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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
37/95

これが正装!

 



 ーーーーーー


 ボードレール王国がジンの力に屈すると、城外で待機していた魔王軍が王都に入った。ジンは演習場を借り、そこへ軍を駐屯させる。隔離が目的だ。許可なき外出は禁じ、出入り口はジンの使い魔が見張っている。市民生活に影響が出ないように、との配慮であった。


 ジンは現地の監督にマリオンを残し、アンネリーゼを伴って王城を訪れた。終戦記念パーティーに招待されたのだ。


(……敗戦したのに記念パーティーってどうよ?)


 心の中で突っ込むジンであったが、そこは呑み込んだ。しかしアンネリーゼは、


「負けたくせにパーティーを開くなんて、バカなんですか?」


 と実に遠慮がない。ジンは絶対に言うなよ、と釘を刺しておく。アンネリーゼは微笑して、わかっていますと答えた。ジンだけに見せた本音らしい。その辺りは彼女も弁えている。


 城に着いた二人は使用人に案内され、ジョルジュたち王族(+麗奈)が待つ部屋に入る。


「招待してくれたこと、感謝する」


「こちらこそ。応じてくれたことに感謝する」


 ジンとジョルジュが挨拶を交わす横で、アンネリーゼは新妻二人と相対していた。


「ジン様のお慈悲に感謝しなさい」


「煩いわね、怪力女」


 アンネリーゼと麗奈の間で火花がバチバチと散っている。フローラは苦笑い。既にこの光景は見たので、二人が水と油であることはわかっているのだ。


 一方、会って数秒でメンチを切る二人に狼狽えるのがジョルジュ。


「ま、魔王殿。この二人は大丈夫なのか?」


 この場で戦争始まらないよね、とビクビクしている。ジンが強いことは理解していたが、その認識は漠然としたものだった。ジン>麗奈といった図式である。


 だが、ステータスという己の理解が及ぶもので示されたジンのそれを見て、その図式は呆気なく塗り替えられた。ジン>>>【超えられない壁】>>>麗奈という感じに。だからいつ王都が吹き飛ばないか気が気でない。ジンの気まぐれでそれができてしまうのだから。ある意味、彼を一番疑っているのはジョルジュであった。


 ジョルジュとしては、魔王軍にはこのまま何事もなく帰ってほしいと思っている。とにかくジンがいなくなればいい。他の魔族なら対応できるけど、ジンは無理! 娘でもなんでもあげるから、早く出て行ってーーというのが偽りのない本音だ。


 しかしジョルジュにとって残念なことに、ジンが魔界へ帰るのはかなり先のことになりそうであった。というのも、魔界はかなり落ち着いたし、しばらくは人心の慰撫と物見遊山を兼ねて王国を回ろうーーなどとジンが考えているからだ。……ジョルジュの心労がマックスである。


 そんな心配を他所に、ジンは爽やかな笑みを浮かべつつ返答した。


「いつものことだ」


 と。ジンは二人のあれはいつものことだと温かい目で見守る。それは彼女たちが互いを害そうという意思を持っていないことを看破しているためである。アンネリーゼは自分が上だと示すため、麗奈は負けないと示すため。あくまでも形式である。もし本気になれば、即座に鎮圧するつもりだ。それだけの力はある。だからこそ二人がいがみ合うこともまったく問題はないーーというのがジンの認識だ。


 泰然としているジンを、ジョルジュは偉人を見るかのような畏敬の念を宿した瞳で見ていた。副音声は『あんたパネエ』だろうか。


 感銘を受けているジョルジュを尻目に、ジンはひとり置き去りにされていた感のあったフローラの元に歩み寄る。フローラも、そんな彼を笑みとともに迎えた。


「ジン様。ようこそお越しくださいました」


「丁寧な挨拶に感謝する。今日の装いは一段と華やかだな。そなたによく似合っている」


「ありがとうございます」


 ジンの賛辞に、フローラは少し頬を染めつつ頭を下げた。嬉しさと照れが混ざった、微妙なラインの笑みだ。だがどちらにせよ好意的であることに変わりはない。


「……」


 そんな二人ーーというよりフローラーーをじーっと見つめている人物がいた。麗奈とのキャットファイトを一時中断したアンネリーゼである。


「ちょっと、まさかフローラにまで絡むつもりじゃないでしょうね?」


 警戒感を強める麗奈。しかしアンネリーゼはそれさえ無視してフローラを注視し続けた。その熱視線に気づいたフローラは、居心地が悪そうに身をよじる。そしておずおずと、


「あの、どうかしましたか?」


 と訊ねた。彼女とて無力な人間。アンネリーゼに目をつけられるなんて気が気でない。思い当たる節もないのだ。困惑するのは当然である。


 フローラの質問にもアンネリーゼが答えることはなかったが、ややあってスッと近づく。彼女の手を取って、


「あなた、なかなかの素質がありますね」


 などとのたまう。


「はい?」


 頭上に特大の『?』を浮かべるフローラ。彼女からすれば、一体何を言われたのかわからないかった。素質といわれても、自分には大した才能なんてない。強いていえば、他人よりも多少頭が回ることくらいだろう。だが、その程度のことで褒められるなんて思わないし、思えない。彼女が何を思ってそのような発言をしたのか、フローラには皆目見当もつかなかった。


 フローラの困惑は当然だが、アンネリーゼはそれを無視して話を進める。


「私にはわかります。あなたには間違いなく素晴らしい才能があります。今度、ゆっくりお話ししましょう」


「は、はぁ……」


 そう答えるしかなかった。下手に断って機嫌を損ねるわけにはいかないからだ。フローラには麗奈と違い、ボードレール王国の運命がのしかかっている。彼女のように、堂々とアンネリーゼと対立するわけにはいかないからだ。もしジンの不興を買えば……なんて考えたくもない。


「ところで今日はパーティーだけど、その格好でいいわけ?」


 麗奈が指摘したのはジンたちの格好である。その姿はいかにも普段着といったもの。ドレスを着ている麗奈やフローラ、礼服を着ているジョルジュからするとカジュアルすぎて浮いてしまっていた。


「問題ない。着替えはは持っている」


「どこに?」


「ここに」


 そう言ってジンは虚空から礼服を取り出した。【ボックス】の魔法だ。


「あんたは?」


「問題ありません」


 存在を強調するようにアンネリーゼが見せたのは右手の甲。麗奈は一瞬理解ができなかったが、その薬指に指輪が嵌っていることに気づく。ルビーのように赤い宝石がついたシルバーリングである。しかし特徴といえばその程度であり、麗奈は何が問題ないのかと訝しむ。


「……なにそれ?」


「【ボックス】の魔法が込められた、ジン様特製の指輪です」


「なっ!?」


 麗奈は勢いよくジンを振り返った。その顔には『私もらってない!』と書いてある。


「この魔法は便利だからな。本当に信用した者にしか渡さない」


「それって、私が信用できないってこと?」


「いや。だが、それなりの覚悟は必要だぞ」


「なによ、大げさな。たかが指輪でしょう?」


「ああ。【呪縛】の魔法を込めたものだ」


「……」


 麗奈は言葉を失う。チートな勇者生活をエンジョイしていた彼女だが、その一方でこの世界のことを理解しようと勉強していた。パーティーメンバーへのヒアリングや、読書だ。特に魔法関係は興味をそそられたため、熱心に調べている。


 そのなかで【呪縛】の魔法も出てきた。物語では人々を苦しめる魔法として登場し、現実世界でも同様の扱いを受けている。これは魂を縛る呪いの魔法で、違反するとペナルティが課せられる。【誓約】と変わらない効果だが、両者の決定的な違いは【誓約】が同意を必要とするのに対し、【呪縛】は必要としない点だ。普段使いの道具に付与するだけで有効なのである。魔力が多ければレジストできるが、ジンほどの魔法使いがかけた【呪縛】を解くことのできる者はまずいないだろう。


 アンネリーゼの右手薬指に光る指輪はとてもクレイジーなものだ。しかし当の本人はというと、


「はぁ……」


 うっとりしていた。『私がジン様のものである証……』などと呟いている。ヤンデリーゼだ。


 麗奈はその狂気に震え上がった。ジンに顔を近づけ、周りに聞こえないようなトーンで訊く。


「ちょっと。あいつ大丈夫なの?」


「大丈夫。いい子だよ、基本的には」


 素に戻ったジンはそう答えた。……目を逸らしつつ。大変に気立てがよく、容姿も美しいアンネリーゼの欠点らしい欠点は、その愛の深さである。波長が合ったのかーー詳しい理由は不明だが、とにかく彼女はジンを愛していた。嬉しいものの、そのせいで暴走しがちなのが玉に瑕である。


「とはいえ、あの指輪に付与してある【呪縛】はそれほど重くない」


「何がついてんの?」


「着脱不能、譲渡禁止だ。とんでもない宝物だからな。信頼した者に与えるが、万が一にも持ち去られるなんてことがないようにしている」


「束縛系?」


「失敬な。予防措置だ。これが街に流れてみろ。人死にが起こるぞ」


【ボックス】の魔法には入れる物の量に制限がない。さらに思い浮かべたものを取り出すので、某耳のない猫型ロボットのように、物が多すぎてなかなか取り出せないーーなどという事態にはならないのだ。


 そんなものが出回れば、誰もが欲しがるだろう。十分な量を供給できるのならまだしも、これを作れるのはジンのみ。とても間に合うはずがなかった。だから出回らないよう、制限をかけたのである。


「それで、欲しいか?」


「うっーー」


 麗奈は逡巡する。欲しいかと言われれば、欲しい。ジンが言う通り、あれば色々と便利だから。しかし束縛も同時に彼女が嫌うところであり、それが躊躇いを生む。


「欲しいです」


 ところが、フローラは一切の躊躇いを見せない。束縛を受けるアイテムを進んでもらうことで、逆らう意思がないことを示そうというのである。


 フローラが積極的なのはそういう理由からなのだが、これに絶賛トリップ中だったアンネリーゼが耳ざとく反応。やはりフローラの両手を取り、


「やはりあなたには素質があります」


 とひと言。


「は、はあ……」


 フローラはやはり困惑。しかしジンにはなんだか話の流れが読めてきた。


(まさか布教なのか!?)


 アンネリーゼは盲目的にジンを愛している。何らかの宗教の、敬虔な信者のように。それをジンは『宗教』と揶揄していたのだが、実は的を射たものだった。彼女は日々、ジンの信者となり得る人物を探している。


 麗奈はフレンドリーすぎて対象外。アンネリーゼ的には、もっと丁寧に接しなさいと文句をつけたいところ。だからよくいがみ合っている。


 これだから人間は……と思っていたところに現れたのがフローラだった。彼女はジンに対して常に丁寧に接している。名前呼びも、ジンの許可を得てから。ジンの言葉を否定しない。まさに同志! それは確信に変わり、ゆえに彼女は勧誘にかかったのである。


「ジン様を敬うその姿勢、実に素晴らしい」


(やっぱりーっ!)


 そのひと言でジンのなかの疑念は確信に変わった。こうなった彼女は止まらないし、止められない。


 アンネリーゼからすれば、ジンはこの世で最も尊い存在。それを信じて何が悪いか、と思うのは当然である。ジンにしても、やってることはともかく、その行動は純度百パーセントの善意だ。否定するのはなかなか心苦しい。


「これからもその姿勢を貫いてくださいね」


「はい。それはもちろん……」


 だって逆らえないし! 逆らったら祖国がどうなるかわかんないし! なんて言えないフローラ。王女様は、魔王の正妻にも逆らえない。これでフローラは晴れて信者認定されたのだった。布教活動は順調に進行中。


「国王よ。そういうわけだから、着替るための部屋を提供してもらえないだろうか?」


「もちろんだ。案内させよう」


 ジンは話を打ち切って部屋の提供を申し出た。その流れでアンネリーゼも復帰させ、二人は使用人に案内されて着替えることになった。


 ーーーーーー


 男の着替えは早い。服を脱ぎ、別のものを着て、小物を身につければ終わる。ジンはものの数分で着替えを終え、元の部屋に戻ってきていた。


 ジンの出で立ちは黒のズボンに黒のYシャツ、襟についた白のファーがアクセントとなった黒紫のロングコートを羽織っている。全体的に黒系で統一されていた。黒が感じさせる重さが、ジンの風格を高めていた。


「「……」」


 女性陣は揃って言葉を失う。見惚れたためだ。シンプルだが、ジンによく似合っている。ジョルジュも『ほぅ……』と感嘆のため息を漏らす。


「いやはや、よくお似合いだ」


「そうか?」


「そうとも。見よ、二人を。魔王殿に魅入っておるわ」


「「ーーはっ!」」


 ジョルジュにからかわれて、二人は気を取り戻した。淑女たるフローラは恥じらいを見せ、意外にも麗奈まで恥ずかしがった。それが珍しく、ジンは彼女を見つめる。


「なによ?」


 頰を赤らめながらも、麗奈はジンを睨む。『こっち見んな』という声が込められていた。


「熱でもあるのか?」


「ぶっ飛ばすわよ」


 麗奈は拳を握る。いつでも殴りかかるという意思表明だ。ジンは落ち着け、と両手で彼女を諌める。


「いや、なに。そんな反応をするのは珍しいと思ってな」


「喧嘩売ってんの?」


 言葉をかけるが、逆効果だった。むしろ怒りを増幅させてしまっている。


「待て待て。話せばわかる、話し合おう」


「問答無用よ」


 一蹴された。


「まあネタはいいとして、本当にどうした?」


「ネタ扱い……。というか、私が乙女な反応をしたらいけないわけ?」


 こちとら華の女子高生じゃい、と詰問する麗奈。


「そんなことは言ってない。だが、珍しいのは事実だろう?」


 平然と下世話な話をするなど、『年ごろの娘さん』というよりは『見た目はJK、中身はBBA』の印象が強い麗奈。だから初心な反応をされると意外に思ってしまうのは間違っているのだろうか?


 麗奈も、これまでの自身の振る舞いを顧みれば、そう勘違いされるのも仕方がないかーーと反省する。


「それで、どうしたんだ?」


「なによ。言わなきゃダメなの?」


「言いたくないことを言わせてきただろ。因果応報というやつだ」


「小学校で習わなかった? 『他人が嫌がることは止めましょう』って?」


「その言葉、そっくりそのまま返してやる」


 最初にやったのはそっちだから、俺もやっていいよね? という小学生並みの論理だ。


「で?」


 ジンはさっさと言え、と急かす。勇者は魔王から逃げられなかった。


「それは、その……」


 途端に気恥ずかしさがぶり返したのか、消え入るような声でボソボソと呟く麗奈。顔も赤いし、視線も合わせない。恥ずかしいと全身で訴えている。が、ジンは許さず答えを待つ。


「「……」」


 両者無言の睨み合い。だがやがて諦めたのか、麗奈はボソッと漏らした。


「……かっこいいじゃない」


「ふっ。どうもありがとう」


 ジンはそんなことかと苦笑する。そして軽く感謝を述べた。しかし麗奈は不満だったようだ。


「ちょっと、今の『ふっ』は何よ! 馬鹿にしたわけ?」


「そんなつもりは毛頭ない。不幸なすれ違いだ」


「嘘くさ」


 麗奈は責めるようにジンを睨む。それが照れ隠しであることは明らかだ。


「フローラはどうだ?」


 麗奈が己の気持ちに整理をつける時間を作るべく、ジンはフローラに水を向けた。


「うえ!?」


 まさか自分に話が来るとは思っておらず、意表を突かれたフローラは淑女にあるまじき声を上げた。


「あ、その……とても凛々しくて見惚れてしまいました」


 えへへ、と笑うフローラ。心が温かくなる。攻撃的な麗奈とは違い、彼女は癒し系であった。


「ありがとう。フローラのように美しい人に褒められるなんて嬉しいよ」


「そんな、美人だなんて……」


 フローラは照れ笑いを浮かべる。だが、『似合っている』というのは事実だ。シルクでできたドレスは純白。その肌もドレスに負けず劣らず白く、まるで競わせているかのよう。人並み外れた美貌の持ち主であるフローラでなくては実現しなかった見事な調和だ。


 そのようにフローラを褒めるジンだったが、不意にグイグイ、と服の裾を引っ張られる。そちらへ目をやれば、いい笑顔をした麗奈がいた。


「ジン。人間、産まれながらに平等って言うじゃない?」


「そうだな」


「私、今不平等な扱いを受けたんだけど?」


 ドレスを褒められなかったことがいたくご不満のようである。


「麗奈も似合っているぞ」


 なのでお望みの言葉をかけてやる。が、彼女の機嫌は治らなかった。視線が鋭くなり、むしろ悪化している。


「なによ。取ってつけたように言って」


(どうしろってんだ!)


 素のジンは心の中で絶叫した。話の流れ的に放置していたら褒められていないと責められ、褒めたら褒めたで文句をつけられる。素のジンはキレた。


 しかし魔王なジンは実に大人だった。人がよくできている。特に怒ることなく、にこやかに対応した。


「すまない。言いそびれてしまった。ーーとっても似合ってるぞ。綺麗だ。色合いも麗奈にピッタリで、まるでお姫様だ」


「ふんっ! 私は騙されないからね!」


 と言いつつ、口をもにゅもにゅさせる。嬉しいらしい。口では反抗的だが、仕草までは嘘をつけなかったようだ。


 しかしジンもお世辞で言っているのではない。麗奈が着ているのは真紅のイブニングドレス。赤のパッション性が、彼女の性格に合致している。その鮮烈な印象と整った顔立ち、プロポーションとで注目されることは間違いないだろう。


「初々しいのぉ」


 ここでジョルジュが口を挟む。麗奈とフローラの姿に和んでいるようだ。彼が言う通り、ジンは妻帯者なだけあって泰然としているが、二人は付き合いたてのカップルのようにーー事実そうだがーー近づいて離れてを繰り返している。


「ところであいつ(アンネリーゼ)は?」


「そういえば遅いな」


 女性の着替えには時間がかかる。それは事実だ。しかし『待った』という感覚にさせられるのは初めてのことだった。アンネリーゼと生活していてその手の感覚に陥ったことはない。なので今回はレアケースといえる。


「慣れない場所ですから、手間取っているのかもしれませんね」


「そうかもしれないな。悪いが、見てきてくれないか? 手間取っていたなら、彼女を世話している侍女を連れてくる」


「承知いたしました」


「あ、私も行く」


 ジンはフローラにアンネリーゼの様子を見てくるように依頼した。フローラは快諾し、同行を申し出た麗奈とともにアンネリーゼが支度をしている部屋へと向かった。


 ……数分後。ギギギ、という音とともに扉がわずかに開く。


「ジぃ〜ンぅ〜」


 地底から囁かれた声のごとく、恐ろしく低い声で扉から顔を覗かせたのは麗奈。目が据わっている。


「どうした?」


 彼女の意味不明な行動に、ジンはジョルジュ共々首をかしげる。しかしその仕草が麗奈の怒りに火をつけた。


「『どうした?』じゃないわよッ!」


 麗奈はジンに殴りかかる。渾身の右ストレート! ジンは片手で防ぐ。


「おいおい、いきなりだな」


「なに平然としてんのよ!」


 いきり立つ麗奈だが、ジンはなぜ責められているのかまったくわからない。よってリアクションも普通になったのだが、それが気に入らないようだ。


「とりあえず一発殴らせなさい!」


「断る。痛いし」


 麗奈のパンチを浴びたところでさしたるダメージはないが、痛みはある。今も、受け止めた手がヒリヒリしていた。ジンとしては、何かあればとりあえず殴るという方針を改めてほしかった。


「というか、本当にどうした?」


「なによその、私が頭悪い系女子みたいな扱い」


「『みたい』じゃなくて、実際に頭悪い系女子だからな? 見ろ、国王を。頭痛をこらえるように瞑目しているぞ」


「……」


 そう言ってジンが指し示す先では、ジョルジュが天に召される寸前になっていた。麗奈が殴りかかった時点でこうなっている。心の声としては、『あ、王国終わったわ』だ。


「……それはいいとしてーー」


 よくないから、というツッコミは呑み込み、話の続きを促す。


「ーーあれは何よ!」


 麗奈が指さす先には、アンネリーゼがフローラと話しながら歩いてくる姿が見えた。






 サンタ服で。







「ん?」


 魔王なジンは怪訝そうな顔をしただけだったが、素の方は今すぐ絶叫しそうであった。


(なぜサンタ服!?)


 まさかのチョイスに地球の常識を知るジンはびっくり。そりゃ麗奈も怒るわ、と瞬時に納得した。


 アンネリーゼのサンタ服は以前ジンがあげたもの。ミニスカサンタ服である。彼女の抜群のプロポーションが(不必要に)目立ちすぎていた。


(もったいない)


 他人にそこまで見せる必要はない。彼女のすべてを知るのは自分だけでいいーー。ジンはそのような独占欲を発揮した。ここまでおよそゼロコンマ一秒。そんな魔王様は愛妻の魅力的な姿を見せまいと思い、


「【フラッシュ】」


「ぬお!? 目が、目がーッ!」


 初手、目潰し。ジンの背後で太陽光のような猛烈な光が生まれる。まともに直視したジョルジュの目が焼かれた。彼は某天空の城に出てくるキャラクターのようにゴロゴロと転がる。


 一方のアンネリーゼはというと、フローラとサンタ服について話し込んでいた。


「では、その衣装はジン様から直々に頂いたものなのですか?」


「ええ。生誕祭(ジンの誕生日)の際に、その褒美として頂戴しました」


「凄いです」


「フローラもすぐに頂けますよ」


 なんて和気藹々と話している。仲がいいようで何よりだが、今の問題は妻の関係性ではない。


「アンネリーゼ」


 ジンは駆け寄って声をかける。アンネリーゼは愛する夫の登場とその姿に顔を綻ばせた。


「ジン様。とても凛々しくて素晴らしいお姿です」


「ありがとう。アンネリーゼもとても美しい。古今東西、どのような美術品でも君の美しさには敵わないだろう」


「まあ、お上手」


 と言いつつ嬉しそうである。


「それはともかく、アンネリーゼ。着替えてきなさい」


 一転してジンは断固とした口調で命令した。アンネリーゼはきょとん、となる。褒められたのにどうして? というところだろう。


「あの、なぜでしょう?」


 頭の上で疑問符が乱舞する。聡明であり、これまでジンの意図を(やや誤解がありつつも)おおよそ的確に察してきた彼女だが、今回ばかりはまったくわからないといった様子だ。


 一方のジンも言葉に詰まっていた。言ってみたはいいものの、言葉が続かない。頼りの魔王モードも沈黙している。なのでここはひとつ、日本人的に従わなければならない気にさせられる決まり文句を言ってみることにした。


「この場には相応しくないからな」


 どう相応しくないかと訊かれると大変苦しいところだが、こうなればアンネリーゼのマインドが日本人に近しいことを祈るばかりだ。そして運命のアンネリーゼジャッジは、


「そうですね。この場で正装する意味はありませんね(人間ごときに正装はやりすぎですし)」


 納得してくれた。だが、正装はしてもらわないといけない。そもそもサンタ服は正装ではないし。どうにか正装ドレスになってもらおうと知恵を絞り、やはり先人の知恵に学ぶことにした。


「ほら、人間には人間の習慣があるだろう。『郷に入りては郷に従え』っていう言葉もあるし、ここは麗奈やフローラみたいにドレスにしたらどうだ?」


「そうですね」


 アンネリーゼは従った。ジンはホッと胸を撫で下ろす。互いのニュアンスには大きな違いがあるのだが、ジンがそれに気づくことはなかった。


 とにもかくにも、アンネリーゼは無事にサンタ服ではなく普通のドレス(こちらも持っていた)を着てパーティーに臨むことになった。




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