狂気の胎動
後半はあまり気持ちのいい内容ではないかましれません。ご注意ください。
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さすが国王主催のパーティーだけあって会場は華やかだった。広々とした室内には赤い絨毯が敷き詰められ、シャンデリアが明るく照らしている。その光によってテーブルクロスの白さが強調され、色鮮やかな盛りつけの料理も映えていた。
ゆえに人々が目立ってしまう。集まった人々は一様に沈鬱な表情を浮かべている。敗戦したのだから当然だ。しかも魔族に。これからどうなるのか不安なのに祝えというのはなかなか無茶な注文だった。
そこへジョルジュが登場する。集まった人々は疑問符を浮かべた。なぜひとりなのかと。その答えはすぐ明らかになる。
「魔王殿のご入来だ」
ジョルジュが厳かに告げる。そして奥の扉が開かれ、魔王ーージンが姿を現わす。
「「「……」」」
その姿に人々は息を呑んだ。男女問わず、全員が。女性陣はジンに見惚れる。映像でも見たが、あのときは王都侵攻という異常事態にさらされていて冷静ではなかった。でも、今改めて見てみるとかなりのイケメンーーということに気づいたのである。
男性陣はアンネリーゼに目を奪われた。この世のものとは思えない圧倒的な美貌。歩くたびにサラサラと揺れる絹糸のような髪は、シャンデリアの光をこれ以上ないほどに反射して光り輝いている。その輝きは、まるで本物の黄金のようだ。身につけているドレスは身体のラインにピッタリフィットするタイプで、己のプロポーションに絶対の自信がなければとても着れない。しかし恐ろしいほどに似合っている。神の差配の結晶体のような彼女に見惚れない者はいない。
そんな魅力的な美女がジンの左にピッタリ寄り添っている。エスコートにしてはいささかくっつきすぎだ。しかし不自然には思わない。というより、ひと目見て納得する。なにせ、アンネリーゼはジンに身を寄せてハートを浮かべているーーそんな光景が幻視できるのだから。空気が甘い。一生分の砂糖を摂取できそうである。
男性陣の羨望(プラス嫉妬)がジンに注がれる。が、魔王様はさすが。少なくとも自身の視界に収まる者については鋭い視線で見返していた。その目は雄弁に語っている。『手ェ出したらコロス』と。男たちはブルっと震えた。
なお、残念ながらフローラと麗奈は空気であった。一応、彼女たちもジンの右隣にいたのだが、参加者の眼中にない。ジンたちのインパクトが強すぎて忘れられているという不遇ぶりである。
四人はジョルジュの横に立った。左からジョルジュ、フローラ、麗奈、ジン、アンネリーゼの順である。主役はジン、そういわんばかりの配置だ。
「さて、既に知っている者もいるかもしれんが、こちらが魔王ジン殿だ」
ジョルジュに紹介され、ジンは一歩前に出る。そしてその場を睥睨した。ただそれだけのことだったが、参加者たちは動けなかった。動いたら死ぬーーそんな謎のプレッシャーが彼らを襲う。そのなかでジンは言葉を発した。
「ジンだ。別に人間だからと差別するつもりはない。有能な者は積極的に使うし、今までの体制はなるべく尊重するつもりだ。よろしく頼む」
ジンは無機質な声音で言った。ジンは支配者であり、甘い顔はできないからだ。さりとて差別はよろしくない。結果、特に何とも思っていない、という姿勢を見せたのである。
そんな支配者然としたジンの高圧的な姿勢に、人々は改めて自分たちが負けたということを痛感した。
一方で、魔族による苛烈な支配が始まると思っていただけにジンの『差別しない』発言に安堵する。しかし疑念を払拭するには至らない。長年にわたって形成された恐ろしい魔族、というイメージが先行しているためだ。
ジョルジュはそんな彼らの気持ちを察しつつ、次の人物を紹介する。
「続いてジン殿の正室であらせられるアンネリーゼ殿だ」
「ジン様の正妻であるアンネリーゼです。あなた方がどう思われているのかは存じませんが、どうでもいいです。ただ、ジン様のお邪魔をするのであれば、ジン様がお赦しになっても私が赦しません。そのつもりで」
と、ジンとは一転して高圧的なアンネリーゼ。どちらかというと、彼女の方が魔族全体の意見に近い。ジンのように融和的なのは珍しく、無関心の者が多かった。彼らを意識するのは緑鬼種、青鬼種の二種族くらいだ。
その原因は彼我の力の差である。人間は勇者を召喚することで対抗していたが、裏返せば勇者の存在なくして自立は保てないということだ。対して魔族は最大戦力たる魔王を自給している。どちらが優位から言わずもがな。
もし数名の吸血種が人間の都市に現れれば、ろくな抵抗も許されずに壊滅するだろう。勇者という存在により保たれていた均衡は、しかしジンという規格外の魔王の登場により崩壊した。
人間にとって幸だったのが、人権だなんだと教え込まれたジンが魔王だったことだ。もし彼でなければ、想像していたような苛烈な支配が行われていたことだろう。
差別絶対反対な世界に生きてきた彼が人間だからといって差別するとこはない。そもそもジンは人魔種に転生したことを以前よりイケメンになった、という程度にしか捉えていなかった。人間との差異がほとんどないーー無尽蔵の魔力についても転生特典くらいにしか考えていないーーため、彼我に差があるとも思っていない。心は人間のままだった。同族を相手に酷いことはできない。当たり前だ。
挨拶が済むとパーティーに突入した。とはいえ、いきなり好き勝手に飲み食いするわけではない。料理や飲み物はあくまでおまけに過ぎず、主目的は人間関係の構築だ。だから挨拶が基本となる。とはいえ、身分によっても事情は異なってくるだろう。王族や高位の貴族などの高い身分であれば何もしなくても勝手に寄ってくるし、下級貴族や商人であれば挨拶周りに奔走する羽目になる。
しかし、今回は様相が異なっていた。いつもならドン、と構えていればいい王族や高位の貴族までもが挨拶をしなければならないからだ。一体誰に? もちろん、新たな支配者たる魔王ーージンに対してだ。魔族という征服民の登場により、彼らのヒエラルキーは、
魔族>>>【越えられない壁】>>>王族>>>【越えられない壁】>>>貴族>>>平民>>>奴隷
となった。一番偉いのは魔族。その首魁であるジンと、その寵姫たるアンネリーゼに挨拶し、好感度を稼ごうとするのは当然のことといえる。そんなわけで、ジンたちの前には長蛇の列が出来上がった。先頭から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、商人……といった具合だ。
あまりに多すぎてジンの記憶にはほとんど残らなかったのだが、気になった存在が二人いた。
ひとり目はマルク・ワルテル公爵。王族と祖先を同じくする公爵家の当主であり、かなりの有力者である。彼もジンの許に挨拶に来たが、不満を隠そうともしなかった。嫌悪感丸出しで挨拶されたため、印象に残っていたのだ。気になったジンは、王国の人物に詳しいフローラに照会する。
「フローラ。ワルテル公爵とはどのような人物なのだ?」
「マルクおじ様は、その、妹さんが教皇猊下に嫁いでおられるのです。先代やおじ様ご自身も熱心な信者で、その信仰心を認められてご親族を嫁がせる名誉に与りました。教会との結びつきが強く……ジン様たち(魔族)のことを快く思っておられないのかもしれません」
「なるほど」
ジンは頷いた。王国に残る教会勢力の残党の代表例だ。その動きには気をつけよう、と心の中でメモしておく。
二人目はテオドール・アモロス侯爵。まだ若い(見た目二十代)貴族家当主だ。彼はジンに対して恨めしい視線を向けてきたことで記憶に残っていた。もちろんそれだけではなく、チラチラとフローラに視線が向いていたことをポイントのひとつだった。やはりフローラに照会する。
「アモロス侯爵はどうだ?」
「テオドール様は最近お父君を亡くされ、当主になられました。魔界に接する西部に広大な領地をお持ちで、関係強化のために以前からわたしの婚約者候補としてお名前が挙がっておりました」
(要するに嫉妬か)
フローラは美少女である。地球でいえばアイドルのようなもの。誰もが羨む彼女と結婚できそうだったのに、ある日突然横から現れた輩に掻っ攫われたのだ。まさしく天国と地獄。一寸先は闇。憎まれるのも当然といえる。その気持ちは男としてわからなくはないが、ここは潔く諦めてくれることを願うばかりだ。
この二人は毛色が違っていたために記憶に残っていたが、この他はすべて『その他大勢』という括りで始末された。なぜなら、誰も彼も異口同音に同じことを言うからだ。つまり、
『魔王様イケメン!』
『アンネリーゼ様お美しい!』
『そんな方を妻(夫)にできるなんて羨ましい!』
と。人によって多少表現は異なるものの、要約すれば上記の内容になる。ジンは褒めるところはそこしかないのか、と言いたくなった。もちろん言わなかったが。
アンネリーゼはそんな風に褒められて終始ご機嫌だった。たとえお世辞でも褒められて嬉しくないなんてことはない。辛辣な物言いもなく、パーティーは概ね成功に終わったのだった。
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パーティーが終わってから数日後。王都シャルルの混乱は終息しつつあった。魔族に敗れたことを住人は少しずつ受け入れ始めたのである。そのきっかけとなったのは、ジンが出した布告だ。
曰く、人間族の法律は以後もそのまま用いられる。
曰く、乱暴狼藉を働いた魔族は魔族の法によって裁かれる。が、人間の法に触れた場合も処罰の対象である。
曰く、魔族はボードレール国王(あるいは魔王)の許可なく、定められた居住区から出ることはできない。
という三点である。魔族に厳しい内容であった。人々は素直に信じたわけではない。どうせ自分たちを懐柔しようと出した形式的な法令なのだろうと疑っていた。そしてそれは魔族も一緒だった。どうせ形だけ、と思っているから違反者が現れる。
しかし、ジンは本気だ。ゆえにこれに違反した魔族は容赦なく罰せられた。違反者が出た際のジンの怒り様はアンネリーゼたちが震え上がるレベルの激しさであり、これを見てようやく魔族側はジンが本気だと理解した。以後はジンの意向に沿って規律正しく動くようになる。
そういった変化に人間側も気づき、何があったのかを訊ねる勇者が現れた(言語は同じなので意思疎通に不自由はない)。対象は夢魔種か人魔種だ。容姿が人間寄りの魔族である、というのが理由である。そういうことなら吸血種も当てはまるが、彼らは魔力保有量が多い。それが威圧感につながり、先の二種族に比べると声をかけにくかった。
魔族と直接対話して何があったのかを知り、それが社会に拡散された。そしてあのお触れが本気であったことを知り、ならばと魔族に対する態度を軟化させていった。ーーそんな経緯をたどり、人間と魔族は強調しあっていた。これをジンは喜ばしいと思っている。
「かなり打ち解けてきたようだな」
「はい。ジン様にはご配慮をいただきありがとうございます」
フローラは頭を下げた。それなりにジンと付き合って、魔族がかつて教えられたような悪逆非道の存在ではないことを理解しつつあった。だからこれもジンの心象をよくしようというものではなく、純粋な感謝の言葉である。
「当たり前のことをしただけだ」
と、ジンは何でもないことのように言う。フローラの前で見せるのは素のジンであり、そんな彼は日本人らしく謙虚であった。強者であることに驕らないジンに好感を抱くフローラ。こうしてズブズブと沼にはまり込んでいく……。
「魔王様」
「マルレーネか。ご苦労。それで、どうだった?」
「はっ。内偵しましたところ、教会と接触しておりました」
「そうか」
マルレーネの報告に、ジンは静かに頷いた。
ジンの統治姿勢はフローラや一般大衆に高評価を得ていた。しかし、やはりというべきか、後世において『徳治』と評価される治世においても反逆する輩は現れる。その代表例がワルテル公爵とアモロス侯爵だった。
貴族というものは華やかなイメージが先に出るが、内実は汚泥のようにドロドロしている。利権や権力をめぐる闘争であったり、先祖からの因縁であったり。理由は様々だが、貴族である限りそのような柵から逃れることはできない。表向きは華やかに、裏では卑怯なんて言いっこなしの闘争を演じるーーそれが貴族というものだ。
そんな事情があるため、貴族は必ず闇組織と癒着していた。貴族は直接手を下さず、その意向を受けた闇組織が実行部隊となる。闇組織は悪事に手を染める代わりに、ある程度の悪事にはお目こぼしをもらう。『ある程度』に収まらない場合は利益供与をして共謀関係になることもあった。
さて。魔族の支配を闘争の延長線上にあると位置づけている(反魔族)貴族たちは教会の意向も受け、早速そのような子飼いの闇組織を利用した排除作戦に乗り出した。
構成員はなかなかの手練れ。そして狡猾であった。まずは小手調べとばかりに魔王軍の兵士を襲った。それも『弱い』と評判の緑鬼種や青鬼種を。そういった事案が何件か続いた後、彼らはいよいよ本丸に近い幹部に襲撃を仕掛けた。ターゲットはマルレーネ。戦闘能力の低い夢魔種を狙ったのだがーー失敗した。一連の怪事件に対し、ジンが警戒させていたためだ。
彼女がいる演習場に忍び込んだ闇組織の存在は早々に探知され、夢魔種による【魅了】の魔法によって洗脳されている。魔族に仇なす闇組織の構成員は、たちまち魔族のために情報を集める諜報員となった。すべてジンの発案である。その際、パトロンは誰なのかを訊き、ワルテル公爵とアモロス侯爵の名前が出たのだった。
警戒が厳しく襲撃できなかった、という体で帰還した構成員たちは両者の動きを逐一報せている。それをマルレーネがまとめ、ジンに報告していた。反魔族派は占領された現在でも、貴族の半数ほどが与している。ジンとしても無視できない勢力であった。
「教会と接触したということは、抗戦の意思ありということか……」
ジンは顎に手をやって考えた。一応、王国から人を派遣して停戦交渉を行わせている。ジンとしては王国が提案した沿岸部の割譲で手を打つことに異存はない。だが、収集した情報からして教会がそれに納得するとはとても思えなかった。この大陸から撤退しろ、と言われるだけだろう。それで丸く収まるならジンも乗るが、たとえ魔族が完全撤退しても敵対行動を止めるとは思えない。平和までの道のりは遠いな、とジンは苦笑する。
「それで、奴らはどう動くつもりだ?」
教会のことは一旦置いておき、貴族たちの動向を訊ねる。部外者に被害が及ばないよう、事前に対策するためだ。ジンの理想は実行させてぐうの音も出ない状態にしてから鎮圧することだが、部外者に危害が及びそうならーーかつ阻止する手段がなければーー問答無用で取り押さえるつもりだった。
「それが、よくわからないそうです」
「わからない?」
「はい。公爵たちは『天使様が現れる』としか」
(天使、ねえ……)
ジンの脳裏に、頭に天使の輪を浮かべ、背中から羽根を生やし、ストラを着た美少女の絵面が浮かぶ。日本人が天使と聞いてまず思い浮かべるのはこれであろう(偏見)。
しかしそのイメージが合っているとは限らないので、教会について詳しいフローラに訊いた。
「フローラ。天使というのはどのような存在なのだ?」
「はい。天使様は神の御使いであり、我々の願いに応えてこの世に現れ、邪悪を払う存在とされています」
「『邪悪』というのは我々魔族を指しているとして、『願いに応えて』というのは、召喚によって喚び出されるということか?」
「わかりません。教会の方ならご存知かもしれませんが……」
「いないんだよな、これが」
聖職者たちは王国が降伏すると聞くと一目散に逃走していた。そのため王都に聖職者はいない。
「そういえば、レイナのパーティーメンバーに聖女がいました」
「もしかするといるかもしれないな」
フローラが麗奈のパーティーメンバーだった聖女の存在を思い出す。ジンはすぐさま麗奈を呼び出し、その居場所を訊ねた。ところが、帰ってきた答えは『知らない』というものだった。
「私も探したんだけど、いないっぽいわね」
「ふん。役立たずですね」
「なんですって!?」
たまたま一緒にいたらしいアンネリーゼが茶々を入れ、それに麗奈が反発して喧嘩を始める。いつものことなので、誰も仲裁に入ることはなかった。どちらも口だけで、実力行使はしないからだ。
「さて、どうしたものか」
言い争う二人を尻目に、ジンは頭を悩ませた。
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そのころ。王国が降伏して民衆が混乱するなかを脱出した勇者パーティーの残党ーーイライアとスティードは教会の保護を受けていた。クロサンタこと教皇インノケンティウス99世の厚意によるもので、スティードの伝手である。
「すまんな」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ。それに、勇者様を何としても取り戻さなくてはなりませんし」
教皇以下、聖職者たちは誰ひとりとして麗奈(勇者)がジンに協力しているとは思っていない。精神操作で操られているだけだと思っている。だからジンたちが想像しているよりも麗奈に対する姿勢は強硬ではなかった。
イライアたちの目的は麗奈の奪還だった。そして教皇の目的は麗奈の奪還である。ただ、その姿勢には明確な違いがあった。前者は麗奈を救出してそれでお終いだが、後者については魔族のそれよりも強い精神操作をかけて操ってしまおうと考えていた。教会にとって精神操作はお手の物である。
両者の目的は多少の齟齬を生じさせていたものの、概ね一致していた。しかしそれを達成するためには重大な問題がひとつある。
「教皇猊下。勇者様をお救いするためには戦力が必要です。どうかお力をお貸しください」
「もちろんです。……とはいえ、今の我々には魔王を倒すだけの力はない」
教皇は首を振る。それを見てイライアとスティードは下を向いた。そう。これが人間族にとって頭の痛い問題だった。勇者を救いたい、しかし肝心の魔王を倒せる戦力がない。二人もそれはわかっていたが、教皇ならなにかいい知恵があるかもしれないと頼ったのだ。しかし彼もまた手がないという。
どうしたものか、という空気が漂い始めたときだった。教皇がしかし、と言葉を継ぐ。
「手はあります」
「本当か!?」「本当ですか!?」
「ええ。本当はあまり頼りたくないのですが……」
「構わぬ! 勇者が救えるのなら多少のこと!」
「そうです!」
スティードやイライアは前のめりで賛同する。教皇はこくこくと何度も頷く。
「わかりました。そこまで仰るなら」
そして不承不承、といった体で同意した。
教皇は二人を教会の地下ーー公にはされていない秘密のスペースへと連れ込んだ。暗く、じめじめしていて臭いも少しきつい。冒険者としてこのような空間には慣れっこのスティードはともかく、教会育ちのイライアは気分が悪そうだ。ただ、勇者を救いたいという一心で進む。
そして三人がたどり着いた先は、まさしく教会の暗部を象徴するような場所だった。ホール一階の床全体に魔法陣が描かれ、二階回廊には何百人という魔法使いたちが一斉に呪文を唱和している。その光景を三人は三階の回廊から見下ろしていた。
「「「「「「「「「「「「「「「■■■■■■■■■■■■■■■」」」」」」」」」」」」」」」
その異様な光景に、イライアたちは驚きで目を見開く。しかし一番の驚きは一階部分にあった。
もぞもぞ、と何かが動いている。それに気づいた二人は目を凝らしてそこを見つめ、直後に後悔した。動いていたのは異形の人であった。
「こ、これは……」
「うっ」
絶句するスティード。イライアは吐き気をこらえられなかった。そんな二人を横目に見つつ、教皇は説明する。
「魔族の優れている点は、その保有魔力量が我々よりも多いことです。そこで、我々はこれを利用することにしました。召喚の生贄として、ね」
教会が主導し、人間族の間では召喚魔法は禁呪扱いされている。召喚に際して魔力を代償に要求するという召喚魔法の特性上、人間の魔力保有量では扱えないためだ。古来は数人の魔法使いを犠牲にして使用されていたが、教会はそれを『野蛮な行為』と見なして禁呪とした。
しかし、人命を損なうことなく戦力を生み出す召喚魔法を利用しない手はない。そこで考えついたのが、魔族を生贄にするという手だった。彼らは人間ではないのでセーフ、というわけだ。とはいえ、人間が魔族を手に入れる機会は戦争のときだけ。どうにかして自給自足しなければならない。そこで目をつけられたのが夢魔種であった。
魔族とはどのような存在なのかーーそこに興味を持つのはある意味自然なことだ。捕らえた魔族に対する訊問、実験などを通して魔族の生態を明らかにした。その過程で、夢魔種は男(牡)の精を糧にしているといことも明らかになった。そして、これこそが魔族の自給自足を可能にする糸口だと気づいたのだ。
そしてあるとき、実験が行われた。人間と魔族(夢魔種)は子をなせるのかという交配実験だ。そしてそれは成功する。大成功だ。なぜなら、産まれてきた子どもは魔族の特性である保有魔力量の多さを受け継いでいたからだ。
以後、夢魔種は『捕虜』ではなく『家畜』になった。彼女たちは見た目もよく、人間と比べてまったく違和感がない。だから人間の男たちも娼婦を抱くような気分で夢魔種を犯した。そうして子を成し、その子を犯し、また子が産まれーーと惨劇の連鎖は続く。その子どもたちの生物学的父親は犯罪者であったり、聖職者であったりする。教会は姦淫を禁じているが、夢魔種は『家畜』なので教義には抵触しない。
こうして多くの子が生まれ、犯して子を産ませ、産めなくなると召喚魔法の生贄に用いる。魔族との戦争が激化したとき(勇者が魔王に敗れた場合)は、召喚魔法で生み出した膨大な戦力でカバーしさえもした。その際に従来の体制も見直され、用途が分けられることになった。つまり、これまで通り性奴隷として扱う愛玩用の夢魔種と、召喚魔法の贄とすることを目的とした量産用の夢魔種とに。
前者についてはこれまで通り、人間との交配を続ける。後者は交配力に優れた緑鬼種と掛け合わせ、より多くの子が産まれるように『品種改良』された。そして今日に至っているーー。
教皇はそれらを淡々と語った。その心にはいささかの痛痒もないらしい。当たり前だ。魔族とは魔力を多く保有する獣も同然なのだから。誰も己が口にする肉となる動物が可愛そう、などと言わない。それと同じ認識なのだから。
「さて、そろそろ召喚されますよ。今回は非常事態ですからね。いつもよりも多くの贄を用意しました」
彼の瞳が映すのは栄光ある人間族の未来。そんな未来を象徴するかのように魔法陣が光り輝く。その光が強まる一方で、魔法陣の下に積み上げられていた夢魔種たちは塵となっていく。その姿にスティードとイライアは哀れみを抱いた。
生贄となった彼女たちと入れ替わるように現れたのは、神々しい輝きを放つ存在。それを見た教皇の顔色は喜色に染まる。
「天使様ーー」
と呟くのだった。
かつての奴隷制などを参考にしてみました。如何でしょうか? こういった差別などについて考えていただけるきっかけになれば幸いです。




