凱旋
GW、皆さんは何連休でしたか? 作者は五連休でした。国民の休日のはずが、休めない……。まさか、作者は非国民なのでしょうか? と偉い人に訊きたくなります。
なぜこんな話をしているかといいますと、半分は愚痴です。もう半分はーーGW中でダラダラしすぎて、書き貯めが尽きつつあるからです。なんとか挽回したいと思います。
以上、愚痴でした。よろしければ、絶賛五月病(これ死語らしいですね)の作者を励ますお言葉を頂けたら……と。では、新章をお楽しみください。
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人間との戦争とそれに伴う諸々の戦後処理を終えたジンの姿は魔界にあった。
魔王の凱旋。
その報は瞬く間に魔界全土に広まり、長い戦争に終止符を打った偉大な魔王の姿をひと目見ようと、各地から人が集まった。沿道に人がぎっしりと集い、即席の凱旋パレード状態だ。
「魔王様、万歳!」
多くの民衆の反応は、純粋にジンを称えるもの。ただ、一部には例外もおり、
「キャー! こっちを見てれたわ!」
「あたしよ!」
「ウチに決まってるじゃん!」
年ごろの娘さんたちは、出迎えた民衆の声に応えるジンと視線が合うと、誰に向けた目かを争う。アイドルに会ったかの騒ぎようだ。
「魔王様ぁ! 抱いてぇ!」
ストレートに欲求を口にするのは筋骨隆々の大男。人が集まれば様々な趣味嗜好をお持ちの方がいる。
「大人気ね」
麗奈が声をかけた。その意図は称賛というよりも揶揄。特に最期の身体は男性、心は女性のことを指していると思われる。
「あ〜、為政者としては嬉しい限りだ」
ジンは無難に返答してうまく躱すが、
(俺にそっちの趣味はない!)
と、内心では吼えていた。ただ、公衆の面前なので働く魔王モードが発動。おかげでその本心は覆い隠されている。
「ジンは若い娘にモテモテね」
思い通りの反応を得られなかった麗奈は標的をアンネリーゼに変更。彼女の嫉妬心を煽るが、
「とても誇らしいです」
こちらも余裕の対応。麗奈は不審に思い、おもむろに額に手を当てた。
「……何ですか?」
「熱はないわね」
「失礼な!」
まともに答えると病人扱いされたことに憤慨するアンネリーゼ。
「だって、あんたなら『ジン様に近づく悪い虫は駆除しなきゃ!』とか言うでしょ?」
「言いません!」
あんまりな想像に憤慨する。
「ジン様もおっしゃられているように、人気なのはいいことですよ」
少し前の自分なら、麗奈の言う通り嫉妬しただろう。しかし、ジンからお前は特別だと言われた。あの言葉があれば、嫁や妾がいくら増えようと関係ない! だって私が一番だから。……みんな違ってみんないい、日本人お得意の玉虫色裁定である。
「ちぇ。つまんないの」
誰も相手してくれず、麗奈は不貞腐れた。そんな彼女の相手をするのは心優しい王女様、フローラである。
「まあまあ。お二方はお忙しいでしょうし、仕方ありませんよ」
そう言って麗奈をなだめる。
ジンのスタンスもあって実質はともかく形式的には対等であった人間界とは違い、魔界では隷属関係にある。戦勝したことを示す何よりの証は、相手国の支配者を連れてくること。麗奈とフローラはその証拠としてこの場にいる。そういった政治的感覚は、麗奈よりフローラの方が鋭い。
「わかってるけど……」
麗奈は己を縛める鎖を見る。視覚的な効果を求めたジンがはめたもので、首輪と手錠につながっている。フローラも同じようにされていた。鎖を持ってるのは彼女たちの主人ーーということになっているーージンである。
身体を拘束することは勝ったことが誰にもわかっていいーージンにそう説明されて麗奈は同意したものの、納得はしていない。人権の概念を学んだ日本人にとって、人間を隷属させて勝利の証とする考え方には抵抗があった。もっともそれはジンも同じ。彼もまたアンネリーゼやマリオンから説得を受けての行動だ。
凱旋パレードが終わると魔王城に入る。城の壁は全体的に暗く、重苦しい。麗奈は『魔王城っぽい』と呟く。ぽいも何も、魔王城そのものなのだが……。
一行は王座の間に移動し、そこで種長や官僚その他を集めて論功行賞を行う。なお、麗奈たちの拘束は城に入った時点で解かれている。王座の間に呼ばれる有力者は、ジンが人間に対してどのようなスタンスをとっているのか知っているためだ。
「皆の者、ご苦労だった」
開口一番、ジンは労いの言葉をかけた。それに応えたのは魔族最大の実力者、マリオン。
「もったいないお言葉。人間との戦争が勝利で終焉を迎えましたことは、我ら一同嬉しく思います」
「うむ。追って皆に褒美を与えたいと思うが、今回は特に功績が大なる者を称えたいと思う。まず、マリオンとアベル」
「「はっ」」
名前を呼ばれた二人が進み出た。
「そなたたちは教会軍との決戦において、決死の作戦を見事に成功へと導いた。よって勲功一等とし、金品を与える」
「「ありがとうございます」」
執事が二人に目録を手渡す。それを恭しく受け取ると、列に戻っていった。
「最後はーーフローラ」
「え? は、はい」
まさか自分が呼ばれるとは思っておらず、困惑しつつ前に出た。ジンは特に気にせず、話を進める。
「そなたは主戦派ひしめく王国内において、よく降伏という決断をさせた。これにより無辜の民が徒らに傷つくことが免れたことからそなたの功績、極めて大である。よってそなたを勲功二等とし、金品を与えるとともに魔界において行動の自由を認める」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。これからもよく働くがよい」
フローラにも執事から目録が手渡され、元の位置に帰っていく。これで今回の謁見は終わり。締めとして、
「戦争は終わった。それぞれ思うところはあるだろうが、これからは魔族と人間の別はない! これは余の名において、ボードレール国王と交わした約束である! これを破るは、余に対する冒涜と心得よ! 以上!」
厳しい口調で注意喚起した。多少の驕りはあるだろうが、ジンの名前を出しておけば多少マシになるだろうとの考えからだ。
「「「承知いたしました」」」
その応えを以って謁見は終了した。
ーーーーーー
翌朝。ジンはマルレーネを呼び出した。ユリアを娶るためである。戦争続きで先延ばしになっていたが、ようやく落ち着いた。フローラ、麗奈と合同で式を行うつもりだと伝える。ぶっちゃけ、側室なので式は要らないのだが、熱烈に希望する人物(麗奈)がいたためこのようになった。マルレーネに反対意見はなく、話は日どりに及ぶ。
「ユリアが着くのにどれくらいかかる?」
ジンの質問は簡潔だ。この世界に大安吉日なんて概念はない。問題は、肝心の花嫁がいつ着くのかというこの一点のみ。
「もう魔都におります」
マルレーネの答えには少なからず驚かされた。
「用意がいいな」
「戦争が終われば娶っていただけると考え、呼び寄せておきました」
「そうか。なら直接話したいので、ここに呼んでほしい」
「少しお待ちください。城に連れてきていますので」
驚くべきことに、城に連れてきているという。その用意のよさに、ジンも苦笑い。
「マルレーネは少し外してくれるか?」
「承知いたしました」
退出の要請に、マルレーネは素直に応じた。ユリアと入れ違いに部屋を出て行く。
「よく来たな」
「は、はい。またお会いできて嬉しいです、魔王様!」
代わって入ってきたユリアは慣れない環境に緊張している様子。ただ、嬉しそうな雰囲気は感じ取れた。その様子から無駄だろうとは思いつつも最終確認。
「ユリア。先ほど、マルレーネと話しがまとまった。準備ができればすぐに婚姻となるが、依存はないか?」
「ジン様に初めてお会いしたとき、緊張しているわたしに優しくしてくださいました。あのときから、妻になりたいと思っておりました。その気持ちは、今も変わっておりません。末永くよろしくお願いいたします」
大歓迎のようだった。彼女に文句がないならジンに文句があるはずない。
「こちらこそ、よろしく頼む」
と応えた。
「さて、ユリア。式を挙げるからすぐに準備を始めてくれ。花嫁、花婿待ちの状態なんだ」
「準備、ですか? もう嫁ぐ準備はできていますが……?」
「だろうな。マルレーネがそんなことを忘れるはずがない」
「でしたらなぜ?」
「ああ。普通の結婚とは違うからだ。知っているか、俺がアンネリーゼと結婚したときの式典を?」
「はい。見ていたのではっきり覚えています。とても盛大な式典で驚きました。特にアンネリーゼ様の衣装がーーあ、もしかして!?」
「その『もしかして』だ。あの花嫁衣装ーーウエディングドレスを着てもらう」
着たい、着たいと要望されたため、今回もドレスを準備することにした。麗奈だけでは不公平なので、他の二人の分も作る。すべて特注品。結婚式でウエディングドレスを着る風習がないためだ。実例はジンの結婚式だけなので、ドレスを作れる服飾工房も一軒しかない。準備にかかる時間はほぼドレスの製作期間といえる。
「嬉しいです!」
飛び上がらんばかりに喜ぶユリア。釣られてジンも微笑む。そんな反応をしてくれると段取りをする方としても嬉しい。
「それはよかった。別室で採寸をしているから、すぐに向かってくれ」
「はい!」
ユリアは嬉しそうに出て行った。それでも品を損なわないよう早足で歩いているあたり、マルレーネの教育がよほどよかったようだ。
ジンはメイドに言って再びマルレーネを呼ぶ。結果を伝えるためだ。
「ユリアは承諾したぞ」
「魔王様が受けて下さって光栄ですわ。王妃様だけでわたくしたちからの嫁取りは打ち止めかと思ってましたの」
「嫁入りの準備をさせてよく言う」
受け入れると思っていなければ連れてこない。相手が承諾しなければ無駄足になるからだ。精神的にもダメージを受ける。普通はしない。
「そのときはあの子に口説き落とさせるつもりでした」
「よほどいい教育を受けたようだ」
退出していくときのユリアの所作を思い浮かべながら、ジンは皮肉を言う。すると、
「知識は仕込んでありますので、あとは実践あるのみですね」
思わぬ反撃を受けた。何の実践かといえば、ナニである。それくらいはジンも察した。敵わないと話題を転換。
「ま、まあ、何はともあれ挙式だ。そなたにも準備は任せるぞ」
今回は側室なので、アンネリーゼのときのように盛大にやるわけではない。しかし、魔王に関連した式典を慎ましやかに行うはずもなく、規模は抑えられているものの豪華な式になる。関係各所への連絡など、やることは山積みで忙しい。
だが、ここである問題が発生する。花嫁のうち二人は人間。彼女たちが自由に使える者はいないため、諸々の準備には魔王城から人手を出していた。おかげで完全な人手不足に陥っていた。せめてユリアだけでも自分で用意してもらいたいーーというのが魔王城側の要望だ。
「承知しております」
魔族の情報を司るマルレーネが特に隠しもしていない情報を掴んでいないはずがない。ジンの要請の背景に何があるのかを察し、快諾した。
花嫁たちの本格的な準備が始まってひと月が経った。服飾店は仮縫いを終えて花嫁たちの体型に合わせて微調整をしたのが一週間前。そして今日、ついに完成したとの報告があった。それを聞いたジンの決断は早い。
「明日、式を執り行う」
種族の有力者は基本、魔都に詰めている。すぐに式を挙げても問題はない。その情報は、ドレスの完成を報告に来た花嫁三人に伝わる。色んな意味で覚悟が決まっているユリア、式典に慣れっこなフローラは平然としている。が、問題は麗奈だった。
「あわわ……」
突然マリッジブルーを発症。結婚式が近いことは知ってたけど、突然すぎる! と動揺していた。わかってたんだから気持ちの準備くらいしておけよ、と言いたいところだが、ジンは黙っていた。女心は繊細なのだ。
しかし、状況は麗奈が立ち直るまで待っていることを許さない。既に布告された以上はやらなければならないのだ。ジンの沽券に関わるーーと麗奈を除く嫁たちに説得されたジン。翌日は心を鬼にして麗奈を式場へ連行。無事に式を終わらせた。なお、式の最中はフローラが甲斐甲斐しく世話をしていた。特に問題はない。
今回の結婚式は後世に『三薔薇の典』と伝わる。由来は、花嫁たちが身につけていたドレスに薔薇の花飾りがついていたからだ。
ユリアは薄いピンク。
フローラは青。
麗奈は赤。
ゆえに三薔薇。安直なネーミングだが、これが人々に受けた。以来、結婚式のスタイルは二派に別れる。飾りのないシンプルなドレスを着るスタイルと、薔薇のドレスを身につけるスタイルとに。前者はアンネリーゼにあやかろうと、後者はユリアたちにあやかろうとの考えからだ。
式を終わらせると、いよいよ最期の儀式。初日はユリア、二日目フローラ。麗奈は最後で、気を取り戻し次第行われる。周りは関係なくやれ、と言っていたが、ジンがさすがにそれはないだろうと渋ったためだ。式は待てなかったが、待てるものは待ってやりたい。同じ転移者に対しての、同族意識だった。ジンの意思が固いのを見て、周りもそれ以上何か言うことはなかった。今、彼に意見はできても言うことを聞かせることができる者はいない。
「ーーはっ!」
麗奈が気を取り戻したのは式から三日経った夕方のことだった。
「あれ? 私どうして? というより式は!?」
「終わったよ」
側にいたジンが答える。彼は夜の仕事以外、ずっと麗奈にあてがわれた部屋にいた。仕事などもすべて持ち込んで、目覚めるのを待っていたのだ。
「え? 私参加しなかったんだけど!?」
「参加してたぞ。フローラに世話されてな」
話しかけられたら頷く程度の反応はあったので、なんとかなった。どうしようもなかったら、体調不良ということで欠席にしただろう。
「そ、そうなんだ……」
落ち込む麗奈。結婚という一大イベントの記憶がなく、落ち込んでいるらしい。
「なら式をするか」
あっけらかんと言うと、ジンはフローラを呼んだ。メイドにも指示して麗奈のウエディングドレスを持ってこさせる。
「着替えてバルコニーに集合な」
それだけ言って部屋を出て行くジン。残されたのは混乱する麗奈と笑みを浮かべるフローラだった。
「え? え?」
「レイナ。早く着替えて」
穏やかな王女様は有無を言わさず着替えさせる。麗奈はされるがままだ。わけがわからない麗奈だが、ジンの言った通りにバルコニーに来て理解する。
日が沈み、地上を照らす役目は月に交代した。この世界に日が沈んで活動することは一般的ではない。そのため辺りは暗かった。しかしバルコニーは違う。色とりどりの光球が辺りを仄かに照らす、幻想的な風景が広がっていた。
バルコニーの最奥に立つのはジン。白いタキシードを着ていた。左右にはアンネリーゼとユリアがいる。非常に簡素だが、式場が準備されていた。
フローラに手を引かれるままジンの隣まで行き、そこで腕を組む。仕事を終えたフローラは離れていった。どういうことか事情を訊こうとその姿を追いかけると、アンネリーゼと目が合った。
「「……」」
両者、睨み合う。仇敵に出会って見逃す者がいるだろうか、いや、いない。先に口を開いたのはアンネリーゼ。
「ジン様の御温情に感謝しなさい」
相変わらず麗奈に対しては高圧的だ。しかし麗奈は、
「……と」
「え?」
「ありがとう、って言ったのよ!」
気恥ずかしいらしく、大きな声で言い直すと俯いてしまった。赤い顔を隠そうという魂胆だろうが、耳まで赤いので丸わかりだった。
敵(?)から感謝の言葉をもらうとは思っていなかったアンネリーゼは、狐につままれた顔をする。ジンは二人のやり取りに笑みを浮かべた。
「ーーこほん」
唐突に咳払い。和やかな雰囲気が一転、引き締まる。それを発したのはフローラ。彼女らジンと麗奈の前、司祭的なポジションにいた。演壇に立った彼女は、そこに用意されてあった紙を見て、厳かに言う。
「魔王ジン。あなたは勇者レイナを妻としようとしていますーー」
「これって!?」
「しっ」
高校生ともなれば、周りの人間の結婚式に何度か出たこともある。そこで聞き慣れた文言に驚く麗奈。だが、ジンが人差し指を口に持って行って静かにするようにジェスチャー。麗奈は慌てて口を閉じた。
「汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓う」
「勇者レイナ。あなたは魔王ジンを夫としようとしています。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います」
「では【誓約】の魔法で夫婦の誓いを」
左手を掲げ、誓う。
「俺は麗奈を永遠に妻とし、愛し慈しむことを誓う」
「私はジンを永遠に夫とし、愛することを誓います」
左手の薬指に誓約の証である指輪が出現した。結婚の証を見つめる麗奈。そこにジンが声をかけた。
「麗奈。そのドレス、似合ってるぞ」
「ありがとーーっ!?」
答えようと顔を上げた途端、口を塞がれる。前世風の誓いのキスだった。アンネリーゼたちは黄色い声を上げる。
「何するのよ」
人前でキスとか恥ずかしいじゃない、とジト目で抗議していた。しかしジンは悪びれた様子もなく、
「嫌だったか?」
などと訊ねる。いい笑顔で。
「嬉しかったわよ、バカ」
麗奈もまたいい笑顔で答えた。この日はとても幸せな日として、彼女の思い出に刻まれることとなった。




