ハネムーンⅦ
ハネムーン編、ラストです。
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ティアマトを仲間に加えたジンたちはブリトラに別れを告げ、竜山山脈を下る。そして北東州(旧緑鬼領)に入った。ここからは潜在的な敵対種族であり、問題の種族である。彼らは一部を除き禁止になった奴隷を保有しているとの疑いがあった。ジンの訪問はその強制調査も含んでいるのだ。旅のもうひとつの目的である。
ジンたち一行が到着すると、現地の役人(人魔種)が出迎えた。護衛を多数引き連れている。その数、およそ五十。素人目のジンでも即座に精鋭であるとわかる鋭い雰囲気をまとっている。ジンは馬車の窓から顔だけ出して訊ねた。
「その護衛はどうした?」
「魔王様。どこから狙われているかわかりません。顔をお出しにならないでください」
ーー訊く前にその行動を咎められる。ジンは驚きつつ、その言葉に従った。餅は餅屋ではないが、現地を知る人物がするなと言うのだから従ったのである。決して、狙われているという物騒な単語にビビったわけではないのだ。
「それで、どうした?」
顔を馬車の中に引っ込めてから改めて訊ねる。
「実は新体制に移行してから数名の役人が殺害されているのです。使用されたナイフは青銅製。つまり、緑鬼種が使用するものです」
ジンはふむ、と思案した。緑鬼種はその数が多いため、大半が安価な青銅製の武器を使っている。種長を出すような家系ならば少しグレードが上がって鋳鉄製に、種長になってはじめて鍛鉄製の武器になる。これは種族の状況が似ている青鬼種も同様である。たしかに残された証拠から推測すれば緑鬼種か青鬼種のどちらかーーと見るのは誤りではない。しかし、
「それはいささか早計にすぎるぞ。緑鬼種や青鬼種の仕業にするためにわざとそのような凶器を用いたのかもしれぬ」
「あっ……」
役人は盲点であったというように声を漏らす。たしかにそう考えられなくもない。それらの武器は市場で安価に手に入るのだから。とはいえこのままでは役人を責めるだけになってしまう。ジンはすかさずフォローを入れた。
「だが余の安全を確保しようとしたことは素晴らしい。感謝するぞ」
「いえ! 滅相もございません!」
役人はその場に跪く。その姿は神の啓示を受けた信者のようである。
そのような一幕を挟みながらも、ジンたちは宿に入った。州都唯一の人魔種のための宿だそうだ。その感想は普通。高級感があるわけでもなく、また雨露がしのげればいい、というほど粗末でもない。ごく普通。サラリーマンが多く住むマンションみたいだ。
『キュイ』
馬車からジンたち一行が降りると、空からティアマトがやってきてジンの肩に止まる。役人や護衛は目を丸くした。
「ま、魔王様。肩にいるそれは……」
「ドラゴンだが?」
「「「ど、ドラゴン!?」」」
何気ないジンの言葉に護衛たちは衝撃を受ける。まさかあの最強であり最凶の生物がこんな街中に現れるとは! 見た目は子どもだが、だからといって油断はできない。なにせ、一体で都市を滅ぼした伝承さえあるあのドラゴンだ。
「魔王様。今すぐお逃げください! 我々が時間を稼ぎますのでーー」
「ん? はははっ」
「笑っている場合ではございません! さあ、お早く!」
役人や護衛たちは必死たが、ジンは笑いが止まらない。面白いからだ。見かねたアンネリーゼが事情を説明する。
「安心してください。この子は私たちのペットですから」
そう言ってティアマトに触れようとするが、
『キュ』
ティアマトは華麗に回避。
「あら?」
『キュ』
「えいっ!」
『キュイ』
しばらく捕まえようとするアンネリーゼと逃げるティアマトとが、ジンの周りをグルグル回る。
「ちょっと! ティアちゃん逃げないで」
『キュ、キュ、キュイ〜』
まるで『こっちへおいで』と言っているかのように逃げ回るティアマト。ある意味仲睦まじい光景に役人や護衛たちはティアマトがジンたちのペットである、と納得した。
しばらく追いかけっこは続き、アンネリーゼが体力切れとなったところでティアマトはジンの肩に戻ってきた。そしてダウンしているアンネリーゼをジンはお姫様抱っこをして運んだ。そして場所を宿の一室に移して本題に移る。
「さて、ではこの北東州に違法奴隷がいるとのことだが、確認はとれたか?」
「いえ。わたしたちも何かと理由をつけて彼らのもとを訪ねてはいるのですが、出くわしたことはありません」
「ふむ……」
(となるとデマだったか、あるいは事前に察知して隠したか……)
ジン個人としては後者であるように思えた。一方、憤っているアンネリーゼは、
「ジン様! こうなれば強制的に調査しましょう!」
強制捜査を主張した。気持ちはわかる。が、ジンはその方法をとれない。
「それだと最初の数件は摘発できるだろうが、残りはこぞって証拠隠滅を図るぞ。余はできるだけ多く摘発したいのだ」
「ですがーー!」
「気持ちはわかる。だが、その短絡的な行動がかえって多くの惨劇を生む。時には忍耐も必要なのだ。わかってくれ、アンネリーゼ」
「……そう、ですね。申し訳ありません」
「謝るな。余も気持ちは同じだ」
しゅん、と落ち込んだアンネリーゼの頭を軽く撫でて慰める。彼女は甘えるようにしてジンに寄りかかり、くすぐったそうに身をよじった。行動がさながら猫である。妻をなだめることに成功したジンは役人に向き直る。
「さて、では少し道化を演じて見ようではないか」
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夜。州都の庁舎では歓待のパーティーが開かれていた。そこにはこの地の有力者たちが集まる。未だにかつての種長制の意識が抜けていないらしく、ジンを種長の代わりのように扱う。要するにとてもフレンドリーだ。今から屋敷にこないか、なんていう誘いは当たり前だ。役人が事前に知らせていたのでジンの随行人たちは黙っていたーー睨みつけるくらいはご愛嬌であるーーが、もし魔都で同じことをやれば不敬罪ですぐさま処刑である。なお、アンネリーゼは体調不良という名目で欠席している。これもまた役人が有力者たちによるセクハラを危惧したためである。緑鬼種において女性の地位は低い。それはあらゆる種族に適用される。実際に役人の奥さんも被害を受けたという。
(災難な……)
ジンは申し訳ない気持ちになる。帰ったら彼の出世を手引きしようと思った。州を任されているのだからそれなりに有能なのだろう。とにかく魔都へと呼び戻す。なんなら新任の州長官に対する指導係でも構わない。気の毒だ。
さて、それはそれとして、ジンは有力者たちの招きに快く応じた。結果、オールナイトで有力者全員の屋敷をハシゴするという、なかなかのハードスケジュールが完成した。いつもならだるい、面倒、しんどいなんてネガティブ発言のオンパレードだろうが、今回のジンは違う。アンネリーゼが気にかけていた事柄だ。これを完璧にこなせば彼女の気持ちをより一層独り占めできるはず。そんな下心があった。
一軒目の屋敷の主人は前種長の第一妻の父親で、現在の種長である一六八男くんことオルオチの祖父。つまりは外戚だ。現在は州長官による統治も緩く、残留組のトップとなっている。豚顔の立派なオークだった。
「いやぁ、魔王がくるなんてはじめてだ」
「んだね」
「イケメンだ」
「ああ!? 主人の前で堂々と密通しようとしている奴はどいつだ!?」
「やあねぇ。お世辞だよ。アンタが一番さ」
ひと言で言おう。会話がとても下世話である。品がない。恐ろしいまでに。というか、魔王を呼び捨てなど魔都なら不敬罪。露骨に色目を遣うのも不敬罪。目の前でお世辞と断言するなど不敬罪。……魔都では命がいくつあっても足りないだろう。
そんな現実から逃避するように、ジンは振る舞われる酒を次々と飲み干していく。するとホストたちも負けじとハイペースで飲み、結果として酔っ払い集団が形成された。だがジンはひとり、解毒の魔法でアルコールを分解しているため酔っていない。喉元に解毒の魔法陣を刻んでいたのだ。味は酒だが、胃に届くときには水という、禁酒している人にとっては羨ましすぎる状況が生じていた。酔ってはいない。だがそのフリだけはしていた。
「すまぬ。厠はどこだ?」
「ああ、それならーー」
そして頃合を見て厠の場所を訊ねる。酒を飲んで催すことはこの世界でもよく知られている。だからジンが厠の在処を訊いても不思議に思われなかった。所在地を聞いたジンはその通りに移動して厠に入ると、
「【影法師】」
誰も見ていない空間でひっそりと魔法を使う。【影法師】は自身の分身を操る魔法だ。これにより屋敷を飲んでいる間にくまなく探そうというのである。魔力を用いて半実体化されたものであるため、扉などは気にせず動くことができる。いわば幽霊みたいなものだ。ただし、魔力でできているので魔法を阻害する結界に触れるとすぐに消えてしまう。ジンは対策として保護する刻印を刻んだ。魔法を阻害する結界の作用を打ち消す刻印だ。これなら大丈夫、と分身を送り出す。同様の手口で有力者たちの屋敷に分身をばらまいた。そして翌日の昼。分身たちからもたらされた情報を精査したところ……
「ビンゴだ」
「ジン様、ビンゴとはどういう意味ですか?」
「ん? いや、ただの独り言だ。忘れてくれ。ーーそれよりもアンネリーゼ。違法奴隷たちの居場所が見つかったぞ」
「本当ですか!?」
「ああ」
ジンは明るく返す。やはり成果が出ると徹夜した甲斐がある。奴隷たちは地下や倉庫に囚われていた。これが意味することはーー緑鬼種の有力者たちは違法と知っていて奴隷を所有していたということだ。情状酌量の余地なし。直ちに拘束せよ、とジンは見送りという建前でついてきていた役人と護衛たちに命じた。彼らは役目を忠実に果たし、犯罪者たちの一斉検挙に成功する。それから東州と南東州でも同様の手法で違法奴隷を所持していた者たちが検挙され、多くの違法奴隷たちが解放された。
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ハネムーンを終えて魔都へ帰ったジンはすぐさま緑鬼種、青鬼種、馬魔種の各種長を呼び出した。そして事の顛末を聞かせる。
「「「申し訳ありません!」」」
それを聞いた三者は一斉に平服した。代わって早々の失態ーーというか、種族の膿を出し切れていなかったことーーは十分に粛清の対象たり得る。
「よい。代わってからさほど日も経っていない。まだまだ戸惑っていたのであろう。それを無理に咎めたりはせぬ」
ジンの言葉にホッと胸をなで下ろす種長たち。しかし魔王ジンはその程度では終わらせない。毎度、諜報をして中央政府の力を使うのは面倒なのだ。そこで、
「だがそなたたちのやる気は伝わった。ならば以後、同族の違法行為にはそなたたちが対処せよ。手落ちは許さぬ」
「「「はっ!」」」
もちろんこれは他の種長にも適用される。だが問題山積みのこの三種族が一番大変だというのは想像に難くない。魔王は優しくも厳しいのであった。
このように謁見の間ではとても強気だったジン。ではマリオンの前ではどうなったのかというと、
「ジン様! ワタシは申し上げましたよね? 七日で帰ってきてください、と」
「いや、あれはだな、トラブルが多発して遅れに遅れたというか……」
「そんな言い訳は通用しません!」
と、グチグチお説教と小言が続いた。お説教タイムがそろそろ小一時間に及ぼうかというとき、
「あっ! ティアちゃん待って〜」
ひとりだけしれっと追及の手を逃れていたアンネリーゼと、彼女に追いかけられるティアマトが部屋にやってきた。
『キュイ? キュー』
そしてジンの姿を認めると、その影に隠れる。ジンはそんなティアマトを撫でつつ、アンネリーゼに注意した。
「アンネリーゼ。だからティアマトを追いかけ回すのはよくない、って言っただろ?」
「でも私だってティアちゃんと遊びたいんです」
「でもティアマトは嫌なんだろ?」
『キュイ』
その通り、とばかりにティアマトは鳴く。
「そんなぁ」
拒絶されたアンネリーゼは涙目だ。そんな彼女には目もくれず、ティアマトはジンの服を噛んでグイグイ引っ張る。まるで遊んで、とねだる子どものようだ。
「ん? 遊びたいのか? いいぞ」
これ幸いとジンも乗る。しかしそれを許さないのがマリオンである。
「ジン様。まだワタシのご忠告は終わっていないのですが?」
ティアマトと遊ぼうとしていたジンに釘を刺す。しかしここでティアマトが激しく反応した。
『キュイ、キュー』
唸っている。翼を限界まで広げて、マリオンを威嚇していた。
「むっ!?」
並々ならぬ闘気を悟り、咄嗟に臨戦態勢をとるマリオン。しかしそれ以上動けないでいた。ティアマトはまだ子どもとはいえドラゴン。その圧力は半端ない。怒っていた。その原因がジンと遊ぶのを妨げられたからなのは言うまでもない。
『キュイ、キュイ!』
まるで邪魔するな、といわんばかりに激しく鳴く。ここでドラゴンが暴れればどうなるかーー魔王城が半壊で済めば御の字だろう。だが今は人間の動きも怪しくなってきている。非常事態に余計な仕事を増やさない方がいい。
「……はぁ。今日は終わりにします」
『キュイ』
「おあっ!? ティアマト、待て! わかった! 行く! 行くから服を引っ張らないでくれ!」
ティアマトはその小柄な体躯に見合わない剛力を発揮してジンを引きずっていく。ジンは慌てて立ち上がり、外へと出て行った。
「どうやらワタシも嫌われてしまったな」
「なぜ私たちには仲良くしてくれないのでしょう?」
親娘揃ってティアマトの行動に首を傾げるのだった。
次回からは勇者視点で人類側の情勢を描いていきます。




