王都震撼
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アンネリーゼが種長たちに信者の恐怖を振りまいているころ、その大元であるジンは何をしていたのだろうか。正解は王都へ向かって飛行中、である。
この時代の一般的な戦い方は、軍勢を集めて合戦ををするというもの。しかしジンがいた現代では、そのような戦争は終わっていた。現代の戦争は要所への一撃が基本だ。開戦と同時に敵首都へ核を落とすーーそれくらいやってもおかしくない。生憎とジンは核を持っていないため、それに代えてジン自ら出向いているのである。
なお、その存在は彼から漏れ出す莫大な魔力のために人間側にも把握されていた。しかし彼らもまさか魔王が単身やってくるとは夢にも思っていない。その認識は『上級魔族が接近中』というものだった。その進行方向が王都であったため、麗奈たち勇者パーティーが迎撃の準備をしている。上級魔族に対しては勇者か一個軍団で対処しろ、というのが軍のマニュアルに載せられている。王都には国王を守るための近衛兵しか残っておらず、勇者が出張ることになった。
「上級魔族ですか……空を飛んでいるとすると、吸血種か淫魔種。淫魔種であった場合を考えると、状態異常への対応をしておくべきでしょう」
報告からイライアはそのような対応策を打ち出した。彼女は教会から魔族に関する教育を受けており、対魔族戦においては戦術面を任されていた。魔獣と魔族ではやはり勝手が違ってくるからだ。スティードもそこは守備範囲の外であるため素直に従っている。
「それにしても、王都へ単身乗り込んでくるなど、なかなか肝が太い輩のようじゃの」
「ええ。おそらく自信があるのでしょう。しかし、それは我々を甘く見すぎです」
イライアは不敵に笑う。そこには四獣討伐を含むこれまでの修行で得た絶対の自信があった。自分たちはもう人類最強。魔族にも負けないーーという幻想が。
「では儀式魔法の用意をして参ります。神より聖なる祝福を得れば、いかなる状態異常にもかかりませんから」
「うむ。なら儂は兵士どもの指導をしてくるかの。儂らには及ばんが、奴らも足しにはなろうて」
そう言ってイライアとスティードは立ち上がった。
「じゃあ、私はフローラ王女のところへ行ってくるわ」
アルフォンスやジュリアンと一緒にいたくない麗奈は、フローラ王女のところへ避難する。
「ボクがレイナの共をしよう」
と立候補したアルフォンスだったが、
「そういうのいらないから。私、強いし」
一蹴された。そしてこれにはぐうの音も出ない。事実であるからだ。アルフォンスは引き下がるしかなかった。
かくして残されたのは男二人。
「オラたちどうするんだな?」
「ボクに訊くな!」
レイナに同行を断られたことで不機嫌になったアルフォンスは拗ねて自室へと篭った。
ひとりになったジュリアンはーー、
「道具の整備でもするんだな」
と装備品の整備や消耗品の補充などを行った。
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フローラ王女のところへ向かった麗奈は、今日も今日とてお茶をすることになった。それも、
「今日はお外で飲みましょう。せっかくのいいお天気ですし」
というわけで、見晴らしのいい城の最上階のテラスでのお茶会となった。
「うわー。凄いわね!」
王城は王都で一番高い建物だ。ゆえに視界を遮るものは何もなく、城下町や周りに広がる平野を地平線まで見渡すことができる。これには麗奈も大はしゃぎだ。
「喜んでいただけて嬉しいですわ」
そんな麗奈を微笑まし気に見るフローラ王女も、自分が好きな光景をストレートに褒められて嬉しそうだ。
今回は急なことだったため、お茶会のメンバーは二人だけだ。声をかければ集まったかもしれないが、無理に集めようとは思わなかった。
フローラはお茶会という本来リラックスすべき場で政治的な話をしたくなかった。緊張するからだ。だが彼女を取り巻く令嬢たちにはそのような輩も混じっている。だから迂闊なことは話せず、まったくリラックスできないのだ。むしろストレスを抱えてしまう。
だが麗奈は別だ。彼女は政治に関わる気がない。密かに調べさせたが、そのような動きは一切なかった。フローラが肩肘張らず、気兼ねなく付き合える唯一の相手。麗奈のためなら己を犠牲にできると言えたのも、それだけ深く信頼しているからだ。彼女なしの生活は考えられない。もう元の生活に戻りたくない。そうなるならいっそーーというわけだ。
気の置けない二人のお茶会は和やかに進む。美味しいお茶やお菓子を食べながら、年ごろの少女らしく、どこの何が美味しいかなどを話し合った。各地を実際に歩き回った麗奈はもちろんのこと、フローラもこの手の話には詳しい。王都は国の中心。ゆえに人材や物品のみならず、各地の美食もまた集まるのだ。
そんな風に会話を弾ませているときであった。
ーーゾワッ
「っ!?」
急に走った悪寒に麗奈は身体をかすかに震わせた。
「どうしました?」
「感じるの」
「? 何をですか?」
「濃密な気配。これは……魔力?」
麗奈は確信が持てず首を傾げる。だがその気配は次第に強くなっていった。得体の知れない感覚に戸惑っていると、フローラ付きのメイドが駆け込んできた。
「勇者様!」
「何事ですか、騒がしい!」
礼儀も何もなくドタバタと入ってきたメイドを、給仕を担当していたメイドが叱咤する。だがそんな言葉など聞こえていないかのように態度は改まらない。そのまま麗奈とフローラのところへ駆けてきたメイドは、急報を告げる。
「魔族です! 魔族がやってきました!」
「「「なんですって!?」」」
その場の全員が驚く。一番先に気を持ち直したのは麗奈。
「待って。魔族がここに来るには一日かかるんじゃなかったの!?」
「そのはずです! ですが、教会から警報が出されてーー」
「何かの間違いでは?」
とフローラ。しかしメイドは主人の言葉をノータイムで否定した。
「いいえ。間違いありません。たまたまその場に居合わせたスティード様が間違いない、と」
「スティードがそう言うなら間違いないわね。魔族のくせに私たちを騙すなんていい度胸じゃない」
麗奈は楽しいお茶会を邪魔されて少し頭にきていた。ガタッと椅子から立ち上がり、彼女にしては珍しく怒りを露わにする。キッと空を睨めば、青い空にゴマ粒のような黒い点があることに気づく。その方向からひしひしと濃い気配が近づいてくる。あれが件の魔族だと、半ば本能的に察した。四獣以上の強者の気配だ。
「じゃ、ちょっと魔族を退治してくるから」
「ご無事で」
「ええ」
フローラの激励に、麗奈はしっかりと頷いて装備を取りに戻った。
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一方のジン。彼はわざと魔力を撒き散らし、その存在を誇示するかのように移動していた。時間をかけて動くと見せかけ、人が慌ただしく動き始めたのを感知すると一気にスピードアップ。瞬く間に王都の近くまでやってきた。
空から見る街並みというのはなかなかに興奮するものだ。そんなジンのかつての夢はパイロットだった。
そんな風に昔を思い出していると、それを邪魔するかのように無数の魔法が飛んできた。王都を守る近衛兵の魔法使いたちによるものだ。
(おっと)
ジンは最初の数発を回避し、それ以後は発動した【イージス】に任せる。攻防一体の全自動魔法は自身以外の敵をすべて薙ぎ払った。死んではいない。電撃により気絶しているだけだ。しかしそうとは知らない王都の民たちは、精強な近衛兵が一蹴される様に恐怖した。
「ん?」
何もせずにただ飛んでいるだけのジンだったが、近づいてくる大きな魔力反応に目を向ける。それはあたかも白銀の流星。光の尾を引きながらジンに正面から斬りかかる。
ーーガキィィィン!
澄んだ金属音が響く。謎の敵ぎ振るった剣とジンの【バリア】とがせめぎ合う。その瞬間、ジンは見た。この世界では目にすることない、黒髪黒目ーー日本人の少女を。
(! これが勇者か!)
ジンはすぐさま相手が勇者ーー麗奈であることに気づく。白い鎧なんて実に勇者らしい出で立ちだ。そこに女神の言葉を重ねれば、よほどのバカでない限り少女の正体には気づく。
(くっ。重いな。ブリトラのブレスさえ防いだ【バリア】が軋んでいるぞ。もう一撃あれば割れそうだ)
そう判断したジンの対応は早かった。【イージス】から麗奈の攻撃を受け止めている【バリア】の支配権を奪うと、その角度を変える。すると表面を剣が滑っていった。
「くっーー!」
麗奈が悔しそうに歯噛みする。だがそうもいってはいられない。ジンがいるのは空。そこへ斬りかかったのだから、当然だが麗奈も空にいる。さっきまではジンの【バリア】を支えに風魔法で推進力を得ることで鍔迫り合いを演じていたが、その支えがなくなってしまってはどうしようもない。自然の摂理として、地面へと落下していく。そこを見逃すジンではなかった。【イージス】により追撃の電撃が放たれる。
「ーー【ウインド】」
しかしその追撃は外れる。ジンと麗奈以外の何者かが放った風魔法が麗奈を吹き飛ばす。
「きゃっ!」
悲鳴を上げる麗奈だったが、おかげで辛くも窮地を脱することができた。
ジンは落下していく麗奈を放置して、彼女を助けた魔法使いを探す。すると城壁の上に立ち、魔力を高めている老人を見つけた。感じる魔力からして人魔種の一般的な魔力量ほど(人間のレベルからすると飛び抜けて多い)。それが先ほどの下手人だと推測したジンは最優先目標に指定した。すると使用者の意思を汲んだ【イージス】が電撃を放つ。が、それは老人に防がれてしまった。
(何らかの防御魔法か?)
その事象をジンは未知のパッシブ系魔法だと結論づける。少なからず興味を引かれたが、まず最優先は老人の無力化だ。飛んできた【フレイム】を【バリア】が叩き落とし、先ほどまで電撃を撃っていた【スタン】に代えて高威力の【ボルト】を使う。
「ぐあっ!?」
雷撃という表現が当てはまる【ボルト】は老人のパッシブ魔法による守りを突破して彼に襲いかかった。老人はこれには耐えられずに倒れた。
「スティード! よくも!」
仲間を倒されたことに起こった麗奈がジンに再び斬りかかる。それをジンは【バリア】で迎え撃った。今度は学習して二枚。一枚が斬撃の威力を逸らし、体制が泳いだところで二枚目が正面衝突する。麗奈は隕石もかくやというスピードで地面に叩き落とされた。
「ふむ……」
と思案するジン。というのも、これではただ強い魔族で終わってしまう。そこで自身が魔王だということも含めて派手な宣伝をしておこうと思いついたのだが、肝心の方法をどうするかが思い浮かばなかったのだ。勇者が地面にめり込んで身動きが取れないうちに考えようというのである。
(なるべく派手に。そして印象に残るようにしたい)
しばし考え、そしてある案を思いつく。人間たちに与える衝撃は絶大だろうと踏んで。
「【マイク】、【ホログラム】」
拡声魔法で声を大きくし、3D画像を投影する魔法で王都の上空に自身の映像を浮かび上がらせる。その状態でジンは発言した。
『ーー聞け。脆弱なる人間どもよ』
突如として上空に浮かび上がった映像に王都の民たちは混乱する。そしてそれは次のひと言によって増幅された。
『余は魔王である!』
「ま、魔王だって!?」
「あ、あれが……」
「ヒイッ。か、神よ!」
素直に驚く者、絶句する者、神へと祈る者と反応は様々だった。しかし共通するのは魔王と聞いて恐れを抱いたことだった。
「そっ、そんなはずがなかろう」
「ああ。腰抜けの魔王が魔界を出てこんなところにやってくるなんてーー」
「ありえない。ありえない」
教会関係者はそれでも現実から目を逸らそうと強がってみるが、直後にジンから撒き散らされた殺気に当てられて失禁した。
彼らにとって悪夢なのは、気絶させてくれなかったことだ。気絶させることはジンにとって児戯にも等しいが、そんなことをするならばわざわざこのような芝居などしない。ジンの目的は魔王としての力を誇示することであり、そのためにはひとりでも多くの人間にこれから起こることを見てもらう必要があった。
「【コロッセオ】」
魔法名を呟くと、ジンを中心に直径三十メートルの大きな魔法陣が浮かび上がった。
『さて、勇者よ。我ら魔族と人間との代表同士、一騎討ちにて決着をつけようではないか』
と、市民の目の前で挑戦する。麗奈は勇者としての立場があるから拒否することはできない。麗奈の逃げ道を塞ぐことは翻って自らの逃げ道を塞ぐことでもある。ただジンは確信していた。麗奈は自分より確実に弱い、と。感触的にはアンネリーゼと同格かそれ以下。力は強いが単純。それがジンの麗奈評だった。これならたまに手合わせするマリオンの方が厄介であるし、実力的にも上だ。だから確実に捕らえるため、逃げられないようなシチュエーションを作った。
「いいわよ。その勝負、受けて立つわ!」
そしてジンの推測通り、麗奈はその挑戦を受けた。内心でニタァ、と意地の悪い笑みを浮かべる。だがそんなことはおくびにも出さず、静かに頷いた。
「ではこのサークルに入るといい。ここには余とそなた以外は入れぬ」
「……ええ」
とは言いつつも躊躇する麗奈。堂々としていても、やはりタイマン勝負とあって緊張しているようだ。そこでジンは挑戦的な笑みを浮かべ、
「怖気づいたか?」
と挑発する。
「そんなわけないでしょ!」
その挑発に乗せられた麗奈はさっきまでの躊躇いが嘘のように、思い切りよくサークル内へ入った。
ジンは【ホログラム】を解除して、代わりに【シネマ】を発動する。これはいわばテレビ中継のようなもので、自分と勇者との一騎討ちの様子を王都の民に見せるのが目的だ。よって現在、王都の上空にはサークルへ足を踏み入れる勇敢な麗奈の姿が映し出されている。なお、【マイク】の魔法も対象をジンの声からサークル全体へと変えてあった。
麗奈はゆっくりと歩み寄り、ジンとおよそ十メートルの幅を開けて対峙する。その手には愛剣エクスカリバーが握られている。盾なしの片手剣使いーーそれがこの世界における伝統的な勇者のスタイルだ。
対するジンも【ボックス】から自身が生み出した魔剣グラムを引き抜く。この【ボックス】は古の魔王が生み出そうとしたといわれる魔法のひとつで、あらゆるモノを異空間に収納するというものだ。勇者を倒した偉大な魔王でさえも、ついぞこの魔法だけは完成させられなかったらしい。しかし魔法はイメージだと知っており、なおかつサブカルチャーに囲まれて育ったジンにとって、魔法を創造することは難しくない。
「「……」」
しばらく両者無言。その場に満ちるピリピリとした空気は、映像を通して見ている王都の民たちにも十全に伝わった。
まず言葉を発したのはジン。手元の剣を鞘に納めた状態で腰に吊るし、おもむろに麗奈のもとへ歩み寄る。
「勇者よ。開始の合図はこのコインとしたいが、どうかな?」
「別にいいわよ」
「ならば不正がないか確かめてくれ」
「どうしてそんなことーー」
「もし余が勝ったとして、このコインに仕掛けがあったーーなどという後世の誹りは受けたくないのだ。余は正々堂々と戦った、との証人になってほしいのだ」
「っ! バカにしないで! そんなの必要ないわよ! どんな仕掛けがあったって、私が勝つんだから!」
さらりと挟まれた挑発に気づいた麗奈は憤慨した。そして事前のチェックを拒否する。
激怒する麗奈とは対照的に落ち着き払っているジンは肩を竦め、
「そうか」
とだけ呟いた。そして元の位置に戻るとコインを掲げ、コイントスの要領で空へと打ち上げる。コインが宙を舞う間に抜剣して正眼に構えた。
ーーチリン
とコインが澄んだ音を立てて地面に落ちた瞬間、
「やあッ!」
眩い光を発する麗奈のエクスカリバーが振るわれた。




