戴冠式と種長たち
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マリオンとの戦いに勝利を収めたジン。彼は戦いが終わってすぐにコロッセオのステージに乗り込んできた豪華な馬車に乗せられた。馬車は黒塗りの車体に黄金の装飾が施されている。車内は革張りの座席があり、座り心地も悪くない。だが、居心地はとても悪かった。
車内にはジンが進行方向に向かって座り、その対面にはお爺さんが座っていた。
とてもニコニコしている。
ジンの両隣にはボンテージを着ているお姉さんが二人。螺旋状の角と尖った耳、艶やかな髪に抜群のスタイル。超エロい。
そちらも気になって仕方がないジンだったが、それ以上に目の前のお爺さんが気になった。
ニコニコ笑顔のお爺さん。正直、不気味である。
ジンがあまりの居心地の悪さに逃げ出そうかな、などと考え始めたときに、そのお爺さんが口を開いた。
「夢魔種はお気に召しませんでしたかな?」
「い、いえ。お二人ともとてもお綺麗で……」
と答えつつ、ジンはこれがサキュバスか……と納得していた。
(たしかにエロい)
物語の男たちが夢中になるのも頷ける話である。
「ほほっ。そうですか、そうですか。その二人はワシのお気に入りなのです。なかなか具合もいいのですよ」
そう言ってお爺さんは右手の親指を人差し指と中指の間に挟んだ。
「そうなんですか……はは」
お爺さん、初対面の相手にいきなり下ネタを振る。ジンはとりあえず同意したものの、最後は日本人らしく苦笑いで誤魔化した。
「ワシは先代の魔王様にお仕えしたアベルと申します。ジン様におかれましては【選王戦】の勝利、おめでとうございます。人魔種から魔王が輩出されたこと、同じ種族として、その長として心から祝福いたします」
「あ、ありがとうございます」
「早速ですが、これからジン様には魔王城へ入っていただき、戴冠式に臨んでいただきます。その後は各種族の長との面会がございます。翌日からは政務にあたっていただくことになります」
お爺さんーー改めアベルから怒涛の日程が発表された。意外と魔王は暇ではないらしい。魔王城で踏ん反り返っている魔王のイメージを、ジンは改めたのだった。
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戴冠式は魔王城の玉座の間で行われた。
入り口からレッドカーペットが玉座まで伸びている。玉座は金や宝石がふんだんに使われた豪華な作りであるが、その装飾が骸骨であったりするためジンとしては少し気持ち悪かった。
まあ見た目はともかく部屋はとても豪華だ。しかし人はとても少ない。ジンの想像では、王様の戴冠式は大勢の人がきて盛大にやるものだと思っていたのだが、広間には十数人しかおらず、ガランとしていた。
ジンはそれを寂しく感じるとともに、魔王という存在がひどく空虚なものに思えてしまう。自身が纏うやたら豪華な服とこの広間の閑散とした雰囲気とのアンバランスさもそれを助長した。
式はジンが広間に入ってきて玉座の前でアベルから王冠を被せられてから玉座に座り、各種族の長が忠誠を誓うだけで終了。形式だけに終わって中身がないような気がしてならなかった。
驚いたのは対戦者であるマリオンがいたことだった。彼は吸血種の種長らしい。その横にいたのは奥さんーーではなく娘さんだという。
この世界でもこういった式典やパーティーにはパートナー(配偶者や恋人、あるいは子女)の同伴が基本となるらしい。もちろんジンにはいない。ちなみに、もし魔王となる者に配偶者や子女がいれば王妃や王子、王女の紹介があるそうだ。
式が終わるとジンが先に退出する。その後にはアベルが続いた。
玉座の間を出たジンはアベルの誘導に従って城を歩く。向かった先は魔王の執務室。室内に入るや、ジンはソファーにどっかりと腰を下ろす。
「ふーっ。終わった」
「お疲れ様でした、魔王様」
ジンの呼び名が魔王に変わっていた。そのことに気づいたジンが呼び方を変えた理由を訊ねると、
「戴冠式が終わったので」
と答えられた。曰く、戴冠式が終わるまでは魔王の座は空位であり、式が終われば正式な魔王になるということだそうだ。アベルはそういうことには厳格なようだった。
「次は種長との面会でしたっけ?」
「はい。まずは魔界随一の戦闘能力を誇る吸血種の種長のマリオン・ブランドル様ですね。それと魔王様は魔界で最も偉い方なのですから、そのような腰の低い言葉はお使いになられませんよう。魔王としての品格が損なわれてしまいます。今などは『次は種長との面会であったか?』とおっしゃっていただければよいのです」
ジンは早速その振る舞いを注意される。
「ささ。魔王様。面会の前に、今わたくしめが申したように言ってみてください」
ジンはそんな急に偉そうにできるか、と思いつつ、言われたままの台詞を口にする。
「次は種長との面会であったか?」
威厳を出すために声を低くして、やや勿体ぶったテンポで喋る。ジンの精一杯の演技だった。
ジンはとりあえずやってみたが、どうせ酷評されるものだと思っていた。というのも、ジンは幼稚園時代のお遊戯会で台詞のある役をもらっていた。しかしあまりの大根役者ぶりに先生から『お前は喋るな、動くな』と言われ、本番では木の役をやらされたのだ。以後、お遊戯会では必ず木の役を務めることとなる。
そんな過去があったから、演技で褒められるはずがないと思っていた。だが、
「おおっ。威厳のある素晴らしい話し方です! これなら誰もが自然に頭を垂れるでしょう」
意外にも好評だった。
(いや。これはお世辞だ)
自分は大根役者だと思い込んでいるジンはアベルの反応をお世辞だと思った。実際はなかなか堂に入った口調だったのだが。
アベルのお墨付きをもらったジンは、彼に従って執務室の隣の部屋に移る。ここは応接間だそうだ。室内の調度品は高級であることはわかるのだが、 デザインが髑髏なんかが用いられていて禍々しい。趣味に合わないので今後は普通のデザインのものに変えさせようと心に決めた。
室内には既にマリオンが待っていた。彼はジンが入ってくると、片膝をついた最敬礼で迎える。
ジンはその様に驚き、固まる。そしてマリオンが最敬礼のまま動かないために首を傾げ、しばらく考え、ようやく自分が促さないからだということに気づく。時代劇なんかでよくみる『ははーっ』と平服→『面をあげよ』というあの方程式である。
「楽にせよ」
「はっ」
ジンが促すとマリオンはようやく最敬礼を解く。しかしそのまま立ちつくし、両者見合うことしばし。
(あ、そうか)
と、自分が先に座らないからだと気づき、ソファーへと腰かけた。それを見てマリオンも座る。
マリオンはまず、魔王即位の祝いを述べた。
「魔王様。この度は【選王戦】に勝利され、晴れて魔王という至高の座に就かれたことを心よりお喜び申し上げるとともに、吸血種の忠誠をお誓い申し上げます」
マリオンは大仰な祝辞を述べる。アベルから戴冠式のときのような細かな指示を受けていないジンは、どう答えるべきかを考えてから口を開く。
「ありがとう。あなたと再び会うことができて嬉しいよ」
「魔王様?」
「魔王様! マリオン様は臣下の身。そのように親しげに話されるのはーー」
「アベル。余はマリオンを信頼しておるのだ。【選王戦】で矛を交えたとはいえ、いや、だからこそ余はこの者を信頼できる。アベルは魔界では力がすべてだと言った。ではマリオン。そなたは実際に矛を交えたわけだが、再び余に逆らう気はあるか?」
「ございません。魔王様のお力はワタシをはるかに優っておられます。また至高の座に至る道程を妨げたワタシめには勿体ないお言葉をかけてくださったことは生涯忘れません。ワタシが生きている限り、魔王様のお力になることを改めてお誓いします」
「ーーとのことだ。アベルよ。マリオンとは実際に矛を交えた者同士の、ある種の理解が成立しておる。種長のなかでもマリオンは格別の地位にあると心得よ」
「はっ」
アベルは深々と頭を垂れた。
「そしてマリオンよ」
「魔王様。格別のお引き立て、感謝の念に堪えません」
「よい。他人の目がある場ならともかく、今は右も左もわかっておらぬ余を導いてくれたアベルしかおらん。楽に話そうではないか」
「ありがとうございます」
アベルに引き続き、こちらも深々と頭を下げる。
こうして場は少しだけ和み、その雰囲気のまま正式な会談へとシフトする。といってもこの会談の目的は種長が魔王に対して個別に忠誠を誓うことで、それは既に達成されてしまっている。はいおしまい、とならなかったのはジンがマリオンとの親交を深めようとしたことと、もうひとつ。マリオンからの提案があったからだった。
「それで、提案とは?」
「正式にはお願いですがーー【選王戦】で敗れてから考えていたのです。ジン様にはお赦しのお言葉を賜りましたが、他の種族からすればワタシは逆賊。【選王戦】で敵対した種族を差別しないという慣例があるとはいえ、完全にないというわけではなく……」
「つまり、このままでは吸血種の立場が悪くなるということか」
「はい。そして厚遇していただいた身でこのような申し出をするのは大変恐縮なのですがーーワタシの娘をジン様に嫁がせたく……」
「ーーなるほど。婚姻か」
ジンは冷静な口調だったが、内心では驚いていた。マリオンからの提案もそうであったが、一番は内心の発露をねじ伏せるようにして冷静な反応をした自分に。
(なんだ、これ……?)
【選王戦】のときに続く不可思議現象に戸惑っているうちに話は進んでいく。まず反応したのはアベルだった。
「それはいいですな」
「もちろん正室にとは申しません。後宮に入れていただくだけで十分でございます」
「ーー余の友であるマリオンの娘を側室にするなどあり得ぬ。正室として迎えよう」
「ありがとうございます」
ジンの即断に、マリオンはまたしても頭を下げた。
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マリオンとは結婚式の日程を決めるために後日会うことにして退出させた。この場で決めてしまわなかったのは、会談の時間が予定に達してしまっていたからだ。最初から種族ごとに格差を作るべきではないというアベルの意見もあり、詳細は後日ということになったのだった。
さて、会談の次の相手は夢魔種である。
「夢魔種の種長、マルレーネ・カナリスでございます」
膝を折って挨拶するマルレーネはワガママボディーを綺麗なドレスで包んでいる。さすがに種長だけあって、魔王城へ向かう馬車で見た夢魔種のお姉さんたちのようにボンテージ姿ではなかった。
(チッ)
彼女がボンテージ姿であればエロさ大爆発は間違いなし。それが見れなくて少しーーいや、かなり残念なジンであった。ドレスも胸元が開いておりエロいといえばエロいのだが、満足できない。
「わたくしども夢魔種は、魔王陛下に永遠の忠誠を捧げます。その証としまして、後宮に百名の同胞を献上したくーー」
「待て」
「? 不足でございましたか? さすが魔王様。素敵です。では追加で五十名ほど……」
「数の問題ではない」
(そんなにいても相手できねえよ。絶倫じゃあるまいに)
「あ、質でございますね。ご安心ください。献上する娘はすべて生娘です」
「そういうーー」
と、ジンが声を荒らげようとしたところで謎のストッパーがかかり、口が勝手に思ってもいない言葉を紡ぐ。
「マルレーネ。そなたらの忠誠を疑うつもりはない。よって後宮にそんな多くの娘を入れる必要はない。ただ忠誠の証を受け取らぬというのもよくないから、その百名の中から最もよい者を差し出せ」
(勝手に動くな俺の口!)
ジンは手でも何でも使って口を止めようとするが、そうすると全身が金縛りに遭ったように動かなくなった。快調なのは口だけだ。
「でしたら、わたくしの娘・ユリアを献上いたします。容姿、性格ともに最上でございますので」
「うむ。期待しておるぞ」
「ははっ!」
マルレーネは凛々しい返事と妖しい笑みを残して退出していった。
ーーここまでは友好的な種長が続いたが、ここからは非友好的な輩が目立った。
「オラは、緑鬼種の種長、バンギ族の、オニャンゴだ。魔王に、忠誠、誓う」
生来なのか、舌足らずな喋り方をしているオニャンゴ。しかし目は反抗的だった。ジンはポッと出の魔王だから反感を抱かれているのだと思ったが、アベルにもどこか嘲るような目をしていたことから人魔種自体を侮るーーというより馬鹿にしているのだと気づいた。
緑鬼種は非力で、一体一体はそこまで脅威ではない。だがこれが集団になると面倒になる。戦いでは数の利を活かした集団戦法で相手を圧殺する。魔界の軍勢の数を担う種族とのことだ。
「アデは青鬼種の種長。アイウン族、クワシ。魔王に忠誠を」
事務的かつ棒読みで宣誓するや、返礼も待たずに踵を返すという嫌々感丸出しな行動をとったクワシ。
青鬼種もまた、緑鬼種と並んで魔界では差別されがちな種族である。戦闘では集団戦をしかけるところなど、両者には似通った点が多い。だがその違いは肌の色だけかというと、そうではない。彼らは『試練』と呼ばれる通過儀礼を経ると、緑鬼種はオーク、青鬼種はオーガという個体に変異する。この段階のものは種族内から尊敬されるのはもちろん、他種族からも一目置かれる存在になる。ジンに挨拶した種長たちも、それぞれオークやオーガの段階に至ったものたちであった。
「あしは牛魔種種長。マツサカ族のティアラ。今代の魔王様は線が細いな。もっと筋肉をつけようぜ」
(喧嘩売ってんのかこいつ。というか待て。色々と)
ジンを一発で苛立たせたのはティアラ。なぜ氏族名が『マツサカ』という和名なのか、筋肉ダルマ(男)のくせに『ティアラ』という可愛らしい名前はどこから出てきたのか、初対面の相手に筋肉つけろと言うのはいかがなものかなど、色々と言いたいことが多すぎて、ジンは何から話していいものかわからなかった。
青鬼種が残していった時間も使ってヒアリングした結果、牛魔種の氏族には『マツサカ』、『オウミ』、『コウベ』、『アンガス』、『オージー』の五つがあるそうだ。名前については、牛魔種の風習で大切な子どもには美しい名前をつけるそうだ。結果、貴金属や宝飾品の名前が(男女関係なく)つけられるという。つまり牛魔種のなかには『ゴールド』や『プラチナ』、『ダイヤモンド』みたいな名前で、ガチムチの男がいるということだ。
牛魔種はパワーに優れている。ゆえに男女問わずムキムキマッチョで牛頭という容姿をしている。しかし性別の判定は容易だ。胸元を見れば一目瞭然。牛というだけあって雌は巨乳である。ちなみに牛とはいえ肉や母乳は美味しくないそうだ。それより草原なんかに行けば必ずいる"カウ"という魔物から採れる"ビーフ"という肉や、"ミルクの実"から採れる果汁が好んで食されている。牛魔種の肉や母乳が美味しいというのは人間の誤った認識なのだという。
「実際に食べるか? 罪人を殺せば簡単に用意できるぞ?」
「遠慮しよう」
さすがに会話ができる存在を食べるのは気が引けたため断ったジンだった。
「ミーは栄光ある馬魔種の種長、マレンゴ。よろしく☆」
うざったい喋りをするマレンゴ。先のティアラの件もあってフラストレーションを溜めていたジンは今にもキレそうであった。なんといっても喋り方が酷い。種族の特性上、下半身が馬体なのは仕方がないにしても、サラサラの金髪、彫りの深い顔立ち、鍛えられた上半身ーーいずれも完璧なほど整っているのに、喋りですべてをぶち壊していた。マレンゴを作った神は、ジンをこの世界に送り込んだどっかの女神のように抜けているようだ。
馬魔種というのは魔界の軍勢で騎兵を担う。人魔種が騎兵として参戦する例もあるが、育成に莫大なコストがかかる上、馬魔種よりも弱いために主力とはならない。魔法が存在するこの世界でも、騎兵の存在は軍事的に重要な意味を持っている。騎兵のほぼすべてを提供する馬魔種は、かなり特殊な地位にあった。もし魔界が平和であればこのようなことにはならなかっただろうが、生憎と魔界は不定期ながらも頻繁に人類ーー人魔種ではないーーと戦争をしている。数千年に及ぶ戦乱。生起した戦闘は大小合わせれば数知れず。そのなかにあって馬魔種は騎兵として戦い続け、自分たちこそが魔界の軍において中核を担う存在だという自負を持った。それは膨らみ続け、ある瞬間から自尊心に変貌した。そしてこのプライドの高い性格になったーーと、ジンは想像した。
(イケメンなのに勿体ない)
ジンは心から憐れむのだった。
ーーと、このように各種長と面会を重ねたジン。後ろに控えていたアベルが感想を訊ねてくる。
「魔王様。各種長はいかがでしたか?」
「たしかこの面会は、各種族への対応を判断するためのものだったな?」
「左様でございます」
「ならばまずマリオンを余の補佐に据える。そして吸血種、夢魔種は上位に、緑鬼種、青鬼種は下位に置く。牛魔種はーー態度に問題はあったが旗幟はよくわからなかったゆえに中位とする。そして馬魔種はその立場の特殊性を鑑みて中位とするが、実質は最低と心得よ」
「ーー承知いたしました」
馬魔種の序列をを実質的な最下位とするーー前代未聞の命令に、アベルは戸惑いつつも、何も言わずに頭を下げて承諾したのだった。




