからこうなったのでしょう。ジン様が優先されることは当たり前ですが、一部例外がいるとはいえ、私たちには他にも背負っているものがあります。それを蔑ろにするのは許せないーーそれだけです」


 だから今後は気をつけろ、という忠告で済ませるとのことだった。それは叱責であると同時に期待の表れである。ジンを支えつつ、自らの母体への貢献を二重に行えるという。アンネリーゼが直接的でなくともそう言うことが、どれほど重大なことなのか、短い付き合いながらフローラはよく知っていた。


「わかりました。ありがとうございます」


 フローラはその期待に応えて見せるという気持ちを込めて答えた。


「怒られて感謝するなんて、変な人ですね」


「ふふっ。そうかもしれません」


 アンネリーゼは決まりが悪いのか、視線を逸らす。フローラは内心を見透かしたかのような余裕の対応だった。


 この騒動の後、フローラは頑張るのを止めた。正確には、自分のキャパをしっかりと理解して、上手く調整するようになった。元々そういったことはできていたが、魔界に来てからは緊張とその裏返しとしての気合で、頑張りすぎたらしい。倒れて以降は肩の力が抜けたようだ。


 そして、今までよりもはるかにフローラとアンネリーゼの仲がよくなった。これまではどちらかというとアンネリーゼの片思いだったのだが、今では両想いとなっている。彼女が大好きなお茶にも、三日と空けずに誘われていた。他のメンバーはジンと麗奈である。


 ジンはこれを微笑ましく見ていたのだが、めでたしめでたしとはならなかった……。




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