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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
30/95

魔王着陣

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 



 ーーーーーー


 王都に単身乗り込んできた魔王に勇者が敗れ、挙句に拉致られるという前代未聞の珍事が発生していたころ、人間と魔族の国境付近はどうなっていたのか。


 答えは国境線になっている海峡を挟んで睨み合っている、だった。


 まず人間軍は海峡を渡れない。船を出せばクラーケンをはじめとした魔物に襲われる。その攻撃は【神光結界】でもなければまともに防げず、それを使うためには大量の魔法使いを必要とする。魔族との戦いで主役となる魔法使いを欠いた状態で戦うなどありえなかった。


 対する魔族もまた何もできずにいる。まず第一に大将であり最大戦力である魔王ジンが不在。次に個人戦力は高いが、人間は数が多く総合的な戦力では拮抗かやや劣勢であることが原因だ。


「「「「「「「「……」」」」」」」」


 魔族軍の本陣では種長たちが揃い踏みし、重い沈黙が場に下りている。


 ジンが不在であることを不満に思っているのはクワメとキタサン。以前なら不満をぶちまけていたが、今それをすれば信者に狩られるため黙っている。


 不満とまではいかないが不安であるのはオルオチとマリオン。なお後者は性格的なものであった。


 黙して動かないのがアベルとティアラ。彼らはまったく動かないし、喋らない。ただ地蔵や大仏のように何も語ることなくそこにいる。


 余裕の表情を崩さないのはマルレーネ。集まる度に見る者を魅了する笑みを浮かべている。


 そしてマルレーネ同様に何の不安もない、普段通りなのがアンネリーゼ。場に下りた沈黙を破るのは、いつも決まって彼女だった。


 ある場合はジンの信者集会。またある場合はジンの動向について。はたまたある場合はジンに魅せる方法であったりと、その内容は多岐にわたる。特に最後の話題については、ジンを狙うマルレーネと激論を交わしている。


 マリオンは心の中で、


(アンネリーゼってあんな娘だったか?)


 と、悩んでいた。


 かつての凜として気品がありながらもお淑やかで、才気満ち溢れ何より空気を読めた自慢の娘と今の姿とに大きな乖離があり、それが彼を戸惑わせていたのである。


 挙句は育て方間違えたかな? と首を捻る始末である。マリオンの将来像ーージンを側で支えるアンネリーゼーーが音を立てて崩れていく。


 マリオンが娘について悩み、本格的に頭を抱える前にーーようやくジンが姿を現した。


 とびっきりの土産とともに。


 ーーーーーー


「! ジン様!」


 その気配に最初に気づいたのはやはりというかアンネリーゼだった。弾かれたように席を立ち、疾風のごとく駆け出す。マリオンなどは娘がジンに会いたいあまり錯乱したか、と思ったが直後に微かな魔力を感じてその想像が誤りだと知る。


(これは……)


 しばらく吟味し、やがてジンの魔力だということに気がついた。続いてマルレーネも気づく。


 ジンと同じ時間を過ごすことが多いアンネリーゼが真っ先に気づくのは道理だが、それにしても早い。さながらジンレーダーである。


 やがて全員が強大な存在ーー魔王の存在を感知した。種長のみならず、魔王軍全員が。


 待ちに待った魔王の着陣に歓声が湧き上がる。嘘偽りのない、本心からの声だ。万雷といっても何ら問題ない。魔族最強の魔王がきたーーそれだけで彼らの胸の内に燻っていた不安を吹き飛ばすインパクトがある。


 しかしジンが気配ではなく肉眼で見られるようになると、それもやや小さくなった。待ち望んだ瞬間ーーそれ以上に衝撃的なことがあったためだ。


(おい、魔王様が抱いている娘は誰だ?)


(……人間?)


(なんで魔王様が人間の娘と?)


 などなど、兵士たちは近くの者とそのように話していた。それに気を取られて歓声がやや小さくなったのだ。


 兵士たちが困惑するなか、ジンは魔王軍のど真ん中に着地する。そんな彼に突撃していったのは誰あろう、アンネリーゼ。


「ジン様!」


 なお絶賛ご立腹である。


「おお、アンネリー……ゼ?」


 愛する妻との再会に喜んだジンだったが、すぐに雰囲気がおかしいことに気づく。


 怒っている。


 それだけはわかった。だか理由がわからない。愛妻とのしばらくぶりの再会を期待して、内心ルンルンでやってくるとこれである。


 王都でひとりだけで頑張ったよ。褒めて褒めてと思っていただけに、理想と現実の乖離はジンに少なからずショックを与えた。


 だがアンネリーゼはそんなことは些末なことだと詰問する。


「その女は誰ですか!?」


「あー」


 ジンは秒で納得した。怒っている理由はそれかと。だが考えてみれば、帰ってきた夫が見知らぬ女を連れていれば誰でもそうなる。普通の反応だ。むしろそのことに思い至らなかったジンに落ち度がある。自分は常識的だという密かな自負があっただけに、ショックは大きい。


「落ち着け、アンネリーゼ」


「これが落ち着いていられますか! その女ーーいったいどこから!?」


 とりあえず落ち着いてもらわなければ始まらないので彼女をなだめにかかったジンだったが、彼女は落ち着くどころかますますヒートアップした。


「それはともかくだなーー」


「『ともかく』ではありません! 私よりその女の方がいいのですか!? 私に優しくしてくださっていたのは全部嘘だったのですか!?」


 ジンの首元を掴んでガクガクと揺らし、激しく問い詰めるアンネリーゼ。言葉を間違えた(火に油を注いだ)と後悔したが、もう遅い。火のついた彼女は止められない、止まらない。


 暴走特急となった彼女を止めるには、無理矢理止めるか非常停止ボタンを押すかしかない。ジンは一瞬躊躇をしたものの、前者を選んだ。


「じ、ジン様!?」


 ひしっ、と抱きつくジン。腕にお姫様抱っこしていた麗奈はーー地面に放り出すのも忍びないのでーー魔法で浮かせている。おかげで両手は自由になり、アンネリーゼを抱きしめることができた。


 ジンの突然の行動に狼狽えるアンネリーゼ。あわあわ、と言葉にならない声を発している。


 頭の中が大パニックの彼女に追い打ちをかけるかのようにジンが言葉をかけた。


「アンネリーゼ。俺がそんなことするわけないじゃないか。あの者を連れてきた理由はまた話す。だが君は、愛していないからと女性をぞんざいに扱えばいいというのかい? 違うだろ。なあ、俺の愛しのアンネリーゼ。俺はただ、君に相応しい男であろうとしただけなんだ。わかってくれ」


 なんて甘い言葉を耳元で囁く。アンネリーゼはプルプルと身体を戦慄かせ、


「ひゃ、ひゃい」


 と、トロトロの声と表情で応じた。アンネリーゼ陥落である。だいたいのことはこうすれば許してくれるーーと最近学んだ。


 こうしてジンは見事、アンネリーゼを懐柔することに成功した。夫婦の平穏は守られた。……ジンの莫大なSAN値と引き換えに。


 耳元で甘い言葉をかければ大体のことを許してくれるアンネリーゼ。チョロインなのだが、その欠点を、懐柔方法の難易度によってカバーしているといっていい。


 正直、かなり恥ずかしい。ジンもやりながら、こんなキザな台詞言いたくない! と思っていた。とはいえ、それなりの回数をやっているのでハードルは低くなっているが。最初は恥ずかしい思いと早く機嫌を直したいという思いが数時間せめぎ合った末の行動だったが、今は一瞬の躊躇に留まっている。


 慣れてしまえば、やはりアンネリーゼはチョロインであった。


(俺、ダメ男になってないか?)


 そんな不安が拭えない。キザ男の手段をほぼ躊躇なく行い、女性の好意に甘える。……思えば思うほど、自分がダメ男(ヒモ属性)の仲間入りをしている気がしてならない。最近のジンの悩みだ。


 ーーーーーー


 暴走特急アンネリーゼ号を無事に停止させたジンは、出迎えに出ていた種長たちとともに幕舎へ入った。ジンと彼に寄り添うアンネリーゼの後ろからフワフワと宙に浮かぶ麗奈がとてもシュールであった。


「あの、魔王様。その女は?」


 耐えきれずに訊ねたのはオルオチ。他の種長たちも興味深そうにしている。


「この者か。これはなーー勇者だ」


「「「「「「「「え?」」」」」」」」


 その場にいた者全員が呆気にとられる。そりゃそうだ。遅れてやってきて、連れてきた人間が勇者などと誰が信じるだろうか。


 信憑性を上げるために、ジンはこれまでの行動を語った。単身王都へと乗り込み、立ち塞がる敵兵をバッタバッタと倒し、勇者の従者たちを蹴散らし、勇者本人と相対した。そして自身と同レベルの勇者を、死闘の果てに倒したーーと。勇者の英雄譚の逆バージョンである。


 もちろん話は嘘っぱちだ。実際は苦戦などしていないし、そんな劇的なものではない。ただそうなるとカッコいいかな、程度に考えて話している。


 この世界には娯楽が少なく、ありきたりな英雄譚、二番煎じの英雄譚がベストセラーになるのも、娯楽を求めてのことだ。だからこの手の話はきっと受けるだろうと思っていたのだがーーそんなことはなかった。


「何をやっているのですか!」


 と、普通に怒られた。特にアンネリーゼから。そんな危ない真似はするなと。何度も何度も。ジンも言い分がないわけではないが、今回ばかりは正当な理由もないので大人しく叱られる。


 だが否定派だけではなく、肯定派もいる。その筆頭はオルオチだ。さらにクワメ、キタサンといったこれまで非友好的だった種長も肯定派に回っている。


 彼らはジンの強さを疑っていた。たしかに内戦では緑鬼種、青鬼種を軽くあしらったが、あれは雑魚を強大な魔法を使っただけ。それに反乱の首謀者を除けば誰も殺していない。よって彼らのイメージでのジンは『軟派魔王』であった。魔族最強格の馬魔種には最強種である吸血種をぶつけたことといい、臆病者というイメージがある。そんな相手に服属するのは御免ーーというのが、今までの彼らの心情だった。


 しかし今回、ジンは単身人間界へ乗り込んで壮絶な戦いの末に勇者を捕らえてきたという。目の前の女がその証拠だ。未だ真偽のほどは定かではないが、女が目を覚ませばすぐにわかることだ。大事なのは、魔王が人間界に単身で赴けるほどの強さと度胸があること。そしてそれは、彼が臆病者ではないという証左だ。


 これ以後、表立ってジンに逆らう勢力はいなくなる。彼が目指す真の意味での魔王となった瞬間だった。


「さて、こちらに囚われていた者たちがいただろう。あの者らを返還するついでに、停戦交渉の使者になってもらおう」


「はっ。しかし人間どもは信じますか?」


 ジンの提案にマリオンが懸念を示す。当然、ジンもその点については考えており、


「そなたの懸念はもっともだ。王都から話は伝わっているだろうが、信じてもらえるかは怪しい」


「では多少危険でも、我らのなかから使者を立てるべきでは?」


「わたくしが参りましょうか?」


 マリオンが提案し、マルレーネがすぐさま立候補した。男所帯の軍に彼女のような美人が現れれば、種族の違いなど関係なく魅了してしまいそうである。


「いや、それには及ばない」


 たしかに良識があり、また思慮深い彼女ならば使者として問題ない。だが、ジンはそれでも却下した。


「なぜです?」


「余の大切な部下を、意味のないことで失いたくない」


「あら、魔王様ったら」


 うっとりとした表情でジンを見つめるマルレーネ。


「そこは『余の大切な女』と仰ってください」


 なんて少し残念そうにするのも忘れない。意味あり気に流し目を送る。それに反応するのは正妻たるアンネリーゼであり、


「あなたは娘をジン様のところへ送り込めたのだから十分でしょう!? それでは飽き足らず、今度は自分までなんて強欲な! あなたみたいな尻軽女をジン様のお側には置けません! 強いのは性欲だけでいいんです!」


 と、これまでにない辛辣な言葉を浴びせていた。いくらなんでも言いすぎである。それでも、


「あらあら。わたくしにだって殿方を選ぶ権利だってあるはず。それに殿方の精はわたくしたち淫魔種が生きるために必要なもの。それを摂取するのですから、性交はいわば食事。それをただの淫乱と混同されるのは嫌ですわ。あなただって、血を吸うことが三度の食事よりも大好きなのでしょう?」


 マルレーネは怒らない。ただ、返事にはかなり棘があった。いつもは温厚な彼女だが、さすがにあれだけ好き勝手言われては、いつも通りにできないらしかった。


「わ、わたしは別に……」


「その様子だと、ジン様と何度かやっているみたいね。いいわねぇ。わたくしも一度くらいーー」


「それはダメです!」


 やや弱腰になっていたアンネリーゼだったが、サラッと提示された言葉には敏感に反応した。


 それからキャットファイトへと移行する二人。もちろん手は出さない。女性に対する禁忌であるから。出すのは口だけだ。まあ、こちらの方が見えないだけ質が悪いのだが、他者の目があるところでやっているのでセーフである。


 最期の一線を越えないのは、二人が心底嫌い合っていない証だと前向きに捉えるジンだった。


 彼女たちがキャットファイトする横で、ジンはマリオンたちと話を進める。


「なぜマルレーネ殿の提案をお断りに?」


「それは余の方で信じられるための証拠を用意したからだ」


 そう言ってジンが取り出したのは青みがかった水晶。それは、


「魔石ですか?」


「そうだ。余の姿と声を記録してある」


「なるほど」


 魔石とは鉱物(宝石)に魔力が溜まってできるものだ。天然にできるだけでなく、魔力が多い者なら人工的に作ることもできる。ただ質は天然のそれに劣る。


 ジンが持つそれはマリオンが見たところ、可もなく不可もなくといった程度。だが注目すべきはそこではない。


「これは……人工魔石ですか?」


「そうだ」


「そんな!?」


 マリオンの問いをジンは肯定した。それに驚いたのがクワメ。


 彼ら青鬼種は大規模な魔石鉱山の採掘に従事している。それが彼らの住む土地の主要産業であり、多くの青鬼種が鉱山で働いていた。


 そもそも人工的に魔石を作れるが、その質は低級。あるいは劣悪であり、鉱山から採れる良質(中級以上)の魔石は重宝されている。これは鉱山の存在意義に等しい。


 だが人工魔石が中級まで作れるとなると話は変わる。これまで主力であった中級魔石が値崩れし、上級魔石に頼ることとなる。言うまでもなく高品質のものほど産出量は少なく、これまでのように大きな利益は上がらない。そうなれば一気に斜陽産業の仲間入りである。クワメとしてはなんとしても避けたい話だ。


 事は青鬼種の生活がかかっている。さすがに自分たちの生活がかかっているとわかると、クワメは焦る。だがジンは心配いらないとなだめた。


「安心しろ。これは余にしか作れぬし、流通させるつもりもない。個人的に使う程度だ」


 と言えば、クワメは安心したように息を吐いた。


「これなら問題ないでしょう」


 クワメが落ち着いたのを見て、マリオンが頷いた。タイミングを計っていたらしい。それに追従するように、アベル以下の種長も頷いた。……なお、キャットファイトは継続中である。


 ーーーーーー


 ジンからのメッセージを持った女性たちは船に乗せられ、ジンが魔法で対岸まで送り届けた。


 人間たちは彼女らを保護し、さらにジンのメッセージも見た。その中身はジンが魔族軍本陣で語った内容と同じことが、証拠として入れられた、拘束された麗奈の映像とともに記録されていた。


 先日、王都から使者がやってきて即時停戦を命じていた。しかしボードレール国王の命令は王国軍にしかその効力を有しない。さらに王国は教会よりも下の立場である。伺いを立てても『有り得ない』と一蹴されるのみ。さらにここにきてこのメッセージ。教会側はカンカンに怒った。


「勇者様をこのように辱めるとはーー魔王許すまじ!」


 これはある司祭の発言だ。彼と同じような意見が幹部の大半を占め、さらに戦意高揚のため兵士たちにもメッセージは公開された。


 当然、彼らも激怒する。『悪逆非道』な魔王ならやりかねないーーと誰もが思った。そして全軍が憎悪の塊となり、魔王を討つ。その意気込みだけで渡海を始めた。


 戦いの火蓋はここに切られた。




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