そのころ、勇者はⅡ
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それから麗奈たちのレベル上げは順調に進んだ。麗奈のレベルは半月も経たないうちに50を超え、一ヶ月で100も見えてきた。ヤバ。私天才かもーーなんて自惚れてみる。他のメンバーも50を超えて、人類最強のパーティーになっていた。
ただ、ここで問題発生。麗奈たちが活動してきた教国は人類の中心的な国家ということで、モンスターを積極的に駆除してきた。そのため強いモンスターがほとんどいない。そうなると成長速度も鈍ってしまう。そこでスティードから提案されたのが、狩りの拠点を教国からボードレール王国に移すことだった。
(うげ。アルフォンスの国か〜。ちょっと嫌なイメージが)
と思う麗奈だったが、このままではダメだ、とも思っていた。なのでパーティーメンバーに諮ってみる。
「ボクの国にくるのかい? いいだろう。未来の妻を貴族や民草に披露するためならば」
「お、オラたちのレベル上げが大切なんじゃないかな……」
「何か言ったか、平民?」
「ひっ!? な、何も言ってないんだな」
アルフォンスに睨まれたジュリアンは大人しくなった。
「アルフォンス殿。あまり民を脅すのはよくありませんよ」
「脅してなどいないぞ! な、ジュリアン」
「そ、そうなんだな。アルフォンス第二王子殿下」
イライアに釘を刺され、急に仲のいいアピールをする二人。でも明らかにヤラセだとわかる。
パーティー内での序列は麗奈が一番。二番はスティードで、三番目はイライアとなっている。王国は教会の尻に敷かれており、その力関係はパーティー内にも影響を及ぼしていた。それにイライアは勇者パーティーのひとりだからと聖女認定されている。たとえお情けでも、そのネームインパクトは絶大。アルフォンスは一度、彼女の報告で国から叱られたことがある。それ以来、イライアから注意されるとあんな風に仲のいいアピールをしていた。
「おいお主ら。ちと落ち着け」
そこにスティードから注意が入る。
「王国行きの件じゃが、小娘はどう思う?」
「いいと思いますよ。もうここのモンスターは弱いですし」
毒や麻痺なんかの技を使ってくる相手は苦労した麗奈だが、対処法を身につけてからは簡単に倒せるようになっていた。
「ところで、王国にいるモンスターは強いの?」
「はい。主要な街道のモンスター駆除はされていますが、細かいところまでは手が届いておらず、教国に比べると高レベルモンスターが多いですね」
「なにしろ辺境のど田舎じゃからの!」
「「……」」
スティードにイライアがジト目を向ける。せっかくオブラートに包んだ言い回しをしたのに、という非難が込められているようだり一方のアルフォンスは顔を真っ赤にしている。悔しさーーというよりは、怒り。序列がないと爆発しかねない。
「スティードさん。その言い方はあんまりですよ」
だから麗奈がやんわりとたしなめる。喧嘩や掛け合いは見ていて面白いけれど、憎しみまで行ってパーティーが崩壊する要因になったら困るからだ。
(人が減ったら戦力ダウン。つまり私の命がより危なくなるんだから)
と、理由はかなり自己中心的だが。
「ふん。まあいい。とにかく、王国行きは決まりじゃ。準備しておけよ」
スティードはそんな言葉を残してどこかへ行ってしまった。
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翌日。麗奈たちはボードレール王国へ向けて旅立った。彼女が乗る馬車は教会の聖騎士団百人に守られている。正直、今の麗奈にとって教国にいるモンスターは雑魚。倒してもレベルなんて上がらないし、疲れるだけだから護衛をお願いした。そして案の定モンスターに出くわし、聖騎士たちが倒していく。そのなかで近くにいた隊長が麗奈に訊ねてきた。
「いかがですか、勇者様。我らの精強さは。魔族どもを討伐すべく、日々の厳しい訓練を耐え抜いてきた精鋭たちです。勇者様が征伐に赴かれる際は、我らも同行して手助けいたす所存」
「皆さんお強いですね。そのときは頼りにさせていただきます」
「さ、左様ですか!? はははっ! ありがとうございます! 皆! 勇者様が見ておられるぞ! モンスターどもなど蹴散らしてやれ!」
「「「ウォォォッ!」」」
聖騎士たちが喊声を上げて隊長の檄に応える。
社交辞令で褒めたものの、正直なところは弱い。今、彼らが相手しているイノシシ型のモンスター(ボア)など、麗奈たちで一番の雑魚のジュリアンでも一撃でしとめられる。だが聖騎士たちは数人がかりで相手にしないと倒せない。これではまったく頼りにならなかった。
先行きが不安ななか、ボードレール王国の首都に到着した。するとアルフォンスが得意気になる。
「ここはボクの生まれ育った地」
(うん。王子様が首都で生まれてなかったら問題だよね)
麗奈の冷静なツッコミ。
「だからここからはボクが案内してあげよう」
「アルフォンス殿。それは不要です。王城へ参りますので、大通りを進めばいいですから」
「う、うむ。そうか……」
隊長がアルフォンスを制止した。一本道で案内は要らない。出鼻をくじかれたアルフォンスは、それでも諦めずに矛先を変える。
「どうですか、王都シャルルは?」
「うーん……普通?」
東京と比べるなら文句なしに田舎。教国と比べたらどっちもどっち。でもそんなことは面と向かって言えないため、無難に普通と言っておいた。
「小娘。そのように気を遣わずとも、正直に言ってやれ。辺境のど田舎、とな」
「スティード殿。そんな言い方はないでしょう」
「事実ですから」
アルフォンスの抗議にもスティードは取り合わない。心からそう思っているみたいだ。
「まあまあ。二人とも」
二人はこうして対立することが多い。力関係的にはスティードが上だが、アルフォンスが鬱憤を溜め込んで爆発されるのも困る。だからこうして時折アルフォンス寄りの対応をしてガス抜きさせる。麗奈はだてにクラスのまとめ役をしていたわけじゃない。
「おっ。アルフォンス殿。王国騎士の出迎えですぞ」
隊長も意識的にか無意識にかわからないが、いいタイミングで別の話題を振ってくれた。ナイス。
「勇者様ーーそして聖女様、第二王子殿下ならびにその他の方々、ようこそボードレール王国へ」
「うむ。出迎えご苦労」
「「「……」」」
騎士の言葉にすかさずアルフォンスが反応した。そしてその場の全員から呆れた目を向けられる。出迎えを受けた場合、代表者が礼を述べるのが普通だ。そして誰が代表かは、相手が名前を呼んだ順になる。今回の場合は麗奈。だから彼女が返事をするのが普通なのだが、アルフォンスはその決まりをまったく無視して応えた。だからこそこの反応だ。
「勇者様は長旅お疲れ様でした」
「いえ。そんなことは。これからお世話になります」
出迎えの騎士は聞かなかったことにして、改めて麗奈に話を振る。麗奈もまたアルフォンスがまた何か言う前に返答した。
「こちらこそ。大したお出迎えもできむせんが、ご容赦ください。まずは国王陛下に面会していただきたいのですがーー」
「もちろんです。ではーー」
「ーー待て。ボクたちはずっと旅をしてきたんだ。湯浴みくらいする時間はもらわねば」
「……もちろん、ご用意してあります」
答える騎士は呆れ顔だった。
(もう、何度やらかせば気が済むのよアルフォンス!)
麗奈もややキレ気味だ。さすがにこう何度もフォローさせられると苦しくなる。
なにはともあれ、挨拶を終えた麗奈たちは王城へ入った。その途上、
「すまないな、レイナ。我が国の騎士が失礼をした」
と、アルフォンスがささやいてきた。麗奈は曖昧な笑顔で返しながら思った。
(失礼なのはあんたよ)
と。
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王城には麗奈たちのために部屋が用意されていた。滞在中はここに泊まることになるらしい。専属のメイドまで一緒だ。だが彼女、普通のメイドじゃない。麗奈は前に教皇と常に一緒にいるシスターたちが、実は護衛も兼ねていると聞かされた。よく注視すると、身のこなしが普通じゃない。このメイドも、同じようにただならない気配を感る。
それはともかく、麗奈はすぐに湯浴みーーお風呂に入った。イライアを一緒に入ろうと誘うと恐れおおい、と断られた。しかし王様を待たせるわけにはいかないから、という理由でメイドに協力してもらって無理矢理一緒に入らせた。ただえさえ女の子は入浴時間が長いんだから、少しでも時短しないと、という麗奈の配慮である。カラスの行水、というほどでもないが、なるべく手短に入浴して、髪を乾かすのと並行してメイク。髪が乾けばドレスアップして、ここまで一時間。元の世界では夜のお風呂でケアなんかも含めると軽く二時間はかかっていたことを考えるとかなりのベストタイムだ。しかし、
「え? ジュリアンがまだ用意できてない?」
「そうなのです。まったく……」
アルフォンスがやれやれ、と首を振る。今回ばかりは麗奈も彼と同意見だった。
ーークイクイ
と、そこでメイドに袖を引かれる麗奈。何事かと思えば、メイドがそっと耳打ちしてくる。
「王子殿下がジュリアン様と湯浴みを共にするのを拒否され、また『王族が浸かった湯に平民が浸かるものではない』と使用人に掃除と水の張り替えをするように指示されました」
と密告してきた。
「ありがとう」
メイドには感謝する一方、麗奈のなかのアルフォンス株が何度目かの大暴落を起こす。いったい何円の価値が……いや、そもそも価値は残っているのだろうか?
「お、遅れてしまって申し訳ないんだな」
「なにをやっているんだ、お前はーー」
「いいわよ。疲れていたんでしょう? 気にしないで」
アルフォンスの叱責遮り、麗奈はジュリアンを労う。彼はあからさまにホッとした。それでも王子の理不尽な言動は告白しないようだ。つくづく損な性分である。そしてその内心では、
(勇者様がこんなオラを庇ってくださった。オラ、この人のためなら死ねるだ)
と、なんとも重い決意を固めていた。やはり損な性分である。
「では国王陛下のもとへご案内いたします」
ともあれ勇者パーティーは勢揃い、国王への面会となる。メイドが広間の前まで案内し、門番が広間へと続く扉を開く。ギギギ、という音を立てて重厚な扉が動き、麗奈たちの視界に広間の中の様子が映る。
赤い絨毯の両側には貴族と思わしき人々がずらり。一段高いところには椅子が四つ置かれている。そこに中年の男女と麗奈と同年代くらいの男女が座っていた。そしてこの場で最も高い場所にあり、またゴージャスな椅子にはしかし誰も座っていなかった。
(? なんで?)
明らかに王様が座るべき場所なのに、肝心の王様がいない。自分はその王様に会いにきたのに、と首をかしげる麗奈。だがその理由はすぐに判明する。
「我がボードレール王国へようこそ、当代の勇者よ。余は国王のジョルジュ・ボードレール。我らは心から歓迎し、またいかなる助力もいとわないことを約束する」
そう言いながら進み出てきた、椅子に座っていた中年の男。よく見るとその頭上には王冠があった。なぜ今まで気づかなかったのか疑問に思ったが、すぐに自分で思った以上に緊張していたのだと悟る。
麗奈は召喚された日を除けば、ほとんどモンスター狩りをしていて大勢の人に見られたことがない。ゆえに今の今まで無自覚だったが、召喚のときのことがトラウマになって大勢の人に見られると緊張するようになっていた。だがモンスターとの戦いで培った精神力ーー虫などのキモいモンスターもいるため、あまり騒いでいられないーーで緊張をねじ伏せ、麗奈は返事をする。
「感謝します、国王陛下」
「そしてこれが妻のミレーヌ。そして子のグレゴリーとフローラだ」
「「「よろしくお願いいたします、勇者様」」」
「こちらこそよろしく」
王族との挨拶が済んだところで、
「ではどうぞ玉座へ」
と、国王から提案された。
「え? 玉座は陛下が座るところでは?」
「その通り。国王という最も位が高い者が座るところだ。だからこの場合は勇者様が適任なのだよ」
「……」
実に理屈であった。さらにここで断ると国王の面子を潰してしまうことになる。麗奈に座らないという選択肢は存在しなかった。
こうして麗奈は国王と面会して話し合う間、玉座という最も目立つ場所にいなければならなかった。玉座というだけあって素材もいいのだろう。座り心地はとてもよかった。しかし、
(座り心地はよくても居心地は悪いよ!)
麗奈は人知れず羞恥心と戦っていたのだった。
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国王との面会は良好だった。麗奈は勇者だからといって無茶振りはせず、日本人らしく控え目な要求に留めた。……衣食住と物資の全面的な無償支援を『控え目』と済ませていいのかは別にして。
その夜。勇者パーティーの面々は住処として提供された離宮の一室でミーティングをしていた。議題は今後の方針について。
「無計画にモンスターを狩りまくるのも考えものですね」
「も、モンスターが人里に出たら困るんだな」
イライアとジュリアンは慎重論を唱える一方、
「王国の安全のためにもモンスターは徹底的に狩るべきだ」
という積極論を唱えたのがアルフォンスだった。互いの意見がぶつかる。ただ、彼らの思いは同じ。民のために。もちろん各々、胸に秘めた思いもあるわけだが、その一点では共通していた。
例によって麗奈に裁定を求められたが、簡単には決められない。そこでスティードに相談してみたところ、
「なら四獣を討伐しよう」
「四獣? それって虎とか龍のこと?」
「それは知らんが……四獣というのは王国に棲む巨大なモンスターのことじゃ。東のクラーケン、西のビッグホーク、南のトドラシ、北のホワイトグリズリーじゃな。何度か討伐が試みられたが、皆返り討ちにされておる」
「へえ。でもどうしてそれを討伐するの?」
「イライアたちの意見は、要するに適当にモンスターを間引きしたい。アルフォンスの意見は、モンスターを狩って安全を確保したいということじゃ。ならば四獣を討伐して大きな脅威を取り除き、道中にモンスターを間引きすれば両者の意見の間をとれる」
「なるほど」
このとき麗奈の頭に浮かんだのは『亀の甲より年の功』ということわざだった。なんでも年寄りに相談してみるものである。
かくして勇者パーティーの今後の方針が決まった。このことを国王のジョルジュに伝えると、とても喜ばれた。四獣には悩まされていたらしい。明後日の出発の前に激励のパーティーが催されることになり、急いで準備が整えられた。
パーティーで麗奈は貴族の子弟を相手するのに忙殺される。だいたいが勇者に名前を覚えてもらい、あわよくば……と考える者たちだ。麗奈もそれを察知し、王女を筆頭にした令嬢たちの一団に避難していた。さすがにマダムたちと一緒にはいられない。なお、なぜ麗奈が貴族子弟の思惑に気づいたかというと、単なる女の勘である。
「殿方は浅ましいですね」
「まったくです」
勇者が主役で自分たちが見向きもされないことに令嬢たちはご機嫌ナナメだったが、麗奈がげんなりした表情で自分たちのところへやってくると男性陣のバッシングへとシフトチェンジした。こうなったのはフローラの取りなしも大きい。この件をきっかけに麗奈とフローラは仲良くなった。
「レイナ様。お帰りになったらお茶会でもいたしましょう」
「はい。楽しみにしています」
「勇者様、王女殿下。わたくしたちも混ぜてください」
「「「そうです。そうです」」」
「もちろん、皆さまもご招待いたしますよ」
パーティーで得た収穫は、麗奈とフローラが仲良くなったことだった。
そして翌日。麗奈たち一行は王族以下多くの人々から見送りを受けて四獣討伐に向かったのであった。




