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お約束破りの魔王様  作者: 親交の日
勇者編
23/95

そのころ、勇者はⅤ

Q,昨日は何の日?(答えは後書きで)

 



 ーーーーーー


 四獣討伐を終えた麗奈たちは王都へと凱旋した。彼らが乗る馬車が王都に入ると、住民がこぞって出迎えた。それを兵士たちが警備員のように押しとどめている。


「あれ?」


「どうかしました?」


 ふと感じた違和感に麗奈は首を傾げる。イライアが目ざとく気づいて理由を訊ねると、


「あの人たち、教会の聖騎士じゃない?」


「えっ? ーーまあ!」


 イライアが珍しく大きな声を上げる。それほど意外なことだったのだろう。


 ちなみに王国の兵士は黒い甲冑を着ているのに対して、教会の聖騎士は白い甲冑を着ている。例外はない。そのためその兵士がどちらの所属かは一目瞭然だ。


「どうして聖騎士がこんなところに?」


 麗奈がもっともな疑問を口にする。基本的に国境を跨いで軍隊が移動することはない。数少ない例外は戦争だ。しかし王国と教会には一切の対立がない。アルフォンスとイライアの関係を見れば明らかなように、教会>王国という図式が成立している。


 ではなぜ? と麗奈の疑問はますます深まる。そこへイライアの大きな声に驚いて近寄ってきたスティードがやってきた。


「どうした?」


「あ、スティードさん」


「聖騎士たちが王都にかなりいることを不思議に思っていたのです」


「ああ。それか」


「何かご存知なのですか?」


「知らんが、容易に想像はつく。恐らくじゃが、魔族への攻撃が決まったんじゃろう」


「「えっ!?」」


 麗奈たちは驚く。対魔族戦におけるキーパーソンである自分たちにまったく何の相談もなかったことに加え、四獣討伐から帰ってきてすぐのことである。戸惑いは隠せない。


 スティードはそんな彼女たちの心境を見透かしたように言葉を足す。


「まあ安心せい。今はまだ準備段階。なにせ人類の総力を挙げた戦いじゃし、軍の集結にも時間がかかる。この戦いには王国の兵士、聖騎士のみならず、教会の信者たちも従事することになっておる。まだまだ先の話じゃ」


「そうですか」


 と、イライアは魔族関連の話が出たというのにすぐさま戦いにならないと聞いてホッとした顔をする。スティードは意外そうに見ていたが、彼女からすると疲れた身体ーーつまり、ベストコンディションでない状態で魔族との戦いに突入することは納得いかないのだ。それ故の反応である。


 一方の麗奈は、


「なんだ……。びっくりさせないでよ」


 と安堵していた。連戦は疲れるから嫌であるし、何より四獣討伐の旅では戦いに次ぐ戦いが展開される殺伐とした生活を送っていた。平和な日本で生まれ育った彼女にとって、そんな生活が長く続くのは耐えられない。都市での穏やかな生活も必要なのだ。


 しかし、自分の目的ーー日本への帰還ーーを達成するには魔族、とりわけその首魁である魔王を倒さなくてはならない。そのためには戦いは避けて通れないのだ。麗奈は安堵する一方で魔王打倒の機会が近いことを悟り、ひとり覚悟を固めた。


 魔王を倒す、と。


 ーーーーーー


「勇者様。よくぞお戻りになられた。道中のご活躍は報告を受けております。いやー、まさか四獣すべてを討伐されるとは、さすがは勇者様です。これならば魔王の命もあとわずかでしょう」


 と、初対面のときよりも饒舌になり、しきりに麗奈を褒めちぎるのは、ボードレール王国の国王・ジョルジュである。そこに麗奈はドラマなんかで見る小悪党の姿を見た。上司や偉い取引先の人間に必死に愛想を振りまくーー今のジョルジュの姿はそれと酷似していた。


 そしてその想像はあまり間違っていなかったようだ。現在、麗奈は謁見の間で国王に会っている。四獣討伐が終わったことを報告するためだ。謁見の間にいる主要人物は、


 麗奈以下の勇者パーティー。


 ジョルジュ以下の王族。


 大臣や兵士たち。


 とここまでは理解できる。問題は玉座に座る人物だ。そこはかつて麗奈が座らされた場所であるが、本来国王がいる場所である。ところが現在、そこに座っているのは豪華な法衣を着て丸々と太った巨漢。王族はその一段下だ。


(ていうか、あの人誰?)


 国王を差し置いて偉そうにできる人物は誰だ、と麗奈は疑問を抱く。すると居場所を奪われているジョルジュがそれを察したらしく、密かに教えてくれた。


「あれはベルトラン枢機卿。現教皇の長男で、今回の遠征軍の教会側の指揮官として派遣されています」


「なるほど」


 要するに教会の超偉い人。さらにその父親が教皇ともなれば逆らうことは難しい。ただえさえ王国は教会の風下に立たされているというのに。


 そして話題のベルトランは豪華な玉座にどっかり座っている。冬眠前の動物よろしく、お腹にたっぷり蓄えた脂肪が一、二、三、四、五段腹になっている。それは服の上からでもくっきりと確認できた。着ているのが法衣でなければ王様感がハンパない。少なくともジョルジュよりも王様である。ただし、暗君として名高いイングランドのジョン王タイプだが。麗奈的にーーというより、女子的には嫌悪感しか感じられない。具体的には台所の悪魔と同列である。


 そのベルトランは(物理的に)重い腰を上げようとして、できない。すると両脇から執事服を着た少年が出てきて彼を支える。二人の介助を受け、ベルトランはようやく立ち上がることに成功した。


「ようこそお帰りくださいました、勇者様。四獣討伐が無事に終わったこと、心よりお喜び申し上げます」


 と、丁寧な口調で祝辞を述べた。見かけによらず高慢ではないようだ。その見立ては麗奈の偏見なのだが。


 ひと通り挨拶が終わると、麗奈は討伐の旅の報告をする。とはいえ先程から何度か話題に出ているように、結果はすべて知られている。これはあくまでも形式上のことだ。それは麗奈もわかっているから、内容も簡潔に済ます。具体的には『どこそこへ行って○○を倒しました』という簡潔すぎる報告がなされた。普通は自らの功績を誇るべく、もう少し誇張するものなのでその場にいた者は多かれ少なかれ戸惑う。


 だが麗奈は一刻も早く休みたいのだ。彼女は面倒な儀礼はさっさと済ませてしまう主義の人。その程度はやる。たとえ後ろでイライアが額に青筋を浮かべていようとも。乙女には相応しくない顔をしていたとしても、やるったらやるのだ。


 しかし麗奈の意思を無視して物事は推移する。


 報告を終えた麗奈は自分に宛てがわれた部屋に戻った。そこで旅の疲れを癒すつもりだったのだが……部屋で待っていたのはニコニコ笑顔のメイドたちだった。その手には煌びやかなドレスに櫛、化粧品。身の危険を感じた麗奈は回れ右。ところが背後にもメイドが! 何処から湧いた!? と驚愕する。そのわずかな硬直が命取りとなった。メイドのひとりが肩を掴む。


「……何よ」


「勇者様。これより凱旋記念パーティーです。お召し替えをお願いします」


 丁寧な言葉遣い、にこやかな笑顔ではあるが、目はまったく笑っていない。そして細腕からは想像もできない出力が発揮されており、ガッチリ掴まれた肩を解ける気がしなかった。言葉にはされていないものの、その行動の意味は明白。逃がさない、である。


 目下、王都の人々の関心は、麗奈の四獣討伐紀行である。報告ではどこへ行って何を倒した、くらいのことしか語られなかった。そのようなことは周知の事実。知りたいのは旅の間にあった様々なエピソードだというのに。


 勇者様の逸話を知りたい! なら本人から直接聞けばいいじゃない。場所も用意しよう。王城のホールで。今晩、早速やろうーーと、普段は互いに足を引っ張りあって、連帯感など欠片もないような貴族たちが、今回に限っては意見が一致。本当に、一億年に一回あるかないかレベルの奇跡的な確率で意見が一致したのだ。


 そこから話はトントン拍子に進む。会場ハコと参加者は決まった。パーティーに必要な楽団ーーはお抱えの者たちで。料理を作って給仕までこなす使用人たちはーーこちらも積極的な賛成。なんなら食材も押さえているという用意のよさだった。


 今回のパーティー。急に働くこととなった使用人たちにとっては迷惑な話かと思えばそうではない。今、王都の話題、最大関心事は勇者の話。特に四獣討伐の話がホット。その話を勇者が帰ってきたその日のうちに仕入れることができるのだ。これを町の人に話せば盛り上がること間違いなし。吟遊詩人にだってネタが売れるから、ちょっとした小金稼ぎの手段にもなる。そんなわけで、パーティーの話は使用人たちにとってもありがたいものだったのだ。


 かくして王国は挙国一致で凱旋記念パーティーの企画、準備にあたり、各貴族家からも応援を派遣。急ピッチで準備している。メイドも、麗奈を逃すなどあり得ない。絶対に逃すものか、とばかりに彼女の周囲を十重二十重に固めた。無論、逃げ道はゼロである。残されたのは、大人しくドレスを着てパーティーに参加するという道以外になかった。


「休みたい……」


 英雄譚を求めて雲霞のごとく群がる貴族たちに揉まれながら、麗奈はしみじみと呟いた。


 ーーーーーー


 パーティーから三日が経った麗奈は久しぶりに部屋を出た(それまでは疲れを癒すべくベッドから一歩も出なかった)。外の空気は室内のそれよりも澄んでいて、吸っていて気持ちいい。


 三日ぶりに起き出した麗奈が最初にしたことは、フローラ王女のもとを訪問することだった。麗奈が姿を現さないのを心配した彼女が見舞いに行く、という使者を送ってきたのだ。それが昨日のこと。慌てた麗奈は自分が赴く旨を告げ、思い留まってもらったのだ。本音は、自堕落な生活によって本来の美しさを失った自分と会わせるわけにはいかないからだ。女の子はたとえ同性でも、少しでもいい姿を見てもらいたいのである。まだ若いんだからちょっとくらい、と言われるかもしれないが、そのちょっとが命取りになるのだ。


 ネグリジェからワンピースのような普段着に着替えた麗奈は迎えの馬車に乗り込み、王城へ向かう。麗奈が住む離宮からは歩くのには気が引ける距離があるのだ。


 王女が住まう区画に着くと馬車が停まり、御者の手によって扉が開かれる。そこには王女付きの執事とメイドが待っていた。


「ご足労いただき恐縮でございます、勇者様。王女殿下もご来訪を待ちわびておられました」


 執事がフローラ王女の近況について話す。もっともそこに政治的な色はなく、麗奈関連のことばかりだ。さすが城仕え。その辺りはよく心得ている。


 その執事の話によれば、麗奈が四獣討伐に出た日から王女はソワソワしていたという。王族ともなれば、本人にその意思があろうがなかろうが、政治に関する話題がついて回る。大人の事情で付き合いが必要な家の相手が兄(王子)に接近しようとしていればなおさらだ。特に縁談。もちろん直接には言わないが、婉曲に自分(あるいはその一族)の令嬢は器量よしだの、逆に自分のとこの誰々は立派な殿方だのと囃し立てる。麗奈はそんな面倒なしがらみを気にしなくていい、最高のお友達だと。だから早く帰ってこないかな〜、と首を長くして待っていたそうだ。帰ってきたと思いきや、初日以外はずっと出てこない。なら自分から、というように積極的だったという。だが急に王女が外出できるはずもない。警備だなんだとうるさいからだ。いつもなら聞き分けがいいのだが、その日ばかりは頑として譲らなかったらしい。


「勇者様がお返事をくださらなかったどうなっていたことか……」


 執事は苦労話をしたように見せかけ、息をするように麗奈をディスった。それは私のせいなの? と思いながらも、これもガス抜きだと思ってスルーしておく。そもそも、これくらいのことを咎めていたらキリがない。


(ま、結婚の話は私も他人事じゃないんだけどね)


 麗奈もまた勇者という肩書きを持った優良物件。この前のパーティーでも、武勇伝を聞くフリをして言い寄ってくる男はいた。


『勇者様。是非とも四獣討伐のお話をお聞かせください』


『ええもちろん』


 と麗奈が快く受ければ、


『もっと詳しいお話をーー』


 などと言って別室へ連れ込もうとするのだ。油断も隙もない。


 そんな一幕を挟みつつ、麗奈はフローラ王女のもとへ通される。彼女は中庭のガゼボで、優雅に紅茶を飲みながら待っていた。


「レイナ様!」


「王女殿下!」


 二人は再会の喜びを爆発させ、互いを呼び合う。それは長年離れ離れになっていた姉妹の再会もかくやという喜びようだ。フローラに至っては椅子を蹴倒している。そんな淑女らしからぬ振る舞いをメイドたちがよしとするはずがなく、


「殿下」


 とたしなめられた。コホン、と咳払いをひとつ。これで何もなかった。さっきのは幻。幻想。オーケー?


 仕切り直したフローラはスカートの端をつまみ、軽く膝を折る正式な礼をとった。麗奈は日本風に頭を下げる。そして改めて、


「お帰りなさい、レイナ様」


「ただいま、王女殿下」


 と言葉を交わした。挨拶が済むと互いに着席し、そこへタイミングよく執事が紅茶を置く。フローラのものも温かいものに代えられている。


「ところで旅はどうだったのですか?」


「うん。それがねーー」


 フローラの求めに応じて麗奈は色々な話をした。特に四獣との戦いは、さすが当事者なだけあってリアルな語りだ。吟遊詩人が脚色したものとは違う。その分生々しいものとなり、正直王女に聞かせる内容じゃないだろ、と言われてもおかしくない代物となっていた。現に、王女の教育係でもある執事は眉間に皺を寄せている。メイドたちも気持ち悪そうにしていた。麗奈が話す光景を想像してしまったのだろう。しかしフローラは動じない。黙って真剣に、時に質問を挟みながら麗奈の話を聞く。その空気に呑まれたか、執事たちは何も言わずに時間は過ぎていった。


「「ふぅ……」」


 麗奈とフローラはどちらからともなく息を吐いた。温かかった紅茶もすっかり冷めている。それだけの時間が経っていた。麗奈がそれをおもむろに飲む。温かくはないが、語り尽くして加熱した身体を程よく冷ましてくれた。


「ありがとうございました。こうしてお話を伺うだけでも、とても大変なことだったとわかります」


「あ、わかってくれる? うん。とっても大変だったの!」


 麗奈は理解者を得たとわかると、一気にまくし立てた。彼女からすれば抱えるものが大きすぎた。その大半は自身が勇者であることに起因する、人々からの期待や羨望などだ。周りからすれば、麗奈は神様仏様勇者様。自分たちができないことも、勇者である麗奈ならできて当たり前。そんな空気をひしひしと感じていた。だが、元はといえば麗奈はただの女子高生。武道をやっていたわけでもない。にもかかわらずそう思われることは苦痛でしかなかった。しかしそんな弱音をおいそれと漏らすことはできない。けれどフローラが本音に近しいことを言ってくれたこと、旅で積もり積もった鬱憤が、麗奈に胸襟を開かせることとなった。


 ひとしきり思いの丈を吐き出した麗奈は心なしかすっきりしていた。それを見てフローラは微笑む。


「ふふっ。楽になられましたか、レイナ様?」


「ええ。……ありがとう。おかげで少しは落ち着けた」


 はにかみつつも、麗奈はわずかに顔を赤くする。他人の前で弱音を吐くのはとても恥ずかしかった。心の中では少し後悔している。しかし心のモヤモヤが晴れたのもまた事実だ。そのため心境は複雑である。


 ただ、これで終わりでは気が済まない。こちらが思っていることを吐いたのだから、相手だってそうするべきだ。そこでこんな質問をぶつける。


「ところで、王女殿下は何かお悩みはないの?」


「え? 悩み、ですか?」


「うん。やっぱり王女ともなるとストレス多いんでしょ。なら全部言ってみれば?」


「は、はいーー」


 妙に押しが強い麗奈にフローラは困惑しつつも、ぽつぽつと不満を語る。周りが結婚しろと五月蝿い、どこそこの令嬢は性格が悪い、お稽古は嫌だ。そんなことを並べる。さすがに見かねた執事が口を挟むが、


「わたしはレイナ様と話しているのです。控えなさい!」


 と一喝した。これは手がつけられない、とばかりに執事は掃除という名目で立ち去る。麗奈は心配したが、フローラもその辺りは心得ている。話が終わるころになれば戻ってくる、と言って愚痴を続けた。


「そもそも、どうして好きでもない相手に嫁がなければならないのですか。お父様は家のためと言いますが、月に一度顔を合わせるくらいの相手のために自分の人生を棒にふるなんてお断りです」


 フローラは語気荒く言う。彼女の考え方は中世的なこの世界において、麗奈が生きた現代と同じ考え方だ。そのため麗奈はとても共感できた。


 麗奈がうんうん、と頷いていることに気を良くしたフローラはさらに熱弁を振るう。


「特に騎士家や子爵家の者たちは滑稽ですよ。騎士家は永代貴族になるために上の家々に必死に自分を売り込み、娘を嫁がせて。子爵家も陞爵のために同じように。上級貴族たちは利権の確保や勢力の拡大に必死です」


 そう言って貴族たちを嘲り、滑稽だと嗤った。フローラは止まらない。次は具体例ーーというか、愚痴をこぼし始める。どこそこの令嬢はブサイクなくせにイケメンに色目を使うとか、可愛らしい外見とは裏腹に腹黒だとか。もちろん令嬢のみならず、貴公子たちにもその矛先は向けられる。曰く、何家の誰々は男色だとか、存在は把握しつつ認知していない子どもが五十人いるとか。スラスラかつペラペラと淀みなく喋る。


 女の子の愚痴は長い。それはいつの世も同じ。麗奈もそのことはよく弁えている。だから相槌をうちながら聞いているし、先を急かすようなこともしない。面倒だが、愚痴は好きなだけ吐き出させた方が後腐れがないのだ。


 それからもあーだこーだも愚痴は続いたが、


「ーーでも」


 と、フローラは言葉を切った。その表情は先程までの、どこか憂いを帯びたものではない。麗奈も雰囲気が変わったことを敏感に感じ取り、相槌を止めて注目する。


「レイナ様のためなら、人生を賭けてもいいですね」


 そんなことを言った。麗奈は苦笑いして、


「私なんかに人生賭ける必要はないわよ」


 と返した。実際、自分は他人に命を賭けてもらえるような大層な人間ではないということは十分承知している。この世界では勇者様といわれているが、それは女神によるもの。その正体は一介の、何の能力ちからも持たない女子高生なのだ。


 しかしフローラは違うようだ。


「いえ。十分あります」


 と断言した。なかなか強情な彼女に対し、麗奈は皮肉気に言う。


「それは私が勇者だから?」


「違います。そんな理由なら、わたしは今ごろ父の言いつけ通りに重臣か、大司教に嫁いでいますから。わたしがレイナ様のために人生を賭けられるのは、そのお人柄が好ましいからです。自分のことすべてを賭けてでも、あなたのお役に立ちたいーーそう思わせるだけの器を感じるのです」


(そんなことない)


 麗奈は咄嗟に否定しようとしたが、フローラの真摯な眼差しを見て説得は諦めることにした。話を聞いている限り、彼女はかなり強情な性格をしている。そんな人間と言い争うことほど不毛なことはないのだ。


「ありがとう」


 否定の言葉の代わりに出たのは感謝だった。強情な相手に対しては、その言い分を受け入れるべきだ。もちろん例外はあるが、今回に関していえば拒否するだけの理由がない。それに自分はさっさと魔王を倒して元の世界に還るのだ。その言葉が実行に移されることはない。


「なら、まずはアルフォンスを何とかしてくれると嬉しいな」


 と言う麗奈に対して、


「兄上は気難しいですから……」


 その発言に至る理由を正確に察しながらも、遠回しにどうにもできないと返すフローラ。二人は時間を忘れたように話し込んだ。


 ーーーーーー


 麗奈が四獣討伐から帰還してから三ヶ月の時が経った。


 麗奈は相変わらずプライベートではダラダラと過ごし、時たまフローラに誘われてお茶会をしたり城下町に繰り出す日々を送っていた。事あるごとに何かと理由をつけて開かれるパーティーなんかにも出席を余儀なくされていたが、それなりに自由だった。


 ちなみにパーティーメンバーとはあまり顔を合わせていない。特にアルフォンスは基本的に門前払いである。理由は鬱陶しいから。同様の理由で貴族子弟も出禁だ。無論、彼らにそんな理由をストレートに告げるわけがない。そんなことをすれば自身の評判に傷がつく。なので最初のうちは居留守を使い、アポを取ろうとする相手にはフローラとの約束があると言って上手い具合に接触を避けていた。


 ジュリアンはあまり訪ねてこない。農民の意識が抜けきらないらしく、王城に用意された部屋も、すぐさま城下町の宿(安宿)に移している。訪ねてくるといえば、せいぜいアルフォンスのパシリであった。相変わらずの苦労性である。


 イライアは同性ということもあって頻繁に顔を合わせ、フローラと同様に城下町へ繰り出すこともあった。一度だけフローラを交えて三人で行動したのだが、イライアがフローラに教会関係者との婚姻をしきりに勧めるため、ウザがったフローラが機嫌を悪くするという事態になった。それ以来、麗奈も二人は水と油だと思って二度と一緒にしないと決意した。


 スティードにはあまり会わない。仲が悪いというわけではなく、会う理由がないのだ。パーティーとしての活動も休止状態。それに彼は準備が着々と進行する遠征へ向けての調整で忙しいらしかった。会話するのはパーティーのときくらいのものだ。その時はスティード節が存分に炸裂するのだが。


 さて、そんなある日のこと。麗奈は呼ばれて王城の謁見の間にやってきた。呼び出したのは王様だ。謁見の間には既に多くの人々で溢れていた。王国の家臣たちはもちろん、教会の偉い人たちも多く集まっている。両脇には王国騎士と聖騎士が並んでいた。


 これから何が行われるのかは一切報されていない。麗奈は困惑を隠せないでいた。そんななか、発言したのは国王ジョルジュではなく、教会の高位聖職者であった。


「アントニオ大司教……」


 イライアがその人物の名前をらしきものを呟く。麗奈がもっと詳しく、と訊ねると、


「アントニオ大司教は教会で対魔族関連の仕事を司っておられます。そのなかには聖騎士団の指揮や、魔族への協力者を摘発する異端審問官のトップとしての活動もあり、実質的な対魔族戦闘の責任者です」


 教会の武力組織である聖騎士団は神による祝福を受けた聖なる武器や防具で身を固め、白銀の装備で統一された出で立ちは聖騎士団の名に相応しい。そんなわけで人々からの人気も高い。


 一方、異端審問官ーー魔族と関係する者を摘発する者たちーーは、その存在があまり公になっていない。教会はあくまで綺麗な組織であって、そのイメージを壊すような存在は秘匿していた。だが、商人や貴族の間では悪名が轟いている。魔族と接触するのは、ひと儲けしようと企む商人や反乱などのよからぬことを考える貴族(あるいは聖職者)である。これらの動向を敏感に察知し、首謀者を捕縛、容赦のない方法(脅しや拷問など)によって罪を暴き、処分するーーそれが異端審問官の役割だ。かつての秘密警察やソ連国家保安委員会(KGB)のようなものである。アントニオはその集団の元締めだ。それにより、教会内部では教皇に次ぐ地位を獲得している。彼には枢機卿でさえ反目できない。なぜなら、その気になれば異端審問官を使って罪をでっち上げることだって可能だからだ。


 世俗世界において絶大な権力を握るアントニオ大司教は、居並ぶ者たちに告げる。


「つい先日、教会本部より『神託が下った』との報せが届いた」


 おおっ、とどよめきが走る。神託など滅多にあるものではない。最近下された神託は『勇者を召喚せよ』というものだった。それで現れたのが麗奈である。ほんの数ヶ月前のことだが、普通は百年に一回あるかないかレベルの話だ。それが生きている間に複数回あったのいうのは、子孫に自慢できることだった。


 それだけでもとてもありがたいことだが、加えてこの時期に下る神託である。その内容はもちろんーーと、期待に胸を膨らませる者もいた。そのひとりは間違いなくイライアだ。


「そ、その内容は!?」


 待ちきれなかった者が興奮を隠さずに発表を促す。アントニオはそう焦るな、と言いながらもニヤついた顔を隠さない。職務から察せられるように、かれはガチガチの武闘派である。そんな人間が心底嬉しそうにしているーー。期待は否が応でも高まった。散々勿体つけた後にようやく発表となる。


「『時は満ちた。魔の者を滅せよ』ーーと神はお告げになった。既に全軍集結している。神からの号令は下った。ここに、魔族討伐軍の発足を宣言する!」


 アントニオの発表を受けてーー前々から準備していたとはいえーー電撃的に人類軍が発足し、魔族の領域へと雪崩れ込むことが決まった。用意がいいことに編制も決められており、麗奈が配属されたのは中軍だった。言うまでもなく主力だ。先手は陣地の構築などがあり、勇者をそんな所に配置できない。そもそも設営作業など畑違いである。だから餅は餅屋に。勇者は戦闘だけに従事させる配置させる方針だ。


 翌朝。王都を出発していく先手の部隊(およそ三万)を、麗奈は王都の民衆とともに見送った。

A,太平洋戦争の開戦日


未曾有の大戦争から77年。徐々に戦争の爪痕はこの世から消えていっていますが、このような節目に振り返ってみるのもいいかもしれません。


ここまで五話にわたって勇者である麗奈をメインにしてきましたが、次回からはまたジン視点に戻ります。いよいよ戦争です。魔王vs勇者。テンプレです。勝利の女神はどちらに微笑むのでしょう?


さて、突然ですが新作やります。時代は中世日本。転生モノで、主人公は松平信康。未来人が乗り移った信康は、どのような生涯を送るのか? 乞うご期待。


……いささか手を広げすぎたような気がしなくもないですが、なんとかやっていきます。これからもよろしくお願いします。

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