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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
34/95

やっぱり日本人

 



 ーーーーーー


 ジンとフローラが密約を交わした次の日の夜。ジンは約束に則って王城へと忍び込んでいた。麗奈をお米様抱っこして、上空から。


「きたぞ」


「ひゃっ!?」


 なんの前触れもない登場ーー忍び込むのだから当たり前だーーに、私室でリラックスしていたフローラは飛び上がらんばかりに驚いた。


 一方、麗奈はジンに殴りかかる。


「ちょっと! 荷物みたいに運ぶなんて酷いじゃない」


 お米様抱っこに大層ご立腹のようだ。対してジンは悪びれもせず、


「運んでやったんだからいいだろう?」


 と言う。もちろんこれはジンの本意ではない。お米様抱っこした理由は、アンネリーゼが怖かったからだ。お姫様抱っこをしようものなら、彼女が機嫌を悪くするのは間違いない。『妻』であるアンネリーゼの機嫌を損ねるよりは『協力者』である麗奈の機嫌を損ねた方がマシーーという大人の判断である。


(そりゃ、少しは悪いと思ってるけどさ)


 ジンにも立場というものがあるのだ。


「こういうときはお姫様抱っこ、って相場が決まってるでしょう!?」


 ポカポカポカ、と麗奈はジンを叩く。なかなかに力は込められているが、ジンにはまったくダメージがない。小型の犬猫にじゃれられているような気分だった。


 そんな二人のやり取りを呆れた目で見ているのはフローラである。


「いきなり現れないでください。驚いたじゃないですか」


「フローラ王女がどこにいるかわからないから探したのだが」


「たしかに待ち合わせ場所は伝えていませんでしたが、それでも乙女の部屋に無断で忍び込むのはどうかと思います」


「あ〜。それについてはすまない」


 たしかに年ごろの少女の部屋に入るのはーーそこがどのような部屋かを第三者が見てわかるかという点はともかくとしてーー礼を失している。ジンは素直に頭を下げた。それに毒気を抜かれたフローラはそれ以上何も言うことはなかった。


「ちょっと。まだ私の話は終わってないんだけど」


 話がひと段落したところで麗奈が割って入った。話をぶった切らない辺りはさすがに日本人である。


「私、一応ジンの協力者なんだけど?」


「そうだな」


 ジンは肯定する。


「なのにお米様抱っこなんて酷くない!?」


「そうか?」


 ジンは首をかしげる。


「そうなの!」


 麗奈はむくれた。


「……ねえ、どうやったら私を普通に扱ってくれるわけ?」


「別に普通だろ」


「私とアンネリーゼとじゃ扱いが違うじゃない」


「そりゃ、嫁と友人だと扱いが違うに決まってるだろ」


「いくらなんでもお米様抱っこはないんじゃない? 女の子はやっぱりお姫様抱っこされたいし……」


 麗奈は頰を赤らめ、目線をやや逸らしてもじもじしながらも言った。乙女な彼女に対し、しかしジンは顔色ひとつ変えず、


「嫁と友達で扱いが違うのは当然だろ。それとも、友達を同列で扱えってことか? それだと不誠実な男になると思うのだが?」


「そうだけど、そうじゃないの!」


 麗奈は両手をブンブン振って全力で不満を表明する。困ったのはジンだ。そんなこと言われても……と、反応に困ってしまう。


「魔王様」


 そこへ割って入ったのがフローラ。会話の流れをものの見事にぶった切った。


「父のところへご案内したいのですが」


「ああ、すまない。おい麗奈。行くぞ」


 ジンはこれ幸いとそれに乗る。


「ちょ、逃げるなぁ!」


 麗奈は抗議の声を上げつつ、二人の後を追った。


 ーーーーーー


 既に時刻は夜中。見回りの兵士やメイドこそいるが、ジンがすべて感知して避けていた。こうして一行は誰にも見つかることなく国王の居室の前までやってきた。


「失礼いたします」


 フローラはノックして入室する。中にはジョルジュがひとりで待っていた。


「貴殿が当代の魔王殿かな?」


「うむ。余が魔王ジンである」


「ボードレール王国の国王、ジョルジュ・ボードレールだ。今回はこちらの申し出を受けてくれたことに感謝する」


「なに。余も無駄な血を流すことは好まぬからな。早々と決断してくれてよかった。フローラ王女のお手柄だな」


 などと互いに言葉を交わす。雰囲気も悪くない。


(なんとかまとまりそう)


 フローラは心のなかで安堵した。土壇場になって父親が翻意することも考えていたからだ。しかしそれも束の間、


 ーーバン!


 扉が勢いよく開けられる。そこにいたのはフローラの兄であるグレゴリーだった。


「ご無事ですか父上!?」


 そんな声とともに飛び込んできたグレゴリー。その背後には完全武装した近衛兵たちが控えていた。


「なっ!?」


 フローラはなぜここに彼がいるのかわからず、驚きの声を上げる。ジンもまた驚きでーーわかりにくいがーー目を見開く。


「……どうしたのじゃ、グレゴリーよ」


「どうしたもこうしたもありませんぞ、父上。おひとりで魔王と会談するなど危険です。なのでこうして護衛とともに馳せ参じました」


「そなたにはこの話を伝えていなかったはずだが?」


「昨晩、フローラがこそこそと動く姿を兵士が目撃しておりました。途中で見失いましたが、しばらくすると帰ってきたので様子を探らせたところ、父上に魔王と会談するように持ちかけたではありませんか」


「盗み聞きしていたのか」


「止むに止まれずしたことです」


 グレゴリーは開き直っていた。ジョルジュは頭痛を堪えるように額に手を当てる。だが、そんなジョルジュを他所にグレゴリーは持論を述べる。


「お考えください。アルフォンスを殺したのは他ならぬこの魔王です。にもかかわらず、仇を討つどころか進んで講和しようなどと……。そのような弱腰では国を滅ぼすことになりますぞ!」


「ではそなたは勝てると申すか?」


「もちろんですーーと言いたいところですが、我らだけでは歯が立ちませぬ。というわけで魔王よ、お近づきの印に秘宝であるこの魔封じのクリスタルを差し上げましょう。これには古代の大魔法が込められているそうだ」


 ジョルジュの指摘に、グレゴリーは前言を翻す。そうして後ろから従者らしき人物に持たせた大きなクリスタルを見せて少し解説する。


「あれは……」


 フローラは何かに気づいたように呟いたが、それ以上は何も言うことはなかった。


 グレゴリーの翻意にジン(素)は首をかしげたくなったが、せっかくだしもらっておこうとそれを受け取る。瞬間、身体から魔力をごっそりと吸い取られた。


「ハハハッ! かかったな魔王め! それは魔力を吸い取る魔法が込められた魔石だ! 使い方を謝れば魔法使い数人の魔力をすべて吸い取ってしまうほどの容量がある! 魔法の使えない貴様など、ただの木偶だ! やれ!」


 グレゴリーの指示を受け、後ろで臨戦態勢をとっていた近衛兵たちがジンを倒さんと殺到する。フローラは展開についていけず、麗奈も反応が一拍遅れた。だが、甘い。


「【焔嵐】」


 ジンが魔法名を唱えると、最上級火魔法の【焔嵐】が発動される。焔の嵐がジンの目前で渦巻き、そこへ殺到する兵士たちが突っ込む。そしてーー塵ひとつ残さずに消え去った。


「「「……」」」


 室内を静寂が満たす。誰もが唖然としていた。それはそうだろう。グレゴリーが渡したクリスタルは秘宝は秘宝でも危ない方の秘宝である。魔力量が特に多い魔法使い数人の魔力をすべて吸ったというのは誇張でも何でもない。本当の話であった。ゆえについた名前は【魔喰の水晶】。その効果はたしかに現れていた。だが、それでもなおジンは最上級魔法を行使して見せたのだ。


(すごいわね、ジン……)


(【魔喰の水晶】でも魔力が奪えないなんて……)


(……なんという魔力量だ)


 麗奈、フローラ、ジョルジュの三人が驚嘆する一方、


「な、な、な、なんだそれは!?」


 グレゴリーは激しく狼狽した。無理もない。常識から考えて、【魔喰の水晶】で魔力を吸われておきながら最上級魔法を行使するジンが無茶苦茶なのだ。


 もっともそれは人間側の話である。魔族はーー種族にもよるがーー人間よりも保有する魔力量が多い。ジンでなくともアンネリーゼをはじめとした吸血種であれば【魔喰の水晶】に魔力をすべて奪われるなんてことはない。もっとも、その後に万全の戦闘が可能な者は限られてくるだろうが。


「……ふむ。大したことないな」


 魔力が抜かれた後の感覚を試すように、ジンは軽く手を握っては開くーーを繰り返した。しかしどこにも違和感はない。それに、魔力も一時は減った気がしてもすぐに戻っていることが感じられた。


「さてーー」


 と言いつつジンは一歩踏み出す。グレゴリーに向かって。


「ひいっ!」


 グレゴリーは気圧されて一歩下がった。


 ーーコツ、コツ、コツ


 ジンは敢えて靴音を立て、グレゴリーに迫る。


 グレゴリーは恐れをなして後退り。


 一歩進んで一歩退がるーーということが繰り返された。が、じきにグレゴリーは行き場をなくしてしまう。そんな彼に、ジンはずいっと顔を近づける。


「ーーで、卑怯な騙し討ちをしてまでお前は何がしたかったのだ?」


「す、すまなかった。これはそう、部下の提案でやったことでーー」


「ふん。失敗すれば部下に責任をなすりつけて命乞いか。ふざけた奴め」


 ジンはグレゴリーを蔑んだ。それから視線をジョルジュに向ける。


「国王よ。騙し討ちとはあまりにも非礼ではないか?」


「愚息が申し訳ないことをした。許されい」


 ジョルジュは謝罪して頭を下げる。そうしなければならなかった。彼らの生殺与奪はすべてジンが握っているも同然なのだから。


「王子にはしかるべき罰を与えることーー余が求めるのはそれだけだ」


 しかしジンはあっさりと引き下がった。ここは少し強硬な姿勢を見せていい場面にもかかわらず。


「それだけでいいのか?」


「もちろん」


 ジョルジュは聞き間違いではないかと思って訊ねたが、ジンはすぐさま肯定した。


(だってこの【魔喰の水晶】は使えそうだし)


 意外なトラップが仕掛けられていたものの、【魔喰の水晶】の性能は悪くない。ジンはこれを魔力のタンクのようにして使おうと考えていた。


 一方、あっさりと赦されてしまったジョルジュはというと、


(おかしい。こんなチャンスをみすみす逃すなんて……)


 と、思い悩んでいた。あっさりと赦されてしまったがゆえに何か裏があるのではと考え込んでいた。ただし、ジンはなんとも思っていない。【魔喰の水晶】をもらい、グレゴリーを処罰することでチャラだと本気で考えていた。よってジョルジュの考えは深読みなのだが、彼がそれに気づくことはない。


(そうか!)


 ここでジョルジュは何かに気づいた(ただし勘違い)。


(魔王は敢えて条件を提示しないことで、こちらの出方を探っているのだな。ということは、どのような追加条件を出すかによって今後の扱いも変わるか……)


 ではどうすれば王国が被る損失が少なく、利益が大きくなるか。頭の中で算盤を弾く。そうして最適解を導き出した。


「魔王殿。これだけは約束させていただく。王太子であるグレゴリーを廃し、新たにフローラを継嗣とする。そしてフローラを魔王殿にお預けしよう」


 ということになった。つまりどういうことかというと、次の国王は不祥事を起こしたグレゴリー(反魔族派)ではなく、魔族に降伏することを進言したフローラ(親魔王派)であるということ。そしてフローラをジンに預けるということは人質であり、またお手つき要員でもあるということだ。ゆくゆくは子を成し、その子がフローラの次の王となるーーということだった。


 こうなると焦るのはジンである。謝罪だなんだは終わらせたはずなのに、なぜ蒸し返されたのか。疑問は尽きないが、申し出を断る方が先決である。ジンはすぐさま撤回を求めた。


「国王よ。それには及ばぬ」


「いや、これはこちらのほんの気持ち。どうかお受け取りくだされ」


 ジンは固辞し、ジョルジュは猛プッシュ。互いに一歩も引かない。


(勘弁してくれ。王女なんて連れて帰ったら、アンネリーゼが余計に拗ねるだろ!)


 ただえさえユリアという爆弾を抱えているのだ(人間とのゴタゴタが落ち着けば輿入れすることになっている)。王国に攻め込んで麗奈という新たな火種を抱えたところなのに、これ以上増やさないでくれ、というのがジンの切実な願いだった。


 しかしジンの思いなど知らぬとばかりに、ジョルジュはフローラを彼の下へ送り込もうとする。


(断った? これでは足りないということか? いや、違う。魔王はこれが渋々なのか本気なのかを見極めているんだ。断られたからといって引っ込められん。なんとしても受け入れてもらわねば!)


 ジョルジュはそう考えて猛プッシュを続ける。なんとしても断らねばならないジンは、このままでは埒があかないと矛先をフローラに向けた。


(誰だって望まぬ結婚はしたくないはず。お姫様なら気になってる異性のひとりや二人はいるだろ。偏見だけど)


 と考えたジンは、


「フローラ王女! 魔族と結婚するなんて嫌であろう!?」


 と訊いた。


「フローラ! 優れた魔法使いである魔王殿が伴侶となるのだ。不足はないだろう!?」


 その手があったか、とジョルジュも訊ねる。これで決着はフローラに委ねられることとなった。


 突然お鉢が回ってきたフローラはというと、横にいた麗奈とヒソヒソと話している。しばらくして結論が出たようだ。


「わたしは元より魔王様の下へ嫁ぐつもりでおりました。異論はありません」


「おおっ!」


「!?」


 ジョルジュが歓声を上げ、ジンはショックを受けた。しかしフローラの発言はまだ終わっていなかった。


「ーーですが、わたしは大切な友人のために条件をつけようと思います」


「それは?」


「勇者レイナも共に魔王様の下へ嫁ぐのです。人間と魔族が共に歩んでいく象徴としてはこれ以上ない手段かと」


(なにっ!?)


 ジンは頭を抱えたくなった。アンネリーゼの機嫌が悪くなってしまう。平穏な家庭環境が崩れ去ってしまうーーと。


「して、勇者はどうなのだ?」


 ジョルジュもさすがに軽々と首を縦には振れず、麗奈に確認をとる。


「平和のためなら喜んでこの身を捧げます」


 彼女は実に立派な返事をしたが、


(これで私もジンの妻になったんだから、女の子扱いしてよね)


 直後にジンの耳元でそう囁いた。雰囲気的に断れそうにない。ジンは嫁が一気に二人も増殖したことに項垂れた。空気に逆らえないのもまた、日本人である。




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