決戦前夜
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王都シャルルへ帰還したジン。そんな彼をジョルジュ以下の王国勢、マルレーネ以下の魔族勢が揃って出迎えた。
ジンが乗る馬車にジョルジュとマルレーネ、彼女を警戒したアンネリーゼが乗る。麗奈やフローラは別の馬車だ。
通常、ジンとアンネリーゼ夫妻に応対するのは国王夫妻だ。しかし、ジョルジュの妻であるミレーヌはグレゴリーの廃嫡、アルフォンスの死にショックを受け、絶賛天の岩戸状態だった。とてもそのようなことはできない。
そこで彼らはお題目を『国王夫妻による魔王夫妻の饗応』ではなく『魔王留守中の経過報告』とした。これなら留守居役だったジョルジュとマルレーネが連れ立っていることを不審に思われないだろう、と。
「魔王殿、ヴェシュリーンは楽しめましたかな?」
「素敵な日々を過ごせた。感謝する」
王城へ戻る馬車の中で、ジョルジュに謝辞を述べる。だが、そんな彼の表情が固いことにマルレーネは気づいていた。
「ジン様。お顔が固いご様子ですが、何かありましたか?」
国王の一団とあって、この車列は市民から注目されている。だが、今さら衆目に晒されて緊張しているというわけではないだろう。ゆえにマルレーネは気になったのだ。
一方、ジンはその指摘に苦笑し、顔に出ていたかと反省した。何でもない、と言ってしまえばそれまでだが、別に隠すことでもないので己の考えを開陳する。
「少し決めたことがあってな。ーーマルレーネ、マリオンに使者を送れ。全軍を率いてシャルルへと集合せよ、と」
「ではーー」
「ああ。教会を攻める」
「……」
ジンの宣言に、ジョルジュは息を呑む。彼もフローラからヴェシュリーンでの一件は聞いている。東からやってきたということは、教会が関わっている可能性が高い。だからジンの怒りは理解できる。とはいえ、教会は自身や民が信じる宗教の総本山。本気で戦えるわけがなかった。
そんな彼の内心は、ジンも見抜いていた。元々、彼らをこの戦いに参加させるつもりはない。もちろんある程度は兵を出してもらわなければ示しがつかないが、最前線で戦えというつもりはなかった。大人しくついてきて、大人しく見ていればそれでいいのである。
「な、なぜ、教会を攻めるのだ?」
しかし、そんなジンの考えに気づくはずのないジョルジュは感情を押し殺したような声で出兵の理由を問う。彼らからすれば割と深刻な問いだった。
地球で例えるなら、『今からバチカンを攻める』とキリスト教を国教とする国に言っているようなものなのだ。当然、その理由が気になる。
それに対するジンの回答は、あっけらかんとしたものだった。
「余と勇者はあることで目的が一致した。その目的を達するためには、この下らない戦争を終わらせる必要がある。だから教会を下し、長き戦いに終止符を打つのだ」
ジンが口にした『あること』とは、無論あのクソ女神の打倒である。しかしそんなことなど知りもしないジョルジュは、別の言葉に衝撃を受けていた。
(『下らない戦争』か……)
人間にとって西方海上に跋扈する魔族は常に脅威であった。歴代の国王、教皇はその対処に頭を悩ませてきた。もちろん、ジョルジュ自身もだ。そのため、ジンの言葉には反発したくなってしまった。
不思議な話ではない。誰だって難しいと思っていた問題を、同じ立場の奴が簡単に解決してしまったら大なり小なり思うところはあるだろう。ジョルジュの反発も、そこに端を発していた。
「……承知した。我が軍も微力ながら参加しよう」
「感謝する」
ジョルジュは内心反対だったが、魔族に逆らって心象を悪くするのは得策ではない。渋々、出兵に同意した。
もし、この場にフローラがいれば状況は異なっていただろう。ジンの為人を知っている者ならば、彼が相手の意に沿わないことを理由なく強要する人物ではないとわかっている。
実際、ジンも内心では驚いていた。王国が出兵を渋った場合の妥協案として、フローラとその護衛を王国軍として扱うつもりだったからだ。
しかし、兵を出してくれるというのならば厳しい言い訳をせずに済む。それに、これは魔族の戦い。王国軍を矢面に立たせるつもりはなかった。早い話、王国軍を戦力とはカウントしていない。軍事的理由というよりは、政治的理由からいてほしいのである。
程なく一行は王城へと到着。ジンの帰還を祝うささやかなパーティーが開かれた。ジョルジュはとにかくジンの機嫌をとり、自国の扱いが少しでもよくなるようにと必死であった。
この席でジンはフローラとの婚姻について、具体的な日取りを決めたいと相談した。あそこまで言われては、ジンも覚悟を決めるしかない。また、側室とはいえ一国の王女である。式を挙げない理由がなかった。
「それはもう、今すぐにでも!」
「待て待て。今は戦時だぞ。気が早い」
ジョルジュは歓喜し、ジンに詰め寄った。しかし戦いを始めようといった時期にそのようなことを行うべきではないとして、ジンはその提案を退ける。これでジョルジュも冷静となり、今は責任者を任命して内容を詰め、時期は戦後に決めることになった。
その夜。ジンはアンネリーゼを待たせ、父親からよからぬ命令(内容についてはご想像にお任せする)を受けてきたフローラを追い返し、マルレーネを自室に呼び寄せた。
「準備がありますので、少々お待ちください」
パーティー会場からそのまま引っ張ってこようとしたのだが、マルレーネにはそう言って断られた。まあ女性にも何かとあるんだろう、とジンは特に気にしなかったのだが、部屋に現れた彼女を見てすぐさま後悔する。
「お待たせいたしました」
「ああ。よくきたーーな……」
椅子に深く腰掛け、月を見ていたジン。マルレーネがやってきたのを感じてそちらに視線を向け、すぐさま逸らした。
チラリ、と見えた彼女の姿。それは下着が丸見えになる透け透けのネグリジェ姿だった。抜群のプロポーションを持つ彼女が着れば、とても扇情的で破壊力は抜群である。変な気を起こさないようーーもとい、紳士のエチケットとしての行動だ。
「……その格好はどうした?」
痛む頭に手を当てて訊ねるジン。似たようなことを訊ねたのは今回で何度目か。とにかくデジャヴがすごい。しかし、問わないわけにはいかなかった。
「夜伽でございます」
そして帰ってきたのはこの返答。こちらも一体何度目か。もはや恒例行事と化していた。ジンの頭痛がさらに酷くなる。握り潰されているリンゴの気分だ。
しかしさすがはジンの鉄仮面ぶり。うんざりした様子はなく、仕草を除けば湖面のように穏やかだ。
「不要だ」
その上でマルレーネの発言を切って捨てる。そもそもそんな目的で呼び出したわけではないのだ。というか、そんなことをすればアンネリーゼが黙ってはいない。無敵の魔王様の弱点は正妻からの制裁である。
ところでジンはなぜそのような勘違いをしたのかと訊ねる。冗談半分だろうが、きっかけがなければこのようなことはしない。勘違いをさせないよう、後学のためにも理由を聞いておきたかった。
「魔王様が夜に呼ばれるのですから、それは伽に決まっているではないですか。小娘どもの若い身体もいいですが、たまにはわたくしのような熟れた身体もよいものですよ」
風評被害である。そこまで見境なくない、とジン(素)は心の中で抗議した。と同時に、ある最悪の事態が想定されることに気づく。
「まさかとは思うが、アンネリーゼも勘違いしてないよな?」
「しているかもしれませんね」
(ちっくしょーッ!)
ジン(素)、心の中で絶叫。自分の迂闊さを呪った。そして彼らの推測通り、アンネリーゼは勘違いしていてご機嫌最悪だったことも記しておく。
閑話休題。
「こほん」
咳払いをして空気を改める。
「そなたを呼んだのは他でもない」
「夜伽ですか? 寝室ではなく執務室でやるなんて、わたくしも初めてですわ。でも日常の部屋で非日常を経験するという背徳感がーー」
「違うと言っている」
ジン(魔王モード)もいい加減頭にきたのか、少しきつい対応だ。マルレーネの発言を遮る。その話を蒸し返すな、と苛立っていた。こうして強引に話題の修正を図る。
マルレーネもそろそろ引きどきだと見極めたのか、それ以上何も言わずにジンの言葉を待った。話はようやく本題に入る。
「余が東へ行っている最中に頼んだことだが、進捗状況はどうか?」
「はい。魔界や王国で探らせておりますが、まだ目ぼしい報告はありません」
「だろうな……」
話題は天使からすっぱ抜いた神の手がかりがある島について。探索は難航しているようだ。淫魔種を使った諜報活動はこれまで多大な成果を挙げていただけに、見つからないのは少し意外だった。
考えられる可能性としては、島がそう簡単に発見できないほど遠くにあるのか、それともまだ探索していない別の場所にあるのか。あるいは、魔法で隠蔽されている可能性もあった。
「とにかく調査を進めてくれ。だが、優先すべきは教会勢力に対しての諜報だ。そこを間違えるな」
島については、ぶっちゃけ魔族との関係はない。ジンと麗奈の個人的な案件である。だから優先順位は低くなるし、危険を冒す必要もないのだ。
「はい」
「よし。下がっていいぞ」
ジンは退出を命じる。
「夜伽は?」
「要らぬ、と言っている」
さすがにしつこいので睨んだ。そこはさすがのマルレーネ。失礼しました、と優雅に礼をして去っていった。
その後、代わってアンネリーゼを呼んでなだめすかした。つれない態度だったが、ジン渾身の技術的肉体言語によって翌日はとてもご機嫌になったのだった。
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ジンから出陣の命令が下ると、マリオンは事前に準備していたように早々に軍隊をまとめて出陣した。彼もバカではない。魔界に帰されたとはいえ、これで戦争が終わったとは考えていなかった。だからこそ軍勢は解散させたものの、すぐに集まれるようにと言い含めていたのだ。
およそ半月後。王都郊外に二十万もの魔族の大軍が集結した。内訳は人魔種四万、緑鬼種、青鬼種それぞれ五万、馬魔種、牛魔種それぞれ二万、吸血種、淫魔種それぞれ一万。そこにボードレール王国軍五千を加えた軍勢が、教会に攻め込む。
大将はジン。副将にアンネリーゼ。各種族は種長が取りまとめている。またフローラも王国軍の大将として従軍。補佐に麗奈がついていた。
「全軍、出撃!」
「「「おおーッ!!!」」」
ジンの号令一下、軍勢が王都を発つ。
先鋒を務めるのは、機動力に優れた馬魔種二万。馬魔種の種長、キタサンが率いている。
中軍は人魔種、吸血種、淫魔種、王国軍の混成部隊、およそ六万五千。魔王軍の本隊であり、ジン直率。
後軍は緑鬼種、青鬼種、牛魔種の混成部隊、およそ十二万。率いるのは牛魔種の種長、ティアラ。
魔王軍は教会をめざし、街道をひたすら東進する。この動きはたちまち教会の知るところとなり、すぐさま迎撃の準備が進められた。
「神に愛された神聖な地が、今まさに下劣な魔族に侵されようとしている! 人間よ、立ち上がれ! 魔族の穢れを、我ら人間の力で拭うのだ! それが神の御意志であるッ!」
そんな謳い文句の下、集められるだけの兵士を集めた。各集落の代表者には、教会が『十五歳以上五十歳未満の男を全員率いて集まれ』と号令をかけている。その言葉の裏には、『従わないなら背教者と見なす』という脅し文句がついていた。そんなことになれば生活できないため、内心は反対でも渋々従った。
このような根こそぎ動員をかけた結果、集まった軍勢はおよそ五百万になった。内訳は教会の聖騎士団二万に対し、民衆(義勇兵)四九八万。数こそ多いものの、どう言いつくろったところで寄せ集めの軍隊であった。言うまでもなく、士気は最低。聖騎士団は戦えるのか疑問だったが、上層部の意向なので逆らえない。
その全軍を、教会は東へ向かわせた。町村の代表者を部隊長にしてあるとはいえ、まったく訓練を受けていない者たちが行軍するのだ。その足並みは揃わず、あちこちで渋滞が起こる。まとめ役の聖騎士団が四苦八苦するも、どうしようもなかった。
さらに、これほどの大軍を支えるための物資が到底賄えない。トラックなどがないため荷馬車に乗せていくのだが、その量は微々たるものである。たちまち食糧は底をつき、深刻な飢餓状態に陥ってしまう。
この状況で優先されたのは、やはりまともな戦力である聖騎士団だった。次いで、部隊長をしている代表者。下っ端でも、特に若い世代はほとんど食べ物を口にすることはなかった。彼らを中心に、飢餓で倒れる者が続出。ますます進軍の足は鈍る。
当たり前だが、そんな生活が続けば嫌気がさす者もいる。かくして脱走を試みるのだが、村社会でそのような行動はすぐに露見する。夜に脱走しても翌朝には知られ、聖騎士団が血眼になって探す。そしてほとんど捕らえられ、従軍している聖職者が裁判。背教の罪で火炙りの刑に処していく。
そんなことをするものだから、士気はどん底。脱走者が続出し、それをいちいち捕らえ、裁判にかけて処刑する。それだけで日が暮れることもあった。
「脱走したことは、神に対する背信行為。背教の罪で火炙りの刑に処す」
脱走犯が連れて来られると、聖職者も面倒になったらしく、裁判では問答無用で死刑を言い渡すようになっていた。もはや定型句と化した文言を機械的に復唱するだけ。疑わしきは死刑。疑われる奴が悪いーー末期である。
さて、そんなグダグダな教会軍をはるか上空から見下ろす存在がいた。空を飛ぶ、なんてチート行為ができるのは誰あろう、ジンである。火炙りにされた憐れな受刑者の断末魔の声が絶えない。ジンは耐えきれず、本陣に引き返した。
実は魔王軍、既に教会軍のすぐ近くに迫っていた。先行していた馬魔種の斥候がこれを発見していたのである。ジンから交戦を禁じられていた彼らはその指示に従い、攻撃をしかけることはなかった。その場で駐屯し、後続を待っている。
なお、聖騎士団は近くに迫る魔王軍に気づいていない。なぜなら、民衆を取り締まるのに忙しかったためである。自分たちより百倍以上多い人間を統制しなければならないのだ。そんな余裕はない。
さて、本陣に戻ったジンは幹部を招集。作戦会議を開いた。
「さて、前方にいる教会軍だが……報告は本当らしい」
「で、では……」
「ああ。敵は数百万だ」
ザワザワ……。
陣内を幹部たちの囁き声が満たす。それは動揺だった。
海峡を挟んだボードレール王国との戦いで二百万の軍を相手取った魔王軍であったが、あのときは海を渡って五月雨式にやってきたために各個撃破が容易だった、という背景がある。しかし今回は野戦。正面から対峙しなければならない。はたして大丈夫なのかーーそんな不安がつい湧き出てしまう。
そんな彼らを、アンネリーゼは冷めた目で見ていた。まったく動揺した様子はない。『ジンに不可能はない』ーー彼女は本気でそう思っていた。相手が何百万、何千万いようともジンなら打ち破る。そう確信するからこそ、動揺はない。
しかし、普通に考えれば到底敵う相手ではない。集められた幹部たちは近くの者と話し合い、対応を検討する。しかし、得られた結論はない。ないからこそ戦力差が強調され、最終的に導き出されたのは『撤退』だった。
だがアンネリーゼの手前、言い出せない。魔王軍のみならず、ボードレール王国でも、アンネリーゼのジンへの傾倒具合は有名だった。不都合なこと、余計なことを言えば首が飛ぶーーそう思うからこそ口を閉ざす。
また、魔族からすると種長ーー特に腹心といえるマリオンとマルレーネーーが沈黙している点も気になった。
「静まれ」
そんななかで、ジンの声は決して大きくなかった。しかし、やけに明瞭に響く。そんな最高権力者の言葉に、場は静まり返った。一拍おいてジンは己の見た光景を語る。それは、百を超す人々が火炙りの刑に遭っていたことだった。その上で、
「フローラ。教会で火刑にするときはどのような場合だ?」
教会について詳しいフローラ、そして王国の面々に訊ねた。これを聞いた王国勢は騒然となる。まさか、といった様子だ。
「それは……神への背信です。肉体は神より授かったもの。神の御許に召される際には必須とされています。それを消すことは、神の御許へ召される資格なし、ということを表わすのです」
「つまり、処刑方法としては最も残酷な方法ということだな?」
「はい」
フローラは頷いた。
「あの、魔王様。それは本当なのですか?」
そうジンに問うたのは王国軍の部隊長。彼は信じられなかったのだ。百人も火刑に処すなど尋常ではない。そんなことを教会がするのかと。そんな彼に、アンネリーゼからの鋭い視線が飛ぶ。ジン様を疑うのか? あぁん? ちょっと死んでくる? と。ついでに殺気も飛んだ。
「あの……」
部隊長、アンネリーゼの殺気にあてられ、視線が泳ぐ。
「事実だ」
と、ジンは素早く肯定。アンネリーゼにひと言止めろ、と言えば済む話だが、彼女の心情も慮って早々に肯定して決着させた。
部隊長は難しい顔をして下がる。それはフローラをはじめとした他の王国勢も同じだった。場に重苦しい雰囲気が流れる。
「それで、いかがなされますか、魔王様?」
マリオンがその空気を破ってジンに方針を訊ねた。
「もちろん攻撃する。そのまめにきたのだ。ここで敵を打ち破り、その勢いをもって一気に敵首都へと雪崩れ込む」
「でも、相手は何百万もいるんでしょ? 勝てるの?」
なかなか訊きにくいことをズバッと訊くのは麗奈。ジンと対等な立場にいる(と思っている)からこそできることだ。当然、魔族サイドーー特にアンネリーゼーーから厳しい視線が飛ぶが、麗奈はどこ吹く風といった様子でいる。
その図太さにジンは苦笑しつつ、自らの見解を述べた。
「勝てるだろう」
「根拠は?」
「敵は士気が低い。それを完璧に崩せば問題はない」
「どうしてそう言い切れるの?」
なおも麗奈は問いを重ねる。アンネリーゼは何か言いたそうだったが、ジンが視線で制した。
「考えてもみろ。日常的に処刑されているんだ。明日は我が身と思うし、そうなると気が休まらないだろう」
「たしかに」
麗奈は身の回りの人間が次々と処刑されていくとどう思うかと考えて、ジンの説明に納得した。そんな状況に置かれたら気が休まらない。というより、気が狂いそうな不安に駆られることは想像に難くなかった。
「問題は、士気旺盛な教会の聖騎士団。これさえ殲滅すれば、ろくな戦力は残ってないだろう」
まさかこの期に及んで戦力を出し惜しみしているとは思えない。それがあるのなら、民衆を無理矢理集める必要などないのだから。
「作戦を与える。キタサン」
「はっ」
「そなたは馬魔種を率いて敵に当たれ。そしてほどほどに戦って引き上げるのだ」
「よろしいのですか?」
戦いを止めていいと言われ、キタサンは困惑する。こんなことを言われたのはおよそ初めてだろう。魔族の戦いには、突撃と撤退しかないのだから。
「構わない。聖騎士団を誘い出すのがそなたらの役目だからな。その後は余が率いる軍と合流せよ。そのときに新たな指示を与える」
「わかりました」
ジンに言われ、キタサンは頷いた。もっとも、納得はしていない様子だが。
「マリオン、アベル」
「「はい」」
「二人には人魔種二万、吸血種五千を与える。この先の道に伏せ、馬魔種を追撃する聖騎士団をやり過ごしたのち、後ろから攻撃を加えよ」
「「承知しました」」
二人は特に反対せずに頷く。彼らはジンとの付き合いが長い。破天荒な命令を最も受けてきた二人であり、耐性はできていた。
「二人の役目は馬魔種に釣り出された聖騎士団と、後から追いかけてくる教会軍の連絡を断つことだ。挟撃されるゆえ、難しい戦いになるだろう。余は二人を信頼している」
ジンは役回りを説明し、二人を鼓舞する。その後、視線を転じた。
「マルレーネ」
「はい」
「そなたたちには遊撃として動いてもらう。追って指示を出すが、本領である撹乱に期待している」
「必ずやご期待に応えて見せます」
マルレーネは優雅に礼をした。
「残りは余に従え。第一陣は人魔種二万。これは余が率いる。第二陣はティアラの牛魔種二万。第三陣はオルオチ、クワメの緑鬼種、青鬼種十万。第四陣にアンネリーゼの吸血種五千。第五陣にフローラ以下の王国軍五千だ」
「ジン様自ら敵と戦うのですか?」
アンネリーゼが疑問を呈する。それは遠回しの反対だった。ただ、ジンにも言い分はある。
「他に任せられる者がいないのだ。わかってくれ」
ジンが目指すのは種族の垣根を超えた魔王軍の統合運用だが、現在は実現に至っていない。よって今回の戦争でも基本的に種族ごとに指揮官が置かれていた。吸血種はマリオンとアンネリーゼ、二人の人材がいるが、他に目ぼしい存在はいないのが現状である。
今回の作戦、肝はマリオンとアベルが率いる部隊。聖騎士団と、その他民兵の分断が上手くいくかどうかだ。聖騎士団を殲滅し、それを以って民兵の士気を挫く。
だが、いくら素人集団とはいえ民兵は数百万の大軍。数は力だ。防戦一方になるのは間違いない。だからこそ、団結力とそれがもたらす防御力を誇る人魔種の参加は必須。その指揮官に本当はなりたかったのだが、周囲の反対は必至だ。そこでその指揮をアベルに任せ、自身は残りの人魔種を陣頭指揮する。それが唯一の妥協点だった。
ジンはそんな考えを丁寧に説明する。アンネリーゼも種長以外に指揮ができる存在に心当たりがなく、渋々承諾した。
こうしてアンネリーゼは引っ込んだが、今度はフローラが異議を唱えた。すなわち、自分たちは戦いに参加できないのかと。
それに対するジンの答えはイエス。
「なぜですか?」
「かつては味方だった相手だ。あまり気持ちのいいものではないだろう」
「……」
抗議するフローラを、ジンは一発で黙らせた。さらに言葉を続ける。
「それにこれは我ら魔族の戦いだ。そなたたちはあくまでも余の同盟者であることを示してくれればいい。それだけで意味はあるのだから」
「……ご配慮、ありがとうございます」
王国勢が後ろめたさを感じないよう、理由をつける。フローラは大人しく引き下がった。
「決戦は明日の早朝とする。各自、準備を怠るな。では、解散」
最後にそう締めくくり、作戦会議は終わった。こうして魔王軍は明日の決戦に備えて着々と進めるのであった。




