【クリスマススペシャル】イタズラ魔王様
クリスマス(イブ)スペシャルということで、番外編をお送りします。同時に本編の方も掲載しましたので、よろしくお願いします。
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この世界にも暦は存在する。だから魔王の役割のなかに新年祭のホスト役というものもあった。
さて、日本人が暦を見て考えることは何だろうか? それは夏休みの残り日数かもしれないし、恋人とのデートの日どりかもしれない。その他にも様々に思いつくだろうが、魔王たるジンはクリスマスについて考えていた。
(この世界では新年を祝う風習はあるけれど、年の終わりには何もない。そこでクリスマス的なイベントを普及させたいと思ったんだけど……どうやればいいんだ?)
そういって頭を悩ませる。そもそも祝日の成り立ちなどあまり知らない。ジンの感覚的には、知らぬ間に国会で法律が決まり、メディアが報道する。それを聞いて『休みが増えた!』などと喜ぶくらいだ。
結論、わからない。
だがクリスマスは知っている。キリストが生まれた日だ。であるならば、自ずと方法は見えてくる。
(誰か偉い人の誕生日を被せてクリスマス的なイベントにしてしまえ)
そういうわけで早速行動。本を集め、過去の偉人について調べる。もちろん理想的なのは誕生日が12月25日であることだ。
ところがここで問題が発生する。それはこの世界に誕生日という概念がないことだった。年齢は数え年。何年に生まれたかが大切なのであって、何月の何日に生まれたのかは重要視されない。よってもって、誕生日は不明。物語をあたっても、作者が違えば生まれも違うといった有様だった。誕生日をこじつけるにしても、誰にすればいいのかわからない。計画は暗礁に乗り上げた。
「ーーというわけなのだが、誰が適当だろうか?」
悩んでも結論は出ず、結局は相談することにした。その相手はマリオンである。自他共に認めるジンの側近だ。そしてこういった相談事を一番に訊ねられる人物である。
「新たな記念日ですか……」
マリオンはしばし悩んだ。長く生きているだけあって博識な彼はすぐさま数人の人物を思い浮かべる。だがどうにもしっくりこず、これではないと却下していく。そしてたっぷり悩んだ末に導き出した答えはーー
「魔王様でいかがでしょう?」
「ふむ。やはりそうなるか。では何代目が適当だ? 魔王の歴史は長いだけあって優れた者は数多といる。これが実に悩ましいのだ。やはり初代がいいか?」
記念日とするのは魔王と決まり、では具体的に誰がというところでジンが初代魔王を提案する。だが既に誰にするか心に決めているマリオンは首を横に振る。
「いえ。たしかに初代様は素晴らしいお方です。ですが、それ以上に素晴らしい魔王様がいらっしゃいます」
「それは?」
「ジン様です」
マリオンはキッパリと言った。
(え? 俺!?)
「余か?」
素のジンが驚くのはもちろん、魔王モードのジンもまた目を丸くした。それほどの驚きだった。
そんなジンに対してマリオンは己がいかに偉大なのかという自覚がない、と思い熱弁を振るう。
曰く、人魔種としてはじめて魔王の地位に登ったこと。
曰く、魔王という地位をかつてなく強大かつ絶対的なものにしたこと。
曰く、ドラゴンを従えるほどの強さを持つこと。
とにかく色々と事例を挙げてジンが生誕を祝われるべきだと主張する。ジンはつい『なるほど』と思ったが、すぐさま日本人的な謙虚さがそれを拒む。
「いや待て。たしかにそうかもしれないが、絶対に余よりも優れた魔王がいるはずだ」
「何を仰られますか。魔王様こそ、歴代最高の魔王様です」
「いや、他にいる」
「いえ、いません!」
そんな押し問答が続く。互いに熱くなり、怒鳴り声に等しくなった。
「ジン様! どうされたのですか!?」
そこへアンネリーゼが飛び込んでくる。二人の声は分厚いドアをものともせず、廊下まで響いていた。するとそれを耳にしたアンネリーゼは、ジンが大声を出すことは滅多にないため何事かと飛んできたのである。
果たして彼女が目にしたのは言い争いをする実父と夫であった。普段温厚で喧嘩などしない二人が言い合うなんてよっぽどのことだと、二人に何があったのかを訊ねた。すると二人は事情を一気にまくし立てる。その上で、
「どっちが正しい!?」
と訊ねた。……信者である彼女にその質問は野暮というものだ。即座にマリオンの肩を持つアンネリーゼ。さらに、
「ジン様は身分にこだわらず誰に対しても優しいですし、常に冷静でいることが魔王様らしくてカッコいいですし、それからそれからーー」
とジンのいいところを列挙していく。別にジンは差別しているしているわけではないが、おじさんより可愛い女の子に褒められた方が嬉しいに決まっている。それが人の性というものだ。アンネリーゼに迫られたジンは、自らの生誕記念日を作ることになったのだった。
しかし天下の魔王様がそれでいいのか。ジンは葛藤の末、否という答えを出した。自分で自分の記念日を作らされるなんてどんな羞恥プレイだ! 俺にこんな思いをさせておいて、自分たちだけ無事に過ごせると思うなよ! と。復讐を決意した。
とはいえ殺してやる、なんて重いものではない。恥ずかしいからといって粛清するのは暴君の所業である。だから軽いイタズラ程度で済ませるつもりだ。もちろんたっぷり恥ずかしい思いをしてもらう。
「覚悟しておけよ。くっくっくっ……」
誰もいなくなった執務室にジンの暗い笑い声が反響した。
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それから数日後。新たな記念日の制定を祝うべくパーティーが開かれた。記念日ひとつで大げさだと思うかもしれないが、人間との対決を前に盛大に騒いで士気を上げようという意図もこれにはあった。素直に物事を祝えないのが大人というものだ。
ジンもこのパーティーで本懐を遂げるつもりだった。決行は挨拶のときだ。そこで二人を呼び出して、恥ずかしい目に遭ってもらう。ジンはその瞬間が楽しみで仕方がない。
「ふふふっ」
「どうしたのですか、ジン様?」
「ん? いや、自分の生まれた日が記念日になるのは少々気恥ずかしくて、つい照れ笑いをしちゃったんだよ」
これから二人がどんな反応を示すのか気になって、またそれが楽しみすぎてジンはつい笑いが漏れてしまった。隣にいたアンネリーゼに理由を訊ねられても適当に誤魔化しておく。ターゲットにバレるわけにはいかないからだ。いつもなら魔王モードが発動しているので完璧に誤魔化せるのだが、アンネリーゼと二人きりだと自然体になってしまうことが多い。それ自体は気が休まっていいことなのだが、今回ばかりは裏目に出てしまった。ジンは気取られぬよう気を引き締めてパーティーに望んだ。
ジンとアンネリーゼ夫妻は出席者のなかで一番最後に会場に入った。偉い人が一番最後というのはどこの世界でも共通の文化のようだ。
魔界での宴会といえば単に大勢が集まって飲み食いするだけのものだったが、ジンが魔王になってからは様変わりした。『こんなものはパーティーではない!』と思ったジンは、社交ダンスなどを取り入れたヨーロッパ式のパーティーを提案。彼とアンネリーゼの結婚式を祝うパーティーではこの方式が採られた。そしてその洗練された形式を誰もが認め、以後のパーティーはこの形式が魔界におけるスタンダードとなっている。
「これより余の生誕記念日を祝うパーティーの開催を宣言する!」
ジンが開会を宣言すると、参加者は何組かに分かれた。魔王主催の宴会だけあって贅を尽くした美食の数々に舌鼓をうつ者たち、仲間内と固まってお喋りに興じる者たち、パートナーや親しくなった異性とダンスをする者などである。
ジンもアンネリーゼとともにダンスを踊ったり、集まった有力者たちと話をした。かくして一時間ほどが経ち、ひと通り料理を食べて腹も満たされ、話題も尽きてきて、かといってダンスもやり飽きた。そのタイミングを見計らってジンは壇上へ登った。
「さて、皆の者聞いてくれ」
魔王たるジンの動向は常に注目されている。だから彼がそう言うまでもなく、その場のほとんどの者が注視していた。
「今回のパーティーは余の生誕記念日が制定されたことを祝ってのことだが、これを定めるにあたって功のあった二人の人物を表彰したく思う」
ジンの発表に会場がどよめく。その多くは表彰されるのは誰なのかという推測である。誰だ? お前か? あいつじゃね? など、色々な意味が込もった言葉や視線が飛び交う。それをジンは右手を挙げて制した。
「ーー皆もさぞかし気になっているだろうからここに発表する。まず、余の生誕日を記念日とすることを提案したマリオン!」
「はっ」
突然の指名に驚いた様子のマリオンだったが、すぐに返事をして進み出る。彼が自らの前で跪くのを待ってから、ジンは次の表彰者を呼ぶ。
「そして、制定される記念日が余の生誕日であることの妥当性を示した我が妻・アンネリーゼ!」
「は、はい」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしいアンネリーゼが、やや上ずった声で返事をする。そしてマリオン同様に前へ進み出て、ジンの前で跪く。そんな二人のもとへ歩み寄ったジンは労いの言葉をかける。
「二人とも今回はよくやってくれた。その褒美として、記念日に特別に着用をさし許す装束を与える」
「「ありがたき幸せ」」
もちろん特別な装束というのはサンタ服のことである。ジンは魔法を使って二人にそれを着せた。
マリオンには赤の長袖長ズボン、黒いブーツにサンタ帽といオーソドックスなものを着せている(オッサンをコーディネートしたところで面白くない)。
一方のアンネリーゼに対してはミニスカサンタ服。ノースリーブかつ(パンツが)ギリギリ見えるか見えないかというほどに短いスカートであるため、露出は激しい。だが彼女のほっそりとした腕を肘まである赤手袋が、美脚を白ニーソがそれぞれ覆っている。おかげで肌色面積はかなり少ない。赤い布地の随所にあしらわれた白いフワモコやポンポンがチャーミングである。
「えっ?」
「あれ?」
急な着替えに素っ頓狂な声を上げる二人。悪戯が見事に成功したジンは満面の笑みで、
「どうだ? 気に入ってくれたか?」
と訊いてみる。その顔はどこか得意気だ。どんな反応が返ってくるのか楽しみだ、と顔に書いてある。ところが、
「「……」」
二人とも無反応である。
「んん?」
期待外れなリアクションにジンは首をかしげる。計画では盛大に狼狽えたり、恥ずかしがったりするはずだったのだが……。予想外の反応に、ジンが狼狽えた。
「おい? どうした?」
とりあえず何らかの反応をしてほしかったので、ジンは話しかけてみる。
「「……」」
しかし依然反応はない。と思いきや、
(震えてる?)
あまりの無反応ぶりに二人を注視していたジンは、その肩が微かに震えているのに目ざとく気づいた。
(やべ。怒らせた……?)
もしそうなら早く謝らなければ、なんてジンが思い始めたころ、ようやく反応が返ってきた。
「…………ます」
ジンの耳が幽かな声を捉える。
「ん?」
「ありがとう、ございます」
そう言ったのはアンネリーゼだった。彼女は滂沱の涙を流しながらジンに感謝を伝える。その横ではマリオンが、
「このような素晴らしいものを下賜してくださるなど望外の喜び。このマリオン。命尽きるまで魔王様に絶対の忠誠を捧げますことを、ここに改めてお誓い申し上げます」
と、アンネリーゼ同様に涙しながら語っていた。
(いや、サンタ服ごときでそんな大げさなこと言われても困るんだけど……)
などとジンは内心で思いつつ、
「う、うむ。その心意気を嬉しく思うぞ……」
と返答した。斜め上すぎる吸血種親娘の反応に大いに戸惑いながらも、なんとか上部を取り繕った。魔王モード万々歳である。
このことがきっかけとなり、ジンの生誕記念日においてサンタ服の着用が許されることは最大の名誉とされるようになる。たかがサンタ服がとんでもない珍品と化したことに、ジンはただ乾いた笑いを漏らしたという。
ーーーおまけーーー
パーティーが終わった日の夜。ジンはベッドで横になっていた。隣には当然だかアンネリーゼがいる。
「ジン様」
「ん?」
呼ばれたので視線を向けると、そこには膨れっ面をした愛妻がいた。
「ど、どうかしたか?」
なんとなーく嫌な予感がしつつも、努めて平静を装う。もっとも二人きりの場面では魔王モードの助けはなく、生来の大根役者ぶりを遺憾なく発揮していたが。
「私、とても恥ずかしかったです」
そう訴えるアンネリーゼ。サンタ服を下賜されたときには感動のあまり涙を流して喜んだが、落ち着いて考えると衆目の前で際どいミニスカ姿を披露したのだ。心構えも何もなくそのようなことになり、遅ればせながら羞恥心が彼女を襲ったのである。ジンの悪戯は一応成功していたのだった。
とはいえアンネリーゼにはそれがいたく不満だったらしく、その視線は粘っこい。こういう目をするときはポーズとしてやっているのではなく、心からそう思っている。機嫌を直すのにかなり労力を使うやつだった。
「アンネリーゼ」
「何ですか?」
「おいで」
ご機嫌ナナメなアンネリーゼに、ジンは優しく微笑む。そしてトントン、と自らの首筋を叩く。
「あ……」
それに引き寄せられるようにアンネリーゼは身体を近づけーー
「って、ダメです! その手には乗りませんよ、ジン様!」
サッと身体を離した。そして腕を前でブンブン振って拒否の姿勢を示す。だがジンはその手を取り、自分の胸元へアンネリーゼを引き寄せる。
「そんなこと言って、本当は欲しいんだろ?」
と、悪魔の甘言のように耳元で囁く。アンネリーゼは耳朶を打つ甘い響きに身を震わせながらも、
「ダメ、です……」
と拒否の姿勢を貫いた。ただし、先ほどまでと比べると格段にしおらしくなっている。
(もうひと押しだな)
そんな彼女の反応に、陥落は近いと察したジンは攻勢をかける。
「そうか。ダメなのか」
「そうなんです。ダメなんです」
ダメダメと言い張る彼女に同調すれば、予想通りそれを肯定する。その言い方はまるで自分に言い聞かせるようだ。このことからも、少なからず『やりたい』という意思を感じる。
(ならばその気にさせるまで)
ジンが引いたことで心理的な障壁が緩んでいる今こそがチャンス! 一気にたたみかけるッ! と乾坤一擲の大勝負に出る。アンネリーゼを後ろから抱きしめ、そのおとがいを利き手である右手の親指と中指とで挟んだ。
「な、何をーー」
「口では『ダメ』って言っても、身体は正直だな。もう準備万端じゃないか」
「そ、そんなこと……ありません」
アンネリーゼは弱々しく否定する。だがジンは逃さない。さらに責め立てる。
「へぇ……,。じゃあ、この伸びた犬歯は何なのかな?」
そう言いながら空いている右手の人差し指で犬歯をなぞる。普段は人魔種と大差ないアンネリーゼの犬歯だが、今はその数倍までに長くなっていた。これは吸血種に特有の『吸血衝動』だ。血を吸いたい、という欲望が犬歯の発達という形で現れたのである。
吸血種にとって吸血行為はとても大事なものだ。これをするのは本当に親しい相手とだけ。彼らはこの行為を通して相手と魔力を交換する。そして彼我の魔力量の差を感じ、親愛を表現するとともにその強さを測るのだ。
「こ、これは……」
アンネリーゼは恥ずかしそうに俯く。吸血衝動に駆られた自分の姿を浅ましいと思っているのだ。だから必死にイヤイヤをしているのだが、それで衝動が治まるはずもない。このままではジンが寝た後に血を吸うことになるかもしれなかった。何にせよ、やることやらないと治まらないのである。
「したいんだろ? いいぞ」
そう言ってジンはアンネリーゼを誘う。己の血を吸え、と。アンネリーゼにとってーーいや、多くの吸血種の女性にとって、ジンの血は山海の珍味をはるかに凌駕する美味しさを誇る(なお吸血種は同性の血を美味とは感じない)。それを吸っていいと言われて黙ってはいられない。
「あ……」
ジンの胸に強く抱かれる。すると狙ったのか、丁度いい位置に彼の首筋があった。
「う……」
吸いたい。でもやっぱり……。そんな葛藤がアンネリーゼを襲う。しかし徐々に拒む心は弱まっていた。そしてそこにトドメのひと言が。
「今日はお前に恥ずかしい思いをさせたからな。そのお詫びだ」
それが決定打となり、吸血を躊躇させていた理性のタガを外した。残ったのは吸血衝動と、それに伴う圧倒的な幸福感に期待する心だけ。
(お詫びなら……)
そう言い訳してアンネリーゼは己の牙をジンの首筋に突き立て、チューチューと血を吸う。途端に脳内をドーパミンが駆け巡った。
(ああっ! すごい! この濃密な魔力! やっぱり癖になっちゃう!)
身悶えるアンネリーゼ。口の中に広がる圧倒的な美味しさ、暴力的なまでに芳醇な味わい。それらが彼女を容赦なく蹂躙する。この感覚を味わうのは二度目だが、初めてジンの血を吸ったときの感覚は忘れたことがない。
ちなみに吸血に際して、血を吸われる側は痛みを感じることはない。これは吸血種の唾液が麻酔に似た効果を発揮するためである。
吸血は親愛表現であると同時に、魔力を交換するという性質を応用して魔力の回復手段として用いられることもある。この場合、他人の魔力が自分のものとなるまでに体内で暴れまわる。特にジンの魔力はその傾向が強い。アンネリーゼはその感覚が何よりも好きだった。血を吸いながら、ジンの魔力が自らの体内で暴れる感覚を楽しむ。これは彼女に麻薬に似た幸福感と快楽をもたらした。
(しゅごい! こんな濃いの味わったら、私、抗えないっ!)
荒れ狂う魔力によって生まれる快楽がアンネリーゼの思考を溶かす。彼女は快楽に身を焦がしつつ、吸血を続けた。もはや止められない、止まらない状態だ。
(ああ……いいっ! このまま、このまま、私ーーーーッ!)
やがて快楽の頂点まで上り詰めたアンネリーゼは、やがて糸の切れた人形のように崩れ落ちる。気を失ったようだ。そんな彼女を、ジンは優しく抱きとめた。
翌日、アンネリーゼの機嫌はすこぶるよかったという。




