戦々恐々、魔王様
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その場の雰囲気的に麗奈とフローラを娶る羽目になったジン。そのことはあまり歓迎される事態ではなかったが、反魔族派の首魁である王太子グレゴリーを降したことは僥倖であった。
「予定を早めるか。ーー国王よ。王都は余に降伏したと布告し、貴族や有力者に出頭を命じよ。兵も武装解除だ」
ジンは婚姻だなんだを一旦頭から放逐し、今後の展開について考えた。そしてジョルジュに指示を出す。
ジョルジュは頷くも、疑問を呈した。
「それはよいが、恐らくほとんどの者が従わぬぞ?」
「問題ない。重要なのは、余が降伏を勧告したという事実だ。従わぬというのなら、捕らえればいい。とにかくこれで敵味方を区別することが先決だ」
その疑問にノータイムで答えるジン。既にそのことは考えていたらしい。でなければ、このように即答はできないだろう。
(どうやら力が強いだけではないようだ……)
ジョルジュはその思慮深さに舌を巻く。そして、ジンが文献にあるどの魔王よりも異質であり、厄介な存在であると悟った。
そんなことを考えるジョルジュを他所に、ジンは魔法を使う。
「【召喚】」
そう呟くと地面に魔法陣が浮かび、そこから全身鎧を身につけた“何か”が這い出てくる。
ーーケケケケケ
現れたのは十数体。不気味な声を上げている。麗奈やフローラは本能的に身震いした。
「ジン、こいつらは?」
「余の使い魔だ。まあ、そこそこ強い。捨て駒に使える。そなたらの護衛だ」
「うえぇ……」
麗奈は微妙な顔をする。嫌悪感を隠さない。
ジンは少しばかり驚く。勘が鋭いな、と。ジンが召喚した使い魔だが、実はーー全身鎧を着ていてわかりにくいがーースケルトンである。それを本能的に察知したのだ。
「まあ、雰囲気はアレだが強いぞ」
「どれくらい?」
麗奈が興味本位で訊く。そしてすぐさま後悔することになった。
「そうだなぁ……」
そこでジンはチラッと麗奈を見る。バッチリ目が合った。
「……なによ」
「いや、麗奈レベルの強さかな、と」
「はぁ!?」
麗奈はキレた。さすがに片手間で呼び出された使い魔と同レベルと言われては看過できない。
「魔王様……」
「魔王殿。さすがにそんなことはあるまい」
「ははは」
ジンはなんとも言わずに笑った。
(残念ながら事実なんだよね)
なんてことを考えつつ。
ジンの感覚では、麗奈の実力はマリオンと同格。そのマリオンの相手をしていたのが、今回召喚されたスケルトン・エリートである。このスケルトン、見かけによらず強い。魔族最強のマリオンが苦戦するほどだ。もちろん、普通の魔族ではそうはならない。強さの理由は、ジンが生み出したがゆえである。
「半数をこの場の護衛に残し、残りは布告に向かう国王につける」
「余が行くのか?」
「他に誰がいる?」
魔王、平然と国王を顎で使う。麗奈の求心力は先の一件でガタ落ちしており、フローラだと親魔族派ゆえに反魔族派からの反発は必至。となると消去法でジョルジュしかない。親魔族派であるが、腐っても国王である。二人よりは言葉に重みがあった。
「では頼むぞ」
そう言い残してジンは部屋の窓から夜空へと舞い上がった。
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攻撃の準備に追われる魔王軍の陣地にて。
「! ジン様!」
ジン専用レーダーを搭載しているアンネリーゼが、その気配に真っ先に気づいた。天幕から飛び出し、空を見上げる。外で翌日の攻撃準備に当たっていたマリオンが、そんな娘の姿を訝しむ。だが直後にジンの魔力を感じて納得した。
(やっぱりあんな娘ではなかったんだけどな……)
夫婦仲がいいのは喜ばしいが、やはり限度というものがある。マリオンは再び娘の育て方について自分に落ち度があったのかと悩んだ。
マリオンが悩む間に、ジンは陣地に到着していた。
「ジン様!」
瞬間、アンネリーゼが駆け寄る。そんな彼女をジンはバッチリ受け止め、抱きしめた。
「ただいま、アンネリーゼ」
「ご無事のお戻り、何よりでございます」
二人が数時間ぶりの再会を喜んでいる間に、ジンの帰還を悟った幹部たちが集結してきた。彼らの気配を感じると、ジンは抱擁を解く。残念そうにするアンネリーゼだったが、ジンに頭を撫でられると表情を緩めた。
(ジン様、今日はとってもお優しい。お疲れなのですね)
疲れた夫を癒やすのは妻の務め、とやる気になっているアンネリーゼとは対照的に、ジンは戦々恐々だった。
(なるべく優しくして点数稼がないと……!)
すべては家庭と、自身の心の平穏のために。ジンは点数稼ぎに必死である。
だが、アンネリーゼばかりに構ってはいられない。戻ってきたのは彼女に麗奈たちの話をするためだけではないからだ。むしろ、そちらは二の次。本題は作戦計画の変更を伝えるためである。
「魔王様。無事のご帰還、何よりでございます」
「ありがとう、マリオン。ーーさて、」
マリオンの労いに応えると、ジンは早速作戦が変更になったことを伝えた。
「ーーというわけだ。急いで準備を整えて王都を囲んでほしい。余が内から呼応しよう」
「わかりました。直ちに準備に取り掛かります」
マリオンを筆頭に頭を下げ、準備にかかる。散っていく幹部たちのなかで、ジンはアンネリーゼを呼び止めた。
「アンネリーゼ、ちょっと……」
「? どうしましたか、ジン様?」
ジンはアンネリーゼを自身の陣幕へと引き込んだ。
「あ、あの、ジン様?」
アンネリーゼは困惑した様子だったが、その瞳には情欲の炎が宿っている。ヤル気だ。まだ夜であるし、時間的には問題ない。有無を言わせず陣幕に引き込まれたことが勘違いの理由ともいえるが、それだけではないだろう。アンネリーゼは意外とムッツリなようだ。
ボーッとしていたアンネリーゼが、フラフラと引き寄せられるようにジンの胸に収まる。そして大きく口を開け、視線は彼の首筋をロックオンーーしたところでジンに肩を掴まれた。
「ほえ?」
「待て待て、アンネリーゼ。そういうことじゃない」
すっかりその気になっていたアンネリーゼは呆けた声を出す。だが、ジンが言う『そういうこと』の意味を理解した途端、羞恥心が大爆発。陣幕にあるベッドーーいうまでもなくジンのものーーに飛び込んだ。
「うぅ……。私はなんてはしたないことを」
シーツを頭から被り、羞恥心に身悶えるアンネリーゼ。そんな彼女を可愛いと思ったジンは、その様子をたっぷりと観察する。アンネリーゼも大概だが、ジンも末期的だ。
結局、アンネリーゼが羞恥心を克服するのに小一時間が経過した。
「お見苦しい姿をお見せしました……」
「気にしなくていいよ」
恐縮した様子のアンネリーゼに、ジンは軽く応じた。実際、待つのは苦でなかったし、愛らしい姿を見ることができて嬉しいとさえ思っていた。ゆえにこれは本心からの言葉である。
「……それで、どのようなご用件でしょう?」
「ああ。実はーー」
かくかくしかじか。ジンは麗奈とフローラを娶ることになった経緯を詳らかに話した。隠し事はしない。下らないことで家庭内に不和を起こす理由などないのだ。
「ーーというわけだ」
ジンが説明を終える。そして、そっとアンネリーゼの様子を窺った。
(怒るだろうなぁ……)
正直、覚悟はしていた。例の方法で懐柔する手もなくはないのだが、麗奈を連れてきた際に使ってしまっている。ここでまた同じことをするのは誠意に欠けると思ったからだ。なんだかんだで真面目なジンらしい。
だが、ジンが怒られることはなかった。事の次第を聞かされたアンネリーゼは『そうなのですね』と納得してしまったのだ。
(あれ?)
予想が外れたことに意外感を隠せないジン。非常に困惑していた。そんな彼に、アンネリーゼは微笑む。
「そんなに意外ですか?」
「えっ? あ、いや、その……」
図星なのでしどろもどろになる。だがそれも予想通りだったのか、クスクスと笑う。
「すみません。面白くて、つい」
「いや、別にそれはいいんだけど」
(嫁が増えたことを)怒っていないのか、とは口にできなかった。もっとも、アンネリーゼの方は後に続く言葉を言わなくてもわかっていたが。
「私はジン様が妻をたくさん持つことに異存はありません。ジン様ほどのお方を独占することはできないーーそれはユリアさんの件で思い知りました。だから私は方針を転換したのです。ジン様のお側で、一番のご寵愛をいただこう、と」
「……」
ジンはホッとした。アンネリーゼとは政略結婚である。最初は気乗りしなかったジンであったが、案ずるより産むが易しというように、いざ結婚してみると気立てがよくて最高の奥さんであった。秘密も共有している。今となっては彼女がいない生活など考えられない。それほどまでにジンの生活に占めるアンネリーゼの存在は大きかった。
(アンネリーゼが一番。それは絶対に揺るがない。いやー、よかったよかった)
気をつけるべきは彼女が一番だということをアピールすること。そう認識したジンは、心が晴れるような思いがした。ーーが、それは少しばかり早合点だったようである。
「えい」
そんな可愛らしい声とともに、ジンはベッドに引き倒された。犯人はもちろんアンネリーゼ。
「え?」
ジンはなぜ倒されたのか理解できずに呆然とする。そんな彼のすぐ目の前には仰向けになったアンネリーゼがいる。丁度、彼女に覆い被さっているような体勢だ。
「やっ」
再び発せられたかけ声とともに、ジンの腰にアンネリーゼのしなやかな手が回る。そしてグルン、と両者の体勢が入れ替わった。
「とうっ」
そして瞬時にマウントを取られる。現在、仰向けになったジンの上にアンネリーゼが馬乗りになっている状態だ。少しばかり激しく動いたため、ジンの上着がめくれ上がっている。そうして露出した地肌に、アンネリーゼのむちむちの太ももが触れていた。吸い付くような素晴らしい感触。
(ーーって、違う違う!)
思春期の男子にとっては非常に嬉しいシチュエーションだが、なぜこうなったのか。ジンはなけなしの理性を動員し、煩悩を振り払う。
「ど、どうしたんだ。アンネリーゼ?」
「ジン様ぁ……」
トロトロに蕩けた声を出し、しなだれかかってくるアンネリーゼ。ジンの胸板に顔を置き、目線だけを投げる。結果、微妙な上目遣いとなっていた。エロい。美少女であることも相まって破壊力抜群である。
「私、不安です。ジン様の一番じゃなくなるかもしれない、って」
「え? いや、でもさっき『異存はない』ってーー」
「たしかに異存ありませんがぁ、不安でないとはひと言も言ってませんよぉ?」
「……」
ジンには返す言葉がなかった。まったくもってその通りである。アンネリーゼは複数の妻ができることを『容認』したものの、『気にしていない』とは言っていなかった。
「だからぁ、私が一番だってことを証明してください」
ミルクチョコレートよりも甘い言葉で、ジンの理性をゴリゴリ削っていく。
「いや、でもーー」
「……(ウルウル)」
今はそんな場合じゃない、と後回しにしようとしたジンだったが、今にも泣き出しそうなアンネリーゼの姿を見ていると拒否しにくい。
(戻らないと。でも、アンネリーゼを放置しておくのもなぁ……)
首尾はどうかを確認するためにも城に戻らなければならないが、アンネリーゼを放置しておくと後が怖い。板挟みだ。
「ジン様ぁ」
しかしこれでもかと甘えてくるアンネリーゼ、その魅力には争い難く……。
ジンは遮音の魔法を施し、外に使い魔を配置する。
ーーチュッ
と、最初は軽いバードキス。やがてねっとりと舌を絡めるフレンチキスに移行し、衣服を開ける。そうして夜は更けていったーー。
順次、人物紹介を載せていきます(時間未定)




