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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
対人間戦争編
25/95

お仕事ですよ

 



 ーーーーーー


 伸びに伸びた新婚旅行ハネムーン。アンネリーゼとの仲も深まり、ブリトラなどの頼もしい仲間も加わった。ジンはとても有意義な時間だったと思っていたのだが、帰ってきて少ならからず後悔していた。


「終わらない……」


 ジンは机の上に頭を乗せ、コテッと倒した。頰に冷んやりとした感覚がとても気持ちいい。


「あぁ〜」


 風呂に入ったお爺さんのような声が出る。ジンはお疲れだった。というのも、


『魔王様! 今日という今日は逃がしませんぞ!』


 朝の日課である鍛錬を終え、着替えを済ませたジンは朝食を食べようとリビングへ出てきたところをマリオンに捕獲された。そして最近は政務をサボりすぎだのなんだのとグダグダ説教され、仕事をしろと言われた。


 ジンも反省していた。このところブリトラとばかり遊んでいて、他のことが疎かになっていたと。魔王としての不明を恥じ、今日は行動を改めようとしていたのだ。


『済まなかったな。余が悪かった』


『おお! おわかりくださいますか』


『うむ。そなたの申したいことは十分に伝わった』


 鷹揚に頷くジン。マリオンは歓喜に打ち震え、


『仕事をしてくださるのですね!』


『今日はアンネリーゼと遊ぶことにしよう』


 ハモることはなかった。


『え?』


『は?』


 何を言っているのかわからない、と首を傾げる二人。思わぬ返答に意表を突かれ、しばし見合う。


 先に動いたのはジン。


『ははは。冗談が過ぎるぞ、マリオン。余はわかっておるぞ。ーー最近、余がブリトラとばかり遊んでいるので、アンネリーゼのことが心配だったのだろう。だが直接それを言うのは憚られる。だから仕事という建前をとり、アンネリーゼとの仲を深めようとさせたのだろう?』


 と、ジンは己の解釈を述べる。しかしマリオンはとんでもないとばかりに激しく首を横へ振った。


『違います! ワタシがやってほしい「仕事」はアンネリーゼと遊ぶことではなく、執務室にある机に溜まりに溜まっている書類仕事です! ハネムーンの日程が伸びたことで、内政のかなりの部分が滞っているのです。これ以上の遅れは容認できません!』


 ジンの『仕事』に関する解釈を真っ向から否定し、書類『仕事』をやってほしいと訴える。


『待て。それらについてはそなたに任せる、と申したはずだが?』


 不可解な発言にジンは首をひねる。現在の魔王国の政治制度は、近現代の民主主義政治を参考にジンが考案したものだ。その根本にある想いはただひとつ。それは世界平和だとか万民救済といった大層なものではない、ちっぽけなものだ。


 ーー自分ジンが楽に暮らせますように。


 たったそれだけ。以前の魔王国ーーいや、魔界は各種族の発言力が強すぎた。それはさながら、事務総長(魔王)が加盟国(各種族)を統制できていない国連のよう。各々が好き勝手にしているため纏まりに欠けた。そんなことでは勇者という存在を抱え、数で勝る人間に勝てるはずがない。そこでジンは魔王の権力を強化した。内戦に勝ち、国家体制を中央集権に改め、魔王の強権によって様々な改革を断行する。それが終わったのが結婚式の少し前のこと。


 ではジンが君主(魔王)の仕事量が増大することをよしとするかといえば、答えは否である。改革の根底にあるのは楽をしたい、というものなのだから。


 誰しも仕事は嫌なもの。もし仕事が好きならば、世の中に『社畜』や『ブラック企業』という単語は存在しないだろう。国家体制と君主ジンの思想。両者の対立は必然だった。


 ジンは悩んだ末にある制度を思い出した。民主主義を採用していながら国王が存在していた国。その代表的な言葉はーー『君臨すれども統治せず』。そう。思い浮かんだのはイギリスのような国家体制だ。これならば直接政治に関わることなく生活が送れる。そう考えたジンは早速、書類の最終決裁を大幅に州の長官や宰相に委譲した。これがハネムーンへ出発する前の日のことであった。ジンがハネムーンの日程を伸ばしたのも、以前よりも書類仕事は減っているだろうという推測がその根底にあった。


 だが現実はどうだろう。帰ってきたその日、マリオンの説教をやり過ごし、ティアマトと遊んだ後のこと。ジンは疲れた疲れたと喧伝しつつも、ちょっとした好奇心から執務室を覗いてみた。どのようになっているか、興味があったのだ。思ったより書類が少ないのなら、その場でやってしまってマリオンを驚かせようとも考えていた。ところが、目にしたのは相も変わらず高々とそびえる書類の山。いや、むしろ高くなっている。富士山がエベレスト級になっていた!


 ジンは見なかったことにしてその場を離れた。そして翌日からはティアマトと四六時中遊んだ。それは一種の現実逃避であった。


 しかし夢がいつかは覚めるように、遊び放題の生活も終わろうとしている。マリオンの手によって。


 マリオンはジンからの質問に答える。


『魔王様のサインがないと、下の者が言うことを聞かないのです!』


 魔王国はジンの強権によって中央集権体制を維持している。魔王国の国民たちが恐れているのは州の長官やマリオンではない。ジンだ。ジンこそが魔王国の屋台骨。そのことはマリオン以下の為政者側も十分に把握しており、だから実際には役人が考案した政策であっても、ジンが出したという体裁をとることによって権威づけしていたのである。


 つまり、今のままだと書類仕事は減るどころか増える一方だということ。それをマリオンは説明した。しかも魔界のサインは書く際に魔力を込めるため、代筆は不可能というオマケつきだ。


 マリオンにも慈悲の心はある。仕事にしても、無理にやらせようとはせず、魔王様はお疲れなのだ、と大目に見ていた。手を回して数日の猶予をなんとか獲得した。だがそのようなことを知らずに遊び呆けているジンを見て、ついぞなくなった猶予期間に急かされて、彼は鬼となった。仕事の鬼へと。


『なので早く書類にサインしてください! 最早一刻の猶予もないのです!』


 そう言ってマリオンはジンを引きずっていく。もちろんジンは抵抗した。吸血種であるマリオンの怪力をものともせず、その場に留まっている。人魔種でありながら力勝負で吸血種に比肩するのは魔王の面目躍如といえるが、精神的にいえばマリオンに駄々をこねる子ども(ジン)そのものだ。


 ジンは言い訳を続ける。


『アンネリーゼ! そなたも余と過ごしたいであろう!? 我らは人魔種と吸血種の友好の証。仲睦まじいと思われるようにすることも「仕事」だ。そうは思わぬか!?』


 どうやらマリオンの説得を諦め、その矛先を愛妻であり心優しいアンネリーゼに向けたようだった。ジンも仕事などやりたくないと必死だ。同意を求める言葉も正しい。


 だが、そこには致命的な欠陥が存在した。アンネリーゼは眉根を寄せ、いかにも不本意だとばかりに苦渋の表情になる。そして、


『私も……私も魔王様と過ごしたいです』


『そうだろう』


 うんうん、と頷くジン。しかし、


『ーーですが、王妃として民を蔑ろにはできません。魔王様。魔王様は民を幸せにできる、この世で唯一のお方。私ごときが私情を優先して独占するわけにはまいりません。私を気遣ってくださるそのお心は嬉しく思います。ですが、どうか私のことは後にして、まずは民のためにそのお力を振るわれますよう、お願い申し上げます』


 と、アンネリーゼはいささか芝居じみた口調でジンに仕事をするように求めた。自分の意思ではなく、民のために行動するーーまさに為政者の鑑である。ちなみにこれは事前にマリオンと打ち合わせていたわけではない。完全なアドリブだった。


『そっ、そんな……』


 愛する妻に裏切られて(別に裏切ってはいない)ショックを受けるジン。しばし茫然自失となる。マリオンはこの好機を逃さず、力ずくでジンを執務室へと連行していったーー。


 かくして冒頭のシーンは出来上がった。ブツブツと文句を言いながらもなんとか書類を書き、現在のところ書類の山はエベレストからキリマンジャロ級にその標高を下げていた。一定の達成感はあるが、残りの高さを思うと絶望がそれを上回って憂鬱な気分にさせられる。


 しかしジンを憂鬱にさせるのはそれだけではない。執務室に缶詰めにされてから体感時間にして半日。たった十二時間のうちに複数回、それはあった。そして今も……。


 ーーコンコン


 と扉がノックされる。マリオンだろう。正直なところ居留守を使いたいのだが、放置すると後々面倒なので『入れ』と言ってジンは入室を許可した。


「失礼します、魔王様。お仕事は進んでいらっしゃいますか?」


「マリオンよ。それは嫌味か?」


 ジンは苛立ちを隠さなかった。それだけ彼らが気の置けない関係だということだ。しかしこの嫌味も、為政者として数十年になる海千山千のマリオンに対してはいささかの痛痒も感じさせなかった。


「滅相もございません」


 と、素知らぬ顔で返される。ジンもこの程度でマリオンがボロを出すとは思ってもいないためーー宰相の地位にあるのだからそれくらいでなければ困るーー驚きも落胆もなかった。


「それでどうした?」


「人間族のことです」


 やっぱり、とは言わなかった。マリオンがここに来た時点で十分予測できたことだ。受け入れられるかどうかはまた別の話ではあるが。


「それで?」


「ここのところ、人間族はその動きを活発化させつつあります。勇者を召喚した、と報されてから使い魔による諜報を強化しましたところ、各地で兵の訓練が進められ、一部は魔大陸に近い都市へと集結しつつあります。ついては魔王様の御裁断を仰ぎたく……」


 魔族は人間族と姿、あるいは身体能力(主に魔力)に違いがあるため、諜報員を直接送り込むことはできない。よって手段は使い魔を使った高空からの偵察に限られている。直接見聞きするわけではないから推測の割合が高く、お世辞でも報告の内容が正確とはいえない。


 ただ勇者召喚については確実視できる。女神の発言もあるし、何より勇者召喚の噂だ。以前は現実味のある噂にすぎなかったが、先日、噂の出所が判明した。それは緑鬼種の前種長・オニャンゴが流したものだった。彼が囲っていた人間の性奴隷のなかに、たまさか教会のシスターがいた。彼女はオニャンゴに対して『勇者様が来られた今、あなたたちの命は風前の灯火。覚悟しておきなさい』と言い放ち、舌を噛み切って命を絶った(そう奴隷が証言した)。とんだ女傑もいたものである。だがそれだけでは済まないのがオニャンゴだ。緑鬼種の領域は人間のそれと最も近い。つまり人間の魔界侵攻があるとすれば、矢面に立たされるのは間違いない。そうなればたまったものではないから、魔王に何らかの対策をとってもらおうと噂を流したのだ。


 そんなわけで勇者召喚はほぼ間違いないと結論づけられている。そしてこの情勢で軍隊の訓練を進め、あまつさえ魔界近郊に集結しつつあるといわれれば、その目的は容易に想像できた。


「なるほど。戦争が近いというわけか」


「左様にございます」


「ふむ……」


 ジンは顎に手をあてて黙考する。これは別に彼の癖というわけではなく、どういう仕草が魔王らしいか考えた末のポーズだ。早い話、特に意味はない。


(人間との戦争が近い。できれば交戦は避けたいが、外交チャンネルがないから無理だ。なら戦うとして、まず兵士を集めて訓練しないと。あとはーー情報だな)


 それはミリオタ上司がよく愚痴っていたことだ。旧日本軍は情報収集が甘かったせいで勝てる戦いに負けた。逆に米軍は情報を集めて活用し、不利な戦いでも勝利することがあった。その最たる例はミッドウェー海戦だ、と。


 ミリタリーにまったく興味のないジンも、ミッドウェー海戦の顛末は知っている。学校で習った。日本側は米軍の空母の数を誤認しており、二群に分かれた敵艦隊の発見に時差が生じた。慌てて兵器を換装しているうちに敵の奇襲を受けて主力空母四隻を喪失した。ついでにいえば米軍は日本の暗号を解読していて、ミッドウェーに日本軍がやってくることを知っていた。それも、米軍が流した欺瞞情報(ミッドウェー島の給水施設が故障した)にまんまと引っかかったのだ。それを聞かされたジンはバカだな、と笑った。だが、情報を制した者が敵を制すという典型的な例だろう。もちろんジンは同じ轍を踏むつもりはない。


(ならひとつ、ミッドウェー海戦に学んで計略をしかけてみるか)


 嵌ればよし。嵌らなくてもやりようはある。デメリットが些少であるからにはやらない手はない。ジンは瞬時に判断し、命令を下す。


「マリオンよ。そなたには国内のことを任せる。兵を集めよ。大々的に、ゆっくりとな」


「はっ。承知いたしました。……ですが、なぜ?」


 マリオンは首を傾げた。その疑問はもっともである。前回の戦争でもわかるように、魔界での戦争に宣戦布告の義務はない。人間たちのように、事前に日時や場所を指定したおままごとのような戦争ではない。魔界での戦争とは、ルールも仁義もない血みどろの、文字通り死闘なのだ。


 そして魔族対人間の戦争においても宣戦布告はない。人間が初めて魔界に侵攻した際、彼らは彼らの礼儀に則って事前に日時と場所を指定する使者を送った。しかし魔族側は聞くだけ聞くと使者を殺した。人間たちは憤り、魔族を野蛮だと悪し様に罵りながら(否定はしない)当初の計画通りに侵攻。そして散々に討ち破られている。その理由が開戦の布告にあると気づき、次からはそのようなことをしなくなった。


 戦争で肝要なのは、敵に気づかれずいかに大軍を揃えられるかである。マリオンからすれば、先ほどのジンの指示はその常識に逆らうものだった。だからこそ承諾しつつも首を傾げたのだ。


 ジンは納得しつつ、その疑問に答えた。


「敵の算を乱すためだ。人間どもは自分たちが開戦の火蓋を切ると考えているだろう。我らが軍を動かせば、逆に侵攻を受けるのではないかと思い、焦るだろう。その焦りにこそつけ入る隙がある」


「……なるほど。ところで魔王様はどうなさるのですか?」


「余か?」


 今後の行動について訊ねられたジンは、魔王らしくクックック……と笑って悪い顔になる。そして、


「撒き餌を捕まえるのよ。針に獲物が寄ってくるようにな」


 と、ぼかして伝えた。


 ーーーーーー


 魔界と人間界の交流は希薄だ。


 別に異なる次元に存在しているわけではなく、滅茶苦茶距離があるというわけでもない。イギリスとフランスのように、体力がある人がいれば泳いで渡れそうな海峡に隔てられている。


 つまり、超お隣さん。


 ではなぜ、両者の交流は希薄なのだろうか?


 いかに国同士がいがみ合っていてもーーたとえ戦争をしていてもーーなんらかの形で繋がりがあるものだ。少なくとも、互いの風俗を一切知らないということはない。


 だが事実として、魔界に暮らす人々は人間界の風俗を知らない。


 人間界に暮らす人々は魔界の風俗を知らない。


 誰が広めたか定かではないデマ(魔族は土地が貧しく、同族を食べて生活している。人間は魔法が一切使えない劣等種)が広まっており、それを鵜呑みにしている者もいる。


 このように相互理解が進まないなか、魔族を『人類の敵』と見做す宗教勢力(現在の教会)が神によってこの世に召喚された桁外れに強い存在(勇者)を旗頭に魔族へ定期的に戦争を仕かけるものだから関係は当然、冷え込む。


 そのような調子で何百年、何千年と時が経ち、今は(物理的に)近くて(精神的に)遠い場所となった。


 何がいいたいのかというと、ジンはきたる人間との戦争に備えて情報収集に取りかかったものの、有益な情報がまったくないという状況に直面していた。あるのはデマと、裏取引(商人は密かに交易をしている。もちろん違法行為)に従事していた者を摘発して得られた情報のみ。有益性に期待すべきは後者だが、大体は侵入経路や交易網の訊問に終わっていた。ジンが求めている、肝心の人間界の情報はなかった。


 ここでジンが取れる方法は大きく二つ。


 ひとつは情報収集を諦めること。


 もうひとつは、新たに裏取引を行なっている商人を捕らえることだ。ついでに商売相手や商品(奴隷)も確保できるとベストである。


 無論、ジンが選んだのは後者であった。だが闇雲に動いても相手を警戒させるだけ。ある程度組織的に動かなければ捕捉は難しいだろう。


 そこでジンは一計を案じた。蛇の道は蛇。餅は餅屋。ということで裏取引に関わったとされる者たちに、仲介人への接触方法を訊ねたのだ。幸い、ジンの手元には先の違法奴隷保有者一斉検挙で御用となった者たちが大勢いる。ジンはアンネリーゼを伴って彼らを収監している監獄へ赴き、マルレーネ監修の『気持ちいい』夢を魔法で見てもらった。夢の中でグラマラスなお姉さんとイイコトしている最中に質問して実態をキリキリ吐いてもらう、ハニトラ作戦である。


 イイコトの内容についてはご想像にお任せするが、効果は抜群だったという結論だけ述べておく。


 何通りかの接触方法を聞き出せたので、それらの方法を使って緑鬼種や青鬼種に偽装した調査員に仲介人へのコンタクトを取らせる。取引の現場は淫魔種が大規模な催眠魔法を使って商人や奴隷たちを眠らせることで一網打尽にした。


 こうして実際に人間を捕まえ、情報を聞き出す方が早い。商人のみならず、捕らえられた人間に故郷のことを何気なく訊ねて情報を集めたりもしていた。


 奴隷たちへの対応には人魔種があたった。彼らも魔族とカウントされるように、保有する魔力量は一般的な人間の比ではない。だがそれを感じられるのはごく一部で、多くの人は『助けてくれた親切な人々』と認識していた。そして雑談を通じて情報を集めるのだ。反抗的でないのなら危害を加えるな、とジンから厳命が下っている。彼らは同族である魔王を尊敬し、その指示をよく守っていた。


 一方、裏取引に関与していた者たちには厳しくあたった。まず訊問にあたるのは吸血種。彼らは人魔種など可愛く見えるほどの膨大な魔力を有し、その存在感ーー威圧感ともいえるーーはただの人間が耐えきれるものではない。もし奴隷たちの前に現れたら、魔力にあてられて失神してしまう(これは奴隷たちを見舞おうとしたアンネリーゼによって実証されていた)。訓練された騎士でも、正気を保つのがやっとである。最初のうちは失神と覚醒を繰り返していたが、やがて失神しない程度には慣れた。そのタイミングを見計らって訊問がスタートする。催眠魔法や拷問などを用いて強制的に吐かせるはずだったが、吸血種の恐ろしさをさんざん味わっていた商人たちは素直に訊かれたことを喋った。


 エキス(情報)をすべて出し切った煮干しのようになった商人たちだったが、用が済んで放免ーーというわけにはいかない。裏社会に通じる彼らを野放しにはできないのだ。排除という選択肢はない。ここで彼らを間引いたとしても、彼らに代わる者たちが現れるのは容易に想像できる。


 というわけで、ジンは彼らを自分の影響下に置くことにした。要は悪いことをしてもいいけど、ほどほどにね(訳:人身売買はダメ)と制限をかけたのである。彼らを通して裏市場の流通をコントロールするのだ。まっとうは商売ならいざ知らず、後ろめたいものならば遠慮は無用である。


 かくしてジンは鮮度の高い情報を得ることに成功した。証言を頼りに人間界の地図も作成されている。戦端が開かれるような事態になれば、これらも大いに活用されることになるだろう。


 さらに裏商売をしたければ俺の指示に従え、とジンは商人たちを脅し、魔界のあることないことを吹聴させた。魔族来襲の噂を各地で流させたのである。これは功を奏し、人間側は大いに混乱することになった。


 開戦の日は近い。




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