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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
29/95

魔王無双

 



 ーーーーーー


 麗奈の一撃が振るわれた瞬間、誰もがやったと思った。麗奈が使ったのは最高位の光属性魔法のひとつ【ディバイン・スラッシュ】。魔族に対する特効があり、勇者を描いた物語の多くで最後の一撃として記されている。そのイメージは多くの物書きが己の持つ技巧の限りを尽くして詳細に描いており、民衆にもその存在やエフェクトは知れ渡っていた。


「やった! やったぞ!」


「勇者様が魔王を一撃で!」


「最強の勇者様だ!」


「「「勇者様、万歳!!!」」」


 伝説や物語でしか知らない魔法が目の前で実演された。そしてまた、物語として描かれるクライマックスを直接その目で見た。そのことに大人子ども関係なく歓喜する。


 しかし都市の歓喜を他所に、麗奈は残心の姿勢から動かない。その瞳は鋭く剣先に向けられていた。


(おかしい。斬った感触がない)


 麗奈は己の手に残る感触を反芻する。剣を振り切った瞬間、まるで鉄の塊にでも当たったかのような硬い感触がした。明らかに何かを斬った感触ではない。それに未だ強大な魔力反応は消えていない。魔王はまだ生きているーーそう確信していた麗奈は気を緩めなかった。


【ディバイン・スラッシュ】の余波で生じた砂埃が風に流されて散っていく。


「なっ!?」


 そして現れた魔王の姿に麗奈はあからさまに狼狽した。


 それは絶対の掟だった。


 人と魔族の長き抗争の歴史においてさえ、ただの一度も存在していなかった。


 その経験則から魔族には存在しないとされ、太陽は東から昇って西に沈むくらい当たり前とされてきた。いや、しないはずだった。


 しかし、その反証がそこにいる。


「ど、どうして……?」


 呆然となる麗奈。無理もない。魔王であるジンが、光属性最高位魔法【ディバイン・シールド】を使ったのだから。魔族が光属性の魔法を使うという非常識を前にして硬直するなというのがそもそも無理な話だ。


 ところでジンが魔族でありながら光属性魔法が使える理由は不明である。使えるようになった経緯は、密貿易をしていた商人から聞かされた勇者の物語からイメージして練習してみたことだ。詳細なエフェクトはこと細かく書かれてあるし、あとは『聖なるもの=神的な何か』というファンタジーな思考回路の産物である。


 実はジン、勇者に憧れていた過去の自分が一時的に目覚めていたのだ。忙しい日々の合間を縫って密かに練習していたりする。魔剣グラムも、そのノリで作ってみた。遊びで作ったわりには、そこらの鍛治師が裸足で逃げ出すレベルのいい出来栄えなのだが。


 しかし中二病ーー日本人的に恥ずかしいことーーが理由であるため、麗奈の疑問にジンは答えない。


「ふふふ。この程度か、勇者の力というものは」


「っ! まだまだよ!」


 麗奈は光属性の最上級魔法を連発する。


【ディバイン・スラッシュ】


【ディバイン・ランス】


【ディバイン・アロー】


 一撃一撃が光属性の最上級魔法など普通の魔族からすれば悪夢でしかない。しかしジンは【イージス】の盾魔法を【ディバイン・シールド】に設定し、それらを見事に防いでいた。


 正直、普段使っている【バリア】の方が魔力効率がいいため面倒だったりする。だが自分が光属性魔法を使って勇者を圧倒することで、人間(特に勇者)のプライドその他をすべて粉々にするのが狙いだ。ジンは目的を達成するためだと割り切る。


 麗奈による光属性魔法の絨毯爆撃はおよそ十分におよんだ。


「はぁ、はぁ……」


 大技の乱発によって魔力が枯渇した麗奈は息を乱し、剣を支えにやっと立っている状態だ。筋肉は痙攣を起こしており、剣は持ち上げられない。脚も生まれたての子鹿のように震えていた。


 一方のジンはというと、


「ん? もう終わりか?」


 そう言って読んでいた本から顔を上げた。余裕である。本当はキツいけど無理をしている、というわけでもなさそうだった。


「よいしょ」


 本を【ボックス】にしまい、代わりに魔剣グラムを取り出したジン。右手一本でグラムを無造作に振り上げ、そして下ろした。


 慌てて【ディバイン・シールド】を発動させる麗奈だったが、魔力が枯渇した状態で完璧なものを使えるはずがない。発動された【ディバイン・シールド】は、もはや【プロテクト】の出来損ないのようなものとなっていた。当然、そんなもので【ディバイン・スラッシュ】を防げるはずもなく、スパッと両断されてしまう。


「……情けのつもり?」


「いや。てっきり避けるものだと思っていたからな。意表を突かれた」


 斬撃がやや逸れていたことを訝しんでいた麗奈だったが、ジンの返答に奥歯を噛み締める。これほど屈辱的な思いをしたことがなかった。悔しいが、満足に身体を動かせない自分にはどうしようもない。その現実を突きつけられた気がした。


「さて」


 おもむろに右手を突き出したジンは、


「【風弾】」


 初歩的な風魔法を使った。


 ーードン!


 まるでトラックにでも撥ねられたかのような衝撃が麗奈を襲う。そして空へと打ち上げられた。それだけでは終わらず、上空で何度も【風弾】を浴び、風に翻弄される木の葉のように空を舞う。


 意地の悪いことに、【風弾】はすべて飛ばすのに必要最低限の威力に抑えられている。だから容易に気絶もできず、ただ己の無力感に打ちひしがれるだけだ。その光景はとても痛々しい。


 しばらく麗奈を弄んでいたジンだったが、やがて飽きたのか魔法を止める。するとドサッ、という音とともに麗奈は地面へと打ちつけられた。


「ふっ。無様だな、勇者よ」


「うっ、うう……」


 無力な自分があまりにも情けなくて、ついに麗奈の目からは涙が零れた。


「ふむ。ではそろそろーー」


 その姿を憐れんでか、ジンはいよいよ終わらせにかかる。人間の誰もが未だかつて感じたことのないほど膨大、かつ濃密な魔力が彼の右手に集まる。その場にいた麗奈はもちろん、離れたところにいる王都の住民たちも根源的な恐怖を感じた。


「みなさん! お願いします!」


「「「尊き我らが神よ! 我らにその御力を授け給へ! ーー【神光結界】ッ!」」」


 しかしジンの魔法が発動する前に、麗奈の身を眩く輝く光が覆った。儀式魔法【神光結界】。多数の魔法使いが共同で行使することで発動を可能とする光属性最上級魔法だ。その防御力は、単体で行使する【ディバイン・シールド】とは比較にならないほど高い。


 これを主導したのはイライア。上級魔族の来襲に備えて万全の備えをしていた王都。そのなかには人間が使える最高の防御魔法である【神光結界】を発動するための儀式も含まれていた。効果は高いが、人手が要り準備にも時間がかかる儀式魔法の欠点は、今回は問題になっていない。


 だが、それは悪手だった。


「ふっ……ふふふっ。フハハハハハッ!」


 魔法を発動せず、高笑いを始めたジン。なぜそんなことをするのかというと、


「見たか、王都の民衆よ! 一騎討ちに割り込むという最低な行為をしたのは人間だぞ! 魔族を散々卑怯だ下劣だと言いながら、このザマはなんだ!」


 人間も等しく愚かしいと知らしめるためであった。


 曲がりなりにも平等が叫ばれている地球で育ったジンは、この地に存在する種族差別を容認するつもりはなかった。


 やはり自らの種族が野蛮な存在だと思われているというのは、あまり快い話ではない。実際に魔界で生活してみるとーーどうしようもない無法者もいるにはいるがーー、アンネリーゼを筆頭に心優しい者たちも大勢いる。ゆえにジンは思う。それはおかしい。是正すべきである、と。


 それは魔族側にもいえるし、もちろんそのままにしておくつもりはない。人間関係のゴタゴタが片づけばすぐさま取りかかるつもりだ。


 もちろん完全にそういったことをなくそうーーなんて大それた理想は抱いていない。ただ、少しでも是正できればとは思っている。


 差別をなくすためにはどうすればいいのか。一番は関わらないことだが、既に交流がある以上はどうしようもない。相互理解といわれているが、理解したところで受け入れられないものはある。


 かくも人間は救いがたい存在であるのだが、少なくともその第一歩としてやるべきなのは自分たちの愚かさを自覚することだろう。


 自分は他者より優れているーーその意識を持つのは仕方がない。人間には睡眠が不可欠であるように、それは精神衛生上欠かすことはできないものであるから。


 しかしそれが『絶対に他者より優れている』なんて誇大妄想に陥った場合、話は別だ。ちなみに人間や魔族はこの状態である。


 誰しも他人より優れていることもあれば劣っていることもある。そのことをよく自覚し、折り合いをつけていくしかない。それが大人になることだ。


「では終わりにしよう」


 目的を達したジンはいよいよ決着をつけにかかった。そのままにしておいた魔力を使って魔法を編み上げる。


「【アクア】」


 発動されたのは誰もが使えるような水属性の初級魔法。しかしその威力は破格だった。ジンの手から放たれた水は視認不可能な速度で直進。【神光結界】に風穴を開けた。防御を抜かれた結界は消滅する。


 最上級の儀式魔法が、ただの初級魔法によって破られる。その非常識な光景にイライアをはじめ、魔法使いや教会関係者は口をあんぐりと開けて固まった。今起こったのはそれくらいショッキングな光景だったのだ。


 ちなみにカラクリはとても単純。水は速度が速くなると硬くなる性質がある。地球ではそれを利用して、マッハ三という高速で水を出し、製品を加工する技術が実用化されていた。


 ジンがやったのはそれと同じことである。その威力はこの通り。初級魔法でしかない【アクア】が最上級魔法を破ってみせた。


 これで終わりか、とジンが気を緩めた瞬間だった。


「レイナから離れろォォォッ!」


「はあああッ!」


 身体能力の違いから麗奈に遅れること数分。戦場へ到着したアルフォンスとジュリアンは大人しく決闘を見守っていた。敗色濃厚な麗奈を見て手助けしたくて仕方がなかったが、一騎討ちに横槍を入れるのは人倫に反する行為であり、生死をかけて戦っている者に失礼とされる。だから踏ん切りがつかないでいた。しかしイライアが手を出したことで吹っ切れたらしく、タイミングを逃さずに助太刀してきた。


 二人の横槍は、一騎討ちをしている間は大丈夫と思っていたジンの不意を突いた。しかしジンも素人ではない。そのまま一撃を入れられるようなヘマはせず、即座に反撃する。ーーただし、急なことなので手加減はまったくできていないが。


「ッ!? 【ガトリング】!」


 発動したのはマリオンさえも追い詰めた魔法。そして毎分3000発を超える魔力弾の嵐が二人を襲い、一瞬にして肉塊に変えた。ジンによる全力の魔法は、二人の装備に組み込まれていた防御魔法を容易に抜く。断末魔さえ上げることを許されず、二人はーーアルフォンスとジュリアンだったモノは仲良く地面に落ちた。


『『『っ!?』』』


 映像を通して一部始終を見ていた人々は、その強力無比な魔法を見て、恐怖し驚愕しーー悟る。勝てない、と。それは魔族に人一倍敵愾心を持つイライアも、地に伏せる麗奈も例外ではなかった。


「まったく、愚かな者たちだ」


 まるで汚物でも見るかのように不快そうな表情をするジン。麗奈は残酷な心の持ち主であるという印象を受けた。そんな人物の近くにいては何をされるかわからない。身体はあまり自由に動かないが、とにかく逃げなければ。そう思った麗奈は手足を動かしてモゾモゾと移動しようとする。這ってでも逃げようというのだ。しかしそんなことをジンが許すはずもなく、


「待て」


「ひっ!」


 制止の声とともに鋭い視線が向けられ、麗奈は恐怖で金縛りに遭ったかのように動けなくなった。


「勇者は連れて行こう。返して欲しければ軍を返し、その上で講和の使者を寄越すといい。それとーー間違っても力ずくで取り返そうなどという愚かしいことを考えないよう、我が力を示そうではないか」


 ジンはそう宣言するや、先ほどよりも多い魔力を放出した。


(まだ魔力を出せるの!?)


 麗奈たちはもう何度目かもわからない驚きを感じた。戦いが始まってからジ常に複数の魔法を使っているジン。その一部は儀式魔法にも匹敵するような威力だった。にもかかわらず魔力が枯渇する様子はない。あまつさえ、戦闘の後半になって大きな魔力を練っているのだ。それを恐ろしいと思うと同時に、主に魔法使いは羨ましいとも思っていた。彼らはいつも残りの魔力量を気にしている。なくなれば何もできなくなってしまうからだ。その制約をまるで感じさせないジンにそのような感情を抱くのも無理からぬことだろう。魔法を自由に使いたいーーそれはすべての魔法使いの夢なのだから。


 さて、莫大な魔力を練り上げたジンが行使するのは彼が編み出した最強の非殺傷性魔法。その名は、


「【幻爆】ーー」


「え?」


 麗奈がこの世界にあるはずのない言葉に反応した。日本人にとって忌まわしく、かつ馴染みのあるものと同じ。それは発音のみならず、効果も。


 王城の真上に太陽が生まれる。そして生み出された熱線と衝撃波が王都の街並みを、人を、一瞬にして燃やし、あるいは吹き飛ばした。その多くは即死。辛うじて生き残った者も、置き土産である有害物質によって苦しめられることとなる。


 瞬時に瓦礫の山と火の海になった王都。その象徴であった城はボロボロになりつつもなんとか持ちこたえていた。だが、


「ああ。そんな……」


 壮麗な石造りの城は、ガラガラと音を立てながら崩れていった。まるで、王都の終末を象徴するかのように。


 爆心地に近いーーというよりすぐ真下ーー王城にいたフローラたちは無事だろうか? 彼女らも含め、何人の生存者がいるのか? 少し想像しただけでも麗奈は気分が暗くなった。


 ーーパン!


 という音が響く。するとさっきまでの光景が嘘のようにーー実際幻なわけだがーー元通りになった。


「い、今のは一体……」


「悪い夢でも見たのか……?」


 ついさっきまで感じていた熱さや痛み、苦しみなどが瞬間的に消え去った。そのことに王都の民は困惑する。そんななか、


「今のは幻を見せる魔法だ。感じた熱や痛みは錯覚でしかない」


 そう聞かされてホッとする民たち。しかしすぐさま、


「ーーが、これは警告だ。もちろん今見せた光景を現実とするのは容易い。そのことをよく覚えておけ。この王都が灰燼に帰すか否かは、諸君らの出方次第だ」


 きっちりと脅し文句はかけておいた。幻だったことに安堵していた人々に冷や水を浴びせるには十分。一部にあった甘い幻想は粉微塵にされた。ジンの魔法力を嫌というほど見せられた者のなかで、その発言を否定できる者はいなかった。


 やることを終えたジンは麗奈へと向き直る。彼女は逃げる素振りを見せず、


「あんたーー」


「【ボルト】」


「あうっ!」


 何か言いたげだった麗奈を、ジンは麻痺の魔法を使って気絶させた。さらに念には念を入れ、魔法の発動を封じる【シール】と、四肢を拘束する【バインド】を使って厳重に捕縛した。


「よっこいしょ」


 完全に無力化した麗奈を肩に担ぐジン。彼女は魔界へ連れて行き、人間との取引材料にするつもりだ。そして勇者さえいなくなれば人間は矛を収めると考えていた。それは一時的なものだろうが、その間に宥和政策によって対立関係を解消すればいい。というか、それしか手がなかった。もちろんそれらが終われば解放するつもりである。あまり自由は奪いたくない。


「なるべく不自由はさせないからな」


 ややあった罪悪感がそうさせたのか、ジンは気絶している麗奈へとそう語りかけた。


 そしてジンは魔界へと高速で飛んで行った。




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