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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
36/95

魔王の実力

 



 ーーーーーー


 アンネリーゼと愛を確かめ、彼女がジンにとって一番だと改めて示したころには夜が明けようとしていた。


「はぁ、はぁ……」


 夜通しは体力を消耗させ、アンネリーゼは荒い息を吐きながらベッドに横たわっている。そんな彼女に、ジンはそっとシーツをかけてやった。


 ぶっちゃけジンも疲れた。休みたいのが正直なところだったが、城では麗奈たちが首を長くして待っている。これ以上は悪いので、疲れた身体に鞭打って行く。


 ジンはベッドから起き上がり、魔法を使って身を清める。そして清潔な服を纏った。


(服が変わってることを突っ込まれそうだな……)


 帰ってくるのが遅いと責められた挙句、服が変わっていることに気づかれる。そしてひとり休んでいたのでは、と追求される未来がありありと見えた。


 ……そう考えると気が重いが、それでも行かなければならない。現状、城に忍び込めるのはジンだけだからだ。夜も明けている。急がねば。


「ジン様?」


 と、そこでようやく疲労が少し抜けたらしいアンネリーゼがジンに声をかけた。


「起きたのか?」


「はい。あの、シーツをかけてくださってありがとうございました」


「気にするな。疲れただろう? もう少し休んでおけ。メイドたちには言っておく」


 回復して身支度を整えるにはもうしばらくかかるだろうと踏んだジンはそう提案した。アンネリーゼはそれを受け入れる。無理はするなーーというのはジンが常日頃から口を酸っぱくして言っていることだ。ジン自ら言われたことに、信者たる彼女が逆らうはずもなかった。


「……行かれるのですか?」


「ああ。待たせているからな」


 アンネリーゼの問いかけに、ジンは手を止めずに答えた。すると、背後から不機嫌なオーラが漂ってきているのを感じる。片手間で答えられたことが不満な様子だ。


「勘違いするな。これはあくまでも社会通年的なものでーー」


 などと言い募るジンだったが、この世界で現代日本の常識を説いたところで通用するはずもない。必然、アンネリーゼの機嫌が直ることはなかった。


 やむなくジンは奥の手を使う。ご機嫌ナナメのお姫様アンネリーゼの側に寄り、優しくキス。彼女の髪を撫でつつ、耳元で囁く。


「安心しろ。俺の中の一番はいつだってお前だ、アンネリーゼ」


 そうすると、アンネリーゼの表情がホニャッと蕩ける。ルンルン、と音符が飛び回っていそうなほど御機嫌になった。


「いってらっしゃいませ」


「行ってくる」


 こうしてジンは己のSAN値と引き換えに、アンネリーゼに気持ちよく送り出してもらったのだった。


 ーーーーーー


「遅い」


 開口一番、ジンは詰られた。大急ぎで城に戻ると、麗奈が仁王立ちして待ち構えていたのである。一方のジンは恐縮していた。その通りであるからだ。


 怒る女、謝る男ーーそれはまるで、夫の浮気が発覚した夫婦のようであった。実際には怒っている麗奈の方が愛人的なポジションなのだが、そこは言わぬが華だ。


 ジンは悪いのは自分であると全面的に受け入れた上で、遅れた理由をーー肝心なところはぼかしながらーーかくかくしかじかと説明する。しかし、麗奈は納得がいかないらしい。


「私たちを妻にすることにアンネリーゼが反対したのはわかるけど、説得するのに夜通しかかることなの?」


 その疑問はもっともだ。ジンにとって痛い所でもある。時間がかかったことは事実だが、説明するには秘め事を話さなくてはならないからだ。しかし、話せない。ジンははぐらかす。


「ああ。あれは大変だった」


「そんなに? 正直、信じられないんだけど」


 捕らえられていたときにジンたちのイチャラブぶりとアンネリーゼのチョロインぶりを見た身としては、そこまで頑なではなかったのではないかという疑念を拭えない麗奈。その感のよさが魔王たるジンを追い詰める。ジンは冷や汗が止まらない。


「ま、まあそういうときもあるさ。はは……」


 ジンは乾いた笑いしか出なかった。この窮地から救ってくれる神はいないのか!? と救世主の登場待ちである。自力で切り抜けようという意思はない。なぜなら無理だから。


 さて、そんな二人のやりとりは実に気安いものだったが、これに驚いているのがフローラだった。


(あの魔王様が一方的に……。どうしましょう!?)


 ジンとは違う意味で冷や汗を流しているフローラ。一方的に言い負かされたジンがキレて暴れるようなことがあればーー辺り一帯が灰燼に帰す……かもしれない。可能性としては『かもしれない』だが、抵抗する術を持たない彼女からすると無視し得ない。その可能性を減らすためにも、自ら人身御供となってその歓心を買ったのだ。それが水泡に帰してはたまったものではない。


「れ、レイナ。その辺で……」


「甘いのよ、フローラは。こういうときはちゃんと問い詰めておかないといけないの。何を隠しているかわかったもんじゃないんだから」


 なだめるが、聞く耳を持ってくれない。フローラは真面目に困った。もうどうしたらいいのやら……。


 フローラがお手上げという一方で、このやりとりに光明を見出した者がいた。誰あろう、ジンである。


「そ、そういえば呼び方変わったんだな」


「そうよ。私たちは勇者でも王女でもなくてジンの妻。同列なんだから、『様』とか『殿下』って呼ぶんじゃなくて名前で呼ぼうってことになったのよ」


「あの、レイナから聞いています。魔王様は大変に寛容であると。大変畏れ多いのですが、わたしもジン様とお呼びしてよろしいでしょうか?」


 麗奈はあっけらかんと事の次第を説明し、フローラはおずおずと訊ねてきた。これはジンがキレて辺り一帯を灰燼に帰すような人物かどうかを知っているか否かの差が現れている。フローラは麗奈と魔王が同郷であると知ってはいても未だ『善の勇者、悪の魔王』という認識から脱却できていなかった。


「もちろん。俺もフローラと名前で呼ぶことにするよ」


 フローラの申し出をジンは快諾した。多大な労力を払った末に二人を妻にすることを認めさせたという理由もあるが、それ以上にフローラのような美少女が妻となってくれるのだ。前世は彼女いない歴イコール年齢だったジンからすれば、本人に異存がないなら断る理由がない。


 この返答にほっと息を吐くフローラ。ため息ととともに緊張も抜けていったようで、身体から余計な力が抜けて自然体になっていた。そうすると、またひとつ別の疑問が浮上する。


「ジン様、なんだか口調が変わっていませんか?」


「ああ、これね。安心して、フローラ。こっちがジンの素だから。尊大な口調は全部演技よ」


「えっ!? そうだったんですか!?」


「まあ、そうだけど……」


 麗奈があっさりとバラしてしまった。ジンはバツが悪そうに同意する。そして素と魔王なジンが現れるときのメカニズムを教えた。フローラからすれば驚きを禁じ得ない。


 貴族の世界は優雅に見えるが、その裏では権謀術数が渦巻く世界だ。ひとつのミスが身の破滅につながることだってある。相手を貶めるため、自分が利益を得るために貴族たちは演技をして相手を騙す。そのような世界で生きてきたからこそ、フローラにも相手を見極める“目”は養われていた。


 だが、その“目”をもってしてもジンの演技は見破れなかった。自らの経験不足があることは否めないが、より老練なジョルジュもまた気づいていない。もし気づいていれば、会話の中に織り込んでくるはずだからだ。


「まったく気づきませんでした。やはりジン様はすごいです」


「やめてくれ。そんなんじゃないから」


 異世界に転生したらたまたま備わっていただけの能力だ。そのことを履き違えるほどジンは愚かではない。それだけのことなのだが、事情を知らない者からすれば謙遜に聞こえてしまう。


(自らの才能を鼻にかけないなんて、なんて謙虚なお方なのでしょうか)


 と、勝手にフローラの中で好感度が上昇していた。元のイメージがあれなので、好感度が上がるハードルも低めである。また、戦いになれば無敵の強さを見せ、使者として魔王軍の陣地に赴いて魔族をよく従えるカリスマを備えているかと思えば、麗奈に詰め寄られてタジタジになっているーーそんなジンに興味を抱いてもいた。


 一方、ジンの本音を正しく理解している麗奈は笑いをこらえていた。自分より優秀な人間が他者に振り回されている姿が面白いらしい。


 それからしばらく、フローラが好奇心のままに質問してジンが答え、ときどき麗奈が補足するーーということが続いた。


(ほっ……)


 そんなやりとりをする裏で、ジンは(心の中で)安堵の息をついた。どうにか話題を逸らすことに成功したためである。しかし話がひと段落したところで、


「ーーで、なんでこんなに遅かったわけ?」


(ガッデム!)


 麗奈によって蒸し返されてしまう。彼女は忘れていなかった。『魔王は逃げられなかった』というテロップが流れたーーような気がした。


「あ〜、えっとーー」


 いよいよジンが答えに窮した。本当に打つ手がない。いっそすべてバラすか、などと破滅的な思考もちらつき始めたころ、その人は現れた。


「お待たせしたようで申し訳ない」


 国王ジョルジュだった。城の掌握にあたっていた彼だが、ようやく仕事が終わったらしく、スケルトン騎士を引き連れて帰ってきた。それがいかに困難であったかは、ジンより遅いということで推して知るべし。


「首尾はどうだ?」


「よくもなく、悪くもなくといったところか。一応、貴族たちの同意は得た。だが、腹黒いことを考えていそうな様子だった」


「ふむ。であれば警戒しておくべきだな。余や麗奈はともかく、国王やフローラは心配だ」


「ちょっと、私のことは心配してくれないわけ?」


 これに待ったをかけたのが麗奈。さらっと自分を保護の対象から外されたことが不満らしい。だが、ジンからすれば客観的事実を述べたまでだ。何を怒っているのか、と珍獣でも見るような不思議な視線を送っている。


「何が不満なのだ?」


「私はともかく、っていうところよ!」


「それか。なら答えは簡単だ。ああ、まったく心配していない」


 王族二人と麗奈では戦闘力に差がありすぎる。パンピーと◯空レベルの差だ。比べるのもおこがましい。ある意味で信頼の表れなのだが、乙女心的には0点だった。


「酷い! それが妻に対する仕打ち!?」


 麗奈はジンを責める。ジン的にはまだ妻じゃないだろ、と言いたいところだが、彼女が求めている答えとは違うことくらいはさすがにわかる。ジンは嘆息した。


「あ〜、そうだな。麗奈のことも心配だ」


「なによその棒読み」


(注文が多い……)


 さすがのジンもうんざりする。今後は取扱注意、と心の中でメモをしておく。不満表明は無視することにした。


「麗奈のことも心配だから、三人に護衛をつけるか」


 そう提案すると、麗奈は『それでいいのよ』とばかりに大きく頷いた。ジンは心底面倒だと思いつつ、魔力を高めて使い魔を召喚する。


「【召喚】」


 そうして現れたのは手のひらサイズの妖精ピクシーたちだった。


「「かわいい(です)!」」


 女性陣にも好評なようである。スケルトンがしょげた気がした。


 なぜ妖精を召喚したのかというと、スケルトンでは王族の護衛ができないからだ。騎士に偽装しても、謁見では王族の側にいることはできない。せいぜい壁際に控えさせるくらいだろう。これだと間に合わない。だから小さな物陰に隠れられる妖精を召喚したのだ。


 妖精たちを手に乗せて戯れる女性陣。ツンツンと触ってみるとイヤイヤと頭を振る。これが可愛らしいと、二人はキャーキャー騒いでいた。


 愛くるしい見た目をしているが、そこはジンが呼び出した使い魔。かなり強い。アンネリーゼクラスとはいかないが、それでも一般的な吸血種と同等の魔法を使える(魔力はジンのものを使う)。スケルトンが白兵戦要員ならば、妖精は遠距離戦闘員だ。妖精たちにはその魔法で対象を守ってもらう。


 ジンたちは用意を整えてから謁見の間に向かった。そこで会議が開かれる。議題はもちろん王都を明け渡すか否か。白熱した議論が予想された。


 ーーーーーー


 ここは謁見の間。やはり白熱した議論が展開されるのかと思いきや、そうはならなかった。


「バカだ。バカがいる」


 麗奈が呆れた様子で眼下の光景を見ている。そこには死屍累々といった様子で横たわる無数の人。死んではいない。ちょっと不整脈で苦しんでいるだけである。理由は返り討ちに遭ったから。『赤信号みんなで渡れば怖くない』ではないだろうが、『強い魔王みんなで襲えば怖くない』といわんばかりに一斉に襲ってきたのだ。ジンは【バリア】で防御し、足止めしている間に【スタン】を使って痺れさせた。実に冷静な対処である。


 ジョルジュも、臣下たちのあまりの浅慮に呆れてしまっていた。眉間にシワが寄っている。そんな父を、娘であるフローラが心配そうに見つめていた。


 結局、ジンたちは彼らが回復するまで待つことにした。もう一度電撃を流して脈を正常にすればいいのだが、自然回復するのにもそう時間はかからない。その間、彼らにはたっぷり反省してもらうという意図も込められていた。


 ……そして数分後。倒れていた者の大部分が回復した。未だにへばっている者には【スタン】をかけて強制的に回復させている。遠回りしたが、ここでようやくまともな会議ができそうだとジン以下は安堵していた。会議の口火を切るのはもちろんジョルジュだ。


「既に話した通り、余は魔族に降伏しようと思っておる。皆の意見はどうだ?」


「陛下! わたしは反対です!」


「自分もです!」


「オレも反対です!」


 ノータイムで三人の人物が進み出て反対を表明する。それ以外にも多くのーーというより全員が同意するように頷いていた。


「……国王よ。少ないながらも同意は取れていたのではなかったのか?」


「そのはずなのだが……」


「直前に掌返しか」


「最低」


 ジンと麗奈はそれを聞いて顔をしかめた。義理人情で動く日本人からすると、そのような行為は卑劣だ。受け入れられるものではない。


「では逆に問うが、そなたたちには何か策があるのか?」


「「「……」」」


 ジョルジュの質問に答える者はいなかった。まさかのノープランである。


「我らでは歯が立たぬーーそのことはそなたらも重々承知しているはずだが?」


 明言はしていないが、ジョルジュが言っているのは麗奈が負けた件である。人類の最高戦力である勇者が負けた以上、もはや抗う術はない。しかし彼らは納得がいかないようだ。


「……陛下。そもそも勇者様は本物だったのでしょうか?」


「バカなことを申すでない! そなたたちも見ていたであろう!? 勇者様が召喚の儀式によって現れたところを!」


「たしかに。ですが、儀式に何らかの誤りがあったとすれば?」


「召喚されたのが勇者様ではなかったーーという可能性はありますな」


「もしそうであれば、本来現れるはずだった勇者様が別の場所に召喚されたのかもしれませんぞ」


 ある貴族が苦し紛れに口にした反論は意外な広がりを見せる。憶測に憶測を重ねた荒唐無稽な話であったが、敗北を受け入れたくない有力者たちはその幻想に一縷の望みをかけた。最終的に、


「これは人類に対する重大な反逆といえるでしょう」


 などと事実かのように扱われる始末であった。これも魔族に対する憎悪を教育によって刷り込まれた結果である。魔族にもそういう認識があるのであまり他人のことは言えないが、愚かしいことだとジンは思っていた。麗奈も同様である。この辺りは異世界からやってきたためだろう。


 そして二人と同様に呆れているのはフローラもであった。彼女は実際に魔族の陣地に赴いて幹部たちと接したことがある。たしかに彼らも人類を嫌悪していた。しかしジンをはじめとした一部の魔族は、そのような感情とは無縁だと思ったのだ。要求を告げて怒鳴られたときには殺されるかと思った。だがすぐさまジンが一喝して鎮めてくれている。そこには『対話』の意思があり、また犠牲を出したくないという願いも本物だと感じたのだ。


(それに……)


 フローラは再び魔族の陣地に行ったときのことを思い出す。魔族にとって最大の脅威であり、ジンーー彼らが尊敬する君主が捕らえた麗奈(勇者)。その解放を求めた際に飛んだ怒号や、男性魔族から向けられた下卑た視線……。それらは人類にもある。人類も魔族も本質的には違わないーーそのような感想を抱いていた。人類で最も厳格な教育を受けた彼女がそう思うのも、ジンたちと出会ってこれまでの常識が次々と覆されてきたためである。


 王族が革新的な考えを抱くなか、有力者たちはあくまでも保守的であった。どこまでも自己を正当化しようとする。彼らが騒いだのは人類への反逆というくだりだ。


「これが事実なら責任は重いですな」


「左様。至急、調査をするべきでしょう」


「調べるべきは儀式の調査に従事した者たちと、実行にあたった者たちですか」


 話がとんとん拍子で進んでいく。なお、この世界の裁判は極めて理不尽である。証拠が公開されることはまずなく、口頭で説明されるのみ。それで判決が下るのだ。要は、あることないこと言い放題なのである。


 そのとき、彼らの視線がジョルジュに向く。ほんの一瞬だったが、それだけでジンは彼らの考えを読み取る。


(こいつら、国王の失脚と太子の復権を狙ってるのか)


 有力者たちは全員が反魔族派である。だが旗頭であるグレゴリーはジンの暗殺を試みて失敗していた。生きてはいるが、首と胴体が泣き別れになってもおかしくない立場にいる。それを救うためにはーー国王を排除するしかないのだ。それも早急に。


 ジンは感心するやら、呆れるやら……。なんとも微妙な心境だ。ただ、ベクトルとしては負の方向に向いている。どこの世界に敵が目前に迫るなかで権力闘争に明け暮れるバカがいるというのか。まあ、ここにたくさんいるわけだが。それはジョルジュも同じなようで、


「そんなこと、できるはずなかろう!」


 と有力者たちを一喝した。しかしこれで勢いづいたのは彼らの方で、


「おやおや。陛下、突然叫ばれては驚いてしまいます」


 などと白々しく言っている。訳知り顔とはまさにこのことだろう。すべて幻想、勘違いなのだが。


 これまでは有力者たちのペースであったが、ジョルジュもまた曲者揃いの貴族社会を御してきた海千山千の人物である。ここで鋭く切り返した。


「先ほど、そなたたちは『もしかすると』本物の勇者様は異なる場所に召喚されたのではないかと申したな。ならば余も問おう。もし彼女レイナが本当の勇者様であったならどうする?」


「それは……」


 別の勇者がいるーーという話は仮定に基づいた話だ。ならばジョルジュもまた仮定の話を持ち出した。もし有力者たちがこれを『ありえない』と否定すれば、同様にジョルジュも彼らの話を否定できる。求められているのは最初と同じ。具体的な対策であった。それがない有力者たちは答えに詰まる。しかし夢見る有力者たちはあくまでも夢を見続けるつもりのようで、


「我らのみならず、人間全員で挑めば勝てるでしょう」


 などと口にした。


「はっはっは」


 そんな甘い考えをジョルジュは嗤った。ここまでくればいっそ清々しい。しかし有力者たちは意固地になっているようで、そんな彼の行動に噛みついた。


「何を笑われますか、陛下」


「不謹慎ですぞ」


「魔王の力が強大であることは事実です。しかし、我ら人間が総力を挙げれば倒せるでしょう」


「ほう……」


 ーービクゥゥゥッ!


 ジンが面白いと思って小さく呟くと、ジョルジュの肩が跳ねた。背筋に冷たいものが走る。もの凄く嫌な予感がした。そしてそれは見事に的中する。


「ならば確かめてみるか?」


 瞬間、莫大な魔力が噴き上がる。人間としては規格外の魔力量を誇る麗奈換算で何人分になるのかわからないーーそれだけの量だ。それでいてジンにはまったく疲労した様子が見られない。有力者たちはあまりの迫力に揃って腰を抜かした。ジョルジュも座っていなければ同様に腰を抜かしていただろう。フローラは麗奈に支えられていなければ立っていられず、その麗奈も足が生まれたての子鹿のように震えていた。敵わないーーそう理解させるには十分な示威行為だった。


 ジンは一分ほど脅しを続けた。敵対心をポックリ折ったことを確認してから力を抑える。重圧から解放されても立ち上がれる者はいなかった。


「……足りんな」


 ゆえに、ジンの言葉はよく響いた。


「魔王殿。今、なんと?」


「足りぬ、と言った」


 ジョルジュが聞き間違いかと訊ねるも、ジンの返答は変わらず。途端に衆目の顔は恐怖に塗り潰された。


(怒りを収めるのには足らないということか!?)


 ジョルジュの心の声が、その場のおおよそ全員に共通する考えだった。勇者を下し、王都を灰燼に帰すことができるあの力が振るわれるーーそれは悪夢以外の何物でもなかった。


「魔王殿。王都を滅ぼすのは勘弁願えないか?」


 そう言ってジョルジュはジンに請願した。しかし、


「ん? 何を言っている?」


 返ってきたのは訝しげなジンの声だった。頭の上には『?』が浮かんでいる。それはジョルジュも同じだった。てっきり侮辱されて静かに、しかし激しく怒っていると思っていたからだ。


「魔王殿はお怒りなのだろう? だからこの者どもを魔力で威嚇し、それでも足りないから無礼討ちにしようとしているのだとーー」


「待て待て。誤解だ。今のはただの威嚇であって、害意はない。『足りない』と言ったのも、余の力を示すには足りないという意味だ」


「そ、そうだったのか……」


 ジンの真意を聞いて安心したジョルジュ。椅子に座っていなければへなへなと座り込んでしまいそうだ。


「国王よ。そこで相談なのだが、余の力を示したい。が、いくら無双しようとも目の前で力を見せようとも納得しない。何か客観的なものはないか?」


「それならステータスを見せればどうだろう?」


「ステータス?」


 首をかしげるジン。魔族にはそんなものはないのだから当たり前だ。そんな彼に、ジョルジュはステータスについて簡単に説明する。ゲームなどで慣れているジンは、その説明をすぐさま理解した。


「なるほど。ではそれでいこう」


 準備はすぐさま整えられた。ジンの希望を叶え、王都を滅びの危機から少しでも遠ざけるために。ジョルジュたちは必死である。かくしてジンはステータスをチェックすることになった。魔力が石版に吸い込まれていき、その表面に文字が浮かび上がる。


「へえ。こんな風になってたんだ」


 麗奈は興味深そうに見ている。召喚されて早々にステータスチェックを受けた彼女だが、具体的にどうするのかは見ていなかったのだ。ちらりと覗き込み、そして固まった。


「何これ? 故障?」


「う〜む。これは……」


 困惑する麗奈とジン。不思議に思ったジョルジュが近づき、やはり固まる。そこにはジンのステータスが表示されていたのだが、


 ーーーーーー


 名前:ジン


 年齢:23


 種族:魔族(人魔種)


 性別:男


 職業:魔王


 レベル:???


 体力:???


 魔力:???


 スキル:攻撃魔法、防御魔法、魔法創造、カリスマ、王の王たる者、吸血姫に愛されし者、淫魔種に愛されし者、神に愛されし者


 ーーーーーー


 結果は半ば測定不能というものであった。この結果はその場にいた者たちに共有され、波紋を呼ぶことになる。


「そんな馬鹿な!?」


「この世の終わりだ……!」


「おお、神よ……」


 嘆く者、祈る者と様々である。ただ、問題はジンのステータスが異常なことではない。本当に問題なのはスキルの一番最後。


『神に愛されし者』


 という部分である。彼らが必勝を信じ、祈った神が実はジンのーーひいては魔族の味方だったという衝撃の事実が発覚したのだ。


 それから詐欺だとごねる者がいたので、様々な人間が持ち込んだ石版で何度もステータスを調べ直した。しかし結果は変わらない。やがて諦めた。そのときの心境をよく表しているのが、


「勝てるわけがない……」


 であった。そのような顛末があり、ボードレール王国はジンの軍門に降って属国となることが、ジョルジュ主導で決定された。




ジンのステータスはめちゃくちゃですね。

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